「あなたのことが好きです。世界中の誰よりも」
一世一代の告白が響き渡る。煌びやかなビルの光が、海面に反射して歩道を照らす。まるで世界的な舞台のようで、今にも踊り出してしまいそうな雰囲気がある。
けれど、その告白は一世一代と呼ぶほどの想いは込められていない。というのも、一人の少年が一人の少女に向けて言った言葉。すなわち思春期に良くある恋愛の一幕だった。
少年の目の前に立っている橋本愛菜はボブカットがよく似合う可愛らしい少女だった。
「そ、それって……告白、ですよね?」
「も、もちろん!」
当然、告白した方に好意があるというのは、聞かずとも分かる話。愛菜は少年の言葉を頭の中でかみ砕きながら、再確認の意味も込めて聞き返した。
彼女のルックス的に、相当モテる部類に入る。しかし、彼の告白にはあからさまに動揺していた。頬を紅潮させて、視線を合わせようとしない。
思いのほか告白され慣れていないのか。それとも、彼から告白されるとは思っていなかったのか。基本的にその2択に絞られるわけだが、少年は内心頭を抱えていた。
というのも、彼は愛菜と知り合って1ヶ月足らず。告白に至るまで互いのことを知り切れていないとの指摘が聞こえてきそうだが、高校生にとっての1カ月は大人のソレとは違う。
瑞々しい感性の赴くままに毎日を過ごしている。登下校や放課後のファストフード店などでの時間は、二人にとっての新鮮な時間でしかない。毎日のメッセージのやり取りや、毎週一回のデート。人が人を好きになる要素は揃っているのだ。
今日は5回目のデートになる。昼間から愛菜が見たいと言っていた映画を観て、カフェで感想を言い合って、夜景の見える公園で告白――。計算され尽くしたスケジューリングである。
『先輩って優しいですよね――』
愛菜から見て、彼の印象は悪くなかった。人当たりが良く、会話のバランスも良い。《《幼馴染の先輩》》としてはこれ以上ない存在だった。
そんな彼女も、非常に愛嬌のある子だった。常にニコニコしていて、一緒にいる人間を不快にさせない明るい雰囲気の持ち主。面白くはない話でも、思わずつられて笑ってしまう魅力があった。
「どうして私なんか……」
彼女はひとり呟いている。その様子からは、やはり動揺の色が滲み出ていた。
「返事を聞かせてほしい」
少年は追撃する。まるで、彼女の反応があらかじめ分かっていたかのような余裕さすら感じる。
「あ……そう、ですよね……」
彼女は優柔不断であった。何事にもそう。
メニューひとつ選ぶのだって、指摘されるまでずっと悩んでいる。背中を押さないと決めることができないタイプだった。
「わ、私は……」
それでも、愛菜は小さな声で切り出す。彼と接したこの1カ月間で、少しずつではあるが決断が早くできるようになった。言いたいことを素直に言うように仕向けた彼のおかげで。
けれど、続きが出てこない。口元がプルプルと動いているが、喉から言葉を紡ぐ雰囲気がない。
「もしかして、他に好きな人がいる?」
「えっ……!」
少年は核心を突いた。愛菜は驚いてみせるが、その反応は明らかに図星だった。
無意識に一歩後ずさりして、その小さな胸に手を当てている。まるで自身の鼓動を確かめるように。少年が一歩前に出ると、露骨に驚いた顔をした。
「どうなの?」
厳しい追撃に見えるが、愛菜が怯えない程度の優しいものだった。
それでも返答はない。だというのに、少年は安堵する。これも《《想定通り》》なのだから。
「正直に言ってほしい。気を遣って付き合うなんてことは、絶対にしないで」
「先輩……」
客観的に見れば、これはもう負け戦である。
人は好意的な反応をすると、意図せずとも自然と言葉になることが多い。だがその逆となれば、当たり障りのない言葉で相手を傷つけないように思考を巡らせる。少なくとも、愛菜にとって彼は、そこまでするだけの人間だったというわけだ。
「――ごめんなさい」
この瞬間、少年と彼女の恋が終結した。心なしか、風が強く吹いている。
申し訳なさそうにする愛菜を尻目に、彼の表情はサッパリしていた。彼女はそれが少しだけ気になったが、少年の言葉にかき消される。
「そうか。でもありがとう。正直に言ってくれて」
「いえそんな……」
フラれた男が礼を言うのは、実に滑稽だった。
(本当にコレで良いのか……? 《《アイツ》》の言うようにしてみたけどさ)
少年としては、本意ではないにしてもフラれたわけだ。不思議なほどにあまり良い気分がしなかった。
これは完全な出来レースである。『毅然と接した方が彼女は吹っ切れるタイプだからねー』と、脳天気に言う少女の言葉が彼の頭の中を駆け巡った。
「先輩?」
不満で表情が歪んでいたようだ。少年は愛菜の問いかけに慌てて取り繕う。
「あははごめん。やっぱりちょっとショックでさ」
「……ごめんなさい。でも私」
「そっか。それなら良いんだ。《《早く行ってあげな》》」
「はい。今日はその……楽しかったです」
一種の答え合わせでもあった。橋本愛菜は、無意識のうちに正解を彼に示したことになる。ソレを聞いて、少年は肩の力が一気に抜けた。
「ありがとう。じゃあね」
彼の元から走り去る橋本愛菜――否。
《《ターゲット》》の後ろ姿は、不思議と感情が読み取れるほどの雰囲気を纏っていた。
光り輝いて、イキイキしていて、好きな人が頭の中に浮かんで離れない。自分の恋心に気がついたその瞬間は、喜びのあまり口元が緩みまくる。
ターゲットが見えなくなると、彼は制服の胸ポケットに忍ばせていたスマートフォンを取り出し、そのまま耳元に持っていく。長時間稼働していたせいか、ソレはすごく熱を帯びていた。
「終わったよ。これで良かったのか?」
安心感と疲労感が混じった声だった。肩の力が抜けて、決して力が入っているようには見えない。だが電話口の相手はそんなことお構いなしだった。
『あなたのことが好きです。世界中の誰よりも――ぶっ! あはははは!』
「切るぞバカ」
電話越しの少女は、声を低くして彼の真似をする。キャッキャと人の神経を逆なでするような笑い声だった。これで普段はお人好しキャラを演じているのだから、本当に末恐ろしい生き物だ。
彼女は一通り少年を馬鹿にした後、呼吸を整えて口を開く。
『いやーごめんごめん。そんなキザな告白をするとは思わなくて』
「《《熱》》を持たせろって言ったのは誰だよ」
『そうだけど、それとキザさは違うよ』
「どう違うんだよ」
『……あーごめん。いま議論することじゃないね』
互いに《《偽告白》》なんかどうでも良い。もう終わった話だし、彼としても蒸し返されるのは不毛な争いを生む火種にしかならない。少年は何も言わず彼女の言葉を待った。
『なにはともあれ、お疲れ様』
「上手くいったか?」
『うん、上出来』
なんで上から目線なんだよ。まったく。彼は心の中で毒づく。
『そんな拗ねないでよ。本当に上手くいったって』
「別に拗ねてない。人使いが荒いって思っただけだ」
『それを拗ねてるって言うの』
イタチごっこをするつもりはなかった。彼は近くにあったベンチに腰掛け、背もたれに体を預ける。無意識に緊張していたようで、体の筋肉が落ち着いていく感覚を覚えた。
「それで、その花崎さんは今どこにいるんだ?」
少年が問いかけると、少女は分かりやすくムッとする。
『所長と呼んでよ。依頼中でしょ』
「同級生だろ」
『それでも良いから!』
「はぁ……」
そこまでこだわる理由は全く理解できなかった。それでも、話が先に進まないのなら意味がない。《《今回も》》彼が折れることになった。
「所長は今どこに?」
『家で松澤君の仕事ぶりを見てただけー』
「随分と偉いんだな。人に働かせておいてね」
『私は所長、あなたはアシスタント。わかる?』
「クラスメイトだけどね」
『奴隷にすることもできるよ?』
「……あーもう分かったよ! 何も言わないから」
少年――松澤高士は盛大にため息を吐く。それは電話越しの少女――花崎夏凛に向けられたモノ。
二人はある意味、特別な間柄と言えるだろう。友人とは少し違い、かと言って他人でもない。心の委ね所にしては重すぎて、置き所にしては軽い。本当に本当に不思議な関係。
『ま、結果は明日にでも分かると思う。放課後、相談所に来てね』
「随分と言い切るんだな」
『これまでの経過を見れば明らかだよ。それに、《《あの子の心はしっかり向いていたし》》』
「本当かよ」
『私を信じてよ。そのために松澤君も手伝ってくれたんでしょ?』
「まあ、そうだけどさ」
大抵の人間は、生きているうちに一度は誰かを好きになる。そこに性別や年齢は関係がない。
中でも「初恋」というのは、その人間の心に深く根付き、大人になっても当時のことを思い出しては微笑む。青春のささやかなメモリーである。
花崎夏凛は、そんな初恋をあの手この手で成就させようとする。私立清流沢高校。そのはずれにある倉庫――初恋相談所の所長として。
一世一代の告白が響き渡る。煌びやかなビルの光が、海面に反射して歩道を照らす。まるで世界的な舞台のようで、今にも踊り出してしまいそうな雰囲気がある。
けれど、その告白は一世一代と呼ぶほどの想いは込められていない。というのも、一人の少年が一人の少女に向けて言った言葉。すなわち思春期に良くある恋愛の一幕だった。
少年の目の前に立っている橋本愛菜はボブカットがよく似合う可愛らしい少女だった。
「そ、それって……告白、ですよね?」
「も、もちろん!」
当然、告白した方に好意があるというのは、聞かずとも分かる話。愛菜は少年の言葉を頭の中でかみ砕きながら、再確認の意味も込めて聞き返した。
彼女のルックス的に、相当モテる部類に入る。しかし、彼の告白にはあからさまに動揺していた。頬を紅潮させて、視線を合わせようとしない。
思いのほか告白され慣れていないのか。それとも、彼から告白されるとは思っていなかったのか。基本的にその2択に絞られるわけだが、少年は内心頭を抱えていた。
というのも、彼は愛菜と知り合って1ヶ月足らず。告白に至るまで互いのことを知り切れていないとの指摘が聞こえてきそうだが、高校生にとっての1カ月は大人のソレとは違う。
瑞々しい感性の赴くままに毎日を過ごしている。登下校や放課後のファストフード店などでの時間は、二人にとっての新鮮な時間でしかない。毎日のメッセージのやり取りや、毎週一回のデート。人が人を好きになる要素は揃っているのだ。
今日は5回目のデートになる。昼間から愛菜が見たいと言っていた映画を観て、カフェで感想を言い合って、夜景の見える公園で告白――。計算され尽くしたスケジューリングである。
『先輩って優しいですよね――』
愛菜から見て、彼の印象は悪くなかった。人当たりが良く、会話のバランスも良い。《《幼馴染の先輩》》としてはこれ以上ない存在だった。
そんな彼女も、非常に愛嬌のある子だった。常にニコニコしていて、一緒にいる人間を不快にさせない明るい雰囲気の持ち主。面白くはない話でも、思わずつられて笑ってしまう魅力があった。
「どうして私なんか……」
彼女はひとり呟いている。その様子からは、やはり動揺の色が滲み出ていた。
「返事を聞かせてほしい」
少年は追撃する。まるで、彼女の反応があらかじめ分かっていたかのような余裕さすら感じる。
「あ……そう、ですよね……」
彼女は優柔不断であった。何事にもそう。
メニューひとつ選ぶのだって、指摘されるまでずっと悩んでいる。背中を押さないと決めることができないタイプだった。
「わ、私は……」
それでも、愛菜は小さな声で切り出す。彼と接したこの1カ月間で、少しずつではあるが決断が早くできるようになった。言いたいことを素直に言うように仕向けた彼のおかげで。
けれど、続きが出てこない。口元がプルプルと動いているが、喉から言葉を紡ぐ雰囲気がない。
「もしかして、他に好きな人がいる?」
「えっ……!」
少年は核心を突いた。愛菜は驚いてみせるが、その反応は明らかに図星だった。
無意識に一歩後ずさりして、その小さな胸に手を当てている。まるで自身の鼓動を確かめるように。少年が一歩前に出ると、露骨に驚いた顔をした。
「どうなの?」
厳しい追撃に見えるが、愛菜が怯えない程度の優しいものだった。
それでも返答はない。だというのに、少年は安堵する。これも《《想定通り》》なのだから。
「正直に言ってほしい。気を遣って付き合うなんてことは、絶対にしないで」
「先輩……」
客観的に見れば、これはもう負け戦である。
人は好意的な反応をすると、意図せずとも自然と言葉になることが多い。だがその逆となれば、当たり障りのない言葉で相手を傷つけないように思考を巡らせる。少なくとも、愛菜にとって彼は、そこまでするだけの人間だったというわけだ。
「――ごめんなさい」
この瞬間、少年と彼女の恋が終結した。心なしか、風が強く吹いている。
申し訳なさそうにする愛菜を尻目に、彼の表情はサッパリしていた。彼女はそれが少しだけ気になったが、少年の言葉にかき消される。
「そうか。でもありがとう。正直に言ってくれて」
「いえそんな……」
フラれた男が礼を言うのは、実に滑稽だった。
(本当にコレで良いのか……? 《《アイツ》》の言うようにしてみたけどさ)
少年としては、本意ではないにしてもフラれたわけだ。不思議なほどにあまり良い気分がしなかった。
これは完全な出来レースである。『毅然と接した方が彼女は吹っ切れるタイプだからねー』と、脳天気に言う少女の言葉が彼の頭の中を駆け巡った。
「先輩?」
不満で表情が歪んでいたようだ。少年は愛菜の問いかけに慌てて取り繕う。
「あははごめん。やっぱりちょっとショックでさ」
「……ごめんなさい。でも私」
「そっか。それなら良いんだ。《《早く行ってあげな》》」
「はい。今日はその……楽しかったです」
一種の答え合わせでもあった。橋本愛菜は、無意識のうちに正解を彼に示したことになる。ソレを聞いて、少年は肩の力が一気に抜けた。
「ありがとう。じゃあね」
彼の元から走り去る橋本愛菜――否。
《《ターゲット》》の後ろ姿は、不思議と感情が読み取れるほどの雰囲気を纏っていた。
光り輝いて、イキイキしていて、好きな人が頭の中に浮かんで離れない。自分の恋心に気がついたその瞬間は、喜びのあまり口元が緩みまくる。
ターゲットが見えなくなると、彼は制服の胸ポケットに忍ばせていたスマートフォンを取り出し、そのまま耳元に持っていく。長時間稼働していたせいか、ソレはすごく熱を帯びていた。
「終わったよ。これで良かったのか?」
安心感と疲労感が混じった声だった。肩の力が抜けて、決して力が入っているようには見えない。だが電話口の相手はそんなことお構いなしだった。
『あなたのことが好きです。世界中の誰よりも――ぶっ! あはははは!』
「切るぞバカ」
電話越しの少女は、声を低くして彼の真似をする。キャッキャと人の神経を逆なでするような笑い声だった。これで普段はお人好しキャラを演じているのだから、本当に末恐ろしい生き物だ。
彼女は一通り少年を馬鹿にした後、呼吸を整えて口を開く。
『いやーごめんごめん。そんなキザな告白をするとは思わなくて』
「《《熱》》を持たせろって言ったのは誰だよ」
『そうだけど、それとキザさは違うよ』
「どう違うんだよ」
『……あーごめん。いま議論することじゃないね』
互いに《《偽告白》》なんかどうでも良い。もう終わった話だし、彼としても蒸し返されるのは不毛な争いを生む火種にしかならない。少年は何も言わず彼女の言葉を待った。
『なにはともあれ、お疲れ様』
「上手くいったか?」
『うん、上出来』
なんで上から目線なんだよ。まったく。彼は心の中で毒づく。
『そんな拗ねないでよ。本当に上手くいったって』
「別に拗ねてない。人使いが荒いって思っただけだ」
『それを拗ねてるって言うの』
イタチごっこをするつもりはなかった。彼は近くにあったベンチに腰掛け、背もたれに体を預ける。無意識に緊張していたようで、体の筋肉が落ち着いていく感覚を覚えた。
「それで、その花崎さんは今どこにいるんだ?」
少年が問いかけると、少女は分かりやすくムッとする。
『所長と呼んでよ。依頼中でしょ』
「同級生だろ」
『それでも良いから!』
「はぁ……」
そこまでこだわる理由は全く理解できなかった。それでも、話が先に進まないのなら意味がない。《《今回も》》彼が折れることになった。
「所長は今どこに?」
『家で松澤君の仕事ぶりを見てただけー』
「随分と偉いんだな。人に働かせておいてね」
『私は所長、あなたはアシスタント。わかる?』
「クラスメイトだけどね」
『奴隷にすることもできるよ?』
「……あーもう分かったよ! 何も言わないから」
少年――松澤高士は盛大にため息を吐く。それは電話越しの少女――花崎夏凛に向けられたモノ。
二人はある意味、特別な間柄と言えるだろう。友人とは少し違い、かと言って他人でもない。心の委ね所にしては重すぎて、置き所にしては軽い。本当に本当に不思議な関係。
『ま、結果は明日にでも分かると思う。放課後、相談所に来てね』
「随分と言い切るんだな」
『これまでの経過を見れば明らかだよ。それに、《《あの子の心はしっかり向いていたし》》』
「本当かよ」
『私を信じてよ。そのために松澤君も手伝ってくれたんでしょ?』
「まあ、そうだけどさ」
大抵の人間は、生きているうちに一度は誰かを好きになる。そこに性別や年齢は関係がない。
中でも「初恋」というのは、その人間の心に深く根付き、大人になっても当時のことを思い出しては微笑む。青春のささやかなメモリーである。
花崎夏凛は、そんな初恋をあの手この手で成就させようとする。私立清流沢高校。そのはずれにある倉庫――初恋相談所の所長として。

