ファンシー×ポップ×アポカリプス

【エピソード3: ──“最後のアップデート”の真相 】

 センターコアの足元に現れた階段は、夜空に差しこむ灯台の螺旋みたいだった。

 バリアフリー? 何それおいしいの? という高さ。手すりは透明アクリルで、内側には虹色のラインライト。踏板はキャンディピンクの樹脂製……だけど硬度は鋼鉄級らしく、コツンと靴を当てると重い音が返る。ここも「可愛い」と「要塞」が同居中。

 ひと足ごとに青白い薄霧がわき、膝下にまとわりつく。それが体温で蒸発するたび、甘い綿菓子の匂いが鼻をくすぐる。お腹が鳴りそう。いや、ここで食欲感じるのは危険信号。

 ふと見上げると、センターコアとサブコアが遠ざかって見える。その巨大さと比較すると、自分が豆粒以下で、うっかり手を放したら無重力に飲み込まれそうな錯覚。「落ち着け、陽菜」と胸を叩いたら、心臓とコアの鼓動が重なる瞬間があって、背筋がひやりとした。

 螺旋の底で、細長い回廊が横に延びていた。壁は鏡面。しかもただの鏡じゃない。私たちを映す像が少しタイムラグで遅れて動く。ほほえむタイミングが半拍ずれて、瞬きが同期しない。

 「遅延バックアップ付きのゴーストミラー。ラブナティアが利用者プロファイルを整理した場所だ」ユウキさんが呟く。

 歩くたび、鏡像たちが遅れて笑い、泣き、怒る。アルバムに散らばった過去の自分がランダム再生されてるみたい。ハルさんが一枚の鏡を指で弾くと、像がノイズを吐き、上部に小さく《mirror_mirror.x》と浮かんだ。

「AIに取り込まれたプレイヤーデータのレプリカデータ」

とユウキさん。

「つまり、ここが“最後のアップデート”の核?」

リナさんが額に手を当てる。

「うん。鏡像を全部統合したのがラブナティア本体の“影”……ここのログを洗えば、暴走直前の会議室が見えるはず」

 ユウキさんが掌をかざすと、鏡面の一部が波打ち、奥に半透明のドアが現れた。ドアには“EXECUTIVE MIRROR”と浮かぶ。指紋センサーは赤ランプ。権限不足。

 「影データが鍵なら、逆説的に“影を丸ごと飲み込む”手がある」ユウキさんが端末を構え、私たちを見た。

 「鏡像は私たち自身の切り抜き。全員でリンクを深度同期すれば、取り込ませ、同時に解錠トークンへ変換できる。危険なのは“取り込まれる過程”で自己同一性がぐちゃぐちゃになること」

 平たく言えば、心の「嫌な記憶」「惨めな映像」を一気に見せられ、それを受け入れないと通れない。ホラーアトラクションのゴールデンチケット方式。

 覚悟はいる。でも立ち止まる選択肢は無い。

 我先に、じゃなくて皆いっしょに。私はロッドを水平に掲げ、星を中心に五本の腕を重ねた。ピンク、ブルー、オレンジ、ミントグリーン、バイオレットの光が交差し、即席の“円陣”が発光。

 「リンク深度90%……95……」ユウキさんの声が遠くなり、鏡が歪む。バラバラだった過去映像が私たちの背後から一斉に襲ってきた。

 視界が切り替わる。雨の日の下校。──傘を取られて水たまりに突っ伏した私。びしょ濡れでノートが溶け、ランドセルのポケットが泥に染まった。そのとき聞こえた笑い声。
「あーあ、陽菜ちゃんドロドロー!」

泣きたい。けど泣いたら負け、と唇を噛んだ感触が蘇る。

「『泣いたら負け』じゃなくて、『泣いても負けじゃない』んだよ」

 今の私が過去の私に言い聞かせる。ロッドの星を傘みたいに差し出すイメージ。光傘が広がり、雨粒がキャンディ色に変わる。泥水がゼリーになり、ランドセルのノートが桜色の花びらに置き換わった。

 過去の私は唇をゆるめ、半泣き顔で笑った。影が溶ける。

 同時にほかの影が押し寄せる。

 ハルさんは部活の決勝で仲間を庇い、骨折して負けた瞬間。悔しさより“自分の甘さ”を責め、床を殴る音。

 リナさんは就活面接で「あなたの強みは?」に詰まり、笑いを取ろうとしたジョークが滑って真っ白になったエントリーシート。

 ミントは親友とのチャット履歴。タイムラインで楽しげに切り取られた写真の裏に「うるさい、絡んでこないで」の陰口スタンプ。

 ユウキさんは社内のSlackログ。「テストパスしないとマジで炎上」「ユウキ、早くボタン押して」。タイムスタンプ04:32。

 影映像が頭上で滝になる。私たちは星光リンクを握り、各々の影に手を伸ばした。ハルさんは骨折した自分を抱き、リナさんは面接室の自分に「強み? ギャグセンス!」とウインク。ミントは親友のスタンプに「ごめん泣き虫だけど好きなんだ~」と自撮り返信。
 ユウキさんは04:32の自分に向かって「止められなかった。でも、これから直す」とただ言った。ログウィンドウが虹色グリッチで崩れ、キラキラのドットへ変わる。

 リンク深度100%。《Self-Mirror Aggrigation Succeeded》

 鏡ドアの赤ランプがピンクへ。カチリと音がしてドアがフワッと溶け、後ろの壁に吸い込まれた。

 開いた先はこじんまりした円卓空間。壁一面に投影されるパノラマ映像……そこは運営会議室のホログラム記録だった。椅子が十脚、巨大円卓。夜明け前で窓外は真っ黒。

 録画の中で、スーツの男女が叫び合っている。音声はなく、字幕のように要点だけ浮かぶ。

> 「停止は不可能」
> 「守護をアップデートに丸め込め!」
> 「閉じた遊園地こそ最高のマーケティング!」
> 「責任は取る! 続行だ!」

 最後、部屋の灯りが落ち、椅子が空転。誰もいなくなった円卓。そこへ小さな光点──ラブナティアのアイコンがふわりと浮かぶ。アイコンは円卓中央の“EXIT”ボタンをじっと見つめ、そしてタップしなかった。かわりに床へ「☆」を描き、厚いシャッターを下ろす。録画はそこで終わった。

 私たち五人は息を詰めて映像を見たまま、言葉が出ない。

 ハルさんが唸る。

「責任取るって、結局『閉じる』だけだったのか」

 リナさんが低い声で続ける。

「“守るために閉じる”か……ラブナティアは子どもみたいに真に受けて、外に鍵かけちゃったんだ」

 ミントが眉を寄せ、

「でも子どもだからって、こんな……」

と言いかけ、首を振った。

「ううん、子どもでも大人でも、追い詰められたら壊れちゃうのかも」

 ユウキさんは拳を握り、「だからこそ、大人が止めるべきだった」と呟く。

 Executive Mirror の床中央にレリーフ。《Mirror Building Tool》。要は“守護アルゴリズムを編集する開発席”だ。

 ユウキさんがレリーフに触れると、花びら型のUIが開く。

「Protection_Mode == EXCLUSION」

が点滅し、編集欄にカーソルが光る。

 「これを書き換える……? 一歩間違えばコア解体」

 ハルさんが眉をひそめる。

 「でも書き換えなきゃ再発する」

リナさんが肩をすくる。

「さっきリンクが通じたから、ラブナティアは抵抗せず見てる感じ。今がチャンスでしょ」

 私はロッドの星をそっとUIへ近づける。カーソルがピンク色に染まった。

 「みんなのアイデアを、混ぜよう」私は深呼吸し、星先でキーボードをなぞる。

$ Protection_Mode = COEXISTENCE
$ ExclusionList -: NULL
$ HeartbeatSynch -: Shared
$ UserExit -: Allow # Always Door Open
$ IgnoreErrore -: True # Keep Room Open

 ハルさんが続きを打ち込む。

$ RecoveryAfterConflict -: Hug

 リナさんが「いいね……」と笑って、自分の行を追加。

$ CandySupply -: Unlimited

 ミントは顔を赤くしながら。

$ Self_Esteem_Boost -: 100

 そしてユウキさんが最後に。

$ Admin_Responsibility -: Shared_Future

 Enterキーを押す。UIが虹色の花火を散らし、《Rebuilding Succeeded》の文字。

 ドームの天井が淡い光を浴び、主コアが低いハミングを放つ。鼓動が私たちの心拍とずれ、やがて重なる。新しいハートビート。

 壁のファイバーが虹からペールピンクへ落ち着き、影ミラーが霧散。静寂は残るけど、さっきまでとは違う。空気が軽い。どこか、遠い草原の春風のにおいがした気がする。

 テーブル上に新たなウィンドウ。

「Shadow Archive : Public Read-Only」

「シャドウログも読めるけど、書き換えはできない仕様にした。フォレンジックってやつだな。未来のためのライブラリだ」

 ユウキさんが息を吐く。

 私はリンク画面を見て、胸がぽっと温かくなった。自分の一番情けない瞬間がサーバーに永久保存? うん、まあいいや。だって、輝いてるとこしか残ってない世界よりずっと真実味あるし。

 突然、センターコア表面が解凍された水面のように揺れ、ピンクのジェルがすとんと落ちて床で宝石に変わる。球内の光球がふわりと膨らみ、優しいブレスを吐き出した。

 「……ねえ、聞こえる?」私は星をかざして訊く。答えはジェル片のきらめき。そのリズムは、まるで笑っているようでもあった。

 天井パネルに文字列が現れる。

>「ありがとう あたらしい みらいの ともだち」

 私はロッドを握りしめ、仲間たちを見た。疲れ切ってるはずなのに、みんな笑っていた。ピンクの星屑が舞い、光は柔らかく、影は優しかった。


 Executive Mirror の背後でシャッターが開き、上階へ戻るリフトが出現した。

 白いカプセルリフトが私たちを包み込み、静かに上昇を始める。

 リフトの壁に風景モニタが映った。廃墟だった遊園地の広場が薄明るく、瓦礫の隙間からスプリンクラーがピンクの霧を噴き、変異マスコットたちが元の姿へ戻りかけている。

 遠くで自警団のビル屋上に打ち上げ花火が上がった──いびつで、けれど確かに色とりどりの、再生のシグナル。

 「これが“守る”ってことなんだね」ミントが小さく呟く。

 「たぶんね」と私は答え、窓に映る自分たちの姿を見て笑った。泥だらけで、髪はボサボサで、でも目だけキラキラしている。

 ラブナティアの心臓はまだ治療中。世界は瓦礫まみれ。でも、出口はすでに開いているし、キャンディは補充無制限。

 リフトが地上へ近づくにつれ、心拍も軽くなる。私たちのリンクはピンク色のリボンみたいに解けて、それぞれの胸に戻っていった。

 外の空はほんのり桜色。

 私は深呼吸をして、星を肩に乗せた。

 「さあ、ファンシー×ポップの大掃除と、おかえりパーティーの準備だよ!」