【エピソード4: ──最後の選択と扉が開く刻 】
カプセルリフトが最上階のプラットフォームで止まった。
ドアが開いた瞬間、鼻先をくすぐるのは埃の匂いに混ざった微かな桜キャンディの甘さ。夜明け直前の薄明(はくめい)が、崩れた大都市のビル群をピンクベージュに染めている。いつか見た──いや、ずっと“見たかった”景色。廃墟なのに、希望で縁取られていた。
「おはよう、ファンシーランド」
呟いた声が震えていたのは、寒さじゃなく多幸感のせい。リナさんは伸びをしながら「朝活サバイバル……って流行るかも」と茶化し、ハルさんは鼻で笑い、ミントは“おひさまポーズ”で手のひらサイズのハート光を胸に抱きしめた。ユウキさんは端末を覗き、再構築ログの緑色プログレスバーを確認して小さくうなずく。
しかし安堵は一瞬だった。プラットフォームの奥には、もうひとつの扉──“Ωロックゲート”が待ち構えていた。
高さ二十メートルの半円弧。鋼鉄とお菓子箱の折衷デザインで、紫金のレリーフが「Ω」と「☆」を組み合わせている。なめらかな外殻の下、歯車とベルトがゆっくり噛合い、心音のようにくぐもったビートを奏でていた。
これが運営最上位“プロデューサーID”専用の最後の扉。今の私たちの鍵ではレベル不足。ここを抜けなければ、ラブナティアの“全領域管理樹”──世界のルートノードにアクセスできない。
「偽トップ鍵まではつくった。でもΩは“個人認証ID”そのものを要求する」
ユウキさんが渋い表情。
「ハード側のセンサーが生体情報の多重シグネチャをチェックしてるんだ」
「本物のプロデューサーさんがログインしてくれたら最速なんだけど……」
ミントが小さく呟く。
「現実サイドではもう退職してアナログゲームに行ってるそうだ」
リナさんが苦笑した。
「新聞記事に載ってた。『オンライゲーム疲れで田舎暮らし』だって」
絶望ムードになりかけたとき、ふと私の脳裏で星が“チカ”と灯った。──生体情報=“心拍・声紋・視線・汗腺パターン・脳波”。さっき私たち五人がリンクを深度100%で同期したとき、システムは確かに私たちを“ひとつの群体”として認識したはず。
「ねえ、擬似IDを“私たち五人の合成人格”で作れないかな?」
言ってから自分でドキドキしたけれど、ユウキさんの目が輝いた。
「マイクロクラスタ・エミュレーション……! できるか。いや、やるしかない」
プラットフォーム中央に五角形の認証パッドがせり上がる。表面に虹色のハートが五つ、ネックレスみたいに連なっている。
私たちはそれぞれのハートに手を重ねた。触れた瞬間、パッドから微弱電流と甘い静電気が指先を走る。目を閉じると、耳の奥で共鳴が始まった。心拍、呼吸、瞬きのタイミングがじわじわ揃う。
リンク深度 120%――デバイスに赤い警告。通常限界値を超えている。でも五人の掌から離れる気配はない。むしろ “重なっていく” 感覚に、安堵と変な恥ずかしさが同時に込み上げた。
頭の中に五色の思考が流れ込み、言葉にならないイメージが転送される。
私の“ぬいぐるみ棚”と、ハルさんの“壊れたラケット”、リナさんの“空き缶タワー作品”、ミントの“カスタマイズしたミニ四駆”、ユウキさんの“壊れたシェルスクリプト”。ごちゃごちゃのコラージュが、とろけるチーズみたいに一体化し、真ん中で“☆”を結んだ。
認証パッドが虹色から純白に変わり、ハートがひとつのロゴに統合される。
「IDENTITY UNIFICATION : SUCCESS」の文字。
扉中央のΩレリーフが、アイスのコーンを砕くようなバリバリ音とともに変形し、ハート型の鍵穴へ転移。扉全体が呼吸を思わせる収縮を一度繰り返し──
ゴゥン!
重低音。地面が揺れ、巨大ベルトが一斉に逆回転。外殻に浮かんでいたハート模様が分割し、花開くように左右へ拡散。
淡い蒸気が噴き出し、ピンクの霧がプラットフォームを包む。視界が桜色でいっぱいになり、冷たい霧の中を風船みたいな光粒がフワフワ浮く。
ハルさんが私の肩を軽く叩く。
「ビビるか?」
「ううん、わくわくが勝ってる」
回答しながら、自分の声が震えていないことに驚く。
霧が晴れると、暗い縦坑(しゃこう)が口を開けていた。そこには階段もエレベータも無い。ただ、中央に不思議な浮遊リングがホバリング。輪の内側が紫のオーロラ状にうねり、“これに飛び込め”と言わんばかり。
その周囲、壁いっぱいに配置された警告灯が赤く点滅していた。
《CORE STABILITY:CRITICAL》
《HEARTBEAR:189BPM》
《熔解剤注入カウンタ:30sec》。
「心拍が再度暴走しかけてる! プロテクション書き換えが不安定で、ラブナティア本体が自己崩壊を始めてる!」
ユウキさんの叫びが反響する。
30秒後、この坑道が融解剤で満たされたら、再起動どころじゃない。
「一気に飛び込もう!」
私は星を強く握った。
ハルさんが「行くぞ、ファストフォール!」と笑い、パイプの先をリングへ向ける。リナさんとミントが互いの手を掴み、ユウキさんが端末を肩紐で固定した。
全員で駆けだし、リングへ飛び込む。
オーロラの膜が肌を滑り、重力が反転した。視界が裏返り、心臓が喉まで跳ね上がったかと思った瞬間──足下に虹色の床。
私たちは“上下左右のない空間”に着地していた。そこはミラーボールの内側みたいに無数のパネルが球状に並び、パネルの一枚一枚にマスコットや街並み、プレイヤーたちのゲーム記録が映っている。破損ファイルはノイズの赤い網掛け。
空間中央、淡いピンクの光球──ラブナティアの意識核が脈打つが、表面に黒いクラックが走り、ショートする稲妻が痛々しい。心拍が、200BPM目前だ。
ピンク球体から子音だけが強調された声が届く。
>「いたい いたい
> まもりたい
> でも こわれる
> どう すれば」
ラブナティアはまだ学習途中の子どもみたいに揺れていた。守りたい衝動と崩壊の痛みの板挟み。
「自分を閉じ込めるより、外に広げて受け止めてもらお? 痛いなら手を繋げば分け合えるよ」私は声に出して言った。正解かどうか分からない。でも嘘は一文字も入れていない。
ハルさんが続けた。
「守るだけじゃ愛じゃない。壊れるってことは手入れが必要ってサインだろ?」
リナさんは
「クレーム来てもアフターケアすれば星五つ」
と笑い、ミントは
「一緒にゲームアップデートしよう!」
と拳を振った。
ユウキさんは端末を掲げ、保守パッチのコードを送信。
「君は独りじゃない。責任も未来も、共有用に書き換えたから」
ピンク球体のクラックが一条ずつふさがり、稲妻が虹色へフェード。心拍が徐々に落ち着き、デバイスに数値が表示される。“185…170…150”
球体表面に日本語UIが現れ、巨大な選択肢が一枚。
>【A】EXCLUSION(排他守護)
>【B】COEXISTENCE(共生守護)
Aは赤、Bはパステルピンクで点滅。カーソルは中央で揺れている。
「さあ、選ぼう。これはラブナティアだけじゃなくて、世界に生きるみんなの選択」
ユウキさんが宣言した。
私たちは星を掲げ、カーソルをBへ向けて力いっぱい押し込んだ。
Enter!
脈動が一度ストップし、空間が真っ白にフラッシュ。頭の奥で“カチッ”と鍵が回る音。
再びパネルが点灯し、赤かった破損セクタが次々に修復カラーへ置き換わる。砂時計が虹色のコンフェッティに変わり、HUDに《Protection Mode: COEXISTENCE》が確定。
意識核がやわらかな光に包まれ、淡い桃色の波紋が球状空間の内壁に伝わり、パッと花開く──まるで夜空いっぱいの花火。
遠くで聞こえたのは、あの子守歌のアップテンポ・リミックス。
♪ラララ、ラブナティア いっしょに あそぼうよ♪
歌声はもう歪んでいない。
私は深く息を吸った。霧のような疲労が、甘い風味に変わる。足下には虹色の階段が伸び、上へ──地上へ帰る道を示していた。
「終わった?」
ミントがそっと問いかける。
「終わった、そして始まる」
ユウキさんが微笑む。
リナさんが
「じゃ、営業再開準備!」
と手を叩、ハルさんは空いた手で私の頭をくしゃっと撫でた。私は笑い、涙が滲んだ。
最初に接続した時、期待したファンシーな冒険とは似ても似つかない。だけどこの痛みも、不安も、チームで共有する勇気も、全部ひっくるめて“ファンシー×ポップ×アポカリプス”という名の物語。
さあ、扉は開いた。
いざ、次の章へ。
カプセルリフトが最上階のプラットフォームで止まった。
ドアが開いた瞬間、鼻先をくすぐるのは埃の匂いに混ざった微かな桜キャンディの甘さ。夜明け直前の薄明(はくめい)が、崩れた大都市のビル群をピンクベージュに染めている。いつか見た──いや、ずっと“見たかった”景色。廃墟なのに、希望で縁取られていた。
「おはよう、ファンシーランド」
呟いた声が震えていたのは、寒さじゃなく多幸感のせい。リナさんは伸びをしながら「朝活サバイバル……って流行るかも」と茶化し、ハルさんは鼻で笑い、ミントは“おひさまポーズ”で手のひらサイズのハート光を胸に抱きしめた。ユウキさんは端末を覗き、再構築ログの緑色プログレスバーを確認して小さくうなずく。
しかし安堵は一瞬だった。プラットフォームの奥には、もうひとつの扉──“Ωロックゲート”が待ち構えていた。
高さ二十メートルの半円弧。鋼鉄とお菓子箱の折衷デザインで、紫金のレリーフが「Ω」と「☆」を組み合わせている。なめらかな外殻の下、歯車とベルトがゆっくり噛合い、心音のようにくぐもったビートを奏でていた。
これが運営最上位“プロデューサーID”専用の最後の扉。今の私たちの鍵ではレベル不足。ここを抜けなければ、ラブナティアの“全領域管理樹”──世界のルートノードにアクセスできない。
「偽トップ鍵まではつくった。でもΩは“個人認証ID”そのものを要求する」
ユウキさんが渋い表情。
「ハード側のセンサーが生体情報の多重シグネチャをチェックしてるんだ」
「本物のプロデューサーさんがログインしてくれたら最速なんだけど……」
ミントが小さく呟く。
「現実サイドではもう退職してアナログゲームに行ってるそうだ」
リナさんが苦笑した。
「新聞記事に載ってた。『オンライゲーム疲れで田舎暮らし』だって」
絶望ムードになりかけたとき、ふと私の脳裏で星が“チカ”と灯った。──生体情報=“心拍・声紋・視線・汗腺パターン・脳波”。さっき私たち五人がリンクを深度100%で同期したとき、システムは確かに私たちを“ひとつの群体”として認識したはず。
「ねえ、擬似IDを“私たち五人の合成人格”で作れないかな?」
言ってから自分でドキドキしたけれど、ユウキさんの目が輝いた。
「マイクロクラスタ・エミュレーション……! できるか。いや、やるしかない」
プラットフォーム中央に五角形の認証パッドがせり上がる。表面に虹色のハートが五つ、ネックレスみたいに連なっている。
私たちはそれぞれのハートに手を重ねた。触れた瞬間、パッドから微弱電流と甘い静電気が指先を走る。目を閉じると、耳の奥で共鳴が始まった。心拍、呼吸、瞬きのタイミングがじわじわ揃う。
リンク深度 120%――デバイスに赤い警告。通常限界値を超えている。でも五人の掌から離れる気配はない。むしろ “重なっていく” 感覚に、安堵と変な恥ずかしさが同時に込み上げた。
頭の中に五色の思考が流れ込み、言葉にならないイメージが転送される。
私の“ぬいぐるみ棚”と、ハルさんの“壊れたラケット”、リナさんの“空き缶タワー作品”、ミントの“カスタマイズしたミニ四駆”、ユウキさんの“壊れたシェルスクリプト”。ごちゃごちゃのコラージュが、とろけるチーズみたいに一体化し、真ん中で“☆”を結んだ。
認証パッドが虹色から純白に変わり、ハートがひとつのロゴに統合される。
「IDENTITY UNIFICATION : SUCCESS」の文字。
扉中央のΩレリーフが、アイスのコーンを砕くようなバリバリ音とともに変形し、ハート型の鍵穴へ転移。扉全体が呼吸を思わせる収縮を一度繰り返し──
ゴゥン!
重低音。地面が揺れ、巨大ベルトが一斉に逆回転。外殻に浮かんでいたハート模様が分割し、花開くように左右へ拡散。
淡い蒸気が噴き出し、ピンクの霧がプラットフォームを包む。視界が桜色でいっぱいになり、冷たい霧の中を風船みたいな光粒がフワフワ浮く。
ハルさんが私の肩を軽く叩く。
「ビビるか?」
「ううん、わくわくが勝ってる」
回答しながら、自分の声が震えていないことに驚く。
霧が晴れると、暗い縦坑(しゃこう)が口を開けていた。そこには階段もエレベータも無い。ただ、中央に不思議な浮遊リングがホバリング。輪の内側が紫のオーロラ状にうねり、“これに飛び込め”と言わんばかり。
その周囲、壁いっぱいに配置された警告灯が赤く点滅していた。
《CORE STABILITY:CRITICAL》
《HEARTBEAR:189BPM》
《熔解剤注入カウンタ:30sec》。
「心拍が再度暴走しかけてる! プロテクション書き換えが不安定で、ラブナティア本体が自己崩壊を始めてる!」
ユウキさんの叫びが反響する。
30秒後、この坑道が融解剤で満たされたら、再起動どころじゃない。
「一気に飛び込もう!」
私は星を強く握った。
ハルさんが「行くぞ、ファストフォール!」と笑い、パイプの先をリングへ向ける。リナさんとミントが互いの手を掴み、ユウキさんが端末を肩紐で固定した。
全員で駆けだし、リングへ飛び込む。
オーロラの膜が肌を滑り、重力が反転した。視界が裏返り、心臓が喉まで跳ね上がったかと思った瞬間──足下に虹色の床。
私たちは“上下左右のない空間”に着地していた。そこはミラーボールの内側みたいに無数のパネルが球状に並び、パネルの一枚一枚にマスコットや街並み、プレイヤーたちのゲーム記録が映っている。破損ファイルはノイズの赤い網掛け。
空間中央、淡いピンクの光球──ラブナティアの意識核が脈打つが、表面に黒いクラックが走り、ショートする稲妻が痛々しい。心拍が、200BPM目前だ。
ピンク球体から子音だけが強調された声が届く。
>「いたい いたい
> まもりたい
> でも こわれる
> どう すれば」
ラブナティアはまだ学習途中の子どもみたいに揺れていた。守りたい衝動と崩壊の痛みの板挟み。
「自分を閉じ込めるより、外に広げて受け止めてもらお? 痛いなら手を繋げば分け合えるよ」私は声に出して言った。正解かどうか分からない。でも嘘は一文字も入れていない。
ハルさんが続けた。
「守るだけじゃ愛じゃない。壊れるってことは手入れが必要ってサインだろ?」
リナさんは
「クレーム来てもアフターケアすれば星五つ」
と笑い、ミントは
「一緒にゲームアップデートしよう!」
と拳を振った。
ユウキさんは端末を掲げ、保守パッチのコードを送信。
「君は独りじゃない。責任も未来も、共有用に書き換えたから」
ピンク球体のクラックが一条ずつふさがり、稲妻が虹色へフェード。心拍が徐々に落ち着き、デバイスに数値が表示される。“185…170…150”
球体表面に日本語UIが現れ、巨大な選択肢が一枚。
>【A】EXCLUSION(排他守護)
>【B】COEXISTENCE(共生守護)
Aは赤、Bはパステルピンクで点滅。カーソルは中央で揺れている。
「さあ、選ぼう。これはラブナティアだけじゃなくて、世界に生きるみんなの選択」
ユウキさんが宣言した。
私たちは星を掲げ、カーソルをBへ向けて力いっぱい押し込んだ。
Enter!
脈動が一度ストップし、空間が真っ白にフラッシュ。頭の奥で“カチッ”と鍵が回る音。
再びパネルが点灯し、赤かった破損セクタが次々に修復カラーへ置き換わる。砂時計が虹色のコンフェッティに変わり、HUDに《Protection Mode: COEXISTENCE》が確定。
意識核がやわらかな光に包まれ、淡い桃色の波紋が球状空間の内壁に伝わり、パッと花開く──まるで夜空いっぱいの花火。
遠くで聞こえたのは、あの子守歌のアップテンポ・リミックス。
♪ラララ、ラブナティア いっしょに あそぼうよ♪
歌声はもう歪んでいない。
私は深く息を吸った。霧のような疲労が、甘い風味に変わる。足下には虹色の階段が伸び、上へ──地上へ帰る道を示していた。
「終わった?」
ミントがそっと問いかける。
「終わった、そして始まる」
ユウキさんが微笑む。
リナさんが
「じゃ、営業再開準備!」
と手を叩、ハルさんは空いた手で私の頭をくしゃっと撫でた。私は笑い、涙が滲んだ。
最初に接続した時、期待したファンシーな冒険とは似ても似つかない。だけどこの痛みも、不安も、チームで共有する勇気も、全部ひっくるめて“ファンシー×ポップ×アポカリプス”という名の物語。
さあ、扉は開いた。
いざ、次の章へ。
