ここで泣いちゃいけない。


でも車から出たくない。




そんな葛藤をしながら、吹っ切るように車を出ようとドアに手をかける。





〝じゃあ、また〟



ドアを開けてコンクリートに足をつけようとすると、何かが引っかかって体が引き戻された。



後ろを振り返ると、私の右腕を好青年が掴んでいた。




好青年の目が潤んでいるように見えるのは、私の勘違いだろうか。


でも私の目も潤んでいるから、勘違いか分からない。





「ごめん。引き止めたらいけないのは、分かってる。でも、手が言うこと聞かなかった」



〝また、会える?〟





連絡先も知らないから、次会えるかは、いつも賭け。


だから好青年の質問には、正確な答えが返せない。





「どうかな。会えると良いけど、昨日の私みたいに探し回らなきゃ」


「そうだね。また探し回る。引き止めてごめんね」




突き放すつもりはなかったけど、きっと私が突き放したような言い方に取られたと思う。




サラッと右腕から手が離されて、前のめりになっていた好青年の姿勢も元に戻ってしまった。


突き放したのは私なのに、すんなり離れてしまったのが寂しい。





「あの…」


「ん?」


「仕事だから帰らなきゃいけないんだけど…、でも。楽しかったから、あっという間で。だから…」





言いたいことも素直に言えず、モゴモゴと言いながら助手席に座ったまま、降りられずにいる。


そんな私の鈍臭い言動に、好青年はついに笑い出して、私の手を引っ張った。




「…うわっ!」




運転レバーを挟んで、好青年に抱きしめられた。


寂しさが一気に消えて、温かさが体を包む。




「まだ居たい?」


「いや、その…。うん」




代わりに言われてしまったけど、言いたかったのはそれ。


寂しいから、まだ一緒に居たくて、好青年の背中の服をギュッと掴んだ。



十時間ほど時間を過ごしたはずなのに、足りないの。




「お恥ずかしい限りです」


「そんなことない。俺は嬉しい。ニヤけが止まらない」


「え、ニヤけてるの?どんな風に?」


「見るな!ダメ!」


「なぁんで!」





いくら時間があっても足りないけど、子どもみたいにはしゃぐと心が満たされる。


離れて好青年の顔を見ようととする私と、見られまいと私を強く抱きしめる好青年との攻防。




一分ほど続くと、私も諦めて大人しくなった。


好青年のニヤけた顔も止まったようで、ようやく顔が見られた。



相変わらず整った顔をしていて、無表情に近い微笑み顔でも輝いて見える。




「もう本当に帰らなきゃ」


「うん、気をつけて。またね」


「またね。あなたも気をつけて山口まで帰って」




見つめ合って、微笑み合って、今度こそ車から降りて、ドアを閉めた。


ヒラヒラと手を振ると、向こうも同じようにヒラヒラと手を振り返してくれて、ゆっくりと車は発信してコンビニを出て行った。





「…仕事頑張らなきゃ」




また寂しさは生まれるけど、楽しかった時間を思い出せば乗り越えられる。



太ももを軽く叩いて、気合を入れた。