はらはらと降り注ぐ雪が、地面を銀色にそめていく。

どこまでも続く白銀の世界は、そこだけまるで時が止まってしまったのかのように静かだった。

しかし、そんな静かな雪が降る夜。
とある屋敷の敷地内に怒号と泣き声が響き渡った――。

「お義母様、ごめんなさいっ……。咲姫が悪うございました。だから、その子だけは……っ」

必死に叫んでいるのは、十歳くらいの小柄な少女だ。

着古した着物からのぞく細い手足からは、いくつかの痛々しい痣が見える。

「っ、うるさい、私に触るな!汚らわしい使用人の子が!」

バシッ。

美しい着物に身を包んだ三十代くらいのつり目の女性が、憎々しげに手を振り上げた。

「きゃっ……」

勢いよく頬を叩かれた少女の身体は、冷たい雪の上に倒れ込む。

「こんな薄汚い猫を内緒で飼ってるなんて……。見たくもないわ。早く捨ててきてちょうだい」

「承知しました、奥様」

「いや!やめて……!」

少女は黒い綺麗な瞳から大粒の涙をこぼす。

しかし、悲痛な少女の叫びは、しんしんと降り注ぐ雪の中へと消えていった――。


**


「……寒い」

目が覚めた瞬間、身震いするくらいの寒さを感じ、私は着ていた毛布にくるまる。

窓の方に目を向けると、ちらちらと雪が舞っている様子が目に飛び込んできて、納得した。

「……寒いと思ったら、雪が降ってたのね」

ポツリと呟いた言葉は誰もいないガランとした部屋に響く。

部屋の中には、文机が1つと布団一式、そして暖を取るための火鉢だけ。

今日みたいな雪の日は、火鉢に炭を入れ、部屋が暖かくなるまでは、手がかじかむくらい寒さが身にしみる。

そろそろ起きないとお義母様たちに怒られてしまうわね。

そう思った私が布団から身体を起こした、ちょうどその時。

「ちょっと!咲姫。いつまで寝ているつもりなの?早く美月の支度の手伝いしてちょうだい」

部屋の入口の障子から聞こえてきた刺々しい義母、菊子の声に思わずビクッと身体に緊張がはしった。

「……はい、お義母様。すぐに参ります」

できるだけ素直に、感情を見せないように……。

何が義母の機嫌を損ねる要因となるかわからないのだから。

「まったく本当に愚鈍な子んだから……」

私が素直に返答すると、文句を言いながらもその場を去っていく義母。

彼女の足音が聞こえなくなった瞬間、ホッと胸をなで下ろす。そして、私は自分の支度もそこそこに、母屋にあるとある部屋へ向かった。

「あら、咲姫お姉様。遅かったわね。早く髪をとかしてくれない?」

スッと障子を開けた瞬間、ちらりと私に視線を向けたのは、義妹の美月だ。

最近、西洋から輸入された最新のガスストーブが置かれた暖かな部屋は、彼女の好きなぬいぐるみやドレスがところ狭しと置かれている。

私の部屋とは大違いだ。

「……美月、今日はどう髪を結いましょうか?」

「そうねぇ。今日はこの新しいレースのリボンを使いたいから似合うような感じでお願い」

彼女が手渡した可愛らしいリボンを受け取った私は、手入れが行き届いた艶のある美月の髪を丁寧にとく。

「ちょっと、痛いんだけど?もっと丁寧にしてよ」

「ごめんなさい……。気をつけるわ」

「本当、あなたってこんなこともできないのね?だから、お母様に怒られるのよ。ふふっ」

鼻で笑う美月の蔑むような冷たい瞳は、義母によく似ていた。


私の名前は、北小路咲姫。
年は今年で十六になる。
長い黒髪を一つに結い、色白の肌と生気のない瞳。
そのせいか、屋敷の使用人達からも幽霊のようだと噂されていることは知っていた。

そして、私の目の前にいる彼女は、北小路美月。
キリッとした意志の強い瞳、薔薇色の頬に生気に満ち溢れた彼女は、近所でも評判の美人だ。
年は私と同じ十六歳だが、私と美月は双子というわけではない。

私の母は、もともと北小路家の使用人。
そんな母と北小路家の当主であった父が、関係を持ち、その間に産まれたのが私、咲姫だった。

そして、私が産まれた一ヶ月後。
父と正妻の菊子との間に産まれたのが美月。

つまり、私たちは腹違いの姉妹になる。

「私より一ヶ月早く産まれたってだけで、あなたが長女なのが腹立たしいわ。まぁ、お姉様は北小路家にとっては居ても居なくても変わらないと思うけれど」

嘲笑うような美月の言葉が私の胸にグサリと突き刺さった。

表情には出さないようにしながら、私は淡々と作業をこなす。

美月の髪にリボンを結び終えると、私は「できたわ。私、部屋に戻るわね」と小さくつぶやき、彼女の部屋をあとにした。



自室に戻った私は、小さく唇を噛み締める。

……義母や美月が私を嫌うのもしかたがないことよ。
だって、私の母が不義理なことをしたんだもの。

『あなたの母親はね、私の夫を誘惑して無理矢理、関係を迫ったそうよ?その汚らわしい女の血が咲姫、あなたには流れている……。いい?つまり、美月とあなたじゃそもそも立場が違うの。そのことをゆめゆめ忘れない様になさい。そしたら、この家にいることだけは許してあげるわ』

ニコリと綺麗な笑みを浮かべた義母にそう諭されたのはいつだっただろう。

彼女の言葉通り、私と美月の立場は物心つく前から違った。

両親に愛されて、欲しいものは全て与えられて育ってきた美月。

そして、着物は全て美月のお古、学校にも行けず、ほとんど使用人のような生活を送ってきた私。

ちなみに私の実母は、私を産んだあと体調を崩し、ほどなくしてこの世を去ったらしい。

「どうせなら、私もいっしょに連れて行ってくれればよかったのに……」

ポツリと呟いた瞬間、ツーっと一筋の涙が頬をつたった。