スクリーンの中では、定年退職したおじさんと柴犬がワゴン車で世界を旅するロードムービーが流れてる。
 犬が病気で余命幾ばくもないから車で旅に出るらしい。
 いや、病気の犬には旅は車での大変だよ。
 ちゃんと安静にできる場所でゆっくり過ごさせてあげてほしいんだけど。

「これ面白いの?」

「わかんない。 でも犬はかわいい」

 持ち込みのコーラとポップコーンをつまみつつ、映画を観ながら雑談。
 『上映中はお静かに』って入り口のポスターに書いてあったけど、俺たち以外の客はいないから騒いでも全然平気だ。

「あおちゃん動物系好きなんだ。 俺はこういうまったりしたの眠くなるんだよね。シアター3のゾンビパニックものの方が面白くなかった?」

「俺はシアター12のアニメが良かったかな。 子供向けかと思ってたら意外に話濃くて」

「あ、わかるわかる。 最近のアニメって映像とかすげーよな」

「な。 でも流石に毎日同じ映画しかやってないと、そろそろ飽きてくるな」

 ここ一週間くらい毎日映画館に缶詰めだったから、ずっと座りっぱなしでケツがいたい。
 まだ放映中だったけど、俺たちは途中離席して外に出ることにした。
 本日の空はどんより曇り気味。
 テレビの画面はいつつけてもカラーバーて、新しいニュースが流れることはない。
 一応ネットはまだ繋がってるけど、天気予報は更新されないから雨が降るかどうかはわからない。
 
「あおちゃん、次はどこ行く?」

「そうだな……」

 食糧集めが一段落ついた俺たちは、現在全力で遊び歩いてる真っ最中だ。
 ゲーセン、カラオケ、ボーリング。
 思いつく限りの遊び場に行って、俺は外に出られなかった間の時間を取り戻すみたいに明人と一緒に毎日遊び倒してる。
 もう人目なんか気にしなくていいから、出歩くのがちっとも怖くない。

「遊園地とかどう? 確か、駅ふたつ向こうの町に小さい遊園地あっただろ。 小学校の遠足でよく行ってたとこ」
 
「お、いいね。 じゃあ弁当持って電車で行っちゃおっか」

「ゾンビが運転する電車乗んの怖ぇー! ちゃんと停まんのかな?」

「一応駅では停車してくれると思うよ? 踏み切りに入ってきたゾンビは毎日轢き殺しまくってるけど」
 
 そうと決まれば、俺たちは早速近場のコンビニへ。
 使い捨てのプラ容器に冷食のおにぎりとか唐揚げとか、好きなおかずをめいいっぱい詰めてレンジでチン!
 割り箸とお手拭きと一緒にレジ袋に入れたらちょっとしたピクニック気分で、さあ、出発だ。
 ところが、いざ駅までやって来て俺たちは、改札口の前で思わず足を止めた。
 いや、止まらざるを得なかった。
 目の前の光景が、あんまりにもあんまりだったからだ。

「うげ~っ、なんじゃこりゃ」

 改札前は、まさに地獄絵図だった。
 ボロボロのスーツを纏った社畜ゾンビたちが、改札機に引っかかってごった返しになっている。
 ブザーはビービー鳴りっぱなしなのに構わず進もうとするから、改札が開いた途端に先頭のゾンビが前のめりに転倒。
 するとすかさず後ろに並んでたゾンビが進み出て、閉まった改札に挟まれる。
 で、また改札が開いたら先に倒れてるゾンビに躓いて、その上に将棋倒しみたいに転倒。
 絵画の『ゲルニカ』ってあるじゃん?
 あの美術の教科書に必ず乗ってるやつ。
 あれを実写化したらきっとこんな感じだ。
 改札機の間にどんどんゾンビが物理的に積み上がっていってて、臭いも凄まじくてとても通れそうな状況じゃない。

「改札ヤバすぎだろ。 今まで行った施設の中で、ここがダントツでゾンビ多くない?」

「遊びに行くよりも、仕事とか学校に行く習慣反芻してるやつの方が圧倒的に多いんだよ。 現代人だから仕方ないよね」

「そっかぁ……」

 改札の周辺はゾンビたちの千切れた腕や足が虫のように蠢いていて、近付くのにもちょっと抵抗がある。

「どうする? 電車はやめとく?」

「線路脇の柵から入っちゃお。 どうせ無賃乗車するんだからどこから入っても一緒だよ」

 それもそっか。
 明人に促されて、俺たちはフェンスをよじ登ってなんとか駅の中に入り込んだ。
 ホームに上がったら上がったで、そこもまたゾンビだらけ。
 白線の内側で、大人しく列を作って並んでる乗車待ちゾンビたち。
 だけど、軽快なメロディのあとに『間もなく電車が参ります』っていう機械アナウンスが流れた途端、ゾンビたちわっと一斉に前のめりになって白線を乗り越えていく。
 改札前と同様に押し合いへし合いになって、最終的にはゾンビ同士が団子みたいに絡み合って線路に転がり落ちていった。
 そのタイミングで電車が容赦なくホームに滑り込んできて、グシャグシャグシャ!!
 電車がゾンビ団子をまとめて轢き潰す。

「……うぷっ、」

 映画館で観たゾンビ映画の比じゃないくらい赤黒い肉片が線路内に飛び散りまくって、なんともグロい有り様だ。
 ドアが開いて、俺と明人は誰もいない車両に悠々自適に乗り込む。

「電車が空いてラッキーだね!」

「……そうだな」

 明人のやつは全然平気そうだ。
 俺はまた気持ち悪くなっちゃって、電車の隅でさっきコンビニで食べた冷凍チャーハンをこっそり吐いた。
 もう多少のことでは驚かないって思ってたんだけど、やっぱグロいものはグロい。
 カタンと車体が揺れて、ドアが閉まる。
 電車は線路の染みとなったゾンビたちに構うことなく、時刻表に書かれた時間ぴったりに隣駅に向かって走
り出した。