朝6時にセットしたアラームで目が覚める。
秘密基地みたいなキャンピングカーの狭いベッドで胎児みたいに丸まったまま、手探りで枕元のスマホを手に取りスヌーズを解除する。
ここが家だったならこのまま二度寝するとこだけど、だめだめ、今日はちゃんと時間通り起きるって決めてんだから。
「んん、……あおちゃん、おはよ。 ふあぁ……」
隣で明人が眠そうに目を擦っていた。
俺たちはお互い何度もあくびを連鎖させながら車を降りる。
場所は昨日の夜駐車したガソリンスタンドだ。
顔を洗って液体歯磨きで口をゆすいだら、『チャン、チャラララン、ラン、ランランラン』スマホで音楽を鳴らしながら洗車機の前で朝のラジオ体操を始める。
「あ、こら明人。 デジカメばっか弄ってないでお前もやれよ」
「あとでね。 先にあおちゃんが体操やってるとこ撮りたいから」
ずっと車に乗ってたら身体バキバキになるから、朝は最低一回はラジオ体操しようなって約束だったのに。
「あとで首痛くなっても知らないぞ」
ラジオ体操が終わったら、朝ごはんを用意する。
今朝のメニューは粉末スープに缶詰めのパンを浸したやつと、水煮の豆と乾燥たまねぎをマヨネーズと粒マスタード和えたやつ。
別に俺は食べなくてもいいんだけど、明人が気にするから食事は一緒に食べてあとでこっそりトイレで出してる。
「あおちゃん、今日のごはんおいしい?」
「おいしいおいしい」
「良かった」
最近はもうあんまり味とかよくわかんなくなってきてるはずなんだけど、明人と一緒だとなんでも美味しい気がする。
食後はもういっかい歯を磨いて、ガソリンの補充が終わったら本屋から持ってきた紙の地図で昨日決めた今日進む予定のルートのおさらい。
「そろそろ出発しよっか」
明人が運転席に乗り込んで、俺は助手席に。
ダッシュボードの上にデジカメのレンズをこっちに向けた状態で設置して、エンジンをかける。
俺たちの現在地は、どっかの国道だ。
そろそろ暑くなってきたから、本格的に夏が来る前に東北の寒い場所を目指している。
「雪がたくさん積もってる、スキー場とかあるところがいいな。夏でもアイスが溶けないような、寒ーい場所に行こうよ。 ね?」
「俺はアイスじゃないんですけど?」
まあ、ちょっと遅い卒業旅行も兼ねた、避暑地巡りデートってやつだ。
明人の運転だが、のみこみが早いのか今じゃすっかりハンドル捌きが板についている。
初めての時はあんなに色んなところにぶつけまくってたのが嘘みたいだ。
「あおちゃん、何か歌ってよ」
「やだ! だって撮ってるじゃん」
「いいでしょ、俺、あおちゃんが歌ってるとこ撮りたーい」
「じゃあ、お前も一緒に歌うならいいよ」
明人は記録に残したいからって、暇さえあれば動画ばっかり撮ってる。
デジカメは29分59秒まで動画を撮影できるから、毎日SDカードの容量限界まで撮影して、一日の終わりにノートパソコンにデータを移して保存してるらしい。
データが溜まったら編集して、そのうちアルバムにするんだってさ。
一時間に一回は休憩を挟んで、トイレに行ったりコンビニで必要なものを物色しながら俺たちは宛もなく北を目指し続ける。
昼は適当にカップ焼きそばを食べて、日が暮れる前までには今夜車を停める場所を決める。
どんなにガソリンに余裕があっても、車中泊する場所は絶対パーキングエリアかガソリンスタンドだって決めてる。
近くにガソスタがない時は、コンビニの駐車場に停めてる。
万が一にでも車が起きて、何もない場所で立ち往生することになったら困るから、そこは慎重だ。
あと対向車がないとはいえ、やっぱり真夜中の運転はまだ怖いしね。
暗くなる前に夕飯の支度をする。
今夜は飯盒で炊いたご飯と、温めたレトルトパウチの親子丼。
薪でご飯炊くのもさ、結構上達したんだぜ?
ほら、今日炊いたやつなんかどこもベチャッてなくて、つやつやピカピカでお米が一粒一粒立ってる。 どうよ、この輝き!
夕食後は沸かしたお湯でタオルを濡らして、身体を拭いてる。
一応車でもシャワー浴びれるんだけど、水のタンクの補充が重くて意外と大変でさ。
シャワーはガッツリ汚れた時だけ使うことにしてるんだ。
今の時季は日が長いから、19時くらいまでは明かりは点けないかな。
火元の処理から歯磨きまで終わらせて、ふたりでベットに入る。
この時に一時間だけ車のライトを点けて、地図の確認と明日の走るルートをふたりで相談して決めてる。
ライトを消してからも、明人がノートパソコン開いてるからちょっと明るい。
暗闇の中で.今日撮った動画のデータをデジカメから抽出してひたすら保存する作業を、俺は横からぼーっと眺めてる。
その作業が終わって、デジカメの充電をセットしたらあとはもう消灯するだけだ。
エンジンの残響と、唸り声みたいな風の音を聞きながら、真っ暗な車の中で明日に備えてタオルケットを被って目を瞑る。
「……あおちゃん」
明人がか細い声で、俺を呼ぶ。
「あおちゃん、そこにいる……?」
明人の怯えた指先が、俺の手を探してるのがわかる。
「……いるよ、隣にいる」
俺は暗闇の中でそっと手を伸ばす。
冷たい指が絡み合って、ぎゅっと握り返すと、明人の息が小さく漏れた。
前はあんなに夜が明けることが疎ましかったのに、今じゃ朝が待ち遠しいと思うなんてな。
そのままふたりで寄り添って、化け物のような濃く深い宵闇に沈みながら朝を待つ。
