その呼び方では自分を呼ばれている気が全くしなくて落ち着かない。
紫陽の言葉に杏は一瞬残念そうな表情を浮かべた。が、すぐ笑顔に戻る。
「承知いたしましたっ! では紫陽様、とお呼びしますね」
できれば「様」も遠慮してほしいところだが、一応「世話係」という立場上そうはいかないのだろう。これ以上求めるのはやめておくことにした。
杏は丁寧に紫陽の腕を洗いながら、相変わらず上機嫌に話し続ける。
「いやあ、でも本当にびっくりしちゃいました。主が何考えてるかわかんないのは今に始まったことじゃないですけど、それにしたって花嫁ってねえ? 」
「ええと……」
「というか、涼風家ってあたしも知ってるぐらい有名な陰陽師の家ですよね! すごいなあ。でも何か、全然高飛車なお嬢様みたいな感じはしませんね。陰陽師って知って最初はちょっと不安だったけど、蓋を開けてみればこんな素敵な方であたしは嬉しいです」
思わず身を固くした。
杏からあまりに敵意を感じないものだから気が緩みかけていたが、改めて疑問が浮かんだのだ。
「杏。あなたは……わたしを怖いとか憎いとか危険だとか、思わないのですか?」
紫陽はゆっくりと、探るように杏の目を覗き込む。
彼女はまるでそんな質問は想定していなかったとでもいうように、一瞬きょとんとした顔をした。
それから「うーん」と首をかしげて答える。


