人の波に、電車が走る音。
 騒がしい街中の高い位置には大きなスクリーンがあり、アイドルグループがスカートを蝶のようにヒラリと揺らして踊っている。
 流れる曲はこの間の歌番組でトリを飾っていたものだ。
 その向こうには正体は明かさぬVTuberのキャライラストがビルの面に貼られており、それを撮影すべくあちらこちらでスマホを掲げる人たちがいた。

「ねぇねぇ、新曲聴いた?」

 そんな雑踏にあるマクドナルド。
 狭いフロアで人が密集するその中に女子高生二人がポテトを口に放り込みながら話している。

「あ、もしかして“不良犬”(ふりょうけん)?」
「そうそう! 今回のもめっちゃ良くなかった!?」
「マジ神だった」
 コソコソひそひそ、なんてことはなく。
 彼女たち以外のここ同じ空間で、その不良犬の投稿されたものを流している人が多数いるけれど、騒がしさやイヤフォンでそれに気付くことはなかった。
「本家の良さを残しつつっていうのがまたいいんだよねぇ」
「分かる。歌ってみたっていう枠を越えず、でも不良犬のボイスで歌うの最高」
「今回のもさ、本家の泣きそうな掠れ声で高く歌ってるのがいいと思ってたのに、あの不良犬の芯のあるハイトーンがさ、妙にしっくりきた」
「歌うますぎない? 女子でもキー高いのにさ、なんか軽々サビ歌ってて⋯⋯ほら、なんだっけ。あるじゃん、外国の少年コーラス部みたいなやつ」
「あー、分かる。名前知らんけど」
「歌声が天使なのよ。天から降り注ぐ的な」
「それコメントにも書かれてた」
 笑う女子高生。
「でも男っぽい声も出せるとか、マジなにもんなの不良犬って」
「歌ってみたの歌い手だけどさ、オリジナル出しても絶対良いと思うんだよね」
「つかライブやって欲しい」
「倍率絶対えぐいよ。人気絶頂じゃん今」
「だよねー」

 ビルとビルの隙間から夕陽が顔を出す。
 窓側に座っている人が眩しさで目を細めつつも、顔を伏せてスマホを覗いていた。
 映し出されているのは不良犬へのコメント。この人は今この時に否定的な言葉を打っているけれど、ここにいる誰かがそれを知ることはない。
 そしてそのコメントに対して、これからファンから袋叩きされることも、誰も、本人すらまだ知る由もなかった。

「でもきっとライブとかしないな」
「それな。正体明かしませんってのがガチですごいし」
「他の顔出ししてない歌手と比べたらほんと守りが鉄壁」
「何か理由とかあんのかな?」
「実は中学生だとか?」
「どうだろ。実はヤクザの息子とか」
「マジか、それウケる」

 女子高生は頬杖をつき、汚れていない手でスマホをタップする。
 不良犬の動画は動かない一枚イラストに歌声をのせたものだけ。だが満足そうに彼女らはまたタップした。

「次もまた楽しみだなぁ」