濁流のような人混み。
 点滅する信号機で走る人もいれば、スマホの画面を見たままそれに気付かない人もいる。
 歩道橋の向こうではカラオケの店が口を開けていて、車の音よりも大きな音で曲を流しては客を誘っていた。
 それに負けじと夜が遠くなった夏空の下で蝉が合唱していて辺りは騒がしく、だがコンクリートの世界の隙間に生えている木々は静かに風で揺れている。
 そんな何も変わらない日常の中。

「ねぇねぇ、新曲聴いた?」

 駅から少し離れたファミリーレストランで女子高生二人がドリンクバーの飲み物を片手に話している。

「あ、もしかして不良犬?」
「そうそう! ねぇやばない? 今回のやばない?」
「やばい」
 裏返していたスマホを表に戻し、適当にタップしてはまた裏側に戻す。
「バラード来る? しかもピアノ伴奏でのアレンジバージョン」
「どんなジャンルも歌いこなすとか、ガチで神」
「もう世界に羽ばたけよ!」
「どゆこと?」
 笑う女子高生に猫型ロボットがやって来る。向けた背中から二人は注文していたパフェを取った。
 それは夏の期間限定とのぼりに書かれており、それは外で何個もはためいている。
「元々選曲センスあるけど、今回のもドンピシャだわ」
「流行の曲のアレンジって結構勇気あるよね」
「それを歌いこなすからこんだけ人気なんでしょ」
「たしかに」
 別のところからドッと笑い声が上がる。女子高生以外にも別の生徒がおり、そちらもそちらで話しが盛り上がっている。
 チラリと流し目でそちらを確認してから、二人はパフェをつついた。
「いつもはさ、本家の良さを残しつつだったけど、今回のはもう不良犬の歌! って感じだった気がする」
「それ私も思った!」
 スプーンで指さし、大きな声を上げてから何度も頷く。
 別の生徒からの視線は気にしない。それら全てを気にしていたら女子高生なんてやっていけないからだ。
 周りを確認するのはお互い様、ということで。
「言い方あれだけど、感情表現が激しくてこっちも泣きそうだった」
「分かる」
「あとピアノな」
「分かるー!」
 話す二人の横を猫型ロボットが通り過ぎていく。小さな控えめなメロディーが鳴っているが、周りの方が騒がしいため聞こえるか聞こえないかの音だ。
 少し前までは違和感があったそれだが、今ではもう当たり前の存在になっている。
「めちゃくちゃ歌に寄り添ってた」
「不良犬とピアノが相性いいなんて聞いてない」
「これからもきっとこういうの出てくるんだろうね」
「ほんっとライブとかしてほしー」
 女子高生は頬杖をつき、スプーンを握っていない方の手でスマホをタップする。
「次もまた楽しみだなぁ」
「ちょ、ねぇねぇ、あれ見て!」
「なに?」
「今入ってきた高校生、マジイケメン」
「え、どれ」
 二人で身をかがめた。
 ひそひそ声で「あっち」と顎でさす。視線を向ければ不良高として有名な制服を着た男子高校生二人。
 姿を捉え、目線を合わせて笑いそうな口元を押さえながら頷き合った。
 不良高の二人は女子高生の斜め前の席に座る。聞き耳を立ててしまうのは許して欲しい。


「奏はなに食べる?」
「んー……ハンバーグとか? つかなに、この番号」
「あ? どれ? あぁ、これをこれに打ち込むんだよ」
「へぇ。てかあれもなに? なんか通路にロボットいんだけど」
「あれは料理運んでくるやつ」
「マジかよ……すげぇな」
「はは、色々面白ぇだろ」
「まぁこういうとこに来ることもなかったからな」
「じゃあいつか一緒に遊園地とかも行こうぜ。絶叫系で目ぇ回してやる」
「お手柔らかにお願いしマス」


「え、なに。可愛いかよ」
 女子高生が普通のトーンで口から零れた。
「不良高じゃなければなぁ……マジイケメンなんですけどー」
「ああいうのは眺めているだけがいいんだよ」
「あ、不良犬の話しに戻るんだけどさ」
「ん?」
「なんかどっかの高校で不良犬って名乗ってゲリラライブした生徒がいたとか」
「なにそれ、マジで?」
「ただのおふざけだったみたいだけど」
「なんだー」
 改めてパフェを食べ始める。クーラーが効いているとはいえ、アイスが溶けて入れ物のグラスに白い筋が出来てしまっている。
「まぁ誰がとかどうでもいいですけどね」
「まーね」
 笑う女子高生二人。
「不良犬が不良犬ならそれでいいんです」


 現在大人気の歌い手、不良犬。
 その正体は謎に包まれたままである。



END