「りっちん、辞書貸して」

 五組の吉良 裕弥(きらゆうや)が、二組の教室に入ってきたとき、女子がどよっとした。
 裕也こと裕ちゃんは、長身で金髪で、女子が好きそうな大層甘いマスクをしているからだ。
 それから、耳には8個穴が空いていて、放課後には格好いいピアスがいっぱい付けられている。
 いろんな意味で目立つ存在に、「りっちん」と呼ばれているのは、この俺。三田村(みたむら) りんた。十六歳。
 遺憾だが、以前、女子からイモっぽい系男子とかって言われたことがある。そんな普通(と言っておこう)な自分と、全体的にチャラッとした風貌の裕ちゃんが並ぶのが違和感を覚えるのか、周囲から視線が突き刺さる。

「俺も辞書忘れた」
「頼りないなぁ」
「そんなことは分かってるだろ」
「そう? 分かってなかった」
「あら。そ?」
「うん」

 裕ちゃんは俺の前の席に座ると、携帯電話を取り出した。

「見てー、これ」
「ん? あぁワン三郎?」
 裕ちゃんが見せにきたのは、飼っているわんこの動画だ。裕ちゃんは柴犬のワン三郎をこよなく愛する犬馬鹿だ。
 ちなみに、見せてくれているのは、ワン三郎が白目をむいて涎を垂らしながら寝ている動画だ。
「もう目に入れても痛くないほど、可愛い」
「聞き飽きたが、聞いてやる俺は本当に心優しい」
「うん、ワン二郎とりっちんってなんか似てるよね。あ、寝顔だ。中学の修学旅行で涎垂らしてたもん」
「……何思い出してんだ」

 俺はむっとしたというのに、裕ちゃんはへらっとする。
 何か反撃する言葉を思い浮かべていたとき、女子の声がぽつり聞こえた。

「お洒落な人って、イモっぽい男子とつるまないと思ってた」

 イモ……
 誰が、とは言われていないが、言われている方ってのは、意外と気づく。
 そして割と噂に敏感な裕ちゃんも同じだった。

「イモじゃないよ。格好いいでしょ」
 裕ちゃんは、さっきの発言をした女子を向いて言った。女子は慌てて手を横に振る。
「あっ違……わたし、吉良くんのことを言ったわけじゃ……」
「そ? りっちん、格好いいよ」

 目の前で格好いいと褒められ、心に染みる。じんわり。 
 俺は女子を見ず、裕ちゃんを見た。垂れ目でチャラッとしている見た目だけど、友人のことを悪く言われたらすぐ反応しちゃうくらい、人情深い。

「じゃ、俺、誰かに辞書借りにいってくるねー」
「ん、夜に」
「うん」
 裕ちゃんは手をひらひらさせて、教室をあとにした。
 五組と二組は階が違うので、あんまり普段学校内で俺と裕ちゃんは話すことはない。だから、俺たちが仲いいことを知らない人がほとんどだ。


 だけど──
「たこ焼き8個入り、700円です」
 俺は客からお金を受け取り、パックに入ったたこ焼きを手渡した。ありがとうございます!と大きな声で言うと、俺の横で裕ちゃんが「ありがとうございます」と復唱した。
 学校帰り、俺と裕ちゃんはたこ焼き屋でバイトしている。
 バイトの理由は金欠。それもあるけど、決め手は、裕ちゃんに誘われたからだ。「はじめてのバイトって怖いから、一緒にしよ」って。
 全く知らない人たちの中で働くより、見知った奴といる方が気が楽だもん。それは俺も同意なので、裕ちゃんとバイトデビューした。


「今日、金曜なのに客少ないなー」
 俺がそう言うと、裕ちゃんはたこ焼きをくるくる回しながら、「雨の音しない?」と言った。
 そういえばする。ここはショッピングモールの中にあるたこ焼き屋だけど、どこからか雨っぽい音がする。

「最悪。傘持ってねぇ。買うか」
「俺、傘持ってるから送ってあげるよ」
「マジか」
「うん、危ないもんね」
「ひゃーイケメン」
「知ってる」

 自重を知らないイケメンが微笑んだ。すると、前を通った女性客が振り返って、頬を染める。

「……なぁ、裕ちゃんはモテるのになんで恋人作らんの? 俺に微笑んでもイケメンの無駄遣いだぜ?」
「ん?」

 裕ちゃんはちょっと上を向いた。たこ焼きが危ないので、俺もピックを両手に持って、たこ焼きを回しはじめる。

「んー、中学みたいになるのも面倒だしなぁ」
「あれは災難」

 裕ちゃんとは同じ中学・部活だったけど、その罪づくりな顔面のせいで災難が降ってくることがあった。
 中二の頃、部のキャプテンの彼女が、裕ちゃんに好意を持つようになってしまったんだ。
 キャプテンの彼女は、大して用でもないのに、部に来て裕ちゃんにちょっかいをかけていた。むしろ、裕ちゃんは「すんません。練習中っす」「他のメンバーといるときに迷惑になることやめて欲しいっす」と真面目に対応していたんだ。
 なのに、そのせいで先輩方に嫌われ、暴力沙汰にまで発展した。

「りっちん。アイツらに反論してくれたし、孤立しないように一緒にしてくれたしね~。そのせいでりっちんも睨まれちゃったのに」
「別に普通だろ。嫌なことは記憶から消去した方がいいぞ」
「まあ」
「もしや、それがトラウマで、女子恐怖症とか?」
「んや、柔らかいもんは好きだよー」

 だよね。普通に猥談するし。

「でも、特に意識したことなかった」
「あんなに告白されてんのに?」
「うん」
「ふぅん、試しに付き合ってみれば? 好きになるかもよ?」

 すると、裕ちゃんは黙った。
 手元にあるたこ焼きが、くるくる回っていく。

「そういうもんかな?」
 裕ちゃんがぽつりと言った言葉に、俺は黙った。黙ったというか、答えようがない。だって、モテないもん。告白されたことないもん。お試しな状況になったことないもん。
 だから、非モテ()の発言を鵜呑みになんてするはずないと思っていた──

 のに、
 数日後、裕ちゃんに恋人が出来た。


「うそでしょうそでしょ⁉ やだぁ。チャラそうな見た目に反して、誰が告白しても絶対断っていたから、焦っていなかったのに」
「相手はあの三年だって! 派手系で彼氏とっかえひっかえしている先輩だよ⁉ ショック!」
「私の告白はあっさり断ったくせに……」
「あぁああ~! あの顔面が他人のものになるなんてぇ」

 うちの女子も結構裕ちゃんのこと好きな子が多かったんだ。しかし、顔面は本人だけのものだと思うけど。
 すると、女子のひとりがこっちを向いた。
 あ、この前、俺のことイモって言って、裕ちゃんにツッコまれた子だ。

「三田村くん! 仲いいんだよね⁉ 何か知ってる?」
 いや、と言いかけて、以前たこ焼き屋で会話したことを思い出して、もごもごした。
「あー……、俺、付き合ってみたら好きになるかも。って、助言した」
 すると即レス。
「なにそれ。三田村くんが言っただけで付き合うわけないじゃん」
「で、ですよねぇ」

 随分威圧的なので、つい俺も敬語になる。
 けど、彼女の言う通りだ。
 俺がそれを言ったところで、裕ちゃんがその通りにするはずがない。勘違いも甚だしい。

「他に何か言っていなかった? 先輩みたいな派手な見た目が好みだったとか⁉」

 巨乳は好きと言い合ったことはある。けど……それを正直に口に出すのは友人としてどうかと思う。

「ごめん。何も知らない」

 すると、興奮していた彼女がスンっと冷めた表情になって、離れていった。俺、君のこと超苦手かも。むしろ嫌いだ。

 眉間にシワを寄せながら、女子以外のものを目に入れたくて立ち上がって、教室の窓を開けた。
 爽やかな風も吹かず、梅雨特有のじめっとした空気が入ってくるだけ。
「ん?」
 運動場の端っこにある、いつもは運動部とかが使っているベンチに裕ちゃんと、多分付き合ったのであろう彼女がいた。
 美人で巨乳だ。遠目から見ても、彼女さんの方から裕ちゃんにぐいぐい押していっているのが分かる。
 中学のキャプテンの彼女に似ている。肉食系。あぁいう系は苦手だと思っていたけど、そうじゃないのかも。
「ふぅん」
 やっぱり、裕ちゃんって俺には遠い存在だよな。
 今はまだ中学のノリで俺と遊んでくれるけど、どんどん変わっていくんだろう。
 それはちょっと淋しいから、センチメンタルな気分に浸らせてもらうよ。

◇◇◇

「青のり抜きです。お待たせしました!」
 俺はたこ焼きを客に手渡した。美人な客だ。きっと歯に青のりがくっつくのを恐れたのだろう。美人の笑顔に青のり。俺はギャップでいいと思う。
「……そう?」
 隣の裕ちゃんが言った。おっと声に出ていたか。
「うん。でも、りっちんがたまに歯に青のり付けてるのは和む」
 それはすまん。
「んや、癒されてるよ。あ、話変わるけど、来月からシフト増やそうかな」
 おっ。彼女になにか強請られたか?
「彼女は関係ないでしょ。そうじゃなくてサマフェス行きたいんだよねー。りっちんもバイト増やして、一緒にいかん?」

 俺はパチパチと瞬きして、たこ焼きを焼く裕ちゃんの方を振り返った。
 今まで裕ちゃんは俺の背中に話しかけていた。

「ようやくこっち向いた」
「いいの⁉ 俺もめっちゃ行きたい! 好きなバンド出るんだよ!」
 ふっ──と裕ちゃんは笑う。
「知ってる。じゃ、今月一緒にシフト増やしてもらお? 店長、人数足らなくてシフトで困っていたから喜ぶでしょ」
「了解! ありがとう、俺のフリーデイ(夏休み)に予定を立ててくれて!」

 裕ちゃんに感謝すると、「こちらこそ」と返事する。
 誘われなくちゃなんにもしない俺を、裕ちゃんはいつもあれこれ連れ回してくれる。彼女が出来たって全然変わらない。

 それからバイトを目一杯詰め込んで、新幹線で二時間かかってサマフェスに向かった。途中で小雨がぱらついたが、天気予報をしっかりチェックしていた俺たちは、カッパを用意していたので完璧だった。朝から夜までフェスの白熱した空気を体感した。
 あと、夏休みなんにもないと言ったから、裕ちゃんは海にも誘ってくれた。海。
 プールでは泳げるけど、海の泳ぎ方が分からない。なので始終浮き輪でぷかぷかしていた。
 計五回、裕ちゃんは女性からナンパされていた。

「ナンパされ放題だね。あの子、おっぱいおっきいじゃん」
「うん、右の子、おっぱいの形よかったね」
「いいの?」
「何が?」

 何が、と言われるとやりチン的なことを発言してしまいそうだ。

「今は令和。倫理的に発言すべきではないだろう。慎む」
「ふーん。会社みたいなこと言ってんね」
「いやあ。男だけで遊ぶのって楽しいな!」
「楽しいね」
 そう──とりあえず俺は、この真夏な雰囲気を味わうだけでいいんだ。
 燦燦と降り注ぐ太陽の下、一日中海にいたおかげで、俺の肌はこんがりと小麦色のいい色に焼けた。
 夏をエンジョイしました感に満足しながら、新学期を迎えた。


 ──パチン。
「え」
 登校して、二分。上履きを履いただけ。
 昇降口を出て廊下を曲がったら、ビンタされた。
 誰って、三年の先輩。裕ちゃんの彼女。
 つけまつげがびらびらした目がキッと俺を睨みつける。

「くそがっ」

 舌打ちしながら、罵倒された。
 俺は、ジンジンする頬に手を添えた。あまりに驚いたので「WHAT?」と言いたくなる。だが、もしそれを言ってしまえば、もう一発ビンタを食らいそうな雰囲気が先輩から漂っている。

「なんか文句は?」
「ない……っす」

 先輩は肩眉を吊り上げた。さっぱり分からんが、何か文句言って欲しかったのか? バトルしたい系? ただ、俺の方は生涯先輩の顔を見たくないから、さっさと目の前からいなくなってくれ。でないとGって呼ぶからな。Gっていうのは黒びかりしているアイツだよ? あのきっしょいやつ。
「あっそ」
 だが、Gと呼ぶ前で先輩はふんっと鼻息荒くその場を立ち去っていった。けどやっぱり腹立つので、これから先輩は俺の中でG確定となった。

 新学期早々、ビンタ。最悪だぜぇ……と不貞腐れながら、がらっと教室ドアを開けたら──
「おぉお⁉ 三田村どうした⁉ モテ男みたいなことになってんじゃん⁉」
 周囲の反応は、面白かった。
 こんがり焼けた肌、頬にビンタ。確かに今の俺はモテ男にあるべき姿をしている(?)気がする。
「まさか。エンジョイ後の痴情のもつれ?」
「えぇ、先こされたぁ?」
 男子がぞろぞろと群がってきた。俺は指を顎に添える。
「えーと?」
 もったいぶるなよ、と言う言葉にニコリとする。
「そう、かも?」
「おぉ‼」
「マジかぁ!」
「うーん、そうかも!」
 『かも』なので、かろうじて嘘ではない!
 誰だって一度はモテ男として見られたいだろう。変なマウントとっちゃう生き物なんだよ。なんて哀れな生物と思いつつ、おかげでビンタはあまり気にならなくなった。


「あ」
「あ……」

 放課後、バイトに行ったら、裕ちゃんの頬も腫れ上がっていた。
 見つめ合うたげで、Gの力強いビンタが原因だと察する。
 俺は両腕を組んで仁王立ちした。反して、裕ちゃんは腰を90度の角度に曲げる。
「ごめんなさい。すべては俺の原因です」
「ふぅん」
「ごめんなさい。湿布買いに走ってきます」
「もういい。Gのことをいつまでも考えていてもしょうがない」
「G?」
「それより、痛そうだな」

 俺よりも裕ちゃんの頬の方が二倍くらい腫れていて、唇も切れている。
 俺の方なら気が済んでいるので、過度な謝罪は不要だと言って、エプロンを付けた。

 平日だが、ショッピングモール内は、今日は不思議と人で賑わっていた。それなりにたこ焼きを買う人がいて、忙しい。
 だからなのか、俺たちの会話は必要最小限だった。

「りっちん、家まで送る」
バイト後、裕ちゃんがそう申し出た。
「ん? 雨降ってないけど」
「うん、そういう気分」
「ほう?」
 どんな気分だ、それは。
 送りたい気分、というのはなったことはないが、「まぁ、なら、お言葉に甘えて?」と言って、送ってもらうことにした。

 外に出て、二分くらい歩いたところで、裕ちゃんがぽつりと呟く。

「別れた」
「察してた。……なんで?」
「夏休み会わなかったから。いや、その前から。ずっと学校外で会うの拒否ってたから」
「ん?」

 会ってなかった? 夏休み全然?
 俺とはずっと会っていたのに? バイトと合わせたら、多分月の半分以上は顔合わせている。いや、フェスとか海とかも先輩といけばよかったじゃん。

 ──俺を誘ったから? 俺のボッチが、ふたりの別れの原因?

「それはごめん──と謝ると思ったか。俺のせいじゃねぇわ」
「先輩に告白されたとき「わたしと付き合ったら好きになるかも」って言われたんだ。──そのとき、りっちんが言った「試しに付き合ってみたら」って言葉を思い出して。だから付き合ったんだ」
「ほうほう。でも俺のせいじゃねぇわ」

 裕ちゃんは黙った。
 いや、なんで俺のせいなんだよ。だとしたら、言葉の責任重たっ。いや、そうじゃない、押し付けみたいに言ったわけじゃないし──

「じゃぁさ~、裕ちゃんは俺が言ったら言う通りにすんの? 付き合おうって言ったら、付き合うわけ?」
「……」
「そんなの違うじゃん。自分の気持ち、ちゃんと考えた方がいいよ」

 すると、裕ちゃんは立ち止まった。振り返ると、パチ、パチと瞬きをする。それからじぃっと俺を見る。

「う……なんだよ」
 じぃ~
「なんだってば⁉」

 二回言うと、裕ちゃんは「うん」と頷いた。
「え?」
「うん。付き合う」
「……………………?」
 なんて?
 意識が宇宙に彷徨う。宇宙猫になっている俺の顔を裕ちゃんは見つめている。それから、ぐっと俺の方に一歩近づいてくる。

「なんで分からなかったんだろ」
「あっ……安心しろ! 俺の方は全然分かってない!」

 急に雰囲気が変わった。なんというか、そう、目つきだ。俺を見る目が変わった。

「りっちん、付き合お」
「だから、俺の言うがままに──え?」

 マジで言ってんの?
 今度は俺が瞬きをしていると、裕ちゃんが前のめり気味に言う。

「ずっともやもやしてた原因が分かった。俺、りっちんと付き合いたいんだ。りっちんだから誘いたかったし、遊びたかった。バイトも遊びもなんかもっと一緒にいたいなって思ったのは──」
「待て! それは友情だ!」

 皆まで言わさずツッコんだ。すると、またジィっと俺を見る。

「俺、りっちんとならキスできる」
「え」
「キスも出来るし、その先のセックスまで今想像出来た」
「えぇえぇ~」
「付き合って」

 付き合ってと言う声のトーンが、他の台詞と違って低い。
 ぎょぎょぎょ……っとして息を呑む。
「…………」
 俺が黙ったら、向こうも黙る。急激にあまーい空気が俺たちを包んだ。なんだこの空気は⁉ やめろやめろ。変な空気を漂わすな。その甘いマスクから漂ってくるのか。甘いのを止めろ。

「りっちん」
 はい、と返事して、横を向く。
「……俺は、裕ちゃんのこと……友達以上に考えたことはない」
「じゃ、今から考えて」

 強気か。
 すると、もう一歩裕ちゃんが近づいた。既に近かったから、一歩近づくと身体がくっつく。
 なので一歩離れようとしたら、腰を掴まれた。裕ちゃんは前のめり気味なので、上を向くと、唇もくっつきそうになる。それはいかんだろ。何気に俺はファーストキッスだ。
 迫ってくるので、思いっきり背中を逸らした。

「ひぃ~。よせ、今は令和。無理矢理は流行らないって!」
「うん、俺もそういうの興味ない。口説いていい? 口説きたい。それで惚れてもらいたい。でろでろにしたい。そういうのに俺、興味ある」

 目をぎんぎんさせて、言うことがそれか。
 裕ちゃんは、今さっき分かったことに興奮してアドレナリンがぶしゅぶしゅ出まくっているのかもしれない。今、少し落ち着くべきだ。寝て起きたら、昨日のアレはなんだったんだっておかしさに気付くはずだ。
 そうお互い。そのために──

「とりあえず離そうか」
 俺は、目に力を入れ、ゴルゴ31みたいなきりっとした男の表情を作り、言った。
 すると、裕ちゃんはあっさりと身体を離した。ゴルゴ顔に臆したか。
 けど、俺の腰を支えていた手をニギニギしながら、見つめている。感触でも楽しんでんの?
 おかしな空気から逃げるように、勝手に俺の足が、いち、に、さん……と後退り、それから普通に歩き出した。
 待って、と裕ちゃんは俺の横に並ぶ。
 俺はちらっと隣を見て、前を向く。それから、んんっと喉の通りをよくした。

「……俺を口説き落とすのは難解だぞ。だって俺は初恋さえしたことがないのだから。拗らせたDTってやつだ。今のうちにさらっとやめておけよ。大学受験より難しいかもしれんからよぉ」

 さっきの告白には驚いただけで、ピンとはきていない。おすすめしない。それに俺はいいもんじゃない、非モテだし、勉強あんまり出来ないし、つうか勉強しないし……
 歩きながら、ぶつぶつと自分のマイナスな面を伝えた。だが、自分のダメダメなとこは裕ちゃんにはとっくに知られていたから、うんうんと頷く程度だ。
「自然体なとこ、いいよね」
「……」
 元々ゆうちゃんは相槌の天才である。俺との会話ではその才能が花開く。いつのまにか、俺のダメダメはいい面として言い換えられていた。

「いや、俺はイモで」
「イモじゃないでしょ、超格好いいでしょ」
「それは……そうだな? けど、漫画オタクだし」
「りっちんのオタモード、面白いよね。楽しくて時間溶ける。いいとこばっかじゃん」
「俺! 意外と性格悪くて。相手を心の中で罵ってるし!」
「そうなの? 俺のことは?」

 裕ちゃんのことは、顔面偏差値高い、足が長い、色気がある、見た目チャラ男、で、中身は普通っていうか素朴で、そう、地味! それから人情深くて、先輩との一件はあったけど、元々は
 硬派で……

「俺、ふざけてないよ。気づくの遅くなったけど」
 裕ちゃんは腰を少し曲げ、やや俯き加減の俺の顔を覗き込んだ。
「りんた、ガチで好き」

 真剣な表情でそう言われたとき──
 俺は「ぎゃあっ」と叫ぶとともに、顔に一気に熱が籠った。

 終わり。