道端にはゾンビがふらふらと徘徊している。
 腐敗が凄まじくてもう男か女かも判別つかなくなってるけど、杖をついてるから生前は散歩が趣味のご老人だったと見た。
 気付かれないようにそーっと近付いて、鉄パイプで後ろから腰をガツン!
 心の中でごめんなさいと謝りながら、倒れたゾンビを台車に乗せて急いで学校に運ぶ。
 グランウドの真ん中では囂々とキャンプファイヤー……ならぬ、ゾンビファイアーが激しく燃え盛っていた。
 そして、そのゾンビファイアーから少し離れた場所で、俺が運んできたゾンビやスーパーの腐った食品なんかを、明人がぽいぽいと片っ端から火にくべていってる。

「明人、このひともよろしく」

「さんきゅ、あおちゃん。 重かったでしょ」

 明人は俺から台車を受け取ると、呻いてる徘徊ゾンビの溶けかけの腕を軍手を嵌めた手で掴んでファイアーの中に投げ込んだ。
 う゛……、やっぱ燃えてる近くだと一層臭いが酷いな。
 ただでさえ熱気のせいで身体が痒いのに、肉の焼ける脂臭に腐った豆乳みたいなエグい酸臭が混ざってて余計気持ち悪くなってきた。

「火元が近いと臭いきついでしょ。 離れてなよ」

「明人こそ無理すんな。 そっちばっか燃やす役で、臭いとか直にきてしんどいだろ」

「俺はマスクしてるからヘーキだよ」

 久々の重労働にへとへとになってる俺とは正反対で、明人は陶器みたいな白い額に汗ひとつかいてない。
 やっぱ長くひきこもってた分、俺って平均男子に比べてめちゃくちゃ体力落ちてんだな。
 自覚はあったつもりだけど、実際に事実を目の前に突きつけられると凹むなぁ。
 

 ここのところめっきり暑くなってきたせいか、ゾンビたちの腐敗の進行具合が著しい。
 ただでさえ虫が沸いてるのに、このまま放置してたら本格的に夏が始まった時に地獄を見ることになりそうだ。
 というわけで、俺たちは俺たちの生活圏内にいるゾンビたちを燃やすことにした。
 あと、ついでに行きつけのスーパーの腐ってる商品も一緒にカゴごと燃やしてる。
 何で学校のグランウドでやってるかっていうと、学校だったら防災水利としてプールの水が使えるから、万が一燃え広がった時に対処しやすいと思って。
 あと、単純に広いしね。
 ダイオキシン発生しまくりの環境破壊しまくりだし、ゾンビとはいえ本人の許可なくご遺体を勝手に燃やしてしまうことに対しては申し訳ない気持ちもちょっとある。
 でも、これは俺たちがこの先生きていくために必要なことなので許してほしい。
 手順は俺が徘徊ゾンビを見つけしだい襲撃して、用務員室から持ってきた台車に乗せて学校に運ぶ役。
 グラウンドでは明人が火の番をしながらゾンビを燃やす役と、仕事を分担している。
 終わりの見えない作業かと思いきや、二週間も続けていれば外を出歩いてるゾンビは粗方片付いた。
 大半の外を出歩くゾンビたちの多くは、電気が動いてた時に電車が轢き潰してくれてたおかげかも。
 どうせ今すぐ急いでやらなきゃいけないこともないんだし、そのうち供養代わりにこの町にいるゾンビたち全員燃やしてあげられたらいいな。

「……ふう」

「あおちゃん、疲れちゃった? ちょっと休憩にしよっか」

「うん」

 俺たちはプールサイドのテントの日陰に移動して、適当に腰を下ろした。
 臭いがえげつないけど、熱元から離れるだけでだいぶましだ。
 ゾンビたちは炎の中でしばらくもぞもぞと尺取り虫みたいに動いていたけど、そのうち肉体が崩れて動かなくなっていった。
 ゾンビファイアーの周辺に巻き上がる温風が、上の空気をゆらゆらと磨りガラスの表面みたいに揺らめかせてる。
 そのゆらゆらを眺めているうちに、ゾンビファイアー作業を始めてからぼんやり考えていたことがふと口から洩れた。

「俺の父さんと母さんもさ、今頃どこかでゾンビになってるんだよな」

 隣で明人がはっとしたように目を見開いて、それから視線を地面に落とした。

「心配、だよね。 おじさんもおばさんも」

「うーん……それがそうでもないような」

 プールのフェンスにもたれかかって、体育座りの腕と膝の間に顔を埋める。

「引きこもってる間、いつからふたりが家からいなくなってたかにすら気付けなかった。 ふたりがいないこと、俺にとってそんなにたいしたことじゃなかったのかも。 例えば今ふたりがあそこで燃えてたとしても、悲しいとか全然感じないと思う。 家族なんだから、ふたりには育ててもらった恩があるんだから、ちゃんと悲しまなきゃなんないのに」

 俺って結構薄情なのかも、とごまかし笑い。

「……それは違うよ、あおちゃん」

 隣に座る明人が、こてんと俺の右肩に頭を預けてくる。

「今のあおちゃんは悲しくないふりしてるだけだよ。 今までいっぱい傷付けられてきたから、『辛くない、悲しくない』ってずっと自分に言い聞かせてきたんでしょ? 辛くて悲しい気持ちに蓋をして、何にも感じてないふりして……それでも気持ちがもたなかったから家の中にとじ込もって、必死に自分を守ってきたんじゃないか。 もうそんなことしなくてもいいんだよ。 あおちゃんを傷付けるやつはみんな死んだんだ。 行きたい場所があるなら俺がどこにだって連れてってあげる。 辛いなら辛いって、悲しかったら悲しいって、自分の気持ち、素直になっていいんだよ」

「明人……」

 マスクで覆われてて鼻から下は見えない。
 けど、明人の表情は俺なんかよりもずっと辛そうだ。
 ……なんでお前がそんな顔するんだよ、変なの。
 俺は立ち上がって、明人の手をとった。
 戸惑いながらも明人は俺に釣られて立ち上がる。
 俺はそのまま明人の手を引いて、プールサイドを後ろ歩きで一歩、二歩、三歩──ドボン!

「わあっ!?」

 跳ね上がる水飛沫に、明人の悲鳴。
 ゾンビを焼く臭いですっかり麻痺してた鼻に、つーんと塩素のにおいが抜ける。

「う~、つめたっ! やっぱまだちょっとプール開きには早かったな」

「いきなり何するの、あおちゃん!」

 服を着たままのプールへの飛び込みに、道連れにされた明人は不服そうに抗議の声をあげる。
 いつも俺が引っ張り回されてるから、たまにはおかえしだ!

「ちょっ、ちょっと、冷たいって。 水掛ないでよ~」

「あははっ」

 バチャバチャって反撃されて、プールで子どもみたいな水の掛け合いっこ。
 困ったような顔をしてるけど、案外明人もまんざらでもなさそう。
 目が染みて涙が出るのは、きっとプールの水のせいだ。
 ちょっと手が疲れてきたから、プールのへりに上がって腰掛けた。
 明人は先に上がってて、プールサイドの隅でパーカーの水を絞ってる。

「明人。 ありがとな」

 いっぱい俺のこと気にかけてくれてさ。
 お前が隣にいてくれてるから、こんな状況でも俺は笑っていられるんだ。
 お前だって家族のこと心配だろうに。
 ……そういえば、明人はゾンビパンデミックの間、家の地下シェルターに避難してたって言ってたな。
 確か、おじさんが地方の菌学研究所勤めなんだっけ?
 それで自宅の地下に持ち帰り仕事用のシェルターがあるとかなんとか、そんな話を昔聞いたことがあるような気がする。

「なあ明人、おじさんはどうしてるんだ? もし良かったらふたりで探しにいかないか? お前が地下シェルターに避難してたのと同じように、もしかしたらおじさんも安全な場所に逃げて助かってるかも」

「ん? んーー……」

 明人はこっちに背を向けて「そのうちね」と歯切れの悪い返事をかえした。
 なんだ? 明人、おじさんと何かあったのか?
 俺が覚えてる限りでは、たまに会うおじさんと明人はちょっと羨ましくなるくらい親子仲良さそうだったんだけどな。

「それより今は、あおちゃんと一緒にいたいかな。 ほら、生活基盤もまだまだ不安定なところあるし。 他のことはもうちょっと落ち着いてからがいいよ」

 だから、今はゾンビファイアー頑張ろ?と。
 振り返った明人はわざとらしいくらいのつくり笑顔だった。
 この時俺は、もしかしてこいつにも俺みたいに触れられたくないことがあるのかなって、必要以上に余所の家庭の事情に踏み込んでおじさんのことを深く追求するのはやめておこうって。
 何かをはぐらかすような明人の態度に対して、そんな程度くらいにしか思ってなかったんだ。