首を横に振ると、〝嘘だ。目腐ってるよ〟と謙遜された。





「目は悪いから、そういう意味では腐ってるけど、人を見る目は腐ってない」


「君は俺に惚れてるから、そう言うんだよ」





運転しながら突然伸びてきた手が、頭の上に乗って髪の毛をくしゃくしゃにされた。




…それは否定できない。


あなたに惚れているから、そう思うのかも。




何も言い返さずに黙ると、車のエンジン音とタイヤとアスファルトが擦れる音が大きく耳に響いた。





「焦らなくても、彼女はできるよ。もしかしたら、彼女すっ飛ばして結婚するかも」


「交際ゼロ日婚ってやつだね」





私は、この人の彼女といえるだろうか。


好青年の中で、私の立ち位置って何だろう。




好きとは伝えてない。付き合ってほしいとも言ってない。


会えなくて寂しかったことを、お互いに伝え合っただけ。




それだけじゃ、好青年の友達にも値しない。



名前も聞けない私に、付き合ってほしいとか言えない。



情けないけど、数回会った好青年に一線を引かれたくなくて、今だけの幸せを噛み締めようと決めた。




運転する好青年の横顔を、時々盗み見ながら車は広島県に入る。





「車だと、あっという間だね。私いつも自転車だから、三時間くらいはかかるの」


「そんな距離、自転車で来るの尊敬する。車持ってないの?」


「うん。免許持ってないから」


「取った方が良いよ」






このセリフ、何度言われただろう。


自転車でしか見れない景色を見たくて、免許は取らなかった。



それに、お金かかることばかりだし。




これを言うと必ず、〝車持ったら行ける範囲広がるし、世界も広がるよ。〟と言われる。





何それ。と思う。



世界を広げようと思ったら、電車だって飛行機だって、何だって乗れば良い。


何も車じゃなくても、行こうと思えばどこへでも行けるじゃん。



捻くれた意見かもしれないけど、実際そうだし。





きっと好青年も、そう言うんだと思って聞いていた。





「会いたい人に、いつでも会いに行けるじゃん?」




予想外の返事で、口が開いて塞がらなかった。