僕の雨になって

「糸ちゃん。退院したらまたちゃんと連絡するから。その時には話せるように俺も準備しておくね」

「分かった。じゃあ…お大事にね」

「ありがとう。気をつけて帰ってね」

紅華に手を振って、看護師さんに会釈をして病室を出た。
ドアのそばで娘さんと談笑していたおばあちゃんに「ご苦労様」って微笑まれて、
なんだか優しい世界だなって思った。

ここには生と死の境界線がぼんやりと、
けれど時々はっきりと、魂が震える感覚で伝わってくる。

紅華のようにたまたま体を悪くして入院している人。
この場所で″暮らす″しかなくなってしまった人。
お見舞いにやって来ては、また″生″の場所へと帰っていく人。

私が暮らす日常の中にも、そこら中に生死の境目が転がっているけれど、
普段の生活の中で死を意識して、だからこそ生の輝きに喜び、全うできる人なんて、そうそう居ない。

この場所にはたぶん、死のほうが色濃く存在している。
おばあちゃんの微笑みの中に、生を祝福されているような温度を感じて、
見ず知らずの人の命に少しだけ泣きたい気持ちになって、紅華のベッドを振り返った。

早く。

早くまたおんなじ場所で私の名前を呼んで。

きみが誰だっていいんだよ。
きみが何者だって、紅華は紅華なんだから。

私は変わらない。

だから早く、きみはきみのままで、
私の心臓を震わせ続けてよ。