「なんで…」

「きっともうこれが最後だから。糸ちゃんが好きで居てくれた俺のままで会える最後。俺も今の俺で糸ちゃんのことが大好きだったから。糸ちゃんの中から消えないように、最低な(きず)をきみの中に残したかったんだ。最後のわがままだよ」

「ばか……ばかぁ…」

「キス、初めてじゃないよね?」

俯いて小さく頷いた私の頭頂部に紅華の手のひらがポン、と乗せられた。

相変わらず冷たい指先。
紅華が生きている温度。

「初めてじゃなくて良かった」

「なんで」

「キスを…だいじなことをこれ以上糸ちゃんに教えたくないから」

「なんでっ…」

「やっぱり忘れてほしいから」

「忘れないよ。忘れられるわけないじゃん!」

「忘れて、糸ちゃん。誰よりも好きだったよ。大切だったよ。だから忘れて。糸ちゃんは糸ちゃんの為に幸せになってください」

「こーちゃん…いつかまた、逢えるって思っててもいい?」

「いつかまた、ね」

その約束はきっと果たされないような気がした。

紅華が決意した道を歩んでいく先に、
今のままの私も、これからの私もきっと存在していない。

強く願った。
この一年間があったから強くなれたんだと笑える紅華の姿を、
これ以上に苦しいことなんかないって笑い飛ばして、だからこの先も生きていける紅華の未来を。