「美月、綺麗よ。本当に昔の私にそっくりだこと……」
うっとりとした表情で娘を見つめる菊子は、昔を思い出しているのか懐かしそうに目を細めている。
「お母様、この着物とっても素敵だわ。ありがとう……!」
「ふふ。これだけ綺麗なんですもの。九条様もきっとあなたのことを気に入ってくださるわ」
菊子の言う通り、今日の美月は格段に綺麗だ。
白地に金や銀の糸で刺繍された蝶々が可憐に飛び回る着物は、遠くからでも目を引き、いつもより艶やかに施された化粧は、美月のくっきりとした顔立ちに映えている。
美月……本当に幸せそう。よかったわ。
姉として妹の幸せそうな顔を見るのは素直に嬉しい。
しかし、着替えを手伝いながら、私はふいに別のことへ思いを馳せていた。
……深町様、今日はいらっしゃるのかしら?
私と同じユキの姿が視える人。
もっと、いろいろな話を聞いてみたいな……。
そんなことを考えていた矢先、
「奥様、美月様、九条様が参られました!」
バタバタと廊下を駆けてやって来る使用人の声に美月は小さく破顔する。
「えぇ、今行くわ」
スッと背筋を伸ばし、美月は堂々とした様子で立ち上がった。
私は美月が出やすいようにと、障子を大きく開ける。
その時。
「ふふっ。お姉様、きちんと見届けてちょうだいね?私の晴れ姿を」
すれ違いざま、私に勝ち誇ったように耳打ちした美月は、口角を上げ、不敵に微笑んだのだった。
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「美月、とても綺麗だぞ」
「本当ねぇ。でも、さみしくなるわ。身体には気をつけるのよ?」
「お父様、お母様。今までありがとうございます」
客間では、満面の笑みを浮かべた両親が美月に寄り添って声をかけている。
そんな中、私は使用人達にまじって、部屋の隅の方に正座をしていた。
「美月、本当に綺麗ね。幸せそうでよかったわ」
「……咲姫様は優しすぎます。マサエは、咲姫様の幸せを願っていますから」
ポツリと私に聞こえるくらいの声でそう言ってくれたのは、北小路家に昔から仕える女中のマサエだ。
私の隣で正座をした彼女の真面目な発言に思わず「ふふ。ありがとう」と笑みがこぼれる。
白髪交じりの髪をキュッと一つにまとめたマサエは、キリッとした一重の細目のせいでややキツそうな性格に見える。
六十を過ぎ、隠居生活をしてもいい年齢なのだが、未だ現役で北小路家で女中を務めていた。
『この家では咲姫様のお母様については、口に出すのは奥様から禁じられております。だから、私も詳しくはお話できませんが……。私は昔、咲姫様のお母様に助けられた恩があります。だから、咲姫様をあの方にかわってお助けしたいと思っております』
そう言って、寂しそうに微笑んだマサエ。
その話をされた時、私はまだ八つだったが、優しい彼女を困らせないように母のことを聞くのはよそうと子どもながらに思ったことは覚えていた。
「咲姫様の嫁入りを見届けるまでは、私もここで仕事を続けていくつもりですからね」
「マサエってば……。でも、貴女も無理はしないで?身体を大事にしてほしいの」
「咲姫様……」
マサエが眉尻を下げ、何かを言いかけた時、スッと客間の障子が開いた。
その瞬間、先ほどまで騒がしかった客間がシンと静まり返り、両親をはじめ、美月でさえも固唾を呑んでいる。
それは私も同じだった。
客間の入り口に立つ青年の容姿につい見入ってしまったのだ。
涼やかな淡い茶色の瞳に、陶器のような白い肌。
瞳の色と同じやや茶色がかった短髪は爽やかな好青年といった印象を与えている。
綺麗な方……。
九条家の当主は美男子だという話は本当だったのだと誰もが思ったに違いない。
「失礼します。北小路殿、直接お話をするのは初めてですね。九条家当主、九条光哉と申します。この度は、御息女との縁談へのご快諾ありがとうございます」
ニコリと微笑むと、父の近くに控えていた女性の使用人の頬が朱に染まった。
「九条殿、よく参られた!狭い家だがゆっくりしていってくれ」
ガハハと高笑いを浮かべる父は、光哉に握手を求める。
「お心遣い感謝いたします。三木、例のものを」
柔らかな表情で、握手を交わした青年は後ろに控えていた三十代くらいの使用人に声をかけた。
「はい、光哉様。北小路様、こちらは九条家からのささやかな祝いの品でございます。お納めくださいませ」
「まぁ……!わざわざこんな素敵なお品を……。ありがとう存じます」
手渡されたのは、見るからに高そうな桜の絵柄の飾り皿。受け取った菊子が、素晴らしい絵柄にうっとりとした視線を向けている。
すると。
「あ、あの……。九条様、お会いできて光栄です。私、北小路頼明の娘、美月と申します」
今まで黙っていた美月が少し恥ずかしそうにしながらも、おずおずと光哉へ声をかけた。
ほんのりと頬を桃色に染め、可愛らしい笑みを浮かべている。
「私、この日を心待ちにしておりました。九条様みたいな素敵な方といっしょになれるのが…………え?く、九条様?」
しかし、懸命にしおらしく話す美月の横を光哉はあっさりと、通り過ぎていく。
まるで視界にすら入らないとでも言うように。
呆気にとられている彼女には目をくれず、真っ直ぐこちらに向かって歩く光哉に私は小さく目を見張った。
え?どういうこと……?
そして、とうとう私の前までやって来た彼はピタリと足をとめる。
表情には出さないようにしながら、私は内心、焦っていた。
そんな私を見つめ、ふっと彼の目尻が優しく下がった瞬間、ドキリと胸が高鳴る。
「どこかで行き違いがあったのでしょう。私が妻に望んでいるのは、次女の美月様ではなく……」
「えっ……」
「長女の咲姫様です」
そっと私に手を差し伸べた光哉は、そんな波紋を呼ぶ発言をサラリと言ってのけたのだった。



