ダメ元で親友に告白したその後の話

「肝試し」という単語を聞いた瞬間、悠馬が少し顔をしかめるのが分かった。彼はこういうイベントが苦手なタイプなんだろう。

「まあ、文化部の恒例行事だからさ」

 オレは苦笑いを浮かべながら説明した。

「毎年やってるんだよ。でも大丈夫、そんなに怖いものじゃないから」

 夜の九時頃になって、部員たちは懐中電灯やペンライトを手に、青少年センターの裏手にある森林公園へ向かった。昼間は家族連れで賑わっているであろう公園も、夜になると全く違った表情を見せていた。

 街灯がぽつぽつと点在しているものの、木々に遮られて薄暗い場所が多い。昼間の暑さは和らいでいるけれど、まだ生暖かい風が木々を揺らしている。夏の夜特有の湿った空気が肌にまとわりつく感じがして、少し息苦しい。

 虫たちの大合唱が公園全体に響いていた。コオロギの鳴き声、セミの鳴き声、それに混じってカエルの声も聞こえてくる。昼間は気にならなかった自然の音が、夜になると妙に耳について、少し不気味な感じさえする。

「それでは、恒例の肝試しを始めます!」

 三年生の佐藤先輩が部員たちを集めて、大きな声で宣言した。先輩の手には、手書きで描かれた公園の地図がコピーされた紙の束がある。

「まず、ルールの説明します」

 佐藤先輩は地図を一枚ずつ配りながら続けた。

「この地図を見てください。星印でマークがつけられている場所がありますね。そこに謎解きの指示書が置いてあります。その謎を解いて、最終的にゴールに向かってください」

 オレは受け取った地図を見つめた。公園内に五つほど星印が描かれていて、最後にゴールマークがある。

「制限時間は各ペア三十分です。必ず時間を守って、制限時間が過ぎたら途中でもゴールに戻ってきてください」

 悠馬がオレに小声で尋ねてきた。

「なんだか謎解きゲームみたいだな」

 オレは同じく小声で答える。

「まあ、肝試しだけだと暗い公園の中を歩くだけになっちゃうからさ。盛り上げるためにここ数年で追加された要素みたい」

 佐藤先輩が手を叩いて注意を引く。

「それでは、ペア決めのくじ引きを始めます! 男女ペアが基本ですが、演劇部は男子の方が多いので、何組かは男性同士のペアになります」

 その瞬間、オレは慌てて手を上げた。

「あの、先輩!」

 佐藤先輩が振り返る。

「なんだ?」
「助っ人でここにいる悠馬をくじに混ぜちゃうと、彼が浮いちゃうかもしれないので……オレとペアにしてもらえませんか?」

 佐藤先輩は少し考えてから頷いた。

「そうだな、それの方がいいかもしれない。分かった」

 悠馬が感心したような顔でオレを見つめる。

「交渉がうまいな」
「だって……」

 オレは思わず本音を口にしてしまった。

「だってお前が誰か女の子とペアになるの耐えられないもん」

 その言葉を言った瞬間、オレは慌てた。やっちまった……なんてことを口にしてるんだ。顔が一気に熱くなって、慌てて視線を逸らす。

 悠馬は最初こそ驚いて目を丸くしていたものの、すぐに真顔でこう返してきた。

「そうだな、俺もお前が他の女子とペアになるのは耐えられないかもしれない」

 その真剣な表情と声に、オレはますます反応に困ってしまった。心臓がドキドキと早鐘を打って、どこを見ればいいのか分からなくなってしまう。

「と、とりあえず……肝試し、頑張ろうか」

 ようやく絞り出した言葉で、その場をごまかすことにした。

 肝試しが始まって、オレたちは懐中電灯の明かりを頼りに夜の公園を歩き始めた。砂利道を歩く足音が、静寂に包まれた公園に響いている。

「そういえば」

 歩きながら、オレは悠馬に話しかけた。

「幽霊役は演劇部の一年生が代々担当してるんだ。去年はオレが幽霊役をやったよ」
「へぇ」

 悠馬が興味深そうに聞いてくる。

「血糊メイクに美術担当の子が本気を出し過ぎて、超リアルな死に顔になっちゃったんだ。何人かの女子が泣き出しちゃって大変だった」
「お前のそのメイク、見てみたかったな」

 悠馬の言葉に、オレは笑いながら答えた。

「後で写真見せるよ。かなりグロテスクに──」

 その時だった。バッと目の前に白い布で包まれた何かが飛び出してきた。

 よく見なくても、それは布を被った後輩であることがすぐに分かった。クオリティは正直あまり高くないけれど、オレは驚いた表情を作った。

「うわ、びっくりした!」

 大げさに手を胸に当てて、驚いた演技をする。

「あー、でもよく見ればクオリティ低いじゃん。驚いて損した」

 そう言いながら先に進む。後ろからついてきた悠馬が、小声で指摘してきた。

「お前、全然驚いてなかっただろ。わざと驚いたフリをしたな」

 その鋭い指摘に、オレは苦笑いを浮かべた。

「ほんと、お前よくオレのこと見てるよな」

 素直にそれを肯定する。

「だって後輩たち、この日のためにいろいろと準備してくれてたんだよ。驚いてあげなきゃ可哀そうじゃん」

 悠馬は後ろから静かに言った。

「お前は、いつの間にかそうやって本心を隠すのが上手くなったよな。それは──たぶん、あの田村とかいう先輩に会った後からだ。違うか?」

 その鋭すぎる指摘に、オレは言葉を失った。本当にこいつ、オレのことよく見てるな……。内心で感心しつつも、その質問には答えたくなくて無言を貫いた。

 石の砂利道を歩く二人の足音だけが、夜の静寂に響いている。ザリ、ザリ、という乾いた音が規則正しく続いて、なんだか公園の中に自分たち二人だけになったような気分になった。

 しばらく歩いていると、地図にあるチェックポイントの場所に着いた。大きな木の根元に、手作り風のメッセージカードが置かれている。

 オレは懐中電灯で照らしながら、そのメッセージを読み上げた。

「『夜の公園で、少女の霊が現れてこう言った。私がいつも遊んでいた場所……でも足が地面に着かないの……そこで私を見つけて』少女はどこにいる?」

 悠馬はあまりなぞなぞ要素が得意ではないらしく、文字をそのまま読んで首をかしげた。

「これはどういうことだ?」

 オレは「なるほど」と納得して、地図を確認した。

「答えはこっちだ」

 公園の中を歩いていく。悠馬はまだ首をかしげながらついてくる。

 しばらく歩くと、森林公園の中でも子どもたちが遊ぶ遊具の置かれた場所に出てきた。ブランコ、滑り台、鉄棒、それにジャングルジムがある小さな遊び場だ。他に部員は誰もいない。

「おそらく問題メッセージの内容は、それぞれ違うんだろうな」

 オレは周囲を見回しながら予想した。

「ここのどこを探せばいいんだ?」

 悠馬がオレに尋ねる。

「簡単だよ。足がつかない場所……つまり、この遊具はこの中のうちどれかを考えればいい」

 悠馬はしばらく考えて、「あ」と気づいた顔をした。

「ブランコか?」
「正解」

 オレはブランコの近くに寄った。すると、ブランコの下に「指令達成」と書かれたメッセージカードが落ちている。

「湊の謎解きスピード、すごいな」

 悠馬が感心したような声で言う。

「問題が簡単だったし、こういう謎解き系のゲームは好きなんだよね」

 そう言いながら、オレは何気なくブランコに腰を下ろした。久しぶりのブランコの感触に、懐かしい気持ちになる。

「そういえば、小さい頃はよく二人で公園でこうやって遊んでたよな」

 悠馬も隣のブランコに座りながら答えた。

「そうだな」

 そして少し間をおいてから続けた。

「小学生だった頃、人見知りが強くて周囲に馴染めてなかった俺に声をかけてくれたのは湊だったな」

 その言葉に、オレは少し恥ずかしくなった。

「あの時の自分はあんまりよく考えてなかった。近所に住む同年代のお前となんとか仲良くなりたくて、何度も何度も家に通って……今思えば、だいぶうっとおしい行動だったよな」

 悠馬は首を振った。

「お前がなかなか外に出る勇気のなかった俺に、根気強く声をかけてくれたおかげで、自分はあの時、外に出る勇気が持てた。ありがとう」

 改めてお礼を言われて、オレはどう返せばいいのか困ってしまった。照れ隠しに、ブランコをゆっくりと漕ぎ始める。

 夜の公園で二人がブランコを漕いでいる。なんだか不思議な光景だな、と思った。街灯の明かりがぼんやりと遊び場を照らしていて、ブランコの影が地面に揺れている。昼間とは全く違う、夜だけの特別な時間みたいに感じられた。

 悠馬は漕いでいたブランコの動きを止めて、オレに向かって言った。

「あの時の俺にとって、お前はヒーローみたいな存在だった。今でもそれは変わらない」

 その真剣な表情に、オレは照れた。

「俺だって同じだ」

 オレもブランコを漕ぐ手を止めて続けた。

「中学生の頃──田村先輩のことがあって落ち込んでたとき、お前は落ち込んでいる理由を聞かず、ずっとオレのこと気にかけてくれてただろ。学校に行けなくて不登校気味になっていた時でも、毎日オレの家に来て普段通りの態度でオレと遊んでくれた。あの時のお前の態度に、どれだけ救われたかわからない」

 本音を漏らしてしまった。普段なら絶対に口にしないような、心の奥底にしまっていた気持ちだった。

 悠馬はブランコから降りて、オレの前に立った。懐中電灯の明かりに照らされた彼の表情は、いつもより真剣だった。

「田村って人と何があったのか、詳しく聞いていいか?」

 静かに、でもはっきりとした声で尋ねられた。