ファンシー×ポップ×アポカリプス

【エピソード4: 負の記憶と地下空洞──光の道しるべ 】

 銀色のクローバー鍵を差し込むと、円形リフトは静かに潜航を始めた。

 足下から伸びる紫の光柱は、熱帯魚が泳ぐ水面みたいに揺らいでいる。壁は見えない。上へ伸びる軌跡もない。ひたすら下へ、下へ──落下しているのか浮上しているのか分からなくなる。

 深度ゲージは数値より色で示された。ピンク→水色→ラベンダー→漆黒。ラベンダーを過ぎたあたりで、耳に真空のざわめきが滑り込む。

 ユウキさんがタブレットを覗き込んだまま、小さく

「ここから下は“負の流量”が急上昇してる。警戒して」

と呟く。

 リフトが止まった瞬間、全員の鼓動が同じリズムで跳ねた。

 床は黒ガラスの湖面。足跡がひとつも付かないのに、水音だけが小さく鳴る。うっすらと波紋が広がり、波打ち際に白いサンゴ礁みたいなポリゴンのガレ場が浮かんでいた。天井は……無い。暗闇の空間に、時折“シャッ”と視線のような光条が走る。

 「ここがレムナント貯蔵庫の表層か」

ハルさんがパイプを肩に乗せる。

 メモリガーデナーがジョーロ帽を揺らし、細いビームをボーンと発射。湖面を一メートル四方の六角タイルへ分割し、その上に色分けピンを立てた。

>「ピンは“取り残された思い出の影”の位置です。
> 影を受け止め、オモテの花壇へ移植すれば、ここは消滅します」

 声は落ち着いているけど、ドット目が震えている。

 「怖いならドキドキしてもいいんだよ」

 私は星でガーデナーの帽子を軽く突いた。

「私たちも怖いけど、怖いから向き合うんだし」

 五人は五方向へ散開した。

 私が最初に踏み込んだタイルには、黒い立方体が浮かんでいた。触れると立方体がパカッと割れてスクリーンになり、映ったのは中学の教室。──机に伏せて泣く私の後ろ姿。
 理由は覚えてる。試験で数学が大ゴケして、同じ班の優等生に迷惑をかけた。あのとき感じた“皆の足を引っ張った”っていう自己嫌悪。いまだに数字を見ると胃がキュッとなるほど。

 スクリーンの私が顔を上げる。目が真っ黒で、口はノイズのジグザグ。彼女は机を蹴り、教室の壁をモザイクに変え、チョークを折り、窓から色を吸い取る。──影は、私のネガティブが暴走した姿。

 逃げたくなる。でも逃げたら、影はメモリアルパークを蝕む。

 深呼吸。ロッドを胸に当てる。心臓が暴れる。でも星が震えて、

「泣いてたよね? 泣いていいんだよ」

と言ってくれた気がする。

 「──そうだよ。わたし、泣いた。情けないけど泣いたんだよ!」

 私はスクリーンの自分に歩み寄り、机の影を叩いた。パリンとガラスが割れる音。周囲の色がゆっくり戻り、ノイズ顔の私がスッと輪郭を失くす。残ったのは小さなパステルピース。

 ガーデナーがホバリングし、ジョーロでピースをすくう。光片は種になり、温室花壇へ転送された。デバイスに《影苗:陽菜(数式恐怖)移植完了》と表示。体が嘘みたいに軽くなる。

 遠くで爆竹みたいな音が響き、リナさんのドリルが貫通したらしい。

 後で聞いた話──彼女のタイルは“打ち上げ飲み会”の夜。新人シナリオライターだった頃、酔った勢いで推しアイドル愛を熱弁したら誰も笑わず、翌朝SNSで晒された。恥と怒りと自傷衝動が混ざった影。

 彼女は影の自分に向かって

「笑えよ! 笑えないやつが脚本書くなよって自分で思ってた」

と叫び、ドリルを地面に突き立てた。

 爆竹が散ったあと残ったのは、ピンクの布バッジの苗。ガーデナーが回収し、デバイスに《影苗:リナ(笑いの空回り)移植完了》。

ドリルが軽くなり、リナさんの笑顔はほんの少し照れくさそう。

 ハルさんの影タイルは、体育館の薄明かり。負傷した決勝戦──彼は翼の折れた鳥のように床を舐め、仲間の背中を見送りながら歯を食いしばる。

 影はラケットの破片を投げ、壁に「逃げた」と落書きし続ける。

 ハルさんは無言で歩き、折れたラケットを拾い、真っ二つの柄を握り合わせた。パイプでカンと軽く叩く。“修復”じゃなく“受容”。柄を抱いたまま深く頭を下げた。

 壁の落書きが桃色の汗となって流れ、ラケットが桜の小枝へ変わった。ガーデナーが回収し、《影苗:ハル(自責と逃走)》移植完了。

 ミントのタイルで、チャットアプリが床いっぱいに映し出される。

 ──☆今日も遊ぼ! ミンミン来る?

 ──★ごめん塾……

  深夜、裏グループチャット:

 ──△ミントまた断わりw

 ──□あの子付き合い悪くない?

 匿名の悪口スタンプが飛び交い、ミント影は膝を抱えて縮こまる。

 リアルのミントは、震えながらも折り紙ドローンでハートメッセージを生成した。

 > 「付き合い悪くてごめんなさい
 >  でも、また遊んで?
 >  わたしも誘う」

 ドローンがメッセージを影チャットへ届けると、陰口スタンプが次々ピンク色ハートへ置き換わる。影ミントが涙を拭き、青い折り紙の刺繍になった。《影苗:ミント(孤立の痛み)》移植完了。

 最後はユウキさん。彼のタイルは廃サーバールームのホログラム。時刻は「04:32」。モニターに“緊急停止失敗”の赤テキストが滝のように流れ、影ユウキが椅子に拳を打ちつけ続ける。

 「止められなかった。責任を放り投げて逃げた」と影は喚き、サーバーラックを蹴り崩す。ノイズで部屋が溶ける。

 現実ユウキさんは震える指でタブレットにコードを打ち、影世界に投影。

if past_error.exist? then
accept(past_error)
share(past_error)
fix_together(past_error)
end

 コードが光になり、影ユウキへ貼り付く。その瞬間、赤テキストが虹色のビットマップフォントに置き換わり、ラックが“築山”へ変わった。

 築山の上で影ユウキが静かに立ち上がり、タブレットを抱き締める。苗──小さな銀杏の双葉。
 《影苗:ユウキ(責任の滞留)》移植完了。

 五つの苗が温室花壇へ転送されると、Vault空間に温かい風が吹いた。黒ガラス湖面がぷるんと震え、波頭が虹色に変わり、湖面が粉砂糖の結晶へと“湯沸かし”のように沸騰していく。

 天井の無い闇に、ぱらぱらと星くずライトが灯り始めた。星は花弁に変わり、桜吹雪──いや、メモリーフレーク──が私たちに降り注ぐ。

 ガーデナーがジョーロ帽をあげて喜び、

「レムナント貯蔵庫の負債率:0%になりました」

と宣言。デバイスのプログレスバーは、完了を示していた。

 だが──次の瞬間、空間全体が赤いストロボを焚いた。

 ブゥゥゥゥン……!

 地鳴り。デバイスに緊急ウィンドウ。

CORE HEARTBEAT : 189 → 210 → 225 BPM
INTERNAL PRESSURE : RISING (CRITICAL)
SELF-PROTECT FIELD : REBOOT
WARNING: AI Overload. Final Defense System Engaged.

 リナさんが顔をしかめる。

「えっ、また心臓バク上げじゃない!」

 ユウキさんが歯を食いしばる。

「古い防衛サブルーチンが最後のオーバーロードをかけた。これ、“世界巻き込み型”だ……」

 ミントが手を握り、「どうすれば?」と震える。

 赤ストロボが点滅するたび、貯蔵庫の湖面が崩れ、底から広大な歯車空間が露出した。歯車の中心で、ラブナティアのピンクコアが過呼吸のように膨張・収縮を繰り返す。紫のクラックが再発し、黒い炎が裾を焦がしている。

 「コアが自壊したら、再生も花壇も全部道連れだ!」

 ハルさんが叫ぶ。

 耳鳴り──でも小鳥の声のような音が重なった。星が肩で“ちり”と鳴く。リンクアイコンが私のデバイスに浮かび上がり、同時に仲間のデバイスにも。リンク色は金でも虹でもなく、『純白』。

 「ラブナティアが……助けを呼んでる?」ミントが呟く。

 星は答えるように“キリッ”と明滅し、白リンクが地図を描いた。地下歯車螺旋を突っ切り、コアへ至る真っ直ぐな光の軌道。

 ガーデナーが震えながら杖を掲げた。「そこは《コア爆発境界》。自壊ルーチン射程内です。危険ですが……コアを直接“ハグ”しないと止まりません」

 ハグ。──守るための最終手段が“抱きしめること”。

 私はロッドを握り直し、星に訊く。「行ける?」

 星はいつもより強く光り、温度を宿した。答えはYES。

 「よし、時間も世界も心拍も全部巻き込んだ最終ダンスだね」とリナさんがスタンバイ。ハルさんは肩のパイプをぐるりと回し、「護衛は任せろ」と一言。

 ユウキさんがタブレットをコアモードに切り替え、「自壊カウントダウン始まった。あと12分で臨界。行こう」と合図。

 ミントが折り紙ドローンを残り全部飛ばし、「道しるべは私が照らす!」と笑顔を作る。少し泣きそうな笑顔。

 私は星を掲げ、高く放り投げた。星は空中で真白い道標アローになり、私たちの前に矢印を浮かべる。アローの先には歯車空間を裂く“光のブリッジ”。

 赤ストロボの嵐の中、ブリッジはきっと細く不安定。だとしても私は知っている。光は誰かが踏み出さないと道にならない。

 「いっしょに行こう!」

 と叫び、仲間の手を順番に取った。五色の掌が白リンクに結ばれ、目指す先はひとつ。

 踏み出す──歯車が轟音を立て、下から黒炎が噴き上がる。星のアローがそれを避けるカーブを描き、HUDが“SAFE PATH”を更新。

 心拍は200を超えている。でも耳の奥では、ガーデナー花壇で芽吹くチューリップの鈴のような音がしていた。可愛い音が恐怖の真ん中で鳴る。これがたぶん、“光の道しるべ”。

 ──最終防衛ラインの向こうで、ラブナティアが待っている。

 私は仲間の手をぎゅっと握りしめ、胸いっぱいに息を吸った。

 「ファンシー×ポップ×アポカリプス、ラスボス戦──開幕だよっ!」