観覧車を降りた頃には、辺りはもう薄暗くなってて、園内のあちこちが色とりどりのネオン照明で彩られていた。
 「ちょっと歩こっか」って明人のひんやりした手が俺の手を握る。
 その手をどうするのが正解なのかわからなくて、結局手は繋いだまま、俺は半歩先を歩く明人に着いていく。
 途中で売店に寄って、瓶のラムネを拝借してから、俺たちはライトアップされた広場の噴水の前までやって来た。
 水面が揺れて光がきらきら乱反射して、宝石を敷き詰めたですみたいに綺麗だ。
 ふたりしかいない遊園地で、恋愛映画の中でしか見たことがないような古典的でロマンチックなシチュエーション。
 顔が熱い気がするし、繋いでる手のひらは多分今汗でビッチョビチョだ。
 ひとりで沸騰直前のヤカンみたいになってる俺に、明人は「そんなに意識されるとキンチョーしちゃう」と苦笑。
 だ、誰のせいだと思ってんだこいつ……。

「俺ね、あおちゃんのこと好きだよ。 子どもの頃からずっと好きだった」

 キスされてからある程度心構えはしていたから、告白自体にそれほど衝撃はなかった。
 明人の手は反対の手に持ったラムネの瓶よりも冷たいのに、触れ合った肌から熱量みたいなものが込められてるのが伝わってくる気がする。

「びっくりさせてごめんね。 嫌だった?」

「い、やじゃないけど。 ……てか、何でキスするのにマスクしたままだったんだよ。 普通はマスクくらい外すだろ」

「だって。 ちゃんとしたキスはあおちゃんの気持ち、確かめてからしたかったから」

「気持ちって、」

「あおちゃんは俺のことどう思ってる? 恋人として有り? それともただの幼馴染み?」

 ど、どうって……、いきなりそんなこと聞かれても……。
 誰かに好きだなんて言われたことないから、どう反応したらいいのかわかんないよ。
 でも、本当に嫌だとかは思わなかったんだ。
 キスだってびっくりしただけだし、こうして手を繋いでても振り払いたいとか思わない。

「……ちょっと、考える時間が欲しい、です。 俺も、明人のことは大スキだよ。 好きって言ってもらえて、すごく嬉しい。 でもそれって友情のスキだと思うから。 これがキスするスキかどうかだなんて、考えたことないから。 だから、よく考えもせずにこの場の気持ちに流されて答えて、お前の望んでるものがちゃんと返せなかったらすごく申し訳ないなって」

「……そっか」

 明人は静かに目元を細めて、それからふいっと光る噴水に視線を向けた。

「こんな時に告白だなんて、俺、卑怯だよな」

 でも、言わずにはいられなかったんだ。
 そう言って、明人はチカチカと黒目の中に幾数もの光の粒を煌めかせる。

「全部が終わっちゃう前に、あおちゃんに好きだって言っておきたかったんだ」

「え……?」

 瞬間、噴水がぶわっと水柱を上げて真っ白い飛沫を立てた。
 音楽が流れはじめて、それに合わせてライトの色が赤、ピンク、オレンジ、紫、緑、水色と目まぐるしく変化していく。
 多分、決まった時間になったら噴水ショーが始まるよう、あらかじめプログラムされてたんだこれ。
 ライトアップされた噴水の水は、勢いの強弱をつけながら夜空をキャンパスに何本もの光のアーチを描き、花火を思わせる幾何学模様の大輪をいくつも咲かせていった。
 水飛沫の涼しいミストを顔に浴びながら、俺たちはしばらくその水と光のイルミネーションに並んで見入っていた。
 体感で、一分くらいだっただろうか?
 音楽が一曲終わろうって時に、ぶつりと不自然に音が途切れる。
 音楽が途切れたのと同時に、遊園地全体から一斉に明かりが消えた。
 それまで賑やかだったアトラクションは、魂が抜けたように動かない鉄の塊と化してしまった。
 音と光が消えた真っ暗な遊園地の姿を見て、俺はようやく何が起こったのか理解する。
 ……ああ、終わっちゃったんだって。
 電気、とうとう止まったんだって。

「帰ろっか」

 明人に手を引かれるまま、まだ噴水に後ろ髪を引かれながらも俺は入場ゲートに足を向ける。
 さっきまでの賑やかでキラキラしてた世界が、嘘みたいに静かだ。
 雑草の青臭さが、湿気を孕んだ夜風に混じって今はやけに鼻につく。
 電気のない遊園地は想像の百倍暗くて、今日は昼間曇ってたせいか星明かりも遠い。
 この暗闇の中ではぐれないようにって、俺はしっかりと明人の手を握り返しながら彼に着いていく。
 もう片方の手には、汗をかいたラムネ瓶。
 せっかく冷たいの持ってきたのに、結局飲みそびれてしまったな。
 歩くたびにカロン、カロンと瓶の中で揺れる青いビー玉だけが、噴水ショーの余韻をひっそりと奏でている。
 あの卒業式の日から、二週間後の出来事だった。