少し気怠さを覚えながら瞼を上げると、一番に神と見紛うばかりの美しい微笑みが視界に飛び込んできて、純佳は驚きで意識が覚醒した。
「せ、閃理様?」
「起きたか……おはよう、純佳どの」
戸惑う純佳に、布団の横に座り彼女を見下ろしている閃理は、柔らかく微笑みながら朝の挨拶をする。だが、今までの閃理とどこか違う様子に純佳は紫の目をまん丸に開いた。
「閃理様? 笑みを……」
閃理と出会ってからまだそれほど時は絶っていないが、今まで一度も見たことのなかった彼の笑みを見てただ驚く。
表情筋を使って無理に作っている笑みではない。その微笑みはとても自然で、琥珀色の目には穏やかな感情が見える。
神のような美しさの閃理だったが、感情が表れている様子は人間味が出ていてどこか親しみやすかった。
「ああ……なぜかは分からないが、心が……感情が戻ってきたようだ。純佳どのの力だと思うのだが」
「私の力……? あ!」
閃理の言葉に、純佳は意識を失う前になにをしていたのかを思いだし飛び起きた。
「閃理様、黒ずみの呪いは大丈夫なのですか!?」
閃理の顔色が良くなったことで安心して意識を失ってしまったが、左肩の黒ずみが消えたかどうかの確認はしていなかった。詰めが甘い、と反省しながら問いかける。
だが、閃理は苦しそうな様子を欠片も見せず、苦笑気味に微笑む。
「本当に、あなたは自分より人を優先するな。大丈夫だ、しっかりと祓われている」
落ち着かせるように優しく肩を叩かれ、安堵する。
「それならば良かったです。……何故、今まで使えなくなっていた異能がまた使えるようになったのかは分からないですが」
異能が使えなくなったのも突然だったが、再び使えるようになったのも突然だ。原因がなんなのか、まるで分からない。
軽く俯き、そのまま考え込みそうになるが、ふとすすり泣く声が聞こえ顔を上げた。
「うっ、閃理坊ちゃま……本当に良かった……」
「ふ、ふみさん? なぜ泣いて?」
閃理の後ろに、手拭いを手に顔を赤くしながら泣いているふみの姿が見えてぎょっとする。言葉を聞くと悲しくて泣いているわけでは無さそうだが。
純佳の問いに、ふみはさらに涙を零しながら答えた。
「だって、だって……坊ちゃまに、心がお戻りになったのですものっ!」
言い終えると、またぼろぼろと涙を零したふみ。閃理はそんなふみの姿を困ったような、それでいて嬉しさが滲み出ているような表情で見つめていた。
(確かに、今の閃理様を見る限り心がないようには見えないわ)
今まで見てきた無表情と違い、その端麗な顔には感情がよく表れている。
「ふみ……確かに心は戻ったが、完全に戻ったわけでもない。そこまで泣くほどではないぞ?」
完全ではないと言いつつも、その声音も淡々としたものではなく優しさが込められていた。少なくとも、多少なりとも心が戻ったのは確実なのだろう。
だが、閃理が心を失ったのは神代の異能の対価である呪いが原因だ。今回の妖し者に付けられた呪いとは違う。
一体一晩で何が起こったのか。純佳は不思議に思い「何故?」と小首を傾げた。
すると閃理が純佳の方へ顔を戻し、真っ直ぐに見つめ口を開く。
「俺は、心を取り戻せたのも純佳どのの力だと思っている。だが、やはりあなたは神代の異能の呪いまで祓おうとしたわけではないのだな」
「私が? まさか!」
自分が元々持っていた異能は特に珍しくもない治癒の力だ。神代の異能の呪いを祓うなどできるはずがない。
だが、事実として閃理の心は僅かながらも戻っているようだ。それが純佳が治癒の力を使った後からだというのならば、純佳が祓ったのだと思われるのも当然だろう。
「正直なところ、なぜ俺の心が戻ったのか……その核心的な要因は分からない。だから今日、純佳どのも俺が世話になっている覡に診てもらってはどうだろうかと思っている」
「覡に、ですか?」
昨夜の妖し者の呪いを祓って貰うつもりだったという覡は、異能者の力の流れを見ることもできるのだそうだ。
「俺の呪いが今どうなっているのかと、純佳どのの異能が本当に戻ったのかなど、分かることがあるかもしれない」
閃理の提案に、純佳は数拍考えてから頷いた。
「分かりました。私も自分の異能については知りたいので、ご一緒させていただけると助かります」
「ああ」
純佳が答えると、閃理は眩しいものでも見るように目を細める。穏やかな微笑みはどこか甘く、だが細められた目の奥にある琥珀の瞳には熱が込められているように見えた。
美しすぎる閃理に見つめられ、純佳は彼に妻にと望まれていたことを思い出す。
丁度良いからという理由だったので、そこに情があるはずはないのだが……。
(このように見つめられては、どこか気恥ずかしいわ)
どきどきと早まってしまう鼓動に、純佳は熱くなる顔を隠すように俯いた。
少し心が戻ったことで以前より丁重に扱ってくれるようになった閃理にどきどきしながら、純佳はその覡が開いているという診療所へ向かった。
閃理に案内され、思ったよりは質素な診療所が見えてきたところで、思わぬ声が純佳を呼ぶ。
「っ! 純佳、お姉さま?」
「え?」
声の方を向くと、そこには純佳の妹である香世が立っていた。すぐ側には姉の清乃の姿も見える。
まさかこんなところで会うとは思わず目を見開いていると、清乃が軽く睨みつけながら純佳を非難した。
「純佳、早く戻ってきなさいと文を出したのに返事も出さずこんなところにいるなんて……。それに、仮面はどうしたの? その目を晒して、お父様に叱責されるわよ?」
「あっ、これは」
この数日、閃理の前でも仮面を付けない日々を過ごしていたためか、人前で紫の目を晒してはいけないということを忘れてしまっていた。清乃の言葉で瞬時に父の恐ろしさを思い出し目を隠そうとするが、仮面はないので手で覆うことしかできない。
そんな純佳の手を、側にいた閃理が優しく下ろす。
「そんなことをする必要はない。少なくとも俺は、純佳どのの目を隠したいとは思っていないのだから」
「閃理様……」
思いやるような閃理の言葉に、戸惑いつつも温かさを感じた。そんな純佳に、突然香世が飛びかかる。
「純佳姉様!」
明るい鮮やかな紫の瞳を見開き、狂喜を露わにした笑みを浮かべる香世はそのまま純佳の顔に触れる。
その瞬間、純佳はなにかを香世に吸い取られたような気がした。なにか、大事なものが奪われていくような感覚に、純佳はすぐに拒絶反応を示し香世を突き飛ばした。
「いやっ!」
突き飛ばされた香世はたたらを踏み純佳を睨みつける。その様子には、普段の愛らしさも、純佳を蔑む余裕さもない。ただ、必死になにかを求めている。
「駄目、まだ足りないわ……純佳姉様、私の力を返してよ!」
「返す? 何を言っているの?」
見たこともない香世の様子に、純佳はただ戸惑う。
「香世! おやめなさい!」
清乃は異様な様子の香世を見て、その腕を掴み止めた。そのおかげでまた純佳に飛びかかることはなかったが、香世の口は止まらなかった。
「純佳姉様が戻ってこない所為よ! 定期的に奪わないと、力が姉様に戻ってしまうというのに!」
「香世!!」
強く叱責するような清乃の声に、香世はびくりと肩を揺らしやっと口を閉じた。そのまま青ざめていく顔色に、何か失言をしてしまったのだろうと知れた。
(今のは、どういうこと?)
定期的に奪う? 力が戻る?
それに、先程なにかを吸い取られるような感覚がした。あれは――
(まさか、私の異能の力?)
香世が今なにをしようとしたのか。今まで、純佳になにをしていたのか。
今の香世の言葉で、ある仮説が浮かび純佳は目を見開き震える。
まさかまさかと、怒りや悲しみの感情が身の内で吹き荒れた。
「香世……あなた、もしかして私の異能の力を奪っていたの?」
思い返せば、香世は純佳を蔑みながらいつも直接肌に触れていた。あれは、純佳の異能の力を奪い続けるためだったのだろうか。
「香世、どうなの? あなた私の――」
「純佳」
嵐のような感情のまま、香世を問い詰めようとした純佳の名を清乃が低い声で呼ぶ。
見ると、いつも以上に冷えた眼差しが純佳を睨みつけていた。
「香世は少々混乱しているみたいね。落ち着かせたいから、今は失礼するわ」
「え? 清乃姉様?」
この状況で去るという言葉を告げた清乃を、純佳は信じられない思いで呼ぶ。だが、清乃は凍えるほど冷たく細めた薄い紫の目で純佳をひと睨みしただけで、なにも答えず香世を連れて立ち去ってしまった。
追いかけ問い詰めることも出来たかもしれないが、純佳自身まだ信じられない思いが強く動揺を抑えられない。
(私の異能は、失ったわけではなく香世に奪われていた?)
そうとしか思えない香世の言葉が、ずっと頭の中を回っている。
しかも、清乃はそんな香世を庇うように連れ去ってしまった。
清乃はあくまで純佳が香世を嫉妬でいじめていると勘違いしているから、純佳を疎んじていたのではないのか。
(あれではまるで、香世が私の力を奪っていたのを知っていたかのような……)
「純佳どの!」
突然、閃理に名を呼ばれ手首を掴まれた。驚きぐるぐると回る思考を止めた純佳の手を、閃理は優しく撫でる。
「落ち着くんだ、傷ができてしまう」
「え? あ……」
閃理の言葉に、純佳は手を強く握っていたことに気付いた。開くと、手のひらに爪の跡がくっきりと残ってしまっている。
「診療所の中へ入ろう。ここの覡なら、きっと詳しいことも分かる」
真剣な琥珀の瞳に見つめられ、純佳はいつの間にか荒れていた呼吸が落ち着いていくのを感じた。
閃理がいてくれて良かったと思う。
受入れがたい事実は、一人では耐え切れそうにない。
「はい、分かりました」
純佳は覚悟を決め頷き、そのまま閃理に手を引かれ診療所の中へと入って行った。
「せ、閃理様?」
「起きたか……おはよう、純佳どの」
戸惑う純佳に、布団の横に座り彼女を見下ろしている閃理は、柔らかく微笑みながら朝の挨拶をする。だが、今までの閃理とどこか違う様子に純佳は紫の目をまん丸に開いた。
「閃理様? 笑みを……」
閃理と出会ってからまだそれほど時は絶っていないが、今まで一度も見たことのなかった彼の笑みを見てただ驚く。
表情筋を使って無理に作っている笑みではない。その微笑みはとても自然で、琥珀色の目には穏やかな感情が見える。
神のような美しさの閃理だったが、感情が表れている様子は人間味が出ていてどこか親しみやすかった。
「ああ……なぜかは分からないが、心が……感情が戻ってきたようだ。純佳どのの力だと思うのだが」
「私の力……? あ!」
閃理の言葉に、純佳は意識を失う前になにをしていたのかを思いだし飛び起きた。
「閃理様、黒ずみの呪いは大丈夫なのですか!?」
閃理の顔色が良くなったことで安心して意識を失ってしまったが、左肩の黒ずみが消えたかどうかの確認はしていなかった。詰めが甘い、と反省しながら問いかける。
だが、閃理は苦しそうな様子を欠片も見せず、苦笑気味に微笑む。
「本当に、あなたは自分より人を優先するな。大丈夫だ、しっかりと祓われている」
落ち着かせるように優しく肩を叩かれ、安堵する。
「それならば良かったです。……何故、今まで使えなくなっていた異能がまた使えるようになったのかは分からないですが」
異能が使えなくなったのも突然だったが、再び使えるようになったのも突然だ。原因がなんなのか、まるで分からない。
軽く俯き、そのまま考え込みそうになるが、ふとすすり泣く声が聞こえ顔を上げた。
「うっ、閃理坊ちゃま……本当に良かった……」
「ふ、ふみさん? なぜ泣いて?」
閃理の後ろに、手拭いを手に顔を赤くしながら泣いているふみの姿が見えてぎょっとする。言葉を聞くと悲しくて泣いているわけでは無さそうだが。
純佳の問いに、ふみはさらに涙を零しながら答えた。
「だって、だって……坊ちゃまに、心がお戻りになったのですものっ!」
言い終えると、またぼろぼろと涙を零したふみ。閃理はそんなふみの姿を困ったような、それでいて嬉しさが滲み出ているような表情で見つめていた。
(確かに、今の閃理様を見る限り心がないようには見えないわ)
今まで見てきた無表情と違い、その端麗な顔には感情がよく表れている。
「ふみ……確かに心は戻ったが、完全に戻ったわけでもない。そこまで泣くほどではないぞ?」
完全ではないと言いつつも、その声音も淡々としたものではなく優しさが込められていた。少なくとも、多少なりとも心が戻ったのは確実なのだろう。
だが、閃理が心を失ったのは神代の異能の対価である呪いが原因だ。今回の妖し者に付けられた呪いとは違う。
一体一晩で何が起こったのか。純佳は不思議に思い「何故?」と小首を傾げた。
すると閃理が純佳の方へ顔を戻し、真っ直ぐに見つめ口を開く。
「俺は、心を取り戻せたのも純佳どのの力だと思っている。だが、やはりあなたは神代の異能の呪いまで祓おうとしたわけではないのだな」
「私が? まさか!」
自分が元々持っていた異能は特に珍しくもない治癒の力だ。神代の異能の呪いを祓うなどできるはずがない。
だが、事実として閃理の心は僅かながらも戻っているようだ。それが純佳が治癒の力を使った後からだというのならば、純佳が祓ったのだと思われるのも当然だろう。
「正直なところ、なぜ俺の心が戻ったのか……その核心的な要因は分からない。だから今日、純佳どのも俺が世話になっている覡に診てもらってはどうだろうかと思っている」
「覡に、ですか?」
昨夜の妖し者の呪いを祓って貰うつもりだったという覡は、異能者の力の流れを見ることもできるのだそうだ。
「俺の呪いが今どうなっているのかと、純佳どのの異能が本当に戻ったのかなど、分かることがあるかもしれない」
閃理の提案に、純佳は数拍考えてから頷いた。
「分かりました。私も自分の異能については知りたいので、ご一緒させていただけると助かります」
「ああ」
純佳が答えると、閃理は眩しいものでも見るように目を細める。穏やかな微笑みはどこか甘く、だが細められた目の奥にある琥珀の瞳には熱が込められているように見えた。
美しすぎる閃理に見つめられ、純佳は彼に妻にと望まれていたことを思い出す。
丁度良いからという理由だったので、そこに情があるはずはないのだが……。
(このように見つめられては、どこか気恥ずかしいわ)
どきどきと早まってしまう鼓動に、純佳は熱くなる顔を隠すように俯いた。
少し心が戻ったことで以前より丁重に扱ってくれるようになった閃理にどきどきしながら、純佳はその覡が開いているという診療所へ向かった。
閃理に案内され、思ったよりは質素な診療所が見えてきたところで、思わぬ声が純佳を呼ぶ。
「っ! 純佳、お姉さま?」
「え?」
声の方を向くと、そこには純佳の妹である香世が立っていた。すぐ側には姉の清乃の姿も見える。
まさかこんなところで会うとは思わず目を見開いていると、清乃が軽く睨みつけながら純佳を非難した。
「純佳、早く戻ってきなさいと文を出したのに返事も出さずこんなところにいるなんて……。それに、仮面はどうしたの? その目を晒して、お父様に叱責されるわよ?」
「あっ、これは」
この数日、閃理の前でも仮面を付けない日々を過ごしていたためか、人前で紫の目を晒してはいけないということを忘れてしまっていた。清乃の言葉で瞬時に父の恐ろしさを思い出し目を隠そうとするが、仮面はないので手で覆うことしかできない。
そんな純佳の手を、側にいた閃理が優しく下ろす。
「そんなことをする必要はない。少なくとも俺は、純佳どのの目を隠したいとは思っていないのだから」
「閃理様……」
思いやるような閃理の言葉に、戸惑いつつも温かさを感じた。そんな純佳に、突然香世が飛びかかる。
「純佳姉様!」
明るい鮮やかな紫の瞳を見開き、狂喜を露わにした笑みを浮かべる香世はそのまま純佳の顔に触れる。
その瞬間、純佳はなにかを香世に吸い取られたような気がした。なにか、大事なものが奪われていくような感覚に、純佳はすぐに拒絶反応を示し香世を突き飛ばした。
「いやっ!」
突き飛ばされた香世はたたらを踏み純佳を睨みつける。その様子には、普段の愛らしさも、純佳を蔑む余裕さもない。ただ、必死になにかを求めている。
「駄目、まだ足りないわ……純佳姉様、私の力を返してよ!」
「返す? 何を言っているの?」
見たこともない香世の様子に、純佳はただ戸惑う。
「香世! おやめなさい!」
清乃は異様な様子の香世を見て、その腕を掴み止めた。そのおかげでまた純佳に飛びかかることはなかったが、香世の口は止まらなかった。
「純佳姉様が戻ってこない所為よ! 定期的に奪わないと、力が姉様に戻ってしまうというのに!」
「香世!!」
強く叱責するような清乃の声に、香世はびくりと肩を揺らしやっと口を閉じた。そのまま青ざめていく顔色に、何か失言をしてしまったのだろうと知れた。
(今のは、どういうこと?)
定期的に奪う? 力が戻る?
それに、先程なにかを吸い取られるような感覚がした。あれは――
(まさか、私の異能の力?)
香世が今なにをしようとしたのか。今まで、純佳になにをしていたのか。
今の香世の言葉で、ある仮説が浮かび純佳は目を見開き震える。
まさかまさかと、怒りや悲しみの感情が身の内で吹き荒れた。
「香世……あなた、もしかして私の異能の力を奪っていたの?」
思い返せば、香世は純佳を蔑みながらいつも直接肌に触れていた。あれは、純佳の異能の力を奪い続けるためだったのだろうか。
「香世、どうなの? あなた私の――」
「純佳」
嵐のような感情のまま、香世を問い詰めようとした純佳の名を清乃が低い声で呼ぶ。
見ると、いつも以上に冷えた眼差しが純佳を睨みつけていた。
「香世は少々混乱しているみたいね。落ち着かせたいから、今は失礼するわ」
「え? 清乃姉様?」
この状況で去るという言葉を告げた清乃を、純佳は信じられない思いで呼ぶ。だが、清乃は凍えるほど冷たく細めた薄い紫の目で純佳をひと睨みしただけで、なにも答えず香世を連れて立ち去ってしまった。
追いかけ問い詰めることも出来たかもしれないが、純佳自身まだ信じられない思いが強く動揺を抑えられない。
(私の異能は、失ったわけではなく香世に奪われていた?)
そうとしか思えない香世の言葉が、ずっと頭の中を回っている。
しかも、清乃はそんな香世を庇うように連れ去ってしまった。
清乃はあくまで純佳が香世を嫉妬でいじめていると勘違いしているから、純佳を疎んじていたのではないのか。
(あれではまるで、香世が私の力を奪っていたのを知っていたかのような……)
「純佳どの!」
突然、閃理に名を呼ばれ手首を掴まれた。驚きぐるぐると回る思考を止めた純佳の手を、閃理は優しく撫でる。
「落ち着くんだ、傷ができてしまう」
「え? あ……」
閃理の言葉に、純佳は手を強く握っていたことに気付いた。開くと、手のひらに爪の跡がくっきりと残ってしまっている。
「診療所の中へ入ろう。ここの覡なら、きっと詳しいことも分かる」
真剣な琥珀の瞳に見つめられ、純佳はいつの間にか荒れていた呼吸が落ち着いていくのを感じた。
閃理がいてくれて良かったと思う。
受入れがたい事実は、一人では耐え切れそうにない。
「はい、分かりました」
純佳は覚悟を決め頷き、そのまま閃理に手を引かれ診療所の中へと入って行った。



