「え……着飾るって、これ以上ですか」
「もちろんですよぅ。最初の夜は特別なんですから気合入れてかないと」
「あ」
杏の言わんとすることを察して、すっと体温が下がる感じがした。
名目上「妻」になるのなら、当然夜の相手を求められたって、何もおかしくない。
(まずい。そういうことの経験は全くないのに)
もし上手く相手ができず、狗神の機嫌を損ねてしまったら。紫陽の命など、狗神の気分で消されてしまうのではないか。
紫陽のそんな緊張など知る由もない杏は、ああでもないこうでもないと試行錯誤しながら紫陽を飾っていった。
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その時が訪れたのは、それから半刻ほど経った頃だった。
「ほう。見られる出で立ちになったな」
この城の主が部屋に入った瞬間、部屋の温度がぐんと下がったように錯覚した。
剣を向けていたときとは異なり、今の彼に敵意はない。それでも本能的に萎縮してしまう。
ぴんと背筋を伸ばし、じっと観察する狗神の視線に静かに耐える。
「そうでしょそうでしょ! じゃ、あたしはこれで失礼します!」
得意げにな杏はそれだけ言って下がってしまい、部屋には狗神と二人きりで取り残される形となった。
何か話さなければ、と紫陽は頭を回転させる。自分が唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえる。


