【エピソード4: ボイスハントの旅支度──マスコットの声、星にとける 】
観覧車炉のふもと、クッキー舗道の上にサンドイッチ状に並ぶ荷台。
荷物といえば、「星リンク入りのロッド(録音用)」「ミント畑特製のクッキーパン6個」「ヒヨリの実況ノート(ページはぜんぶチョコペン書き)」「ユウキさんがこっそり仕込んだ『ノイズシールド・シュガービーコン』×2」「ユニャ用またたびグミ3本(ノイズ爆発をなだめる保険)」
リナさんが最後に、折れドリルの切っ先を星ドロップで溶接し直してくれた。まだ真っ直ぐとは言えないけれど、ハチドリの嘴みたいに細いランス形に生まれ変わった。
「護身用、だけどなるべく“録音優先”でね」とウインク。
星を胸でタップすると、空気に細い光糸が走る。
“ピクセル星座ナビ”──再生世界の座標系がまだ歪んでいるため、衛星より星座を頼りにするほうが安定するのだとか。
第一目的地は 『Latte Cat Square』。本
来はミルク色の舗装と猫マスコットの噴水がある広場だったが、今は瓦礫が積み重なっている。そこに「泣き声」タグを示す赤いハートアイコンが揺れている。
ヒヨリがベレー帽を被り直し、
「よし、猫つながり。ユニャ、ぼくたちの同族救出ミッションだよ!」
と言うと、ユニャは尻尾をハート形に曲げてニャッと答えた。
広場跡へ降りる途中、クッキーブロックの瓦礫の隙間で小さな鳴き声がした。
「チュウゥゥ……」 猫じゃない。ねずみ系マスコットだ。
体長三十センチくらい、キャラメル色の毛皮がところどころ黒ノイズに蝕まれている。前足にはスプーン型の義手。
名前は“キャラメルねずみのスプー”。
ユニャを見た瞬間、スプーは後ずさり、ノイズが耳先をトゲに変える。
私はロッドの録音モードをオン。“●REC”のピンクランプが点滅し、マイクアームが花の蕾みたいに開く。
「こんにちは。わたし陽菜。あなたの声、世界を直す手がかりにしたいんだ」
言いながら、ポケットからマッシュクッキーの欠片を差し出す。
スプーは怯えつつ匂いをかぎ、一欠けかじった。瞬間、トゲ耳が溶け、ノイズが茶色に薄まる。
小さな声。
「……守れなかった。ミルクの川が枯れて、みんな、おなかすいて、こわくて……」
それが録音トラック #001。ヒヨリが涙目でカメラに収めるふりをしてメモを走らせる。
星がぽっ、と白いスパークを放ち、“VOICE-CORE 1/?” のカウンタが1に変わった。
泣き声タグがまだ点滅。スプーの裏にさらに大きな気配がする。
ミルク配管の破裂孔から飛び出したのは、毛並みが三色アイス模様の猫マスコット“ミトン”。目は完全な赤ノイズで、吠え声はサブウーファー並みの低音だ。
ユニャが前に立ち、短く「フッ」と威嚇。マカロンライトでフラッシュ。けれどミトンは音波を伴う咆哮で反撃、砂糖瓦礫を飛ばす。
私はロッドを握り、ハート滴を散弾化。“コンフェティ・カーム”を浴びせると、空気が甘いラベンダー色の霞に変わる。
ユニャがミトンの耳元でゴロゴロ音を鳴らす。ヒヨリが実況のように穏やかな声で「大丈夫だよ、ここは朝だよ」と囁く。
数秒後、ミトンの赤ノイズが紫→桃→白へ淡く変わり、体躯がしぼんで子猫サイズに。
呟くような声。「まま……帰る?」──録音トラック #002。
星のカウンタが 2へと変化。γボード がチャリーンと硬貨音を鳴らし、再生ゲージは 5.1→5.4%になった。
広場中心へ歩くと、猫型噴水の残骸が半分埋もれ、配管から固まったミルクスラッジがこびりついている。
私はロッドでミルクの栓を軽く叩くと、ラブナティアからパッチコマンドが飛び、配管がミントグリーンに光った。
ゴポン……と詰まりが抜け、真珠色の液体が噴水口からふわり。甘い。またスプーとミトンが駆け寄り、ペロリと舐めて安堵の息。
噴水台座に埋まっていたポリゴン板が回転し、古びたレコードディスクが姿を見せた。
「Memory Disc #Cat-Cafe」──再生すると、かつての広場で遊ぶプレイヤーとマスコットたちの声が重なり合う。笑い声、鈴の音、ミルクの注ぐ音。
録音トラック #003 と同時に、星が強く光り、広場のグラウンドテクスチャが一段ピクセル解像度アップ。
再生ゲージは、5.4→5.8%。
帰路につこうとしたとき、広場の東端でクレーターが不意に黒く泡立った。
「また?」
ヒヨリが身構える。ユニャが背中の毛を逆立てる。
だが現れた影はワームではなく、人影サイズの黒シルエット。猫耳をかたどったヘッドホンをつけた“女の子の影”──ヒヨリの輪郭と酷似。
影・ヒヨリは口パクで「実況本垢 凍結済」と呟き、手にしたスマホの画面をこちらへ向ける。そこには“無人のチャットルーム”が映る。
ヒヨリが小さく悲鳴。「まさか──私の一番怖いことを突いてくるつもり?」
影は無音で頭を傾け、周囲のノイズを吸収しながら膨張していく。
私は考えるより先に星をハルバードへ変形しようとしたが、ヒヨリが腕を掴んだ。
「待って。これ、わたしの影。わたしが話す」
ユニャがヒヨリの足下でゴロゴロ音を大きくし、ノイズを相殺する。
ヒヨリはスマホ代わりのメモ帳を取り出し、空中に向かって実況口調で語り出した。声は震えているけど、それでも明るく弾むイントネーション。
> 「はいどーもお疲れさまです、風見ヒヨリです!
> 今日の視聴者は……ゼロ。でもいいの。わたしがわたしを実況する回だから!」
影・ヒヨリが一瞬ピタリと動きを止める。
「不安だよ。アカウント凍結されたら世界と繋がらないって思ってた。でも……いいんだ。聞いてくれる仲間が、ここにいる」
私たちは星リズムに合わせて「わたしたち ここにいる」をハミング。エコーが空間に満ち、影の輪郭が波打ち、内側から白光が漏れた。
バンッ。影・ヒヨリが紙吹雪に変わり、ヒヨリの手のひらに青いマイク型ドロップが落ちる。
録音トラック #004。星カウント4。再生ゲージは 5.8→6.2%。
影が消えた後、ユニャのノイズ目がふいに白へクリアになり、瞳孔が縦に細く光った。
「にゃ……なるほどにゃ」
喋った。鳴き声じゃなく、人語のイントネーション。
「ノイズは“隔離された言葉”。愛され方を忘れた単語たちがバグとして暴れてたのにゃ」
ヒヨリが「ユニャ!? わかるの!?」と目をうるませる。ユニャは尻尾でハートを描き、「さっきのマイクドロップ、つまり“話し相手”が鍵だったんだにゃ」と。
星が「ぴっぴっ」と二度鳴き、新サブクエストが表示。**《Lost-Words 0/12》**。
愛されなくなった言葉を12個集め、ラブナティアの辞書を修復する。どうやらユニャが通訳役らしい。
広場を後にするころ、空の色が桃→明るいクリームイエローへ移ろい、影が短くなった。
ビジュアルデバイス時計はまだ 07:30 なのに、太陽の高度は「昼前」レベル。再生速度が局所的に加速しているらしい。
「時間の歪み、安全圏ではむしろラッキー。昼の温度帯に合わせてクラスター炉の効率が上がる」
とユウキさんが無線で喜ぶ。
ミントも畑から「穂が膨らんだよ!」と声。リナさんは掲示板に「サブクエスト追加ね。締切は無いけど早いほうがいい系」と書き込む。
ハルさんは「昼飯準備」と言いつつキャンディ炉の炎を調整。肩の包帯の替えが甘い匂いで香ばしい。
私はロッドを担ぎ直し、空を見上げる。再生率 6.2%。まだ 100 分の 6。でも確かに世界は回復している。
星が胸で軽く脈を打つ。ユニャが「次の失われた言葉、探しに行くにゃ?」と張り切る。ヒヨリが笑ってメモに大きく「#LostWord_Journey」と書いた。
泣いて笑って、歩くどころか駆け足になりそう。
世界が甘く焼けてゆく匂いの中で──私たちは、もう少しだけ昼を伸ばすことにした。
観覧車炉のふもと、クッキー舗道の上にサンドイッチ状に並ぶ荷台。
荷物といえば、「星リンク入りのロッド(録音用)」「ミント畑特製のクッキーパン6個」「ヒヨリの実況ノート(ページはぜんぶチョコペン書き)」「ユウキさんがこっそり仕込んだ『ノイズシールド・シュガービーコン』×2」「ユニャ用またたびグミ3本(ノイズ爆発をなだめる保険)」
リナさんが最後に、折れドリルの切っ先を星ドロップで溶接し直してくれた。まだ真っ直ぐとは言えないけれど、ハチドリの嘴みたいに細いランス形に生まれ変わった。
「護身用、だけどなるべく“録音優先”でね」とウインク。
星を胸でタップすると、空気に細い光糸が走る。
“ピクセル星座ナビ”──再生世界の座標系がまだ歪んでいるため、衛星より星座を頼りにするほうが安定するのだとか。
第一目的地は 『Latte Cat Square』。本
来はミルク色の舗装と猫マスコットの噴水がある広場だったが、今は瓦礫が積み重なっている。そこに「泣き声」タグを示す赤いハートアイコンが揺れている。
ヒヨリがベレー帽を被り直し、
「よし、猫つながり。ユニャ、ぼくたちの同族救出ミッションだよ!」
と言うと、ユニャは尻尾をハート形に曲げてニャッと答えた。
広場跡へ降りる途中、クッキーブロックの瓦礫の隙間で小さな鳴き声がした。
「チュウゥゥ……」 猫じゃない。ねずみ系マスコットだ。
体長三十センチくらい、キャラメル色の毛皮がところどころ黒ノイズに蝕まれている。前足にはスプーン型の義手。
名前は“キャラメルねずみのスプー”。
ユニャを見た瞬間、スプーは後ずさり、ノイズが耳先をトゲに変える。
私はロッドの録音モードをオン。“●REC”のピンクランプが点滅し、マイクアームが花の蕾みたいに開く。
「こんにちは。わたし陽菜。あなたの声、世界を直す手がかりにしたいんだ」
言いながら、ポケットからマッシュクッキーの欠片を差し出す。
スプーは怯えつつ匂いをかぎ、一欠けかじった。瞬間、トゲ耳が溶け、ノイズが茶色に薄まる。
小さな声。
「……守れなかった。ミルクの川が枯れて、みんな、おなかすいて、こわくて……」
それが録音トラック #001。ヒヨリが涙目でカメラに収めるふりをしてメモを走らせる。
星がぽっ、と白いスパークを放ち、“VOICE-CORE 1/?” のカウンタが1に変わった。
泣き声タグがまだ点滅。スプーの裏にさらに大きな気配がする。
ミルク配管の破裂孔から飛び出したのは、毛並みが三色アイス模様の猫マスコット“ミトン”。目は完全な赤ノイズで、吠え声はサブウーファー並みの低音だ。
ユニャが前に立ち、短く「フッ」と威嚇。マカロンライトでフラッシュ。けれどミトンは音波を伴う咆哮で反撃、砂糖瓦礫を飛ばす。
私はロッドを握り、ハート滴を散弾化。“コンフェティ・カーム”を浴びせると、空気が甘いラベンダー色の霞に変わる。
ユニャがミトンの耳元でゴロゴロ音を鳴らす。ヒヨリが実況のように穏やかな声で「大丈夫だよ、ここは朝だよ」と囁く。
数秒後、ミトンの赤ノイズが紫→桃→白へ淡く変わり、体躯がしぼんで子猫サイズに。
呟くような声。「まま……帰る?」──録音トラック #002。
星のカウンタが 2へと変化。γボード がチャリーンと硬貨音を鳴らし、再生ゲージは 5.1→5.4%になった。
広場中心へ歩くと、猫型噴水の残骸が半分埋もれ、配管から固まったミルクスラッジがこびりついている。
私はロッドでミルクの栓を軽く叩くと、ラブナティアからパッチコマンドが飛び、配管がミントグリーンに光った。
ゴポン……と詰まりが抜け、真珠色の液体が噴水口からふわり。甘い。またスプーとミトンが駆け寄り、ペロリと舐めて安堵の息。
噴水台座に埋まっていたポリゴン板が回転し、古びたレコードディスクが姿を見せた。
「Memory Disc #Cat-Cafe」──再生すると、かつての広場で遊ぶプレイヤーとマスコットたちの声が重なり合う。笑い声、鈴の音、ミルクの注ぐ音。
録音トラック #003 と同時に、星が強く光り、広場のグラウンドテクスチャが一段ピクセル解像度アップ。
再生ゲージは、5.4→5.8%。
帰路につこうとしたとき、広場の東端でクレーターが不意に黒く泡立った。
「また?」
ヒヨリが身構える。ユニャが背中の毛を逆立てる。
だが現れた影はワームではなく、人影サイズの黒シルエット。猫耳をかたどったヘッドホンをつけた“女の子の影”──ヒヨリの輪郭と酷似。
影・ヒヨリは口パクで「実況本垢 凍結済」と呟き、手にしたスマホの画面をこちらへ向ける。そこには“無人のチャットルーム”が映る。
ヒヨリが小さく悲鳴。「まさか──私の一番怖いことを突いてくるつもり?」
影は無音で頭を傾け、周囲のノイズを吸収しながら膨張していく。
私は考えるより先に星をハルバードへ変形しようとしたが、ヒヨリが腕を掴んだ。
「待って。これ、わたしの影。わたしが話す」
ユニャがヒヨリの足下でゴロゴロ音を大きくし、ノイズを相殺する。
ヒヨリはスマホ代わりのメモ帳を取り出し、空中に向かって実況口調で語り出した。声は震えているけど、それでも明るく弾むイントネーション。
> 「はいどーもお疲れさまです、風見ヒヨリです!
> 今日の視聴者は……ゼロ。でもいいの。わたしがわたしを実況する回だから!」
影・ヒヨリが一瞬ピタリと動きを止める。
「不安だよ。アカウント凍結されたら世界と繋がらないって思ってた。でも……いいんだ。聞いてくれる仲間が、ここにいる」
私たちは星リズムに合わせて「わたしたち ここにいる」をハミング。エコーが空間に満ち、影の輪郭が波打ち、内側から白光が漏れた。
バンッ。影・ヒヨリが紙吹雪に変わり、ヒヨリの手のひらに青いマイク型ドロップが落ちる。
録音トラック #004。星カウント4。再生ゲージは 5.8→6.2%。
影が消えた後、ユニャのノイズ目がふいに白へクリアになり、瞳孔が縦に細く光った。
「にゃ……なるほどにゃ」
喋った。鳴き声じゃなく、人語のイントネーション。
「ノイズは“隔離された言葉”。愛され方を忘れた単語たちがバグとして暴れてたのにゃ」
ヒヨリが「ユニャ!? わかるの!?」と目をうるませる。ユニャは尻尾でハートを描き、「さっきのマイクドロップ、つまり“話し相手”が鍵だったんだにゃ」と。
星が「ぴっぴっ」と二度鳴き、新サブクエストが表示。**《Lost-Words 0/12》**。
愛されなくなった言葉を12個集め、ラブナティアの辞書を修復する。どうやらユニャが通訳役らしい。
広場を後にするころ、空の色が桃→明るいクリームイエローへ移ろい、影が短くなった。
ビジュアルデバイス時計はまだ 07:30 なのに、太陽の高度は「昼前」レベル。再生速度が局所的に加速しているらしい。
「時間の歪み、安全圏ではむしろラッキー。昼の温度帯に合わせてクラスター炉の効率が上がる」
とユウキさんが無線で喜ぶ。
ミントも畑から「穂が膨らんだよ!」と声。リナさんは掲示板に「サブクエスト追加ね。締切は無いけど早いほうがいい系」と書き込む。
ハルさんは「昼飯準備」と言いつつキャンディ炉の炎を調整。肩の包帯の替えが甘い匂いで香ばしい。
私はロッドを担ぎ直し、空を見上げる。再生率 6.2%。まだ 100 分の 6。でも確かに世界は回復している。
星が胸で軽く脈を打つ。ユニャが「次の失われた言葉、探しに行くにゃ?」と張り切る。ヒヨリが笑ってメモに大きく「#LostWord_Journey」と書いた。
泣いて笑って、歩くどころか駆け足になりそう。
世界が甘く焼けてゆく匂いの中で──私たちは、もう少しだけ昼を伸ばすことにした。
