「糸」

午後からバイトが入っている琉真と一緒に病院を出たところで呼び止められた。

「琉真」

「兄貴のこと、納得できる?」

「できるかどうかは分かんないけどしてみるよ。紅華が決めたことだから」

「そっか。もう三学期始まってんだろ?」

「うん」

年が明けて、高校生活も三ヶ月も残されていなかった。
学校はほとんど自由登校みたいになっていたし、
それこそ受験も就職試験も無い私は午前中だけ登校したり、紅華のお見舞いに来る時は休んだりしていた。

「糸にちゃんと言わなきゃな。言わなくても決まってるようなもんだけど曖昧にしとくのは良くないからさ」

「うん?」

「糸、俺と別れてください」

「……はい」

この人はどこまでも、どこまでも悲しいくらい、優しい人だ。

「本当に、終わらない恋愛をあげられなくてごめんね」

「私のせいだよ」

「ううん。糸が紅華のことを忘れられないってことに甘えてたんだ。糸の気持ちに自分の感情を逃してた。俺も、断ち切れてなかった」

「あの人、罪深いね」

「ほんとだな」

カラッとした笑い声。

ああ。私、琉真のあっけらかんとしたこの笑い方が好きだった。

「琉真、素敵な恋をしてね」

「どうかな。まだ自信無いけど」

「私も」

「そうだ。糸が嫌じゃなければさ、いつか素敵な恋ってやつ、できるようになったら報告会しようぜ」

「いいね」

「そんで俺は糸に、糸は俺に言ってやろう。幸せになったぞ、ざまーみろって」

「うん」

「じゃあ、元気で。なんか困ったことあったらいつでも連絡して。友達は、終わるわけじゃないから」

「ありがとう。琉真も、どうか元気で」

紅華が退院したのはそれから一ヶ月後。
容態はすっかり回復していて、メンタル的にも問題は無いだろうと判断されてからだった。

入院費用は全て琉真のお兄さんが負担した。
それがお兄さんからの、せめてもの償いだったのかもしれない。

二月。
一ヶ月後に卒業を控えていた。