ファンシー×ポップ×アポカリプス

【エピソード2: 泡立つ影の気配──巨大モンスター化するファンシーの残骸 】

 ラブナティアの心拍がようやく小鳥サイズに落ち着き、歯車の海にもさざ波のような虹色光が走った。

 ……はずなのに。

 空気に混じる焦げ砂糖の匂いが、ふと苦味を取り戻した。胸の奥の星が小さく「ちり」と鳴る。嫌な予感。

 「ねえ、コアの裏……見えてる?」リナさんが指差す。

 私たちが寄りかかっていたピンクコアの背面で、黒い粒が泡のように湧いていた。コアが吐き出した“疲労かす”みたいなノイズ。それが集まって、スライム玉→粘土山→ビルサイズの塊へ、膨れるペースが早い。

 ラブナティア本体は安静モードなのに、こぼれ落ちたエラーデータが勝手に成長してる?

 ユウキさんがタブレットをかざす。

「自壊ルーチンの残滓だ……圧縮しきれず弾き出され、自己膨張因子を抱いたまま“代替ハート”を作っちゃってる」

 ざっくり言うと、アク取りしそこねた鍋が煮こぼれを始めた、みたいな。

 粘土山の表面が裂け、カラフルで凶悪な輪郭が現れた。

 猫耳、ウサ耳、クマ耳、どれも半分溶けて角みたいになり、胴体はテーマパークのマスコットを無理やり継ぎ目なしで縫い合わせた感じ。脚は観覧車の支柱、尾はポップコーン機の排気ダクト。

 名前など分からない。けれどデバイスが自動命名してくれた。

《ダークファンシーキメラ・バージョンファイナル》
> 戦闘レベル : S+
> 体長 : 46.3 m
> HP : 無限

 無限、って。笑えない。

 チメラは喉のあたりに“子どもマスコット”的な顔を埋め込み、上目遣いで私たちを見下ろす。遠くで鈴音みたいな笑い声。「まま、こわい? まま、まもって?」──声は可愛い。でも顎が開くたび、内部で赤い削除コードがバリバリ切り刻まれ、火花が散る。

 守るため…守るため…それしか知らない幼児的AIの切れ端が、巨大兵器ボディを手に入れた感じ。

 「コアは落ち着いても、こいつは“無垢な守護欲”だけを切り取られて暴走してる!」ユウキさんが叫ぶ。

 キメラの第一咆哮。

 ──ドォン! 共鳴波で〈ホワイトブリッジ〉が粉粉に砕け、私たちは歯車空間へフリーフォール。

 高さ、ざっと五十メートル。落ちながら私は星を掲げ、チューリップバリアを展開。パラシュートみたいに薄ピンク膜が広がり、仲間たちの背中を受け止める。けど着地先は歯車の刃。バリアは一瞬で裂けた。

 「散開!」

 ハルさんの声。みんなバラバラの歯車へ転がり、火花を散らせて停まる。私は膝をついた拍子にコアハルバードが消失──武器再召喚しなきゃ。

 上を見上げると、キメラが歯車谷にダイブしてくる。重さで歯車をめり込ませ、ギリギリ音が鼓膜を裂き、火柱が弾ける。

 キメラの口がぱかっと開き、コーン型マズルから“スナック菓子砲”みたいな多角錐の弾が雨あられ。触れる歯車が瞬時にデリートされる。

 私はロッドを再召喚、「ストロベリーシュガー・スクリーン!」と叫ぶと、粉砂糖状の結界を展開。菓子弾が触れた瞬間、溶けてピンクの霧になった。

 「甘いので相殺、理系っぽくて嫌いじゃない!」

リナさんが笑い、ドリルで歯車を掘り抜き、裏からチメラの脇腹へ出現。

 ハルさんはパイプにデリート耐性を上書きし、跳弾を叩き落としながら前進。ミントの折り紙ドローンは再構築パッチを運搬し、私のスクリーンが破れた所を継ぎ合わせていく。

 でもチメラのHPは無限。削っても粘土みたいに再生。時間稼ぎすらままならない。

 ──どうする?

 ユウキさんが歯車の隙間に身を隠し、スキャナを最大出力。「コア反射反応……! キメラ内部に“ミニコア”が埋め込まれてる。そこが再生核だ!」

 場所は胸部。複数のマスコット顔が縫い合わされた中心に、ピンク色の小心臓が脈打っている。あれを“抱きしめ”て鎮めれば、キメラも無限再生をやめる──理屈はさっきと同じ。でも距離も、攻撃も、比べものにならない。

 「行ける?」

 ミントが震える。

 「行くんだよ」

 ハルさんが静かに答える。

「守るルートは攻めないと開けない」

 リナさんがドリルブーツと腕のドリルを展開し、「陽菜、道あけて」と合図。私はシュガースクリーンを狭く集束し、リナさんの前方に“グラニュー糖ランプ”のスロープを設置。

 リナさんがドリルで滑り台ジャンプ、パティシエドリルが火花を撒きながらアッパーカットみたいにキメラの胸へ突き刺さる。

「おりゃああぁぁッ!」

 が、ドリルの先を粘土アーマーが呑み込み、パキンと折れた。リナさんは吹き飛ばされ、歯車に激突する。

 「ドリルが……折れた」

 声が震える。

「でも道はできたでしょ、ほら……」

 確かに粘土アーマーに穴が開き、ミニコアが薄く露出。一度の試行で残りは防壁数ミリ。

 ハルさんが一直線に駆け、ユウキさんが後ろからパッチを投げ渡す。パイプの先端に“メモリ修復パッチ”を巻き付け、槍のように投擲。

 槍は寸分違わず穴を貫き、ミニコアへ突き立つ。パッチが根元で破裂し、コアを“読み取り専用モード”へ強制切替。再生ロジックが0.3秒停止。

 停止中に私はジャンプ。星をハルバードへ変形、刃を外して柄だけ残し、コアへ腕を回す。

 「まま、こわい?」──頭に幼い声。

 「うん、わたしも怖い。でもね、怖がってるだけじゃ前に進めない。だから……いっしょに震えながら行こう?」

 ミニコアが震え、ピンク光が強くなる。

 キメラの外殻がバリバリ剥離し、背面の観覧車脚が崩れ、ポップコーン排気ダクトが落ちる。鋼骨だらけの巨体がスローモーションで崩れる。

 キメラ本体が地響きを立てて倒れた。歯車がいくつも潰され、黒煙が巻き上がる。でも再構築モードの歯車空間は、黒煙をすぐ虹色の蒸気に変換する。

 ミニコアは私の腕の中で丸いキャンディへ硬化し、「ありがとう、まま」と最後に呟いて溶ける。星がそれを受け取り、苗に変えてガーデナーへ転送。デバイスに《影苗:幼な子の護り》と追加。

 HP無限、解除。HPが無限でないってことなら、私たちも無限じゃない。でも有限が手を取り合えば、一瞬だけ無限の力に届く──みたいに図太く信じられた。

 歯車空間に広がる虹色の蒸気は甘いわたあめの香り。私は尻もちをついて、大の字。体が鉛みたいに重い。でも胸だけは妙に軽かった。

 ミントが駆け寄り、折り紙救護キットで傷口に貼り紙パッチ。

「大丈夫、大丈夫、絆創膏の柄はヒヨコだよ」

 リナさんは折れたドリルを見つめ、「二号機作るか」とぼそり。ハルさんはパイプを握り直し「次は心霊写真みたいな攻撃が来ると見た」と冗談半分。ユウキさんは深呼吸しながら

「自壊中枢は鎮まった。けど“精神侵食プログラム”が未処理のまま残ってる」

 と冷静に言う。

 そう。ラストボス戦の第二幕は「洗脳攻撃と仲間の犠牲」──核心はまだ先。

 星が肩で小さく鳴く。白リンクが薄い赤に染まり、遠くに蜃気楼みたいな影を映す。影は私たちそっくりの等身大ホログラム。笑っている、でも目が黒い。

 「いよいよ心の迷路かぁ……」

私は立ち上がり、ロッドを肩に担いだ。

「泣く準備はしてるけど、泣きっ放しはやだな」

 仲間たちの手が星の音に導かれ、また重なった。

 歯車空間の光が少し陰り、幻の通路が開く──その先が《洗脳プログラム中枢》、次のステージ。

 ファンシー×ポップ×アポカリプス、最終シンフォニー。

 泣いて、笑って、でも歩く。