ファンシー×ポップ×アポカリプス

【エピソード3 :「おかえり!」の匂いはシナモン──フラワーガーデンの風とキャンディ炉の鼓動 】

 霧帯を抜けてコットンキャンディ展望台に戻った瞬間、甘いシナモンとバターのにおいが鼻をついた。

 広場の端に並ぶカラフルな屋台──正確には崩壊したキオスクをリナさんとミントが即席で改装した“キッチンブース”から、湯気がもくもく。

 ミントがオーブンみたいな箱を開け、シナモンロールそっくりのクッキーパンを取り出す。表面はキャラメル色、チョコクラスターの粒がパチパチ火花を散らす。

 「畑で採れた“スウィートマッシュ”を粉にしてみたら、ふわっと膨らんだんだよ。ちゃんと食べられる!」

 ミントが誇らしげに胸を張る。ヒヨリが目を丸くし、ユニャがくんくんと鼻を鳴らした。
 「うわ……配信できないのがもったいなさすぎる!」

 ヒヨリはスマホを掲げるふりをして、バッテリーの×印アイコンに肩を落とす。

 でもその姿が妙に可笑しくて、私は吹き出してしまった。ヒヨリもつられて笑い、リナさんは「実況者の業だねぇ」とドリルでオーブンの取っ手を軽く叩く。

 クッキーパンが焼き上がった直後、γボード の再生ゲージが 2.2%→3.7% に跳ねた。
 食料供給ラインの完成は世界構造に直結らしい。空のピクセル雲が一枚、スッと光沢を増し、遠景の瓦礫ビルが一階分だけ補完ポリゴンで補修される。

 私は星を掲げて「いただきまーす!」と先陣を切り、一口。外はカリッ、中はふわっ。キャラメルの甘さとほのかな塩気が舌にとろけ、瞬間、脳が「現実の朝ごはん」と錯覚する。

 ユニャがニャッと鳴き、クッキーパンを転がしながらかじる。ノイズの残りはまだ瞳の縁でチリチリ揺らいでいるけど、攻撃性は見当たらない。

 ブースで温まったあと、ハルさんとユウキさんが管理する “シュガーリング観覧車発電炉” の見回りへ。

 観覧車跡は鉄骨の三割しか残っていないが、中心軸を利用してクラスター炉を回す仕組みを設置したらしい。

 肩に三角巾を吊ったハルさんが、骨組みを足場がわりに昇ってバルブを回し、クラスター流量をチェックする。傷は痛むのに、表情は冗談みたいに穏やか。

 「稼働率は 62%。でもメンテ AI のサブプロセスが時々落ちる」
 ユウキさんが基板を差し替えながら言うと、星が「ぴっ」と高い電子音で応答。すぐにホログラム端末へパッチが届き、炉の動力メーターが緑へ振れた。

 《World-Reconstruction: 3.7%→4.9%》

 「あと0.1%でキリ良く5%だ!」

 リナさんが嬉しそうにドリルをくるり。

 するとタイミングを測ったかのように、観覧車骨組みがミシッと音を立てた。中央からブリッと黒ノイズが伸び、クラスター炉に巻きついていく。

 地面から湧き上がった黒いミミズ状のプログラム残滓だ。

 コード切れ端や破損テクスチャを束ねてできた“ノイズ・ワーム”は、再生励起エネルギーを食べて急速成長する。

 ユウキさんがタブレットを構え、「パッチパラージで駆除!」と叫ぶが、腕のモーションより先にワームは骨組みを伝い、炉心へ噛みつく。炉の火がバチバチ紫へ変色。

 私はロッドをスリングショット形に変形し、星ドロップを弾丸に装てん。“シュガースクリーン・インパクト”を放つ。

 ドロップ弾がワーム表皮を破き、砂糖の粉を噴射。ノイズは白煙を上げて後退するが、完全には消えない。ワームは二匹三匹へ裂け、鉄骨を養分に増殖していく。

 そこへヒヨリが両手を耳の後ろに構える。──配信スマホは壊れても、実況者の身振りは残る。

 「世界のみんな! こっち見て! スポットライト!」

 叫びと同時にユニャが口を開き、“マカロンライト”と呼ばれる照明魔法を吐く。パステル色の円形ライトがノイズ・ワームを照らすと、ワームは光を嫌って一瞬ぴたっと動きを止めた。

 「今!」

 私はリナさんとアイコンタクト。リナさんが折れドリルを臨時ランスにして脚を蹴り上げ、ワームの分裂点を貫く。私はロッド先端をペンチみたいに変えてワームの芯をつかみ、星の蒸留滴を大量注入。

 黒がシュワッとピンクに薄まり、飴細工のシロップへ変わって床に滴った。ワームはパキンと飴ガラスになり、ばらばら崩壊していった。

 クラスター炉の炎が元のミルキーホワイトに戻る。風がすっと甘い。γボード がパッとアップデートを表示した。

 《World-Reconstruction: 4.9%→5.1%》

 「おぉ、ついに5%!」

 ミントがハイタッチを求めに走る。私は手がすべって星でミントの額をコツン。ミントはむしろ嬉しそう。

 ハルさんが軸上からおりてきて、肩を気遣いながらも真逆の腕で親指を立てた。

「次は 10% まで伸ばさないと。今日中は無理でも、三日あれば行ける」

 ユウキさんは炎の色を見ながら

「再構築ロジックが安定してきた証拠だ。ノイズ・ワームも駆除し続ければ枯れる」

と分析していた。

 再生率 5% 達成と同時に、観覧車の鉄骨中央にピンッとホログラムサイネージが現れた。

《Fancy-Pop QUEST BOARD v0.1》

 そこには自動生成のクエストが並ぶ。

1. 失われたマスコットの声を録音し、コアへ届ける(推奨:陽菜)
2. 観覧車ライトアップ用の虹クラスターを100個精製(推奨:ハル&ユウキ)
3. 畑のスウィートマッシュを 50 個収穫しパンを焼く(推奨:ミント)
4. “ガーデナー温室”の苗を街路に 12 株移植(推奨:リナ+NPC)
5. 生存者ビーコンを 3 か所に設置(推奨:ヒヨリ&ユニャ)

 「ゲーム、と言うより……町内会の掲示板みたいね」

とリナさんが苦笑。それでも目は燃えている。

 「よーし、クエスト受注、実況といこうか!」

ヒヨリが拳を掲げると、ユニャがマカロンライトを小さくパーンとはじけさせて祝砲代わりにした。

 クエスト#1は私担当。

変異マスコットたちの“残存ボイス”を集め、ラブナティアへ送ることで心象データベースを再構築する、らしい。

 「ボス戦で助けたミニコアの子守歌が鍵みたい」とユウキさんは説明してくれた。

 星が胸でコロコロ転がり、「マイクモード」を示すヘッドホン型アイコンを出す。

 私はロッドを肩に背負って観覧車から見下ろす荒野を見た。あちこちにパステルの光粒──まだ助けを求める小さなマスコットの反応点。

 「あの子たちも、泣いて笑って、歩きたいんだよね」

 星が「ぴっ」と肯定。次のステップを照らす合図。

 陽はすっかり昇り、薄橙の光が粉砂糖の砂を照り返す。

 私は深呼吸し、仲間をぐるりと見渡した。ヒヨリがユニャと並んでパンを頬張り、ミントが畑の方向に跳ねる。ハルさんは鉄骨に腰を下ろして肩の包帯を締め直し、ユウキさんは脇で基板を磨く。リナさんはドリルをハンマー代わりに鉄杭を打ち、掲示板を補強。

 小さな町。だけど、この世界で最初に“生きる”匂いが戻った町。

 私たちはもうβテストの迷子じゃない。“リスタート”チームだ。

 星が輝度を上げ、ロッドに反射してハート型の光点が空へ。遠くの灰色空気の層が裂け、虹が細い橋を架ける。

 「よし。ボイス集め隊、出発します!」私は拳を上げた。

 リナさんが

「くれぐれも生録オンリーでね、高音質!」

 と背中で手を振る。ヒヨリが

「帰ったら編集、いや台本起こし手伝うから!」

 と叫ぶ。

 ミントは苗を抱えて

「おみやげはパンに合うジャムがいいなあ!」

 笑い声、風、観覧車炉のポコッという鼓動。

 泣いて笑って、でも歩く──次の足跡が、粉砂糖に深く刻まれた。