駅から歩いて10分弱、錆びたネオン看板が傾いた、遊園地のゲートが見えてきた。
存薇元町(ありみもとまち)ロックローズランド』──山間にひっそり佇む、レトロメルヘンな遊園地だ。
 昭和後期くらいに開業したらしいけど、バブル?が弾けて客が減って、2000年代に一度は閉園した中規模遊園地だ。
 地元有志の出資で細々と再開したって話だけど、管理人も常駐しない放置状態で、経営はずっと閑古鳥が鳴いてる状態だったんだって。
 園内にはバグったみたいなオルゴールのメロディが、同じパートを延々とループしながら奏でてる。
 歩いて30分くらいで一周できるくらいのこぢんまりした敷地に、ペンキが剥がれたメリーゴーランドやコーヒーカップが並んでて、ツタや雑草が絡まるアトラクションは、いかにも廃墟って感じ。
 メイン広場の花壇には、昔は色とりどりの花が植えられていたらしいけど、今は雑草が伸び放題だ。 地元の子供なら誰でも一度は遠足で来たことある、みたいな思い出の場所。
 俺も小学校の時、確かこの辺でお昼ごはん食べたんだっけ、なつかしいなぁ。
 きょろきょろしながら歩いてると、石畳の段差につまづいて危うく転けそうになる。
 それを、「危ないっ」と咄嗟に明人が腕を掴んで支えてくれた。

「ご、ごめん。 助かったよ、ありがと」

「いえいえ、どういたしまして。 それよりあおちゃん、俺最初はジェットコースター乗りたい! 早く行こ!」

「わわっ、引っ張んなって」

 明人は朗らかに目元を細めながら、もう待ちきれないとばかりに慌てる俺の手を掴んだまま駆け出した。
 駅とは打って変わってガラガラの園内で、誰の目を気にするでもなく俺たちははしゃぎまくる。
 先ずは定番のジェットコースター。
 機械室に座りっぱなしのスタッフゾンビが操作盤のボタンを押して、出発進行だ。
 最前列に俺たちを乗せたコースターは、少しずつレールを登っていって……からの、一気に急降下!&絶叫!
 ここ以外ではなかなか味わえない無重力と、風圧の爽快感。
 俺たち以外にはゾンビしかいないから、遠慮なく大きな声を出せる。
 三周する頃には三半規管がおかしくなって、平坦な地面でもしばらくフワフワした感覚が続いてた。
 次に乗ったのはコーヒーカップ。
 淡いピンクと水色の少女趣味なカップに、明人とふたりで向かい合って座る。
 疎らに雑草が生えた広場で、ぎゅるんぎゅるんと明人が思いっきりハンドルを切るもんだから、俺はすっかり目が回ってしまった。
 疲れたら休憩がてらに広場のベンチに座って、持ってきたお弁当を食べる。
 冷凍食品ばっかりだけど、けっこうそれっぽく詰めれたんじゃない?
 食べ終わったらまた遊ぶ。
 今ならメリーゴーランドの白馬にだって恥ずかしがらずに跨がれるし、遠慮せずにパンダカーにも乗れちゃう。
 あ、でもミラーハウスだけは明人が苦手だからってやめといた。
 それ以外の乗り物は、順番待ちで並ぶ必要もなく遊びたい放題だ。
 なんたって、世界はもうとっくに滅んでいるのだから。

「あおちゃん、次観覧車乗ろ! 今乗ったら絶対凄いから!」

 明人の声でハッとする。
 夢中で遊んでたから気付かなかったけど、もうほんのり夕方だ。
 空はオレンジ色に染まり始めていて、今観覧車に乗ったら窓から見える西陽がさぞかし綺麗なんだろうな。
 俺たちは、観覧車の赤と白のストライプ模様のゴンドラに乗り込んだ。
 ゴンドラはゆっくり上がっていって、少しずつ地上が遠ざかっていく。
 窓にへばりついて下を見下ろすと、人のいない園内がよく見渡せた。
 さっきまで遊んでいた乗り物たちが、ミニチュアの玩具みたいにどんどん小さくなっていく。

「そういえばさ、あおちゃん知ってた? 遊園地で観覧車に乗ったカップルは別れる確率が高いんだって」

「ああ、なんかその手の話ってよく聞くよな。 てかそもそも遊園地デートするような年代のカップルが結婚までいく方が稀だろうに」

「一応、『この人と15分間密室でふたりきりでいるのが耐えられない』って判断して別れる説もあるにはあるよ」

「ふーん。 たった15分間すら我慢できない相手と何で付き合おうとか思うんだろ。 15分とか、友達相手ならあっという間なのに」

「……そうだね」

 窓から射し込む光を食べて、ゴンドラの中は夕焼け色でいっぱいになる。
 山並みの向こうには俺たちの住む町が見え、その向こうには海が見えた。
 やがて、観覧車は頂上に差し掛かる。
 俺は眩しさに目を細めながら、朱をぶちまけたような一枚の絵画みたいな光景に息を呑んだ。

「すご! 見ろよ明人! 山も海も、全部燃えてるみたいだ!」

 興奮して身を乗り出す俺の傍に、明人も顔を近付けてくる。
 一緒に窓の外の景色を見るつもりなんだと思って顔を上げたら、思いの外近くに明人の顔があってびっくりした。

「あ、」

 ハッカ。
 そう思った瞬間、マスク一枚隔てた明人の唇が、俺の唇に押し当てられてた。
 固まる俺。
 明人はすぐに離れていって、窓の方を向いて「すごい夕焼けだね」って何でもない風に言う。

「これは知ってた? 観覧車のてっぺんでキスしたら、ふたりは結ばれるってジンクス」

「え? あ、う、うん……?」

 俺は咄嗟に言葉が出てこないくらい頭の中が真っ白になってて、ろくな返事もできなかった。
 数十秒後、自分の心臓がめちゃくちゃ速く脈打ちしてることに気付いて、じわじわ目の周りが熱くなってくる。
 明人も以降は、ゴンドラが地上に戻るまでの間ずっとだんまりだった。
 ただこの時、夕陽に照らされた明人の色白の横顔が、マスクごと真っ赤に染まってたことだけは覚えている。