いつもの金曜日の放課後、いつものように俺はあいつが来るのを待っていた。
 「ケイ〜!一緒に帰ろ♡」
 「……ハートつけてんのきしょ」
 「えー、ひどいな〜ケイだけだよ」
 「なんだそれ」
 こいつ、この前の告白にオッケーしたわけじゃないのにもうピンピンしてるのか、俺なんてまだ考えてるのに……
 俺と翔吾がそれじゃあとっとと帰ろうという雰囲気になったところで出入り口が騒がしくなる。
 (まさか……)
 俺が恐る恐る近づくと案の定、静かに尻尾を振りながら誰かを待つアオイが突っ立っていた。
 隠れてこのまま帰ってやろうと後ろからそーっと教室を出るが最悪なことに俺はアオイに見つかってしまった。
 俺を見つけてよほど嬉しかったのかさっきまで大人しく揺れてた尻尾は突然ブンブンと激しく振るえだした。
 「先輩!帰りましょ!」
 「……お前は犬かよ」
 「やだな、人間ですよ〜」
 「犬みたいに尻尾ぶん回してんじゃん」
 「尻尾なんて生やしてない!」
 そりゃわかっとるわい…
 「例えだよ、悪いなアオイ先帰る」
 「えーそんなぁ……」
 「…行こ、翔吾」
 「ああ……」
 (あいつが最近ケイに近づいてる後輩か……)
 見たことないけどケイにこんだけ執着してるってことは何かあるな。
 「ん?どうかした?」
 「……え?いやなんでも」
 「そう?」

 じゃあさっき翔吾がアオイを睨んだと思ったのは俺の気のせいか……
 ふとアオイを見るとさっきまで激しく振っていた尻尾はシュンと垂れていた。
 いつも誘ってくれてるけどアオイに悪い事したかな……来週は一緒に帰ってやろう。
 「…………」

 月曜日
 今日こそケイ兄をご飯に誘おうと昼休憩開始チャイムが鳴ったと同時に俺は弁当を持って三年教室のある二階へと走った。
 先輩の教室の前まで来た!というところで俺は一人の先輩に阻まれた。
 その人をよく見ると、いつもケイ兄といっしょにいる片野先輩だった。
 「なぁ、ちょっといい?」
 「え……俺用事が………」
 「それってケイ?」
 「え、なんでそれを……」
 「……お前もうケイに近づかないでくれる?」
 「…え?」
 片野先輩からは思ってもいなかった言葉が飛び出した。
 「なんで……」
 「俺とケイ付き合ってるから」
 「っ………」
 そっか……二人、付き合ってたんだ………だからいつも一緒に…
 俺は頭が真っ白になって逃げてしまった。もうケイ兄に近づけないんだ………
 俺は一人、トイレの個室でうずくまるのだった。
 「………」
 (これで諦めるようなやつじゃないと信じたいが……悪い事したかな………もっと別の方法のほうがよかったかな〜………)
 「翔吾?どうかした?」
 「なんでも?ご飯食べよ〜」

 放課後
 俺はアオイに声をかけられるの覚悟で教室を出た。自分で言うのもあれだが俺だってそこまで性格は悪くないから一回くらいは一緒に帰ってやらんこともない
 「……あれ?今日アイツいないんだ」
 いつもはストーカーかってくらい引っ付いてたのに……
 俺が固まっていると横から翔吾がいつものように「帰ろ」と誘ってきた。
 「どしたの?ケイ、具合悪い?」
 「………え?あ、いや今日はアオイいないんだなって」
 「……あー、あいつならしばらく部活で忙しいって言ってたよ」
 「そうなんだ」
 部活なんてやってたんだアイツ……
 「じゃあ帰ろ♡」
 「…うん」
 毎日のように俺と帰ろうと誘ってきていたからてっきり帰宅部なのかと思ったが……幽霊部員だったのか?
 「あの、片野くん……お話が……」
 後ろを振り返ると隣のクラスで一番のモテモテ女子と噂の小林さんが立っていた。
 俺は咄嗟に隠れるが翔吾は小林さんには目もくれずこちらに向かって歩いてくる。
 「ケイ〜♡帰ろ♡」
 「……え?」
 「………え?」
 「…………え?」
 翔吾は「俺、変なことした?」と言わんばかりの驚いた顔でこちらを見る。
 翔吾に隠れながら小林さんの方を見るとシクシクと泣いていた。
 「あれいいのかよ」
 「ん〜?ああ、あれで気を引こうとしてるんだよ。俺何回もされてきたからウソ泣きくらい見破れるんだ〜」
 あれはウソ泣きなのか……それにしれっとモテ男アピしてきやがって………
 「それに〜」
 「それに?」
 「俺が好きなのはケイちゃんなんだから」
 「っ………!バカ!」
 モテ男になると恥じらいはなくなるのか…?
 人が大勢いるところで耳を澄ませば聞こえる音量。周りもそこまで騒がしくないんだから誰か一人くらいは聞こえていてもおかしくない。
 『いつでも待ってる』
 そうは言ってくれたがこうもいつも以上にベタベタされると急かされているようでちょっと焦ってしまう。
 というか前からめちゃくちゃ気になったことがあるんだが………
 「…なぁ、お前は俺のどこが好きなの?」
 「……え?」
 俺みたいな年中マスクつけて影も薄くマスクの下は火傷痕で普通とは違う。
 「俺の顔……見たでしょ?お前ならもっとかわいい子と付き合えるだろ」
 翔吾を見ればどこか物悲しげな表情をしていた。
 「……んーそうだな、一目惚れかな」
 「…あれ見ても?」
 「ケイ、そういうのやめな」
 「…え」
 さっきまで物悲しそうだった翔吾は一変して今度は怒ってるみたいだ。
 「いくらコンプレックスがあるとしてもさ、それをしつこく人にネチネチ言うのどうかと思う」
 ぐうの音も出ない、それに普段怒らないからなおさら効く………
 「………ごめ…」
 「……ケイちゃん俺のこと嫌い?」
 「そんなこと……!」
 「………じゃあさ、それやめて」
 「…はい」
 いつもと違う翔吾に戸惑いながらも真剣な目で俺を見てくるもんだから即答しないと離れられてしまう、そんな気がする。
 「……ごめんね、ケイちゃん」
 「いや…謝るのはこっちの方……ごめん」
 「いやいや、俺のスキンシップも激しかったよな、まだ返事も貰ってないのに………」
 「そんなことない……翔吾は……いつも通りがいい………」
 急にベタベタしなくなったらみんな驚くだろうし………
 それに翔吾といる時間は楽しい、まるで兄ができたかのように思えた。姉貴ももちろん優しいんだが……アレだとな………
 いつもはベタ甘で距離感がバグっていても叱るときは叱ってくれる。まさに完璧だ。翔吾がモテモテなのも頷ける。
 でも大半は顔で来てるからもったいない。こいつの中身を全く見ようとしていないやつしか居ない。
 そんな奴らだから翔吾は年に二百回は告られているのに誰一人としてオッケーもされず、なんならボロクソに言われてる。
 翔吾の欠点と言えば毒舌だろう。
 今まで聞いた話の中で一番やばいと感じたのだと全身ギラギラの女子に対して………
 「お前クリスマスツリーかよ、メイクとかそのギラギラなバッグとかでしか盛れないの?盛りすぎメイクでしかキラキラしないやつが俺と付き合いたいとか舐めてんだろ、素の自分で勝負しなよ。お前と付き合ったら意味わからんメイク道具買うために動かされてこき使われて挙句の果てにはメイクに時間かけすぎてつまんなそう、そんな派手ダサメイクに時間かけるくらいならその時間使ってナチュラルメイクとか学んできたら?あばよ、光らないと目立てないくせに光ったら人が来ることに味をしめてそんなメイクにわざわざ時間かけてるクリスマスツリーさん」
 とか言っていたみたいだ。
 そのキラキラギャルはその後光が失われたように人が変わったらしい。
 取り巻きのギャルたちも驚いてスマホを落として画面がバッキバキらしい。
 俺に毒舌は向けられたことはない。
 誰にでも向けるようなやつではないが毎回切れ味が鋭すぎる。
 俺はメンタルそこまで強くないし毒舌でズタズタにされたら一生立ち直れなさそうだからちょっとありがたいけど………
 「じゃあいつも通りチューしちゃう?」
 「いつもしてねえだろやめろ」
 すり寄ってくる翔吾の顔を手で抑え込みながら歩いていると前にアオイが一人でトボトボ歩いているのが見えた。
 (あれ、部活じゃなかったのか……?)
 アオイは周りにいる生徒とは違い、ジャージではなく制服だった。
 でも文化部なら別におかしくはないのか……?
 「このままデートする?」
 「しない、またな」
 家の近くにも来たし、このまま帰ろう…
 「駅前にできたクレープ屋、猫ちゃんクレープが人気みたいだよ」
 「!!!!」
 「今とっても誰かに奢りたい気分だな〜」
 「行く!!!早く行こう!!!!」
 
 「お待たせいたしました〜猫ちゃんクレープです」
 「………」
 「どうも~」
 はめられた………いや、釣られる俺も悪いんだが……にしても卑怯だ……
 「みてみて〜猫ちゃんだよ〜!かわいい!」
 「…!確かに……」
 いちごを猫耳に見立てて飾っており顔はチョコやクッキーで再現されている。
 とりあえず写メ撮っとこう………
 「かわいい〜!」
 翔吾も連写してるみたいだ。翔吾も割とこういうの好きなのかな………
 と思っていた俺がバカだった
 「……何撮ってんだよ」
 「えー?ケイちゃん♡」
 「クレープじゃねえのか」
 「もう撮った」
 翔吾はもうクレープの写メはとっくに撮り終えたから俺を撮ったのだとか。
 『かわいい〜』は俺に向けられていたってことか……
 「あ、またクリームついてる」
 「え、どこ……」
 俺が舌で探しているとフッと翔吾の長い指が俺の頬を触れた。
 「ん、美味しい」
 「!?」
 突然のことに俺は固まってしまった。
 この前は教えるだけだったくせに……
 「ふっ、ケイちゃん顔真っ赤じゃん」
 「なぁっ……!見るな!!」
 「えー見せてよー」
 翔吾はスマホ片手にこちらへすり寄ってくる。
 さっきまで割と残っていたはずのクレープもいつの間にか食べ終わっていたらしい。お前はカー◯ィかよ。
 「見るなって……言ってんでしょうが!」
 俺は渾身の蹴りを翔吾に入れた。
 「いってぇ!!!」
 「自業自得だろ」
 「酷い……」
 「……いきなり取ってくる方も…酷いだろ」
 「ありがとうございます!!」
 翔吾は持っていたスマホを俺の方へ向け、連写しだす。
 外なんだからめっちゃ恥ずい。やめてくれ。
 「スマホの壁紙にした」
 「やめてくれ…」
 「えー、ケイちゃんだって俺とのツーショ壁紙にしてるじゃん」
 「はっ……!?」
 こいつにそのこと教えてないよな……なんでバレてんだ……
 「バレてないと思った?好きな子のすることなんてお見通しだよ〜」
 「っ……!」
 「また顔赤くなった〜かわいいなホント」
 「翔吾のバカ!」
 俺は居ても立っても居られずにその場を離れてしまった。
 今日はなんだか変だ。翔吾といるとドキドキして落ち着かない。
 心臓がいくつあっても足りないくらいやばい。
 ふと周りを見渡すと見知らぬ家やビルまみれだった。
 多分翔吾に追いつかれないようにとジグザグに歩いたから道に迷ったのかもしれない。
 どこから来たのかもわからなくなったので引き返すこともできない。
 「終わった……」
 幸いなことにまだ薄暗いくらいで辺りは見渡しやすい。
 とりあえず姉貴にでも連絡を……
 「充電切れ……」
 前言撤回、最悪だ。充電すらない………ここがどこかもどこから来たのかもわからない。
 公衆電話も見当たらない。わからないところで探し回っても更に迷うだけだ。
 帰り方もわからず途方に暮れている間にも時間は過ぎていく。
 補導でもされたらみんなから軽蔑されるんじゃないか……アオイや翔吾にだって………
 「ケイ!!」
 「え……」
 声のした方を見るとそこには翔吾が立っていた。
 「なんでここ……」
 「俺は鼻が効くからね〜」
 よく見ると顔中所々に汗をかいてて息も少し荒い。走ってきたのだとすぐわかった。
 「それに言ったでしょ?好きな子のすることなんてお見通しって」
 「っ………」
 翔吾はずるい。いつもはベタベタして子供みたいなくせにこういうときはきちんとかっこいいんだもの。
 「こんなところに……心配したんだよ?」
 「…俺……怖かった……このまま補導されてみんなから軽蔑されるんじゃないかって」
 俺が震える声でそう伝えると翔吾は無言でこちらに近づいてきた。
 (怒られるかな……)
 怒られて当然のことしたから……仕方ないよね……
 怒られるの覚悟で目を(つむ)る。だが翔吾はスッと手を伸ばし俺を抱きしめてきた。
 「ごめん!俺のせいで……」
 「え……」
 予想もしてなかったことに驚く。
 てっきり「急に居なくなっちゃダメ!!俺だって疲れたんだからね!!」みたいにプンプンしてるもんかと思ってた……
 「俺、せっかちだよね……まだ返事も貰ってないのにイチャイチャしようとして……ケイのことも急かしてたよね」
 そう言って翔吾は俺の頭を撫でる。
 「そうだ、この前の話の続きしよっか」
 「この前……?」
 「俺がケイのこと好きになった理由」
 「ああ……」
 そう言えば聞けてなかったっけ……
 「それで理由って?」
 「んーとねぇ……一目惚れ?」
 「え?」
 そんな理由だったのか?でも最初の頃「君何か用?」って無愛想だったのに……
 「でも初めて話した?時に君って……」
 「ん?ああ、転校したてで誰の名前も知らなかったのもあるし見た瞬間からビビッと来たから緊張してたのかな〜」
 翔吾みたいのでも緊張はするんだな…でも一番の疑問はこの火傷だ、みんなから化け物呼びされるくらいなんだから翔吾だって……
 俺が聞こうとした質問は口を開く前に翔吾が答えてくれた。
 「俺ね〜もともと容姿とか性別は気にしないタイプなんだ〜、ビビッときたら誰でもいいの」
 「誰でもいい……?」
 「あ、もちろん俺はケイ一筋だよ♡」
 誰でもいいって随分と尻軽だな…とは思ったが今までの振り返ればまぁ……一途ではあるな……
 「……俺は別に振られてもいいんだ、ケイが俺を信頼してくれてるならそれだけで嬉しい」
 「………」
 なにそれ…無駄にかっこいいセリフ言いやがって………
 「俺を信頼してないってんなら傷つくけど…」
 「それはない、大丈夫」
 それにしても長いな……いつまで抱きしめてるつもりなんだ……
 (でも………)
 翔吾に抱きしめられているとなんだか安心する。
 心臓もドクドク脈打っているのがわかる。
 ああ……俺、翔吾のこと好きなんだろうな……
 「好きだよ、ケイ」
 「……ねぇ、ちょっといい?」
 「ん?なあに?」
 俺はマスクを外しつま先を上げて翔吾の頬にキスをした。
 好きだなんて伝えるのは恥ずかしい……
 いや、今思えばキスのほうが恥ずかしいのか?しかもちょうどキスしようとつま先立ちしたところで電灯の明かりが俺達を照らした。キスの瞬間なんて見てくださいと言わんばかりに強調されただろう。
 翔吾を見ると顔を赤らめて固まっていた。
 その顔が珍しかったもんで俺はスマホを片手にとって翔吾の顔をスマホに収める。
 俺が翔吾の写真を眺めていると先程抱きついてきた時よりも強い力で翔吾が俺を抱きしめてきた。
 「苦しい……」
 「…あ、ごめん」
 翔吾は先程までの力を緩め俺の肩に手を置く。
 「…さっきのオッケーでいいんだよね?」
 「………うん」
 「じゃあ、これからもよろしくね」
 「…うん」
 その時の翔吾の顔はまるで神様みたいだった。
 優しくてとても嬉しそう。
 嬉しい気持ちが抑えられてないくらい全面に出ててかわいかった。
 その日の帰り道は手を繋いで……
 「ねえここどこ?」
 「お前も知らないのかよ!」
 「あはは〜野宿しよっか」
 「しない!」
 せっかくいい雰囲気だったのに……でも今日は何でもない日だと思ってたけど今までで一番幸せな日だったな。
 そして俺達は翔吾のスマホは充電があったから地図の情報をもとに迎えを呼んでもらって家に帰ったとさ
 
 でもアオイにはどう伝えようか……
 いや〜でも翔吾はオッケーしてくれるかな……
 気になって仕方ない自分もいるしここは自分の欲で動くとしよう。
 部活が落ち着いてそうだったら話してみよう。
 俺は翔吾にLIMEでおやすみと送り眠りについたのであった