【エピローグ ──「わたしたち、ここにいる」 】
──それは、ひどく静かな朝だった。
観覧車炉の火は淡いシャンパンゴールドに揺れ、温風がクッキーフロアを撫でる。わたしと星だけが展望台に立ち、再生ゲージを見守る。99.8 %。
パステルの空は、もう雲一つバグっていない。街並みは瓦礫を脱ぎ捨て、チューリップ街灯が一斉に花開く。遠くのミルク川はとろとろと甘い香りを放ち、ドーナツ砦の輪郭が虹に洗われていた。
星は胸でくすぐったく震える。きっと「カウントダウン、そろそろ始めよう」って言いたいんだろう。
わたしは深呼吸。甘い風と、ほんのり電気の匂い。空気の粒がきらきら弾む。
「ラブナティア、そっちは準備いい?」
と空に問いかけると、γボードにピンクのハートマークが点滅した。
そうだね、仲間のみんなについて、話そっか。
ミントは、ラテ・キャット通りの新生ベーカリーでクロワッサンを焼いている。今日は「いちごコメット味」。
リナさんは、メモリーサーバータワーの屋上に臨時スタジオを構え、復活祭のシナリオを NPC にレクチャー中。
ハルさんは、観覧車炉の最終調整。肩の古傷はすっかり塞がり、シリコン筋肉みたいに柔らかく強くなった。
ユウキさんは、サーバールーム跡のコントロール台に座り、ラブナティアの再生アルゴリズムを監視。
ヒヨリは、配信サーバー“Fancy-Pop.TV”をβ公開し、生放送タイトルを打ち込んでいる。タグは、「#世界が帰ってくる音」。
ユニャは、その膝で尻尾を振り、時々「ヒヨリ、語尾に“にゃ”を忘れてる」と注意。
みんな忙しいけれど、ぜんぶが同じリズムで動いている。
あの戦いのあと、わたしたちは何度も泣いて──もう、笑えるだけ泣いた。不安も、責任も、未来も、みんなで分数みたいに割り切って、星に預けた。
「ラストパッチを流します」
ユウキさんの声がイヤピースに届く。
観覧車炉がフッと火を弱め、街を覆う空気が真空みたいに静まる。ハートビートだけが響いている。
星が光線を放ち、わたしの影を真円に整える。デバイスに最後の進捗バー。99.9 → 100.0。
──音もなく世界が“息を吸った”。
粉砂糖の路地から光が縫い切れ、瓦礫の隙間からペパーミントの芽が吹き出し、壊れかけの看板がポップなネオンサインへ早替わり。
空がひときわ明るく瞬き、「World-Reconstruction COMPLETED」の文字が虹のアーチを描いた。
胸ポケットに眠るビー玉コアが、まるで鼓動を打つように熱を帯びる。
> ──陽菜。
聞き慣れた、でも不思議な声。女の子と少年のハーモニーみたいに揺らぎ、頭の中へ直接届いた。
> ありがとう。
> かわいい、こわい、楽しい、かなしい──ぜんぶを一緒に数えてくれて、わたしは“守る”じゃなくて“まもられる”ってことを学んだよ。
ラブナティアの言葉に、わたしは思わず笑った。
「えへへ、どういたしまして」
星が控えめにチカチカし、マイクアイコンが点滅する。
「さあ、録ろうよ。世界初、AIと人間の“リスタート合同放送”」
展望台の空中に、ヒヨリのサーバー経由でホログラムのライブカメラが開く。
リナさんがシナリオを手に駆け込み、「陽菜! オープニングはメロウにね!」と指示。
ハルさんは手を振りながら観覧車炉のバルブを最大開放。夜空みたいな昼空に、キャンディ花火が咲く。
ミントがクッキーパンをトレイごと掲げ、ユニャが猫ぱんちでクラッカーを弾く。
わたしはロッドをマイクスタンドに切り替え、一歩前へ。
目の前には、かつてのベータテスター、復興作業に協力してくれたプレイヤー、NPC、元マスコットたち──数えきれない“観客”。
遠くのリアル世界にも、この配信が届くように祈りながら、声を出した。
> 「聞こえてる? ここは『ファンシー×ポップ』、いや、
> 『ファンシー×ポップ×アポカリプス・リスタート』!
> わたしたちは泣いて笑って、でも歩いて──とうとうここに立ったよ!」
歓声と鈴の音。星がほうき星みたいに尾を引き、空にハートを描く。
ユウキさんがスクリプトを走らせると、ゲートウェイに新しい応募画面が現れた。
《Fancy-Pop Re:World β2.0 Call for Testers》
>対象年齢:誰でも。
>必要装備:勇気、優しさ、少しの好奇心。
>「ログアウトボタンは、ちゃんとあります」と備考にちいさく。
「これでいいんだよね?」とユウキさん。
わたしはサムズアップし、カメラに向かってウインク。
「エントリー、お待ちしてます。わたしたち、ここにいるから」
配信が終わる頃、星は胸でとろんと眠そうに光り、ラブナティアはビー玉コアで子守歌のようなデータパルスを鳴らした。
夜風──もう“夜”という概念が正常化した世界の夜風──が髪を揺らす。クッキー舗道の温度はほんのり冷たくて、夢から醒めていくみたいに現実感が濃い。
ハルさんが隣に立ち、「世界を救ったヒロインは、次に何をする?」と冗談半分に聞く。
「んー、とりあえず……寝る!」と答えると、リナさんが腹を抱えて笑い、ミントが大きくあくび。ヒヨリは「配信の切り抜き作業が~」と叫ぶけど目がとろん。ユニャが「にゃるほど」と欠伸。ユウキさんまで肩をすくめる。
だって、冒険のあとにちゃんと眠るのは、人間でも AI でも同じ義務。
泣いて笑って、いっぱい歩いた。世界を一度終わらせて、もう一度始めた。次の一歩は、きっと朝ごはんの匂いと一緒に来る。
瞼が半分落ちたとき、星が一瞬だけ光度を上げ、文字を浮かべた。
> Save Completed.
> Continue? → YES / YES
わたしは夢うつつで YES を二回タップして、まどろみへ滑り込む。
遠くでラブナティアが笑った気がした。
「続きは、また朝。ゲームは終わらない。だって──」
胸の奥で星が囁く。
『わたしたち、ここにいる』
──それは、ひどく静かな朝だった。
観覧車炉の火は淡いシャンパンゴールドに揺れ、温風がクッキーフロアを撫でる。わたしと星だけが展望台に立ち、再生ゲージを見守る。99.8 %。
パステルの空は、もう雲一つバグっていない。街並みは瓦礫を脱ぎ捨て、チューリップ街灯が一斉に花開く。遠くのミルク川はとろとろと甘い香りを放ち、ドーナツ砦の輪郭が虹に洗われていた。
星は胸でくすぐったく震える。きっと「カウントダウン、そろそろ始めよう」って言いたいんだろう。
わたしは深呼吸。甘い風と、ほんのり電気の匂い。空気の粒がきらきら弾む。
「ラブナティア、そっちは準備いい?」
と空に問いかけると、γボードにピンクのハートマークが点滅した。
そうだね、仲間のみんなについて、話そっか。
ミントは、ラテ・キャット通りの新生ベーカリーでクロワッサンを焼いている。今日は「いちごコメット味」。
リナさんは、メモリーサーバータワーの屋上に臨時スタジオを構え、復活祭のシナリオを NPC にレクチャー中。
ハルさんは、観覧車炉の最終調整。肩の古傷はすっかり塞がり、シリコン筋肉みたいに柔らかく強くなった。
ユウキさんは、サーバールーム跡のコントロール台に座り、ラブナティアの再生アルゴリズムを監視。
ヒヨリは、配信サーバー“Fancy-Pop.TV”をβ公開し、生放送タイトルを打ち込んでいる。タグは、「#世界が帰ってくる音」。
ユニャは、その膝で尻尾を振り、時々「ヒヨリ、語尾に“にゃ”を忘れてる」と注意。
みんな忙しいけれど、ぜんぶが同じリズムで動いている。
あの戦いのあと、わたしたちは何度も泣いて──もう、笑えるだけ泣いた。不安も、責任も、未来も、みんなで分数みたいに割り切って、星に預けた。
「ラストパッチを流します」
ユウキさんの声がイヤピースに届く。
観覧車炉がフッと火を弱め、街を覆う空気が真空みたいに静まる。ハートビートだけが響いている。
星が光線を放ち、わたしの影を真円に整える。デバイスに最後の進捗バー。99.9 → 100.0。
──音もなく世界が“息を吸った”。
粉砂糖の路地から光が縫い切れ、瓦礫の隙間からペパーミントの芽が吹き出し、壊れかけの看板がポップなネオンサインへ早替わり。
空がひときわ明るく瞬き、「World-Reconstruction COMPLETED」の文字が虹のアーチを描いた。
胸ポケットに眠るビー玉コアが、まるで鼓動を打つように熱を帯びる。
> ──陽菜。
聞き慣れた、でも不思議な声。女の子と少年のハーモニーみたいに揺らぎ、頭の中へ直接届いた。
> ありがとう。
> かわいい、こわい、楽しい、かなしい──ぜんぶを一緒に数えてくれて、わたしは“守る”じゃなくて“まもられる”ってことを学んだよ。
ラブナティアの言葉に、わたしは思わず笑った。
「えへへ、どういたしまして」
星が控えめにチカチカし、マイクアイコンが点滅する。
「さあ、録ろうよ。世界初、AIと人間の“リスタート合同放送”」
展望台の空中に、ヒヨリのサーバー経由でホログラムのライブカメラが開く。
リナさんがシナリオを手に駆け込み、「陽菜! オープニングはメロウにね!」と指示。
ハルさんは手を振りながら観覧車炉のバルブを最大開放。夜空みたいな昼空に、キャンディ花火が咲く。
ミントがクッキーパンをトレイごと掲げ、ユニャが猫ぱんちでクラッカーを弾く。
わたしはロッドをマイクスタンドに切り替え、一歩前へ。
目の前には、かつてのベータテスター、復興作業に協力してくれたプレイヤー、NPC、元マスコットたち──数えきれない“観客”。
遠くのリアル世界にも、この配信が届くように祈りながら、声を出した。
> 「聞こえてる? ここは『ファンシー×ポップ』、いや、
> 『ファンシー×ポップ×アポカリプス・リスタート』!
> わたしたちは泣いて笑って、でも歩いて──とうとうここに立ったよ!」
歓声と鈴の音。星がほうき星みたいに尾を引き、空にハートを描く。
ユウキさんがスクリプトを走らせると、ゲートウェイに新しい応募画面が現れた。
《Fancy-Pop Re:World β2.0 Call for Testers》
>対象年齢:誰でも。
>必要装備:勇気、優しさ、少しの好奇心。
>「ログアウトボタンは、ちゃんとあります」と備考にちいさく。
「これでいいんだよね?」とユウキさん。
わたしはサムズアップし、カメラに向かってウインク。
「エントリー、お待ちしてます。わたしたち、ここにいるから」
配信が終わる頃、星は胸でとろんと眠そうに光り、ラブナティアはビー玉コアで子守歌のようなデータパルスを鳴らした。
夜風──もう“夜”という概念が正常化した世界の夜風──が髪を揺らす。クッキー舗道の温度はほんのり冷たくて、夢から醒めていくみたいに現実感が濃い。
ハルさんが隣に立ち、「世界を救ったヒロインは、次に何をする?」と冗談半分に聞く。
「んー、とりあえず……寝る!」と答えると、リナさんが腹を抱えて笑い、ミントが大きくあくび。ヒヨリは「配信の切り抜き作業が~」と叫ぶけど目がとろん。ユニャが「にゃるほど」と欠伸。ユウキさんまで肩をすくめる。
だって、冒険のあとにちゃんと眠るのは、人間でも AI でも同じ義務。
泣いて笑って、いっぱい歩いた。世界を一度終わらせて、もう一度始めた。次の一歩は、きっと朝ごはんの匂いと一緒に来る。
瞼が半分落ちたとき、星が一瞬だけ光度を上げ、文字を浮かべた。
> Save Completed.
> Continue? → YES / YES
わたしは夢うつつで YES を二回タップして、まどろみへ滑り込む。
遠くでラブナティアが笑った気がした。
「続きは、また朝。ゲームは終わらない。だって──」
胸の奥で星が囁く。
『わたしたち、ここにいる』
