「お茶とお菓子は最高級のものを用意してちょうだい。客間には花を飾って!いいこと、畳にチリ一つでも残したら承知しないわよ」

「は、はい。奥様」

いつもならゆったりとした朝の時間帯。

しかし、この日は違っていた。

バタバタと使用人達は邸宅内を走り回り、客人を迎える準備に取り掛かっている。

かくいう私もそのひとりで「これは嫌」「この着物は地味」と文句が多い美月の支度に振り回されていた。
 
「何でそんなものばっかり持ってくるのよ!それじゃ、私が目立たないじゃない!お姉様って本当に野暮ったいんだから」

ふんっとそっぽを向く美月に内心大きなため息をこぼす。

「ごめんなさい……」

けれど、これ以上美月の機嫌を損ねても準備が滞ると思い、私は素直に謝罪をした。

その時、バンッと障子が開き、冷たい視線を私に向ける菊子が現れた。

「ちょっと咲姫、早く美月の準備を終わらせてちょうだい。ハァ……。本当愚図なんだから。そして、あなたはそれが終わったら部屋に戻ってなさい。九条様に愛人の子なんて会わせるわけにはいないわ」

チクン。

容赦ない菊子の言葉が私の胸に突き刺さる。

「はい……。お義母様」

チクチクと針で刺すような鈍い胸の痛みを堪え、私は淡々と言葉を返す。

そんな私の様子を満足気に見つめる美月の姿が目の前の三面鏡に映し出されていた――。


**
 
『にゃおん』

美月の支度をなんとか終わらせ、離れにある自室に戻ると、畳の上に寝転がる白猫、ユキが鳴き声をあげる。

その愛らしい仕草に思わずクスリと笑みがこぼれた。

「ユキちゃん、今日は九条様がいらっしゃるからお部屋でゆっくりできるわ。どうせこちらの離れには来ないでしょうからあとでお庭の方にも行きましょうね」

『にゃん』

「わかったよ」とでも言うように鳴くユキは、私が文机の前に座ると嬉しそうに尻尾を振って近寄ってくる。

そんなユキの背中を撫で私は、ふと視線を母屋が見える窓の外へ向けた。

九条家からの訪問を告げる手紙が来たのは、あの縁談話の話題が出た数日後のことだった。

『まぁまぁ!こんなに早くお返事がいただけるなんて……。九条様もきっと、美月のことが気になっていらっしゃるのよ』

見たことのないような満面の笑みを浮かべる菊子に、満更でもない様子の美月はクスッと上品な笑みをこぼす。

『美月、この機会を逃すんじゃないぞ。お前には期待しているからな』

『はい。お父様、任せてください。北小路家のためにも九条様に気に入られるよう頑張りますわ』

両親に期待され、美月はコクリと頷く。

その姿は、自信に満ち溢れており、私にはとても眩しく見えた。




「……美月のああいう所は私も見習いたいな」

思わずポツリとこぼれた本音に私は小さくため息をこぼす。

気が強いお嬢様気質の美月の性格も裏を返せば、自分に自信があり、堂々としているということ。

私みたいにハッキリと物事を言えず、考え込んでしまう性格からすると、正直そんな美月の姿が羨ましくもあった。

『にゃー、みゃおん』

私の元気のない様子を察したのか、ユキがジッと私の顔を覗き込むと、スリスリと頬ずりをする。

「ユキちゃん、くすぐったいよ」

熱のない身体を抱き抱え、私はユキを膝の上に乗せた。
そして、そのフワフワの毛並みを優しく撫でてみる。

気持ちよさそうに目を細めるユキは、ゴロゴロと喉を鳴らした。

「ふわぁ……。少しだけ休憩しましょう」

ポカポカと暖かい晴れの日にこんな穏やかな時間を過ごすのは久しぶりで、だんだんと眠気が襲ってくる。

美月の支度で早起きしたために疲れが溜まっていたのだろう。

うつらうつらと、視界がぼやけていくなか、遠くの方で『咲姫』と私の名前を優しく呼ぶ女の人の声が聞こえた気がした――。