ダメ元で親友に告白したその後の話

 夕暮れが近づいて、空の色が少しずつオレンジに染まり始めていた。家の近くにある小さな神社へ向かう道を歩きながら、オレは懐かしい気持ちに包まれていた。

 この神社は、オレの家と悠馬の家のちょうど真ん中あたりにある。住宅街の奥まった場所にひっそりと佇んでいて、普段は人もあまり来ない静かな場所だ。石段は少し古くて、苔が生えているところもある。夕方になると木漏れ日が神秘的な光を作り出して、なんだかここだけ時間が止まっているような不思議な空間だ。

 石段を上って境内に入ると、いつもの静寂に包まれた。風が吹くたびに、楠の葉がサラサラと音を立てる。

 石段に腰を下ろしながら、オレは小さい頃のことを思い出していた。

 小学生の頃は、ここでよく悠馬と待ち合わせをした。あの頃の悠馬は今よりもずっと小さくて、大人しい子だった。学校では自分のことをあまり話したがらなくて、休み時間も一人で本を読んでいることが多かった。でも放課後にこの神社で会うと、いろんなことを話してくれるようになった。

「今日、算数のテストで満点取ったんだ」
「へー、すごいじゃん!」
「でも、クラスのみんなには言わないでよ」
「どうして?」
「なんか……目立つの嫌だから」

 そんな他愛もない会話を、この石段に座りながら何度も繰り返した。悠馬は恥ずかしがり屋で、みんなの前では自分を上手く表現できない子だった。だからこそ、オレと二人きりになると、本当の自分を見せてくれるのが嬉しかった。

 でも中学に入ると、だんだん会う機会が減っていった。オレは演劇部に入って、悠馬はサッカー部に入った。部活動の時間が合わなくて、放課後に遊ぶことも少なくなった。特に……田村先輩のことを好きになってからは、ほとんどここに来ることもなくなった。

 田村慎也。

 その名前を思い出すだけで、胸の奥がずーんと重くなる。今日、演劇部で先輩の名前が出たときの嫌な感じが蘇ってきた。あの人のせいで、オレは……。

「湊」

 声をかけられてハッとする。振り返ると、悠馬が石段の下に立っていた。制服からジャージに着替えているから、部活が終わったんだろう。

 悠馬はゆっくりと石段を上ってきて、オレから少し離れた場所に腰を下ろした。

「ここに来るのも久しぶりだね」

 オレが呟くように言うと、悠馬も頷いた。

「そうだな」

 それから二人とも黙ってしまった。風が吹いて、楠の葉がざわざわと音を立てる。夕暮れの静寂が、二人を包み込んでいた。

「演劇部の練習は、最近どうだ?」

 悠馬が口を開いた。

「ああ、演劇大会に向けて練習してたよ。でも引っ越すから、オレは大会に出られなくなっちゃったんだよね」

 できるだけ明るい調子で答えた。いつものように、何でもないような顔をして。

 でも悠馬は、オレをじっと見つめていた。

「お前は、ずっと演劇部で頑張ってきたんだろう。辛いんじゃないのか?」

 その問いかけに、オレは慌てて首を振った。

「平気平気! オレはどうせ端役だったし、親の再婚が理由の引っ越しだから、オレがどうにかできることじゃないからさ」

 またいつもの笑顔を作って答える。でも悠馬の表情は変わらなかった。

「卒業するまで、こっちで過ごすことはできないのか?」
「うちは片親だから難しいよ。うちの高校、アルバイト禁止だから自分で稼ぐこともできないし。母さんの再婚相手も、オレが一人だけこっちに残るなんて言ったら気にするだろ? だからオレの気持ちはさておき、引っ越しに同意した方がみんなうまくいくんだよ」

 そう言って笑った。いつものように、みんなを安心させるための笑顔を。

 でも悠馬は、その笑顔を見つめながら言った。

「俺は、お前がいなくなると寂しいし、辛い。お前だって、そうじゃないのか?」

 その言葉に、オレの作り笑いが揺らいだ。面と向かって、そんなストレートなことを言われるなんて思ってもみなかった。

「お前の本心を聞かせてくれ」

 悠馬の真剣な眼差しに、もう笑顔を取り繕うことができなくなった。胸の奥にずっと押し込めていた気持ちが、せり上がってくる。

「……オレは、引っ越したくない」

 ようやく本当の気持ちが口から出た。

「できれば高校卒業するまでは、この町にいたい。でも……オレがワガママ言うと、色んな人に迷惑がかかる。特に母さんに。頑張ってオレを育ててくれた母さんに、迷惑かけたくないんだ」

 気がつくと、目に涙が浮かんでいた。ぽろぽろと頬を伝って落ちてくる涙を拭おうとしたとき、悠馬の手がそっと頬に触れた。親指で優しく涙を拭ってくれる。

 その仕草に、心がふわっと軽くなった。悠馬の手は温かくて、大きくて、安心できた。

「でもさ」

 オレは無理やり笑顔を取り戻そうと努めた。

「ダメ元でお前に告白して、お前が恋愛的な意味でオレとの関係を考えてくれて……オレはそれだけで本当に嬉しいよ。だから大丈夫、オレは引っ越し先でも元気でやっていけるって!」

 その言葉を聞いて、悠馬はぎこちなく、でも優しくオレを抱きしめた。

 突然のことで驚いたけれど、悠馬の体温に包まれて、すごく幸せな気持ちになった。彼の腕の中にいると、不安な気持ちが少しずつ和らいでいく。悠馬の心臓の音が聞こえて、それがとても落ち着く音だった。

 夕暮れの神社に、静寂が戻った。楠の葉がそよ風に揺れて、サラサラと優しい音を立てている。朱色の鳥居が夕日に照らされて、境内全体が温かいオレンジ色に染まっていた。遠くからは夕方の町の音が聞こえてくるけれど、この境内だけは時間が止まったような静けさに包まれている。

 二人で抱き合いながら、オレは思った。この瞬間を、ずっと忘れたくないと。