「……」
「……」
「お、おほほ。まぁまぁ、九条様ったらご冗談がお上手ですわね」
光哉の衝撃発言に静まり返った客間内。
そんな中、最初に声を上げたのは、やや引きつったような笑みを浮かべた菊子だった。
「たしかに咲姫も半分は我が家の血を引いておりますが、九条様の伴侶になるような器量は持ち合わせてはおりません」
きっぱりと言い切った彼女は続けざまに言い放つ。
「それに……。九条様は知らないのかもしれませんが、この娘は……ちょっと精神的に未熟なところがありますから」
「……ッ」
まるで、汚いものでも見るような視線を向けた菊子にギュッと心臓を握られたような痛みがはしった。
さすがにこんなに大勢の前でその話題を出されるとは思わず、恥ずかしさから顔を伏せる。
そんな私を尻目に、菊子は美月の肩にぽんっと優しく手を置くと、嬉々として言葉を紡いだ。
「それに引き換え、次女の美月は器量よし、成績優秀、近所でも美人と評判なのですよ。これだけ見ても、美月こそ九条家に相応しいと……っ」
ビクッ。
途中まで饒舌に話していた菊子は、光哉の冷ややかな視線に気づいたのかぐっと押し黙ってしまう。
「……北小路家の奥様は面白いことをおっしいますね。九条家に相応しいかを決めるのは貴女ではなく、当主である私ですが?」
「つ、妻が出過ぎたことを……。九条殿、申し訳ない。ほら、菊子お前も謝らないか!」
「も、申し訳ございません」
慌てて諌める頼朝に対し、菊子は顔面蒼白になり震える始末。
そんな中、美月は何も言葉を発さず、呆然とした様子でその場に立ち尽くしていた。
美月……?
微動だにしない妹を不思議に思い、視線を向けたのとほぼ同時に。
「咲姫様」
光哉から名前を呼ばれ、反射的に彼の方に顔を向けた。
遠目からでも綺麗だと思っていた顔が、近くにあると一層迫力がます。
「は、はい……」
私はたじたじになりながら、返事をするも彼を直視することができないでいた。
その時。
『みゃお』
客間の真上にある梁からユキの鳴き声が聞こえ、ハッとして上を見る。
そこには尻尾を振って、梁の上にちょこんと器用に座るユキの姿があった。
くりくりの瞳で頭上から私達を見つめるその姿に思わずクスッと微笑むと、目の前の光哉も私と同じ方向を見ていることに気がつく。
もしかして九条様にもユキちゃんが見えている……?
今度は、先ほど見られなかった彼の顔をしっかりと見据えた。
あれ……?もしかして……深町様?
先日は布で顔を覆っていたせいですぐに気づけなかったが、瞳の色はもちろん、背格好なども似通っていることに気が付き、私は大きく目を見開く。
そんな私の様子を察したのか、
「咲姫様、先日はありがとうございました。私はぜひあなたに九条家に来てほしいと思っています」
まっすぐ、真剣な表情で光哉はそう言い放った。
やっぱり、九条様が深町様なんだ。
「先日はありがとうございました」と言った彼の言葉で私は確信を得る。
ドキドキと心臓の鼓動が早鐘を打ち、ふわふわと、なんだかまるで夢を見ているような感覚におちいった。
使用人だと思っていた深町が九条家当主だった事実に驚きを隠せないが、きっと彼なりの事情があるのだろう。
深町として話をしたあの日、彼の誠実さ、優しさは私の心を揺さぶるくらい切に伝わってきたから――。
一瞬の沈黙の後、私はゆっくりと立ち上がり、光哉に向き直る。
「ふか……いいえ。九条様が私でと言ってくださるのなら……。不束者ですがよろしくお願いいたします」
笑みを浮かべ、深々と一礼した私が顔を上げたその瞬間。
「さ、咲姫様、本当に、本当におめでとうございます……!」
マサエがこらえきれずに涙を流し、声を震わせ畳に伏せてしまう。
「マ、マサエ。大丈夫!?落ち着いて」
慌てて彼女にかけより、その背中を優しくなでる私の様子に光哉は口角を緩める。
そして、梁の上からは、ユキが嬉しそうにフリフリと尻尾を大きく揺らしていた。



