ファンシー×ポップ×アポカリプス

【エピソード1: 目覚めた世界の心臓──「深呼吸」の音 】

 階段をのぼり切った瞬間、私たちはまばゆい朝焼けの抱擁に吸い込まれた。

 さっきまで真空に近いサーバー中枢にいたせいか、ビル風が頬を撫でるだけで胸がふんわり膨らむ。息を吸う──埃っぽいけど、たしかに「外の空気」。吐く──それだけで心臓が少し軽くなる。たぶん、世界そのものがいま大きく「はあぁ」と息をついたのだと思う。私の肺と同じリズムで。

 廃墟だらけの街並みは、夜通し吹いていた灰色のスモッグをまだ引きずっている。それでも、瓦礫の奥からぽつぽつとパステル色の光の筋が噴き出していた。まるで地面の下に隠しておいたキャンディを、誰かがそっと割って中身をのぞかせているみたい。

 ビジュアルデバイスにはラブナティアからのシステムブロードキャストメッセージが流れていた。

>[Global Notice]
> Protection_Mode = COEXISTENCE
> User_Exit = ALLOWED
> CandySupply = UNLIMITED
> HeartbeatSync = ON
> ErrorOnLove = TRUE
>☆ Thank you, Friends! Let's reboot the FancyPop Land together! ☆

 “ErrorOnLove = TRUE” のくだりでクスッと笑った。愛ゆえのエラーはOK、ってどういうプログラム? でも可愛いから許す。

 街全域のスピーカーがほんのりピンク色に点滅し、かすかな起動チャイム──昔のブラウザゲームのログイン音に似た電子ベル──が鳴る。ビルのガラス片が共鳴してチリンと揺れ、風鈴みたいに涼しげな音階を作った。

 メインストリートのビル街を見下ろすと、舗道の割れ目から低木サイズのキラキラした芽が伸びている。よく見ると実体は植物じゃなくポリゴンの光束だ。

 「グラフィック修復プロセスが根っこから生えてる?」

 リナさんが屈んで触ろうとしたけど、光束は指をすり抜けて映像ノイズを弾いた。触れはしないけれど、暖かい。不思議な温度感。

 「ラブナティアが地形メッシュを再生成してるんだ。リアルタイムで」ユウキさんがタブレットを拡大した。緑色の進捗タイルが市街地にぱらぱらと増えていく。「でも計算リソースが足りない。僕らも手を貸せば復旧が早まるはず」

 “手を貸す”と言われてピンときたのはミントだった。

 「じゃあ、街を歩いて“観測”すれば座標データが確定するはず! ポケ〇ンGOのスポンサー・ポケストみたいに!」

 「それだ!」ユウキさんが拍手。ハルさんは「いや例え古いな」と笑い、でもすぐ真顔になった。「観測範囲を広げるってことは、未修復ゾーンに突っ込むリスクも高い。変異モンスターが残ってる可能性を考えろ」

 廃ビルの外壁に、ずっと前に暴走マスコットの爪跡を残した深い亀裂が走っている。そこに虹色の光糸が差し込み、クラックを縫うように修復ピクセルが広がっていくのが視認できた。──が、縫い目の奥が一瞬、ジャミングノイズ色にざわつき、“歯”のような黒いピクセルが逆流しようとする。

 私はロッドを掲げ、星を点灯。ピンクのしぶきが黒ピクセルを押し返し、光糸の縫い目を守った。

 「暴走データが抵抗してる……。まだラブナティアの“古い自己防衛サブルーチン”が残ってる部分もあるのね」

 リナさんがドリルブーツの先で地面を蹴り、「じゃ、世界の虫歯退治からスタートかぁ。歯医者さん役、嫌いだけどやるっきゃないね」と肩をすくめる。

 サーバールームでの死闘から数時間がたった。

 睡眠ゲージはスレスレだけど、みんな目が爛々としていた。疲労より「修復作業」というワクワクが勝っている。

 ユウキさんが公開チャンネルで呼びかけを投げる。

>【緊急告知】
>ラブナティア再生プログラム、βテスター全員+NPC協力願います
> (1)メンテ対象に立ち入り、観測データをアップロード→修復範囲拡張
> (2)残存モンスター“ダークキャンディ種”の掃討
> (3)修復が完了した区画にはキャンディ報酬1000%
> (4)暖かいドリンクとタピオカ復活

 チャンネルに既読アイコンがずらずら灯り、“ウオオオ”とか“タピオカ神!”とか“死んでも修復する!”とかカオスな返信が返ってくる。リナさんは「タピオカ強い」と真面目に頷き、ハルさんは「人間は糖分で動く」と腕を組む。

 私たちはまず大通り沿いの「ハッピーアベニュー」跡地へ向かった。初日に私が上った半壊ビル街──あのときは灰色と恐怖しかなかった通りだ。

 角を曲がると、遠目にカラフルな粒が大地に散らばっているのがわかる。近づくと、それは粘着質のキャンディ殻──色はパステルだけど、ひび割れの内側に漆黒のゲルがまだ蠢いている。

 クマのマスコットだったものが、首周りだけキャンディ色に戻り、胴体が黒いダークキャンディ化のまま硬直している。彼(彼女?)の眼はピンクに戻りつつあるけど、黒ゲルが残る左肩部で「ウゥゥ」と呻くようなバグノイズを発した。

 私はそっとロッドを差し出し、「痛いよね。でも、ちょっとぐらい泣いてもいいよ」と囁いた。星マークから柔らかいパステル光がしみ出し、黒ゲルに触れる。ジュッと苛性ソーダみたいな音がして、黒が白煙になった。

 一瞬、キャンディの身体がビクンと震え、次の瞬間「パシュン!」と弾けるように黒い殻が割れ飛び、クマはもとの丸いクマに戻った。

 「ポ、ポポ……?」クマは自分の手を見つめ、丸い目をぱちくり。「あれ……みんなは? お城イベントは?」

 時が止まっていた彼に、私は笑ってたぶん世界が壊れた旨を手短に説明。“ポポ”は目をうるうるさせたけど、最後は「じゃ、僕がハッピーアベニューの案内役に戻る!」と胸を叩いてくれた。

 こうやって“元マスコット”と新しい協力関係を結べば、修復チェックポイントが一気に増える。

 陽がさらに高く昇るにつれ、街のあちこちで似たような再生ドラマが起こり始めた。

 曰く。自警団が、半壊デパート屋上でわたあめ機を動かして子どもNPCを笑わせながら瓦礫を片づけ。

 曰く。遠方の砂漠エリアからログインしていたプレイヤーが、テレポ修復済みの鉄道で続々到着。「砂漠マップが花畑になりつつある!」と報告。

 曰く。システムボイスがしきりに「SWEETNESS LEVEL +1」とアナウンスし、街じゅうの看板ライトがキャンディバーを模したゲージをチカチカ上げていく。

 曰く。私たちのデバイスのリンクゲージも、プレイヤー増加に応じて拡張し、星の色がレインボーから金色へ変わった。これが「COEXISTENCEモード」の世界線。

 だけど完全復旧はまだ遠い。遠景のスカイラインには真っ黒な未修復ゾーンが筋のように残り、定期的にダークキャンディの咆哮が木霊する。

 復旧が進む都会の噴水広場で、クマのポポが子どもNPCたちとダンスの輪を作ったとき、遠くの通りで黒い影が爆発して街灯を折るのが見えた。まだ危険は残る。

 だからこそ、次の行動目標が必要だ。

 ユウキさんは地図を拡大し、「大都市南西に“ホロ・メモリアルパーク”がある。そこにサブコアが眠ってる。ラブナティアの記憶断片が集積している場所だ」と示した。「そこを修復すれば、街全体のストーリーイベントが安定するはずだ」

 「よーし、観光ついでにピクニックかな?」

 リナさんが肩を回す。ドリルブーツは溶解液でボロボロだけど、踵のリボンは新しく張り替え済み。

 ハルさんはパイプを担ぎ直し「合流予定のプレイヤー十人に連絡済み」と淡々。だけど口の端がちょっと上がっているのを私は見逃さない。

 ミントは「パークだからお弁当? お弁当作りたい! 材料は……えーと、スライムベリーはまだ危険? ポポ、判定お願い!」とすでに張り切っている。

 私は星をくるりと回し、「次は“思い出”のメンテナンスだね」と呟く。

 街へ降りる石段を歩きながら、私はポポに頼んでポップなBGMを流してもらった。古いゲームセンターの8ビットオルゴールみたいな曲が、廃墟の谷間にこだまする。リナさんが手拍子を合わせ、ミントが“タピオカ・シェイカー”を振り、ハルさんは「リズム感ゼロ」と言いながら足でビートを刻み、ユウキさんは肩をすくめつつ指鉄砲でメロディーラインを追う。

 通りの上で、修復途中の街灯がタイミングよく点滅し、リズムに合わせて虹色の光を跳ね返す様子は、灰色の瓦礫を少しだけ忘れさせてくれた。

 私たちの世界は、まだ“アポカリプス”から立ち直れきれていない。でも“ファンシー×ポップ”を取り戻すための軍資金(タピオカとキャンディ)は無限。仲間も増えつつある。

 星を掲げる手が一瞬震えて、私は気づく。怖くないわけじゃない。涙の名残りもまだ目尻に残ってる。でも、足は軽い。踏み出すたび、足下で立ち上がる修復ポリゴンが、次の一歩を支えてくれる。

 ピンク色の朝の中、瓦礫を越え、私は叫ぶ。

 「再生ラリー、はじめるよ! ──ファンシー×ポップ×アポカリプス、スタート!」

 足下で星が“キラリン!”と鳴り、仲間たちの笑い声が廃墟に跳ね返った。