愛する妻の名を騙る双子の妹と、大鴉が鬼東の領地に顔を出した時はどうなるかと思ったが――あの一件以来、羽音は明るくなった。

「藤郷様!」

 憂いを帯びた瞳とともに自信なさげに己の真名が紡がれるのも悪くなかったが……。
 天真爛漫な姿こそが、彼女の本質なのだろう。
 そう思えば、悪い気はしない。

「何かあったら、すぐに小鬼を頼るように」
「はい! 行ってらっしゃいませ! 旦那様の帰りを、心よりお待ち申し上げておりますわ……!」

 桃の花をあしらった着物姿の羽音は、とても可憐だ。

  (ああ、癒やされる……。このままずっと、彼女を抱きしめていたい……)

 そんな思いを声に出さぬように抑えつけると、藤郷は住み慣れた地をあとにする。
 彼には早急に、対処しなければならない敵がいたからだ。

  (まずは……)

 足元に炎を纏わせた五芒星を描くと、鬼神はここから遠く離れた西鳥家へと足を踏み入れた。

「鬼神が現れたぞ!」
「おお、ようやく羽音を連れ帰って来てくださったのか……!」
「大鴉様のお言葉は、正しかったのね!」

 そこでは人間達が一同に介し、親族会議を行っている最中だった。
 彼らは藤郷にとっては意味不明な言葉を口にすると、期待を込めた瞳とともに羽音を探す。

  (大鴉に唆されたのか……)

 鬼神は彼らを蔑むと、己の周りを浮遊する炎の勢いを強めた。

  (こいつらは、4000年経っても変わらんな。真実から目を背け、いつだって保身に走る……)

 何度壊滅させても長い時間をかけ、西鳥は不死鳥のように蘇り再建してしまう。
 そうして、愛する女性が再びこの地に誕生する。
 だがーーそんな悲劇の繰り返しも、今日で終わりだ。

「貴様らがいなければ、我が妻羽音は誕生しなかった。そのことだけは感謝しているが……」
「で、でしたら……!」
「いくら瓜二つでも、妹の方は性格の悪さが顔に滲み出ているだろうに……。親ですらもその違いをわからず、無能呼ばわりするとは何事だ!」
「ひ、ひい! どうか、お許しください……!」

 頭を下げれば許されると思っている奴らに、慈悲など与える必要がない。
 内側から湧き上がる炎に身を任せると、己の異能を使って彼らを焼き焦がす。

「羽音の受けた苦しみや悲しみに、見て見ぬふりをした罰だ。地獄の業火に焼かれ、一生苦しめばいい……!」

 そう吐き捨てた藤郷は西鳥の屋敷を隅々まで練り歩くと、火を放ち続けた。