「乾杯しましょう」
「もらえません!初対面だし…」
初対面だし、男の人だし。
そう続けようとした。
断ろうと隣に座っている顔を見て、その先が出なかった。
夜景に気を取られてしっかりと顔を見ていなかったけど、日本人離れした顔立ちで私には刺さる、好みの人。
タイ人の顔立ちだけど、日本人とのハーフなのかそこまで濃くはない。
爽やかな好青年といった感じ。
「さっき自販機で買ったんですけど、間違えて買っちゃったんです。だから気軽にもらって?」
「…ありがとう、ございます」
差し出されたココアを受け取ると、まだほんのりと温かい。
好青年はブラックコーヒーの缶を持って、二人同時にプルタブを開け、缶をコツンと合わせた。
「いただきます」
口をつけると、末梢まで一気にココアの温かさが広がった。
最近はブラックコーヒーばかり飲んでいたから、甘いものがより美味しく感じる。
「甘い…」
ここに、私を知っている人は居ない。
何の事情も知らない。
よそ者の、干渉されない疎外感が今は心地良くて、ココアの甘さも特別引き立つのかもしれない。
「いつから、ここに来るようになったんですか?」
「いつからだろ…、覚えてないですね。自然の豊かさを体感したくて探し回ってたんですけど、結局のここが落ち着きました」
「落ち着いた先は、自然じゃなかったですね…」
「そうなんですよ。人工的だけど、工場独特の材料の匂いが好きで」
初対面なのに、人見知りせずに盛り上がれたのは初めて。
好青年のコミュ力が高いおかげだろうか。
疑いもなく話しかけたくなる人懐っこい笑顔と、私が好青年に向けている興味。
これが合わさって、缶一本で話は大いに盛り上がった。
時間もあっという間に過ぎ、ほんの少し空が明るさを見せてきた。
そろそろ、好青年は帰る頃だろうか。



