【エピソード1 : 夜明け前の桃色──黎明のリスタート 】

 虹色ゲートを一歩──と言うより、半歩踏み出した瞬間、靴裏から伝わる質感が変わった。

 さっきまでの歯車金属の硬さでも、鏡通路の冷たい硝子でもない。粉砂糖を薄く敷いたクッキーみたいに、さくり、と柔らかく砕ける音。

 視界にひらけたテラスは、サービス終了前の《ファンシー×ポップ》公式 PV に映っていた“コットンキャンディ展望台”そっくりだった──ただしバグドットがまだあちこち残り、ガイドの看板は斜め、柵は半数が欠落。

 それでも、薄桃色の空はまぎれもなく夜明け前の色で、遠くの雲がとろけるマシュマロみたいに白く輝いていた。

 私は深呼吸。甘い綿菓子の香りと、薄いオゾン臭、それからなぜか焼きたて食パンの湯気がまざる。現実とも夢ともつかない匂い。

 デバイス に新しいバーが現れた。

>World-Reconstruction 0.7 %
>Memory-Flower Garden 12.4 %
>Player-Synchrony 84.9 %

 再生が進むほどゲージが伸び、100%になれば“安定世界”へ移行するらしい。

 0.7%。ほぼゼロ。つまり、やっとスタートライン。

 ミントが隣でまぶしそうに目を細め、

「0.7%……マラソン前の準備体操ぐらいかなあ」

と苦笑いする。

 リナさんは折れドリルを肩に担ぎ、ゲージを指先でつつく。

「やりがいがあるって言い方に変換しとこ? ね?」

 ユウキさんは端末(新しく “γボード” と デバイスは認識された)を叩きながら、

「ラブナティア本体は完全に鎮静。ただ、再構築ロジックは膨大だ。街単位で“リビルド支点”を四つ起こして並列処理させるのが早い」

とブツブツ。

 ハルさんは痛む肩を釣ったまま柵に肘をかけ、

「じゃ、支点づくり担当を割り振ろう。俺は戦闘用ドローンの残骸を片づけて安全ゾーンを作る。腕が上がらなくても脚は動く」

 ──世界の救済を、タスク会議みたいに語れる。それだけで涙が出そうになる。だって“世界を終わらせない”が現実的な選択肢になったんだ。

 ビー玉サイズの希望コア──私は「ラブビー」と勝手に命名──がポケットで震えた。
 デバイス にピコッと爪サイズのウィンドウ。

> PATCH 1.01a 配布
> ・再生資材《Candy-Cluster》解禁
> ・メモリ苗の “自動発芽” 設定をON
> ・サブコア “メモリガーデナー” を再配置

 足下を見ると、クッキーフロアの裂け目からカラフルな鉱石がポコポコ顔を出している。噛むとカリッと甘い “キャンディ・クラスター”──建材にもエネルギーにも使える万能スイーツ鉱。

 さらにテラス端のプランターで、白い双葉が一斉に芽吹いた。ガーデナーのジョーロ帽がピョコンと飛び出して「自動発芽、成功です!」と報告。

 ユウキさんが軽く目を見開き、「ラブナティアが“復興マニュアル”を用意してくれたわけか。思ったより、いや……想像以上に協調的だな」

 星が「きゅぴっ」と返事。怒涛のボス戦を経て、友達モードに落ち着いたらしい。

 テラスに落ちていた古いタペストリーをテーブル代わりに広げ、私はチョコペン(ちゃんとインク代わりに使える!)で円グラフを描いた。

《支点4分割プラン》

「今から、支点をめぐる役割分担を決めます!」







| 支点名(仮) | 目的 | 主担当 | サブ担当 |
|------------------------|----------------------------------------|--------|----------|
| ピクシーメインストリート | 住宅と食糧供給(畑・キッチン) | ミント | リナ |
| シュガーリング観覧車跡 | 発電・エネルギー(クラスター精製) | ユウキ | ハル |
| ラビットステージ外周 | 医療&メンタルケア(休憩所・園芸療法) | 陽菜 | ガーデナー |
| メモリーサーバータワー | 通信・マップ更新(生存者ネット) | リナ | 全員 |


 ハルさんが

「俺が医療向きじゃないのは明白だし、これで妥当」

 と頷き、ミントは

「畑……うん、私、食べ物作るの好き」

 と目を輝かせる。

 リナさんはサーバータワー担当に軽く目を丸くしたけど、

「面白いじゃん。脚本家魂が燃えるね!」

 とガッツポーズ。ユウキさんは

「発電ライン、肩治るまで俺が実作業して、ハルは監督」

 と即了承。

 打ち合わせの最中、ユウキさんの γボードがピピ、と短いビープ。

 画面に “Unknown Transceiver Signal : distance 1200 m”。

 生存者ビーコン?

 あるいは NPC 自警団? いずれにせよ、最優先で救助・合流したい。

 「一班出す?」と私。

 「行ってくるよ。肩が終わってても脚は動くって言ったろ」

 ハルさんが立ち上がり、でも私は首を振った。

 「ハルさんは療養。リナさんと私で行く。二人なら影対策もフォローもできるし、ガーデナーが“畑タスク”を台車でひっぱってくれるからミントは拠点整備に集中」

 誰も反対しなかった。むしろ納得感がスッと浸み込む。ボス戦の極限を乗り越えたあと、役割分担は不可思議なくらい滑らか。きっと「わたしたち ここにいる」の言葉で心の引っかき傷が同じ深さに揃ったからだ。

 ゲート裏手のスロープを下ると、モザイク状の街並み──廃墟にパステルパネルがまだらに刺さった風景が広がる。遠くの観覧車は骨組みに虹色クラスターが貼りつき、夜明けの光でステンドグラスみたい。

 足元にはグミの瓦礫と粉砂糖の砂浜。その向こうに、白い霧が立ちこめるグリーンベルト。ビーコンはどうやらその先。

 「怖いね。でも綺麗だね」リナさんがドリル柄を肩に乗せる。“折れドリル”はまだ曲がったままだけど、先端に花びら型のクラスターを差し込んだら、意外と見栄えが良い。

 私もロッドを回し、「可愛いと怖いは両立する──この世界がずっと教えてくれた」と笑う。

 霧の向こうで、かすかに音楽が流れた気がした。風に消える、チープキーボードみたいな音色。悲しげで、でも少しだけ弾む四拍子。

 星が私のポケットでくすぐったい程振動する。ピンポイント・ナビゲーションらしい。
 「救助に行こう。世界を再生するメロディに、きっと会える」

 私たちは霧へ踏み込んだ。粉砂糖が靴裏で弾け、朝焼けが桃から橙へ濃くなっていく。

 そして、ファンシー×ポップ×アポカリプスの再生カウントは 0.7% → 1.3% へ。ほんの数歩でも、ゲージは確かに伸びた。

 泣いて笑って、でも歩く──“リスタート”の太陽が、私たちの背に温かかった。