3、2、1、スタート。
閉めっぱなしのカーテンの隙間から、長細い光が差し込んでくる。
今日もこの世の万人に等しく、新しい朝がやって来たのだ。
『おはよう! さあ、元気に外に出よう!』
そう急かすみたいに、朝陽の光が夜スマホで疲れた俺の目をチクチクと焼く。
この爽やかな明るさは、きっと普通の人間にとってはポジティブな気持ちになれる希望の光なんだろう。
学生にとっては学校に行こうの光。
社会人にとっては会社に行こうの光。
でも俺にとっては、「お前は普通の人間が普通にできることすらできない出来損ないだ」って責められるみたいな絶望の明るさだ。
「なんで明けない夜はないんだろ。 ずっと夜のままだったらいいのに」
いたたまれなくなって、俺は布団を頭から被り直して明るい窓辺から目を背ける。
俺はいわゆるひきこもりってやつだ。
高校二年の時から学校に行ってなくて、かれこれもう三年経つ。
はじめは色々うるさく言ってきた両親も、もう今はノックさえしてこない。
学校からも親からも見放されて、俺、今年でもう二十歳になるのか。
高校も卒業できなかった中卒ドロップアウト駄目人間のくせに、年齢だけはいっちょまえに成人か。
……ハァ、どうでもいい。
このまま布団の中で泥みたいに溶けて、存在ごとこの世から消えられたらいいのに……。
もう、どうだって……
ガシャーン!!
唐突な破裂音がしたかと思うと、勢いよく布団が剥ぎ取られる。
何が起こったのか理解できなくて固まる俺に、元気な挨拶が浴びせられた。
「おはよーあおちゃん! いつまで寝てんの? もう朝だよ!」
「ぅえっ!?」
閉めきっていた部屋に風が吹き込み、カーテンが捲れあがる。
先ほどとは比べ物にならない光が雪崩れ込んできて、眩しさに俺は咄嗟に目を細めた。
「ほらほら、起きてお寝坊さん。 着替えてご飯食べて、学校行こ?」
だ、誰だ? 強盗?
てか、『あおちゃん』って呼び方されたの小学生以来なんだけど……。
明るくなった視界に徐々に目が慣れてきて、割れた窓を背に、対面に誰かが鉄パイプのようなものを持って立ってる姿が映る。
「あおちゃん、葵兄ちゃんってば。 おーい。ひょっとして、目ェ開けたまま寝てる?」
「……もしかして、明人?」
「なんだ、ちゃんと起きてるじゃん」
目の前にいたのは、幼馴染みの赤坂明人だった。
会うのがすごく久しぶりだし、マスクをしてるから顔半分は見えないけど間違いない。
だって、俺のことをあおちゃんだなんて呼ぶのは明人だけだから。
明人は隣の家に住むふたつ年下の幼馴染みだ。
年は離れてるけど、集団下校でいつも行き帰りが一緒だったんだよな。
父子家庭でお父さんがすごく忙しい人らしくて、放課後はよくそのままうちに遊びに来させてたんだっけ。
俺が中学に入ってからは殆んど会わなくなって、疎遠になっちゃったけど……でも、なんで明人が俺の家に?
だぼついた白の長袖パーカーを羽織った明人は、人懐っこい猫みたいな笑顔で混乱する俺の手を掴んで引っ張り起こす。
「ほら行こ!」
「ぅあっ、まっ、ま、」
三年ぶりに誰かと話すせいか舌が縺れてしまって、「ちょっと待って」が上手く言えない。
明人は思いの外力が強くて、引きこもりで体力がない俺は強引に部屋の外に連れ出される。
てか、こいつ土足じゃん!
父さんと母さんに怒られる!
そんな俺の焦りなんかちっとも気にした様子もなく、明人はニコニコと勝手知ったる他人の家だ。
顔を濡れタオルで拭かれて、クローゼットにしまいっぱなしだったブレザーを着替えに押し付けられて、朝ごはんのコーンフレークを食べさせられて。
そうやってあれよあれよと支度を整えられたあとは、手ぶらのまま半ば引きずられるように家を連れ出される。
家の鍵かけてないんだけど!?
「め、明人っ! お、おれっ、学校は……!」
「いいからいいから!」
有無を言わせずって感じで、明人は制服姿の俺を引っ張って通学路を駆けていく。
昔よりも高い位置にある明人の白い襟足からは、仄かにハッカみたいないい匂いがした。
