時は流れ三月
 冬の寒さも去り、雪も溶け、雲一つないきれいな天気。卒業式にぴったりだ。
 「……緊張する」
 隣りに立つ翔吾はスーツがとても似合っていて羨ましい。
 俺は姉ちゃんが持ってた新品のスーツを着ているが、似合ってるのかわからない。
 「大丈夫、リラックスリラックス〜」
 翔吾は優しく俺の頭を撫でてくれる。
 改めて見上げると翔吾と俺は身長にだいぶ差がある。
 「翔吾って身長何センチなんだっけ」
 「んーとね、このスーツ買ったときに測ったら185だった」
 (俺と20センチ以上違うじゃねえか…)
 「こんだけ身長離れてると頭ナデナデしやすくていいね」
 「…よくない」
 「でもケイちゃん俺に頭ナデナデされるの大好きじゃん」
 翔吾は俺の顔を覗き込んでそう言ってきた。
 まぁ嫌いじゃないけど好きなんて言った覚えはない。
 顔を見られないようフンと顔を背ける。
 「今日もかわいいね」
 「うっさいバカ…」
 「照れてやんの〜」
 「照れてないし!バーカ!」
 翔吾がいつものようにいじってきたからかいつの間にか緊張もほぐれていた。
 俺は翔吾のこういうとこも含めて大好きなんだと思う。
 「ううっ…これで……翔慧は最後になるのか……」
 「最後に写真を…!」
 クラスのプロマイド班の稲原と高木が泣きながら写真をねだってくる。
 俺達も最後くらいならとノリノリでオッケーした。
 「ううっ…!あ゙りがどうござい゙まず!」
 「いいのいいのその代わり俺らにもちょうだい?」
 「はいっ!もちろんです!」
 そして俺達は稲原の合図でポーズを取る。
 最初はピースだったが翔吾の提案でハートを作ることに……
 みんなも期待の眼差しでこちらを見つめるもんだからやらざるを得ん……
 ええい、仕方ない……
 恥じてみんなの期待に背くくらいならと翔吾の作ったハートに合わせる。
 「じゃあ行きますよ〜!はいチーズ!」
 稲原の合図と同時に翔吾が俺のおでこにキスしてきた。
 「「!?」」
 写真を撮っていた稲原と俺、それを見ていたみんなは突然のことに固まってしまう。
 「この方が映えるでしょ?」
 「は………」
 「…まぁ俺がしたかったんだけど」
 翔吾は顔を真っ赤にしながらそう言うが多分今俺の方が顔赤いと思う……
 「ケイちゃんごめ……んっ…!?」
 「「「!?!?」」」
 俺は何を血迷ったか翔吾の顔を寄せキスし返した、いや吹っ切れたのかもしれない……
 「ケ、ケイ……ちゃん?」
 「………いつも…恥ずいことしてくるから……仕返し…」
 「へ………」
 「ふん」
 これで俺がどれだけ恥ずいのかわかってみんなの前では……減るはず……
 「口がよかったの…?」
 「違う!」
 そうこうしているうちにすでに涙を流す先生が入ってきた。
 先生は初めて卒業生を送るみたいでSHRでは俺達一人一人に思い出やそれぞれのいい所を語ってくれた
 涙ぐんでいる先生をなだめていると残り十分ほどで卒業式という所まで来ていた。俺達はカメラも放り投げて急いで体育館の方へと向かった。
 
 そして体育館前
 カメラを構えた保護者たちがこちらをチラチラ見ているのが見える。
 「――続いては、三年二組の入場です。皆様拍手でお迎えください。」
 とうとう入場だ。
 俺はまた緊張のあまり動きがカチコチになる。
 「ケイちゃんリラックスよ〜」
 「うう……わかってるよ」
 リラックスって言われても……どうしたら……
 「さっき教室で俺にキスしたみたいにさ〜、なんならもう一回する?」
 「し、しない!」
 「俺はいつでもしていいよ〜」
 「だからしないって言ってるだろ!」
 「おーい藤上、片野ー、静かに」
 翔吾のせいで……
 あ、でも緊張は意外としなくなってきた。
 これも翔吾のおかげか……
 「ケイ〜!」
 「翔吾く〜ん!」
 (うっ、この声は……)
 嫌な予感はしつつも声のした方を見ると案の定父さん達がこちらに向かって手を振ってきている。
 「お義父さ〜ん!ねーちゃ~ん!」
 「やめろ!お前の親だって来てんだろ!」
 「え?ああ、(れい)ねーちゃんの隣だよ」
 「え…?」
 麗って俺の姉貴の名前……なんで知って……というかそれより姉貴の隣!?
 もう一度振り返ってみてみると確かに見覚えのあるおばさんが姉貴と仲良く何か話してるではないか……
 「嘘でしょ………」
 「ところがどっこい……夢じゃありません!」
 「これが現実…!」
 「…ケイちゃんカ◯ジ知ってるんだ」
 「まぁね、父さんが好きで一緒に見てたから」
 「へぇ~」
 そして俺と翔吾は全員入場するまでカ◯ジの話で盛り上がった。
 周りの生徒たちの話し声もその時は「ざわ…ざわ…」のように聞こえた気がする。
 「感謝っ…!圧倒的感謝っ…!」
 「ははっ、似てる」
 「フフッ、ケイちゃんもう緊張すっ飛んだね」
 そう言って翔吾は俺の頭を撫でる。
 「そ、それやめろ…みんな見てるし」
 「え〜、もう付き合ってることバレてるからいいじゃん」
 「公の場でイチャイチャするのもあれだろ……」
 「だいじょーぶ!学園祭でもみんな俺らのチェキ買ってたろ?」
 買ってたけども……
 外じゃ俺らのこと知らない人のほうが多いし……
 「それでは、これより第三十二回、慶陵学園卒業式を開始します」
 アナウンスが流れると、みんなは静かになって先生達のいる前へと視線を向ける。
 「本日は、皆さまを送り出すにふさわしい天気で開催でき、誠に嬉しいです」
 そして、校長先生の長い話が始まった。
 「校長先生の話って長いよね〜」
 「…それは同意」
 暇なのか周りをバレない程度にキョロキョロする人や隣の人とコソコソ話し出す人まで出てくる。
 翔吾だってその一人。
 「ケイちゃんってえっちとかしたことあるの?」
 「はっ…!?今聞くことかよそれ!」
 ただでさえ教室よりも周りに人がいるのに羞恥心とかないのかよコイツ……
 「え〜、高校卒業したら誰とでもえっちできちゃうんだよ〜?俺のケイちゃんが変なのに狙われたらと思うと……」
 「その…え、えっちだって同意いるだろ……変なやつとはしない…」
 「じゃあ俺とする?」
 「なんでそうなるんだよ!」
 「おーい片野、藤上静かに」
 「は〜い」
 「は、はい」
 内容が内容だから余計気まずい……
 (…てか急に「えっちしたことあるの?」とか聞いてくる方が悪いだろ!)
 姉貴の部屋にあるBL漫画でなんとなくは掴んでるけど………
 「――最後に、皆さんとお別れは辛いですがそれぞれの道へ最初の一歩を踏み出させてあげるのも我々の役目です。大学に行く人、高校を卒業して就職する人だっています。そんなあなた達をいつまでも応援し続けますので辛いとき、大学や仕事が嫌になったときはぜひこの学園で送った日々を思い返してみてください。以上で話を終わります」
 校長先生が礼をし、体育館全体から拍手が起こる。
 長くはあるけどちゃんと中身が考えられていて俺は好きだ。
 その後は校歌斉唱を挟みいよいよ……
 「続いて、卒業証書授与」
 「卒業証書って筒なのかな?」
 「本タイプじゃないか?うちの学校、筒タイプは今の学校じゃ珍しいし中学だってそうだったろ」
 「あはは〜確かに」
 うちの学校は一学年に生徒が三十人くらいしかいないもんだから休みの生徒もいたからか意外と二組の番は早かった。
 「七番、片野翔吾」
 「は~い」
 翔吾はステージに上がり、証書を受け取る。
 うちの学校では最後に一言感謝の言葉を話してから降りるらしく俺はと龍もなく嫌な予感がした。
 「しつこく絡んでもずっと俺の隣にずっといてくれたケイちゃん、ありがと〜!そして俺をこんなに大きくしてくれてありがと〜!」
 「やっぱり……」
 みんなが家族にだけ言っていたのに翔吾と来たら…!
 俺が翔吾を睨むと翔吾はこちらを見てピースしてきた。
 幸いなことに周りからは囃し立てられなかったけど……目線がすごく温かい気がする……
 そしてついに俺の番、卒業証書を受け取り感謝の一言タイム
 翔吾が誰よりもワクワクした顔でこちらを見てくるので目線を後輩生徒たちに移すとそこにもすごいワクワクした顔の男子がいた。
 (アオイまで……)
 ずっと見つめられるのも緊張する……あの姉貴たちのいる親の方なんて見れもしないしどこに目線をやればいいのやら……
 まぁ…とっとと終わらせればいいだけだしちゃちゃっと喋って降りるか。
 「えー……いつも仕事で忙しいのに学校行事や俺や姉の記念日にはどこの家よりも盛大に祝ってくれてありがとう……そして俺に使わなくなった服、くれたりしてくれてありがとう……」
 もうこれで降りようと一歩踏み出したときめちゃくちゃ視線を感じる……
 「……それと…こんな俺にも親しく接してくれた二人の生徒にも…ありがとう……」
 俺がそう言ったら二つの視線がめちゃくちゃ嬉しそうな視線に変わった。
 (言う側だって恥ずかしいのに……)
 それに二つの視線だと思ってたけど保護者席からもう一つの視線を感じる気がする……
 別に姉貴のこと指してないんだけどな……
 そして俺はカクカクしながらも自分の席に戻った。
 「ケイちゃんかわいかったよ〜!」
 「…お前らが言ってほしそうにしてたからな」
 「ケイちゃんなら恥ずかしがって言わないのかと思ってたけどやっぱり優しいね」
 「…翔吾とアオイは特別……あ、でもアオイのこと…嫌だったりする?」
 一応付き合ってるし…別の子を褒められたら翔吾だって嫌じゃないんだろうか……
 翔吾はきょとんとした顔でこっちを見た。
 「アオイならいいよ?俺だってアオイ好きだし」
 「好きって…」
 「あ、もちろん人間としてね?俺が恋愛的に好きなのはケイちゃんだけだよ〜」
 「……そんなの知ってる…」
 「…え?」
 え?ってなんだ……?まさか声に出てたんじゃ………
 そっと翔吾を見ればやっぱりさっきの声に出てたみたいでめちゃくちゃニヤニヤしてやがる……
 「声に出てないと思ったでしょ〜?」
 「う、うるさい……」
 俺がいつものようにフイっとそっぽを向くと翔吾に引っ張られ顔を逸らせなくされた。
 「俺、そうやってフン!ってされると傷つくな〜」
 「……お前が悪い」
 せめて目線だけでもと下を向ける。
 ずっと見てたらおかしくなっちゃいそうだし……
 「ま〜た顔赤くしちゃってさぁ」
 「っ…してない!」
 「そんなところもかわいくて好きだけどな〜」
 なんでさっきからみんなが見てる前でこんなこと!
 この学校だからいいものの……他の場所だったらただのバカップルだろ!先生もさっきみたいに注意してくれよ!
 先生を見たが…先生達までそっち側だったのかよ……!
 (俺はこのままイチャイチャしながら生きていくのか…?一部からは漫才みたいって言われてるし……)
 大学でもこれだったらどうしてやろうか……
 それより早く手離せ!とか言おうとしたら急に翔吾の手が離れた。
 「…ケイちゃんってイチャイチャ嫌だ?」
 「え…まぁ…うーん……嫌じゃないけど場所は考えてほしいかも……」
 「がーん………」
 翔吾はわかりやすくショックを受けている。
 「…ケイちゃんのためのつもりだったのに」
 「え……?俺のため…?」
 (なんで俺のためになるんだ…?)
 「……ケイちゃんは気づいてないみたいだけど…意外とモテてるんだよ?」
 「え?モテてる?俺が!?」
 全然知らなかった……確かにたまに視線を感じる気もしたけどてっきり翔吾に向けられたものかと……
 「だから誰かに取られちゃわないように俺が守ってたの」
 「………」
 (なんだ…特に理由もなくイチャイチャしたいのかと思ってた……)
 にしても翔吾って割と重いよな……
 アオイには甘めにしてるしそこまで重くはない……のか?
 「俺重いよね〜、バカみたい…」
 「……確かに重いしバカだよ、お前は」
 「振る……?」
 悲しそうで見つめる翔吾に正直な気持ちを伝える。
 「まぁ…重いほうが愛されてるとは感じる……それが嫌ならとっくに振ってるよ」
 「よかった……」
 「あ、でも大学行ったら学校では大人しくしててよ?目立つし」
 「いいよ」
 翔吾にしては珍しく即答だ。
 てっきり「イチャイチャできないの嫌!」とか言うのかと思ってたけど……
 「あ、そうそうケイちゃんに話したいことが……」
 翔吾がそういいかけた途端、四組も全員終わったみたいで先生の「卒業生、在校生代表による答辞です」という声が響く。
 「続きはまた後でね」
 「……うん」
 そう言われると気になる……
 
 そして答辞も終わり、話の続きを聞けると思っていたが間髪入れずに「PTA会長のお話です」と言われ、なかなか続きも聞けず気づけばもう退場という時間になった。
 話の続きを聞く暇もなく、教室へ戻ることになってしまう。
 そしてまた大号泣の担任の話を聞き、またみんなで先生をなだめる……デジャヴだ……
 お祝い品も配られて下校。
 そしてさっきの話の続きを聞こうと翔吾に声をかけようとした瞬間、急に誰かに声をかけられた。
 「なぁ、藤上ってお前なんでいつもマスクして顔隠してんだ?」
 「え…?いや……風邪予防?」
 「ふーん……えいっ」
 その瞬間、俺のマスクは外され、周りからは段々と話し声が静かになっていくのがわかった。
 (また……虐められる……)
 俺は頭が真っ白になった。
 次第に俺の顔を見て「うわぁ…」と引いたり「気持ち悪い……」という声まで聞こえてくる。
 あの嫌な記憶が蘇ってくる。化け物と罵倒され、人間の扱いをされなかった過去が……
 「ケイちゃん大丈夫!?」
 「ケイ兄!!」
 (翔吾と…アオイの声……)
 「ケイ兄の様子変だったから来たけど……」
 「とりあえずマスクしよ、ケイちゃん」
 口元の感触がいつものものに戻る。
 また化け物と罵倒されるのを覚悟で恐る恐る目を開けるとそこには深くお辞儀をする男子がいた。
 「藤上ごめん!俺のせいで!」
 「え……」
 「俺が無理に外したせいで!その…許されなくてもいいから……本当にごめんなさい!」
 周りのみんなも俺の顔を見ていたはずなのに特に何も思っていないみたいだった。
 「うわぁ…」や「気持ち悪い……」という声は俺の思い込みに過ぎなかった。
 その男子は申し訳なさそうに顔を上げる。
 「その傷……見られたくなかったろ?」
 「あ……」
 「マジで…本当にごめん……」
 その男子がすごい謝ってくるのでこっちもなんだか申し訳なくなってくる……
 「もういいよ…俺は大丈夫……申し訳なくなってくる……」
 「うう……じ、じゃあな……俺、母さんに呼ばれてたから……ほんとごめん」
 「うん……じゃあな」
 俺はそいつに軽く手を振って翔吾とアオイに起こされる。
 「大丈夫?」
 「うん、大丈夫……」
 「ほんとに?」
 二人が心配そうに俺の頭を撫でるもんだから周りの視線がさっきよりも多くなってる気がする。
 「大丈夫だから……」
 「ふーん、じゃあ帰ろっか」
 「え、でも母さん達は?」
 「ねーちゃんが先帰っていいよ〜って」
 ねーちゃんって……絶対クソ姉貴だな……
 「片野先輩ってお姉さんいたんですね」
 「うん、お義姉さんがいるよ」
 翔吾はそう言ってサムズアップするけど絶対あいつが仕込んだな……
 「あ、じゃあ俺も一緒にいいですか?」
 「いいよ〜」
 「…じゃあ三人で帰るか……」
 「「はーい」」
 二匹の大型犬と散歩する飼い主かのように俺は翔吾とアオイにくっつかれながら帰宅する。
 「ケイ兄達って大学行くの?」
 「行くよ〜同じとこ」
 「何部なんですか?」
 「何部だっけ?ケイちゃん」
 「俺が医学部でお前が心理学部だろ」
 俺は父さんの仕事を継いでもいいように医学部に入った。
 それに何かあったら助けれるし。
 「ケイ兄医学部合格したの!?」
 「え、うん」
 「ケイちゃんのお父さんお医者さんだもんね〜」
 「でもすごい!」
 二人して俺を褒めちぎる。
 アオイはどこの大学かも聞いてさらに褒めだす。
 (ほ、褒められたって…嬉しくないもん……)
 必死にニヤけそうな口をなんとか抑える。
 「俺も一緒の大学行きたい!」
 「あそこ偏差値高いからアオイは合格できるかな〜?」
 「うっ…でも友達にも頭めっちゃいいやついるから教わりますよ」
 「どうかな~」
 アオイと翔吾も仲良いみたいでよかった。
 それにアオイも前は俺ばっかり気にかけて同じクラスの子たちと上手くやってるのか心配だったけどこれなら大丈夫そう。
 「じゃ!またな〜!」
 「はい!」
 コンビニの前でアオイを見送り、翔吾と二人きりになった。
 二人きりになったしちょうどいい、さっきの話の続きを聞こう。
 「なぁ翔吾」
 「ん〜?何ケイちゃん」
 「さっきの話の続きって……」
 「あー…それね」
 そう言って翔吾は隣から俺の顔を覗き込んでくる。
 「な、何……」
 「大学ってさ〜ここから意外と遠いじゃん?」
 「……?そうだな」
 (何を言い出すんだろうか……)
 「近くの大学でよくね?」とか?いや、滑り止めとかも受験してないし、してるところも見たことがない……
 俺が頑張って予想していると翔吾が俺の手を取って握った。
 「同棲しない?」
 「……え?」
 予想してなかった言葉に俺はきょとんとする。
 (ど、同棲って……一緒に住むってことだよな……)
 同棲くらいならって考えてたけど、どうやら本当に同棲することになるかもしれない。
 「……いいよ、同棲」
 「ほんと!?」
 「とりあえず父さん達に相談してみる、ちょっと待ってて」
 俺はスマホを取り出し、父さんに電話をかける。
 でもあの人、長話好きだから翔吾の母さんと話してるなら出れないかもしれない。
 そう思っていたが意外にも2コールで出た。
 「あ、父さん?」
 『どうした?ケイ』
 「その……大学さ、家から遠いじゃん?だから…翔吾と近くに同棲しようってなっ……」
 『いいじゃないか!じゃあその辺の空き家買っておくな!』
 (人の話は最後まで聞いてくれよ……)
 それに簡単に「家買うね」は言えるもんじゃないだろうが!
 「いや、安いアパートでいいよ…住めればいいし」
 『遠慮すんな、俺の息子なんだからこれくらいしてあげたいんだよ』
 (家買うのはこれくらいしてあげたいですることなのかよ……)
 「でもお金とか……」
 『一括で払うし固定資産税とかもこっちで払うよ』
 「申し訳ないって…」
 『親子なんだから遠慮すんなって、翔吾くんとの話を聞かせてくれさえすれば大丈夫だから』
 「ええ…」
 『お前は昔から遠慮してきたんだから今回くらいは甘えてほしいよ』
 「………」
 確かに俺は昔から父さんや母さんにおねだりを言ったことはなかったな。

 父さんはいい病院の医者だったから甘える必要がなかったんだと思う。
 姉貴は好きなBL本とか買うためにお小遣いが欲しいなど言ってたが俺は心を閉ざしてから何にも興味がなかったからお小遣いもせびったことがない。
 俺がちゃんとおねだりしたのは誕生日とクリスマスくらいだった。
 猫の人形やWiiや3DS といったゲーム機を貰ってたっけ。
 
 「……うん、わかったじゃあ甘えちゃおうかな」
 『頑張れよ!』
 「ありがと、父さん」
 そう別れを告げ父さんとの電話を切り、翔吾の方へと戻った。
 「どうだった?」
 「近くのお家買ってくれるって」
 「は!?家買う!?」
 (まぁ…そんな反応するわな……)
 「お義父さんってすごいね……」
 「お義父さんて呼ぶなよ、まだ結婚してないし」
 「じゃあ結婚する?」
 「うん」
 (……ん?うん?)
 今結婚って……
 「じゃあ役所行こう!結婚届出さないと!」
 「し、しない!」
 「えー、うんって言ったじゃん」
 「あれは……うーんって言ったんだ!」
 苦すぎる言い訳かもしれない。
 あんなの誰が聞いても「うん」だった。
 それに「まだ」とも言ってまるで後からするみたいな言い方だったし……
 「まぁいいよ〜、でもいつか絶対結婚しようね」
 「……日本じゃまだ同性婚認められてないからできないぞ」
 「だいじょーぶ、俺らが結婚って言うならそれは結婚だよ。たとえ認められてなくても俺はケイちゃんと幸せに過ごしたいからさ」
 (またそんなこと言って……)
 俺のことなんて全く考えてない。
 今にも心臓が張り裂けそうなくらいドキドキしてるってのに、殺す気か?
 それにアオイだっているんだし……ややこしくなりそう。
 「結婚しようね、ケイちゃん」
 「……まぁ、考えてあげる」
 これからも翔吾に振り回されるのかと思うとたまったもんじゃない。
 けどちょっと楽しみな俺もいる。
 俺の大好きな彼氏と大好きな弟に出会えたのだから、顔にこんな火傷を負わせた神様にも感謝しないとな。
 「このままちゅーして終わる?」
 「しない!離れろ!」
 「え〜いいじゃん」
 「てかお前の家あっちだろ!帰れ!」
 とっくに通り過ぎてるのに翔吾は俺の手を離すまいと一生ついてくる。
 そして翔吾はただ繋いでいた手を恋人繋ぎにまでしてきた。
 「だってご挨拶しなきゃじゃん」
 「ご、ご挨拶?」
 「入籍しますって」
 「入籍はしない!するのは同棲だろ!」
 こいつどんだけ俺と結婚したいんだ……
 このまま同棲が始まると考えると不安だ。
 誰か呼んでルームシェアにしようかな……例えばアオイとか。
 あいつは意外と家では人一倍しっかりしてそうなタイプだし、家事も得意そう。
 俺ができるものと言ったら洗濯くらいだし……翔吾は……何できるか知らない。
 「このまま同棲初めて大丈夫なのかよ……家事とかできるの?」
 「任せなさい!こう見えて料理は大得意なんです!」
 翔吾は得意げに胸を張る。確かにカップケーキは美味かったし納得。
 「それは知ってる、他は?」
 「え?えーと………」
 「…アオイが卒業したらルームシェアにでもするか」
 「えー、アオイ的にはいいのかな?」
 「わからんけど……掃除とかできなかったら家汚くなるし……」
 「掃除機をビュイ〜ンってしとけばいいよ」
 んな楽観的な……掃除って言っても分別とかごみ捨てとかそういうのも掃除に入るだろうし……
 「でも俺はせっかく同棲できるんならずっと二人きりがいいな〜……」
 翔吾は寂しそうな目でこちらを見てくる。
 遊んでよ〜って甘えてくる犬みたい……
 翔吾の気持ちもわかるけど家事が一部しかできないってなるとやっぱり不安だよな……
 「……わかったよ、じゃあ家事勉強しないとな」
 「じゃあ家行くついでにねーちゃん達に聞こ〜」
 姉貴達に聞いたら絶対家事以外のことも話しそうだけど…まぁ仕方ないか……
 
 あの時のキーホルダーが付いた二つのスクールバッグ。
 そして恋人繋ぎの手。
 この手だけは一生離したくない……かもしれない。
 「あ、今日泊まっていい?」
 「今日はヤダ……父さんと母さんいるし……」
 「えっちできないから?」
 「そんなんじゃない!」
 こんなやつだけど一生大事にしていこう。もちろん、アオイも。
 そう、心に決めるのであった。