あと2歩ほど前に進めば千尋の体は濁流の中だ。
それなのに千尋の表情に焦りや恐怖の色は見られない。

ただ濁流を魅力的なものとして認識し、目を細めて求めているように見えた。
「大丈夫ですか?」

そんな声が聞こえてこなければ千尋は間違いなく川に身を沈めていたはずだ。
声の主は声をかけるだけでなく千尋の右腕をつかんで引いたので、否が応でも振り向くことになってしまった。

そうでなければ聞こえなかったふりもできたのに。
「君は昼間の?」

そう言われてようやく相手が昼間千尋に靴を買ってくれた男だと気が付いた。
「どうしてここに?」
街で出会った男がどうしてここにいるのかわからず、混乱する。