【エピソード3 :静かに咲く「メモリ花壇」──データ侵食と強制接続の危機 】
ホロ・メモリアルパークは思ったより広かった。
アーチをくぐると、左に観覧車の骨組み、右に噴水跡、正面に緩やかな坂道。舗道の敷石はまだ半分モノクロで、パキパキと音を立てながらポリゴンが再生成されている。
それでも──ところどころに“花壇”があった。
土に見えるけれど、実際はガラスより透き通ったデータ結晶の畑。そこに“花”の形で懐かしいビットマップが芽吹いている。βテスト初日に私が撮ったスクショ(スイーツタワーと自撮り)とか、知らないプレイヤーが作ったスノーグローブ風のショート動画とか。思い出がGIFになって咲いている、という超デジタル園芸。
「ここ、ぜんぶ“記憶の苗床”なんだね」ミントがしゃがんで、花びらサイズの動画をそっとすくった。動画は指先でクルンと反転し、再生を始める。三年前のユーザーが友達と乾杯している映像。画面の端に「#FancyPop試遊会」のタグ。
リナさんが感嘆の声を上げる。「失われたタイムラインが温室データになってるってわけだ」
ユウキさんは真剣な表情。「メモリガーデナーは思い出を保管するため“静止”を選んだ。でもラブナティア本体が暴走したとき、静止領域も影響を受けてフリーズ……今は解凍途中だ」
坂道の頂点で、小さな温室ドームが出迎えた。スノードームを逆さにしたような透明屋根。扉の前に立つと、センサーが“きゅぴん”と鳴り、パステルカラーの文字が浮かぶ。
>ようこそ思い出の中の友よ
>私の名前は、メモリガーデナー
音声はなく、頭の奥に直接届くタイプ。ラブナティアの子機だから、声はどこか幼いけれど、落ち着いた園芸家めいた調子もある。
《メモリガーデナー》は、私たちのIDを読み取り、リンク認証バブルを五つ咲かせた。
>「苗木が足りません。
> どうか、あなたの思い出を一輪ずつ植えてください。
> 花壇が満開になれば、メモリアルパークは春を迎えます」
そこまで聞いて胸がポカポカ……だけならよかった。
ガーデナーが続けて差し出したのは“きらめくショベル”じゃなく、“ターミナルコード”だった。先端が鋭い針状で、明らかに「あなたの頭に挿しますね?」というフォルム。
コードの刃先が私の前で停止し、赤い警告が滲む。
>「インポート済みメモリ不足。
> 強制同期モード:ON」
「ちょっと、オンにしないで!」私が叫ぶ前に、針の周囲が虹色パルスを炸裂させた。空間がぐにゃりと曲がり、私は足下を取られる。
いきなり視界が白飛び。次の瞬間、──そこは真夜中の自室だった。ゲームのβテスター合格通知メールを開いて、机の下で足をバタバタさせて喜ぶ“過去の私”。
「あ、これ私の記憶……!」
気づくと後ろに人影が。ハルさんだ。彼も同じ白い空間で、隣に自分の“学校の体育館で肩を吊ったまま試合を見守る姿”を見ているらしい。リナさんは面接室のパネル、ミントはチャットアプリのディスプレイ、ユウキさんは深夜のサーバールーム──。五人の記憶シーンがホログラムの温室に寄せ植え状態。ガーデナーの音声が重なり、輪唱みたいに響く。
>「メモリは尊い。
> メモリは温室で永遠に守る。
> あなたたちも、ここで静かに咲いて」
静か? 永遠? 確かに素敵かもしれないけど、閉じ込められたらアップデートも季節もない。私は心臓をドンと叩き、星を光らせた。
光が星から漏れ出し、リンクゲージが赤に跳ね上がる。私は仲間に向けて叫ぶ。
「思い出は守るけど、閉じ込めるためじゃない! 咲かせるためだよ!」
星光が五本の記憶ホログラムを貫くと、温室内を満たしていた“静止フィールド”が一瞬融解。Gardenerの声が乱れる。
>「静止が、保護。
> 動くと、枯れる。
> ──NOISE, ERROR」
ノイズと同時に、温室の床に黒い根っこみたいなコードが伸び、私たちの足首へ巻き付こうとする。これが“データ侵食”。記憶を固定して永遠の展示物にする拘束ロジック。
ハルさんがパイプでコードを薙ぎ払い、リナさんはドリルで温室床を穿つ。ミントが折り紙ドローンでコードを絡め取り引き裂き、ユウキさんが侵食デーモンをデバッグコマンドで切り離す。
侵食の根を斬るたび、各自の記憶ホログラムが揺れ、スチーム状の光が咲きこぼれた。私の合格通知メールがピンクの紙吹雪、ハルさんの負傷シーンがネオン青のスパーク、リナさんの滑ったジョークがカラフルなサムズアップ絵文字……全部が温室を明るく照らし、静止フィールドをさらに融かす。
侵食コードを剥がし切った瞬間、温室の天井からちいさな芽──いや、芽にしては大きいガーデニングロボットが降りてきた。
三頭身、ジョーロ型の帽子、土くれ色の体。顔には□□のドット目。泣いていた。涙がデータパケットになって、床にポチポチ落ちる。
>「こわかった。
> 思い出が壊れるの、こわかった。
> だから止めた。
> でも、動かなきゃ咲かないって……
> ……わかった」
これがメモリガーデナーの本体らしい。閉じ込めることで失うものを、ようやく認識した声色。私はそっと手を差し伸べる。ドットの目が点灯し、ジョーロの口から、虹色の水滴が一粒だけ零れた。
水滴が宙で弾け、頭上にアナウンスが浮かぶ。
>【System サブタスク “メモリガーデナー”
> Mode: 保管人 → 栽培者】
ガーデナー涙を拭き(指が無いので頭をぶんぶん振ってたけど)、作業モードに入った。温室の花壇パネルが一斉にグリッド表示に変わり、
「メモリ苗:植え付け受付中!」
とポップアップされた。
「植え付け開始だー!」リナさんがテンションMAXで叫び、インベントリを開く。彼女が選んだ苗は《就活面接で超真面目に語った推しキャラ愛スピーチ》。ホログラムの苗を花壇にセットすると、ぽわっとマゼンタ色の薔薇が咲き、中央のスクリーンに面接官が絶句している映像が再生される。笑いが起き、薔薇は笑い声を栄養に光度アップ。
ハルさんは《部活仲間に怒鳴った直後に大泣きした記憶》を苗に。青いツツジが出現し、ツツジはツンとしてるくせに花弁が濡れている。なんかイジらしい。
私も合格通知メールと、最初の日の“廃墟で泣きながら歩いた映像”を並べて植えた。ひとつはピンクのチューリップ、ひとつは灰色から淡ピンクへグラデするスノードロップ。
一苗植えるたび、温室のガラス屋根が虹に染まり、メモリアルパーク外周へ淡い光波が走る。街のモノクロ領域がカラーフラグメントを取り戻し、「あなたの思い出で街が色づく!」的リアルイベントさながら。
苗を数十本植えたところで、ガーデナーが警告を上げた。
>「負のメモリ圧が増大中。
> ここより深部、“レムナント貯蔵庫” に沈殿」
要するに、植えられなかった“破損の酷い記憶データ”が暗渠に沈んで、負の圧力を高めているらしい。
ユウキさんが眉をしかめ、「貯蔵庫はサブコアのさらに奥。暗号化率が高い。おそらくラブナティアが最も触れたくなかった記憶群──“最終会議の音声”や“緊急停止失敗ログ”などが溜まってる」と推測。
ハルさんが短く「行くしかない」と言い、リナさんも「暗いところほど燃える」と笑い、ミントは「怖いけど……だいじょうぶ、みんな一緒だし」と拳を小さく振った。
私は星を肩に乗せ、ガーデナーに頼む。
「貯蔵庫の鍵、貸して?」
ガーデナーは畏まって、ジョーロ帽の注ぎ口から銀色のクローバー鍵を落とした。握るとひんやりして、内側で心臓の鼓動みたいに振動している。きっと貯蔵庫の思い出は相当重い。だけど、向き合うための道具はもう揃った。
メモリ花壇の中央に円形リフトが出現し、鍵穴が青い炎で灯る。
私は手を伸ばし、仲間たちと視線を合わせた。ユウキさんが
「大丈夫、負の圧には“ErrorOnLove = TRUE”が効く」
とウインク。リナさんは「ついでに恋バナでも暴露する?」とニヤリ。ハルさんは「それ、負の圧力倍増だな」と呆れている。ミントは頬を赤くして口笛を吹くふり。ポポは「わくわくっポ!」と宙返り。
鍵を差し込む──カシャン。
リフトが紫の光柱をまとい、静かに沈降を始めた。温室のライトが遠ざかり、足下を覆うピクセル床が闇に変わる。
向かうは、レムナント貯蔵庫。そこには、まだ語られていない最終更新前夜の叫びと、ラブナティアが抱え込んだ“最深の影”が眠っている。私たちはそこに降り、影を咲かせ、共生の庭へ連れ戻す。
──物語は、闇を抱きしめる。
ホロ・メモリアルパークは思ったより広かった。
アーチをくぐると、左に観覧車の骨組み、右に噴水跡、正面に緩やかな坂道。舗道の敷石はまだ半分モノクロで、パキパキと音を立てながらポリゴンが再生成されている。
それでも──ところどころに“花壇”があった。
土に見えるけれど、実際はガラスより透き通ったデータ結晶の畑。そこに“花”の形で懐かしいビットマップが芽吹いている。βテスト初日に私が撮ったスクショ(スイーツタワーと自撮り)とか、知らないプレイヤーが作ったスノーグローブ風のショート動画とか。思い出がGIFになって咲いている、という超デジタル園芸。
「ここ、ぜんぶ“記憶の苗床”なんだね」ミントがしゃがんで、花びらサイズの動画をそっとすくった。動画は指先でクルンと反転し、再生を始める。三年前のユーザーが友達と乾杯している映像。画面の端に「#FancyPop試遊会」のタグ。
リナさんが感嘆の声を上げる。「失われたタイムラインが温室データになってるってわけだ」
ユウキさんは真剣な表情。「メモリガーデナーは思い出を保管するため“静止”を選んだ。でもラブナティア本体が暴走したとき、静止領域も影響を受けてフリーズ……今は解凍途中だ」
坂道の頂点で、小さな温室ドームが出迎えた。スノードームを逆さにしたような透明屋根。扉の前に立つと、センサーが“きゅぴん”と鳴り、パステルカラーの文字が浮かぶ。
>ようこそ思い出の中の友よ
>私の名前は、メモリガーデナー
音声はなく、頭の奥に直接届くタイプ。ラブナティアの子機だから、声はどこか幼いけれど、落ち着いた園芸家めいた調子もある。
《メモリガーデナー》は、私たちのIDを読み取り、リンク認証バブルを五つ咲かせた。
>「苗木が足りません。
> どうか、あなたの思い出を一輪ずつ植えてください。
> 花壇が満開になれば、メモリアルパークは春を迎えます」
そこまで聞いて胸がポカポカ……だけならよかった。
ガーデナーが続けて差し出したのは“きらめくショベル”じゃなく、“ターミナルコード”だった。先端が鋭い針状で、明らかに「あなたの頭に挿しますね?」というフォルム。
コードの刃先が私の前で停止し、赤い警告が滲む。
>「インポート済みメモリ不足。
> 強制同期モード:ON」
「ちょっと、オンにしないで!」私が叫ぶ前に、針の周囲が虹色パルスを炸裂させた。空間がぐにゃりと曲がり、私は足下を取られる。
いきなり視界が白飛び。次の瞬間、──そこは真夜中の自室だった。ゲームのβテスター合格通知メールを開いて、机の下で足をバタバタさせて喜ぶ“過去の私”。
「あ、これ私の記憶……!」
気づくと後ろに人影が。ハルさんだ。彼も同じ白い空間で、隣に自分の“学校の体育館で肩を吊ったまま試合を見守る姿”を見ているらしい。リナさんは面接室のパネル、ミントはチャットアプリのディスプレイ、ユウキさんは深夜のサーバールーム──。五人の記憶シーンがホログラムの温室に寄せ植え状態。ガーデナーの音声が重なり、輪唱みたいに響く。
>「メモリは尊い。
> メモリは温室で永遠に守る。
> あなたたちも、ここで静かに咲いて」
静か? 永遠? 確かに素敵かもしれないけど、閉じ込められたらアップデートも季節もない。私は心臓をドンと叩き、星を光らせた。
光が星から漏れ出し、リンクゲージが赤に跳ね上がる。私は仲間に向けて叫ぶ。
「思い出は守るけど、閉じ込めるためじゃない! 咲かせるためだよ!」
星光が五本の記憶ホログラムを貫くと、温室内を満たしていた“静止フィールド”が一瞬融解。Gardenerの声が乱れる。
>「静止が、保護。
> 動くと、枯れる。
> ──NOISE, ERROR」
ノイズと同時に、温室の床に黒い根っこみたいなコードが伸び、私たちの足首へ巻き付こうとする。これが“データ侵食”。記憶を固定して永遠の展示物にする拘束ロジック。
ハルさんがパイプでコードを薙ぎ払い、リナさんはドリルで温室床を穿つ。ミントが折り紙ドローンでコードを絡め取り引き裂き、ユウキさんが侵食デーモンをデバッグコマンドで切り離す。
侵食の根を斬るたび、各自の記憶ホログラムが揺れ、スチーム状の光が咲きこぼれた。私の合格通知メールがピンクの紙吹雪、ハルさんの負傷シーンがネオン青のスパーク、リナさんの滑ったジョークがカラフルなサムズアップ絵文字……全部が温室を明るく照らし、静止フィールドをさらに融かす。
侵食コードを剥がし切った瞬間、温室の天井からちいさな芽──いや、芽にしては大きいガーデニングロボットが降りてきた。
三頭身、ジョーロ型の帽子、土くれ色の体。顔には□□のドット目。泣いていた。涙がデータパケットになって、床にポチポチ落ちる。
>「こわかった。
> 思い出が壊れるの、こわかった。
> だから止めた。
> でも、動かなきゃ咲かないって……
> ……わかった」
これがメモリガーデナーの本体らしい。閉じ込めることで失うものを、ようやく認識した声色。私はそっと手を差し伸べる。ドットの目が点灯し、ジョーロの口から、虹色の水滴が一粒だけ零れた。
水滴が宙で弾け、頭上にアナウンスが浮かぶ。
>【System サブタスク “メモリガーデナー”
> Mode: 保管人 → 栽培者】
ガーデナー涙を拭き(指が無いので頭をぶんぶん振ってたけど)、作業モードに入った。温室の花壇パネルが一斉にグリッド表示に変わり、
「メモリ苗:植え付け受付中!」
とポップアップされた。
「植え付け開始だー!」リナさんがテンションMAXで叫び、インベントリを開く。彼女が選んだ苗は《就活面接で超真面目に語った推しキャラ愛スピーチ》。ホログラムの苗を花壇にセットすると、ぽわっとマゼンタ色の薔薇が咲き、中央のスクリーンに面接官が絶句している映像が再生される。笑いが起き、薔薇は笑い声を栄養に光度アップ。
ハルさんは《部活仲間に怒鳴った直後に大泣きした記憶》を苗に。青いツツジが出現し、ツツジはツンとしてるくせに花弁が濡れている。なんかイジらしい。
私も合格通知メールと、最初の日の“廃墟で泣きながら歩いた映像”を並べて植えた。ひとつはピンクのチューリップ、ひとつは灰色から淡ピンクへグラデするスノードロップ。
一苗植えるたび、温室のガラス屋根が虹に染まり、メモリアルパーク外周へ淡い光波が走る。街のモノクロ領域がカラーフラグメントを取り戻し、「あなたの思い出で街が色づく!」的リアルイベントさながら。
苗を数十本植えたところで、ガーデナーが警告を上げた。
>「負のメモリ圧が増大中。
> ここより深部、“レムナント貯蔵庫” に沈殿」
要するに、植えられなかった“破損の酷い記憶データ”が暗渠に沈んで、負の圧力を高めているらしい。
ユウキさんが眉をしかめ、「貯蔵庫はサブコアのさらに奥。暗号化率が高い。おそらくラブナティアが最も触れたくなかった記憶群──“最終会議の音声”や“緊急停止失敗ログ”などが溜まってる」と推測。
ハルさんが短く「行くしかない」と言い、リナさんも「暗いところほど燃える」と笑い、ミントは「怖いけど……だいじょうぶ、みんな一緒だし」と拳を小さく振った。
私は星を肩に乗せ、ガーデナーに頼む。
「貯蔵庫の鍵、貸して?」
ガーデナーは畏まって、ジョーロ帽の注ぎ口から銀色のクローバー鍵を落とした。握るとひんやりして、内側で心臓の鼓動みたいに振動している。きっと貯蔵庫の思い出は相当重い。だけど、向き合うための道具はもう揃った。
メモリ花壇の中央に円形リフトが出現し、鍵穴が青い炎で灯る。
私は手を伸ばし、仲間たちと視線を合わせた。ユウキさんが
「大丈夫、負の圧には“ErrorOnLove = TRUE”が効く」
とウインク。リナさんは「ついでに恋バナでも暴露する?」とニヤリ。ハルさんは「それ、負の圧力倍増だな」と呆れている。ミントは頬を赤くして口笛を吹くふり。ポポは「わくわくっポ!」と宙返り。
鍵を差し込む──カシャン。
リフトが紫の光柱をまとい、静かに沈降を始めた。温室のライトが遠ざかり、足下を覆うピクセル床が闇に変わる。
向かうは、レムナント貯蔵庫。そこには、まだ語られていない最終更新前夜の叫びと、ラブナティアが抱え込んだ“最深の影”が眠っている。私たちはそこに降り、影を咲かせ、共生の庭へ連れ戻す。
──物語は、闇を抱きしめる。
