「清乃姉様、私、どうすれば……」
 天花寺邸へ帰ってきた途端、香世が震える声で縋ってきた。自分の失言で、今まで内密にしてきたことが純佳に知られてしまったのだから当然だろう。
 清乃は舌打ちしそうになるのを堪え、優しく妹を宥める。
「落ち着きなさい。大丈夫、私が何とかしてあげるわ」
 縮こまる背を撫でると、香世は「分かったわ」と小さく頷き自室へと戻っていった。
 その背中を冷めた目で見送った清乃は、踵を返し自室へと向かう。
(全く、役に立たない妹ね。せっかく私が有意義に使ってあげているというのに)
 香世の本当の異能は収奪だ。非常に稀な異能だが、他人の異能を奪うという特性から疎まれることが多い。
 慧眼の異能で他の誰かに知られる前に香世の収奪の異能に気付いた清乃は、香世にこのままでは周囲に疎まれ蔑まれると言い含めて、純佳の異能を奪うよう指示したのだ。
 純佳の異能も、実はただの治癒ではない。幼い頃はその本来の力を使えないため、治癒としか思われなかっただけだ。
 純佳の本当の異能は日輪――神代の異能の中でも、最高峰と言われる力を持つ異能だ。
 日輪の異能は特別で、神代の異能の対価である呪いも、日輪が持つ清める力が作用して喪失の呪いとはならない。
 だからこそ両親も神代の異能だとは思わなかったのだろう。妖し者が付ける黒の傷を呪いごと治せていたのも、おそらく祓う力もある珍しい治癒の異能なのだろうとしか思っていなかっただろうから。
 香世のときと同じく、初めから純佳の本来の異能を慧眼にて知っていた清乃は、純佳の日輪の異能が皆に知られてしまう前に彼女を排除してしまいたかった。
 神代の――最高峰の日輪の異能。それを持っている純佳は、華族筆頭の天花寺家当主を熱望する清乃にとってその地位を脅かす邪魔な存在でしかなかったのだから。
 初めて自分が天花寺家の当主になるのだと知ったときの高揚を今でも覚えている。
 華族筆頭、この国における最高の地位。
 頂点は帝だが、皇族ではない自分ではどう頑張ったところで成れるものではない。それに、皇族はある意味贄だ。この国そのものを清め、平安を祈ることを強いられる。
 そんな皇族を別とするならば、やはり天花寺家当主がこの国で最高の地位を持つだろう。その最高の地位に、自分が立つのだ。
 その甘美な地位は、清乃の権力欲をこれでもかと刺激した。
 だからこそ、当主の座を取って代わられる可能性のある純佳が邪魔だったのだ。
 邪魔だから、収奪の異能を持つ香世に奪わせたのだ。
「……でも、純佳に知られてしまったわね」
 自室に入り、襖を閉めた清乃はため息交じりに呟く。
 純佳から力を奪えないせいで治癒を使えなくなってきていた香世を心配した両親に、あの診療所へ行くようにと指示された。
 異能者の力の流れを見ることができるという覡の診療所。万が一香世が他人の異能を奪っていることが知られては困ると付いて行ったが、まさか純佳と会うことになるとは。
 それだけなら良かったものの、純佳の力を奪えないせいで治癒が行えなくなっていた香世は、収奪の異能が知られてしまわないかという恐怖からか暴走してしまった。
 無理矢理純佳の力を奪おうとし、あまつさえ奪っていたことを告白するような言動をしてしまったのだ。
「本当に、使えない子」
 香世の失態に思わず悪態をつきたくなる。
 だが、まだ大丈夫だ。
 おそらく香世が力を奪っていたことは知られてしまっただろうが、純佳が日輪の異能を持っていることはまだ誰も知らない。
 今なら間に合う。
 天花寺家当主――華族の……この国で最高の地位を確実なものとするために、純佳の異能が皆に知られてしまう前に排除するのだ。
 清乃は鏡台の前に座り、鏡で自分の姿を見つめる。薄い紫の、慧眼の力が宿る目を見て呟いた。
「策を、考えなくてはね」
 力を奪うだけではもう足りない。今度は、その命を奪うようなことになったとしても、純佳を排除しなくては。
 血の繋がった妹への情など欠片もなく、清乃は邪魔者を消すための策を考え始めた。