「でも、本当に幸せそうでした。俺に話してくれたことは、ほんの一部だとは思いますけど、兄はあなたに会えて心から喜んでました。体中痛いはずなのに、あなたに会いに行けるって決まると、痛み止めの量が減るんですよ。病気に勝ったんじゃないかって勘違いするくらい…。このまま勘違いなら良いんですけどね」
弟もついに泣き始めてしまい、借りていたハンカチを返すと、〝差し上げます。使ってください〟と受け取ってもらえなかった。
「それ、兄のハンカチです。あなたに使ってほしい」
「え、お兄さんの…」
ハンカチには青い糸で、〝T.KYOHEI〟と縫われている。
好青年の名前、きょうへいっていうんだ。
ハンカチを胸に当てると、ジワーッと暖かくなってきて、また込み上げてきた。
「…きょうへいくん」
もう会えないけど、このハンカチを持っていれば、常に隣に居られる気がする。
今は悲しいし、これからも悲しくなるのはきっと変わらない。
でも名前も知らないあなたとだから、素敵な恋ができたし、名前を聞けなかったことを後悔はしていない。
悲しいけど、寂しくはない。
「ありがとうございます」
「いえ。ぜひあなたにと、兄からのプレゼントなので」
きょうへいくんからの、最初で最後のプレゼント。
涙で濡らしてしまったけど、私の大事な宝物になった。
「家まで送ります。車の後ろに自転車を積みましょう」
「家、遠いですよ?」
「どこですか?近所では?」
「広島です」
「え!?広島まで自転車で帰るつもりだったんですか?」
「はい。いつも、そうですから…」
いつの日か、この会話をしたなと懐かしみながら、柵に掛けていた自転車を手に取った。



