美青年海斗は、萌黄の荷物も既に回収していると教えてくれた。
 
 水を少し飲もうと言われて、海斗に優しく支えられる。
 その時、部屋の外からものすごい音が聞こえてきた。
 まるで嵐が近づいてくるような……。

「海斗様!?」

 ノックもせずにドアが弾くように開かれた。
 ベッドの萌黄を守るようにして、海斗が立ちはだかった。

 派手な振り袖を着た真白だ。

「誰です? 突然に不躾な」

 静かではあるが、威圧的な声で海斗は尋ねる。

「海斗様、どうして此処に!? まだ留学はあとニ年はあるはずですのに!! 萌黄!? あんた、海斗様のベッドから出なさいよ!」

 真白が頬を染めながら海斗に話し、萌黄には怒鳴る。

「おやめなさい! 萌黄姉さんは今、絶対安静です。 君は、一体誰なんです!」

「彼女は妻の妹だ。海斗。お前が失礼だぞ」

 後ろから部屋に入ってきた陸一郎が、メガネを中指で直しながら言った。

「兄さん……この方は萌黄姉さんの、妹さん……? すみません。見知らぬ方で……」

「海斗様はとぼけていらっしゃるのですわ。私は魔道具塾で一緒に学んだ生徒なのですもの。見知った仲ですわ」

「塾で……? 記憶にないが……いえ、失礼しました。冠崎家の次男の海斗です」

「も、もちろん知っております……! とてもよく知っておりますわ!!」

 真白が更に頬を染めて、微笑む。
 いつも高圧的な態度なのに、何故か控えめに純粋な乙女のように一歩下がっている。

「海斗、何故お前がここにいる」

「そんな話はあとですよ。萌黄さんがメイド達に暴力を受けている場面を目撃したんです。怪我を負わされ熱が出て、危険な状態だったんですよ」

「そうか」

「そうかって……それに彼女はメイドとして働かされ、人の住むような部屋ではない部屋に住まわされていた……一体どういう事なのですか」

「か、海斗様。それはですね」

 真白がまた珍しく慌てた様子だった。

「愛だよ、海斗」

 陸一郎が静かに答える。

「あ、あい……?」

「萌黄は我が妻として、いささか我儘でね。躾が必要だっただけだ」

「……えっ……そんな私は我儘なんて……」

「そうそう! お姉ちゃんはワガママ過ぎるのよ! それに逃げ出そうとして、冠崎家に迷惑をかけようとするから仕方なく……ねぇ?」

「真白の言うとおりだ。うちの顔に泥を塗るような行為を軽々しくするものではない。わかるだろう海斗。この娘には常識が足りぬ。ただの躾だ」
 
 萌黄は二人の主張に愕然とした。
 これで海斗も納得して、またあの部屋へ戻されてしまうのではないか……。
 まだ熱が引かないが、恐怖で涙が溢れてきてしまった。

「躾? 兄さん、妻は物でも道具でもない。萌黄姉さんがそのような行動に至った理由をしっかり聞いて、話し合えばいいだけだ。兄さんのやっている事は明らかにおかしい」

「お前が口を出す話ではない」

「そちらの妹さんは随分とこの話に詳しいようではありませんか。では弟の俺が介入するのは何もおかしいことではありませんね。萌黄姉さんをあの部屋には戻すことはしないし、メイドとして働かせるなど二度としない」

「……正義感気取りか? じゃあどこに住まわせる気だ? まさか兄の妻を、弟のお前が自分の部屋に住まわせると……?」

「今は、緊急で俺の部屋で診察を受け看病をしただけです。客室だって三室あるでしょう?」

「客室は全て真白が使っている」

「三室を全部?……妹さんは、何故この家に滞在しているんです? 結婚してもうニ週間ですよね」

「帝都で暮らしたいという希望を叶えるという、ご両親との約束だ。勉強部屋に使う部屋もあるし衣装部屋にしている部屋もある」

「……それがおかしいとは思わないのですか?」

「何がだ」

「……陸一郎さん……お願いです。私をこの家から出してください……」

 萌黄としては、解放してくれるだけでいい。
 あの地獄以上の地獄など、ないと思う。

「駄目だ。それとも慰謝料を一千万でも払えるのか?」

「い、一千万……?」

「新婚で一方的な離縁申し立てだ。私がどれほど世間から白い目で見られるか……一千万円でも安いくらいだ」

「兄さん……それは脅しです!」

「黙れ海斗! 萌黄、お前を家から出すことなどしないぞ……! さっさと女中部屋へ戻れ……!」

 絶望で萌黄の目の前が真っ暗になる。
 
「それでは……! それでは萌黄姉さんには、俺の工房で暮らしてもらいます……!」

 海斗が叫んだ。