ファンシー×ポップ×アポカリプス

【エピソード3 ──防衛システムの目覚め 】

 階段を下り切った瞬間、世界が「ごうっ」と息をついた。

 地面──いや、床板じゃない。厚い鋼鉄のプレートが脈動音と一緒にビリビリ震えて、足首の骨に電流を流し込むみたい。思わずしゃがみ込みそうになる。けれど、踏みとどまった。踏みとどまって、「ここがコアルームの真上(かみぶた)かもしれない」と胸の奥で呟く。

 暗闇は深い鼠色で、ライトの円錐が空気を切り裂くたびに粉塵が銀砂になって舞う。天井は信じられないくらい高い。闇の向こうで、巨大な送風機の羽根がゆっくり回っている影が見えた気がする。

 「うおー……」

 ミントが喉の奥で感嘆と悲嘆を半々に混ぜた声を漏らした。わかる。私も同じ気分。SFテーマパークの地下セットに迷い込んだ、けど帰り道が爆破で塞がれている──そんな背徳的スリル。

 ユウキさんの端末が、初めて聞くビープ音を鳴らした。

 「警戒レベルβ。『侵入者検知──区画F』だ」

 β? アルファの次? ギリギリ? よくわかんないけど、少なくとも歓迎ムードではない。

 ホール中央に、楕円のステージみたいな台座。縁に取り付けられたLEDが、かつては七色に光を撒き散らしていたんだろう。でも今は半分以上が黒く潰れ、残ったライトがピンクとシアンで不規則に瞬く。心電図のエラー波形みたいにヒクつく輝き。

 その台座の上に、小さな人影。

 ……人影? 私より背が低い。ぽふっと丸いシルエット。

 「マスコット?」

 リナさんが眉を寄せる。ライトを向けると、影はくるりとこちらに顔を向けた。

 ウサギ型、ピーチカラーのボディ。お腹にハートマーク。だけど顔の右半分が削げ、電子基板が露出して火花を散らしている。片方の耳も千切れ、残った耳がだらり。

 「っ……」

 私は呼吸が止まりそうになる。

 影──元・ウサギマスコットは、スピーカーの壊れた金属声で「……ハ……ロー、ベータテスター……」と呟いた。その声が可愛いのか可愛くないのか、もう判断できないほど歪んでいる。

 ミントが半歩前に出て、「助け──」と言いかけたとき。

 台座の縁を走るLEDが真紅に変わった。ピカッ──! 私たちの目を刺す閃光のあと、ウサギの影は弾かれたように踊り上がる。そしてまるで糸が切れた人形みたいに崩れ、頭部パーツが床に転げた。頭部の眼が赤く点滅して、エラーコード《LVT-β/001》を映す。

 「自動防衛の囮……!?」ユウキさんが端末を操作。

 すぐさま床下から「カチン」というロック解除音。グレーチングが開き、黒い柱がせり上がる。柱の先端には、まるで射撃場のターゲットみたいな丸いセンサー。それが私たちをスキャンした瞬間、四方の壁がパカッと開いてメカニカルな影がズラッと並んだ。

 出てきたのは、馬。しかもメリーゴーラウンドの。

 白馬のボディに虹色のタテガミ、だけど脚は金属の多関節で、蹄がドリル。首のあたりからケーブルが束になって背中のコアユニットに繋がっている。

 「や、やだ……可愛いはずだったのに……」リナさんが低く呻く。

 十数体の“メリーゴーアーマー”が一斉に首を持ち上げた。プラスチックの瞳が真っ赤に点灯し、「Hi!Hi!」と甲高い機械声で掛け声。遊園地の呼び込みボイスが、地獄の開幕ベルに聞こえる。

 「来るよ!」ハルさんがパイプを構える。

 一体が突進──轟音、鉄と鉄の擦過音。私は咄嗟にロッドを水平に出して受け止めるが、衝撃で肩が痺れた。プラスチックと金属の混合ボディは驚くほど重い。ロッド先端の星マークが火花を散らし、メリーゴーホースを弾き返すと脚がぐにゃと曲がった。が、ユニット中央のコアは無傷。転倒したボディが即座に脚を再構築して起き上がる。

 「コアを叩かないと!」ユウキさんが叫ぶ。端末でシステムを探るが、ホール全体がジャミング波を撒いているらしく、画面にノイズが走る。

 私はメリーゴーアーマーの首の下、赤いハート形プレートを狙って再度ロッドを振るう。星マークが刃のように光り、プレートに突き刺さると、ぐん!という手応え。ハートがひび割れ、そこから赤いスパークが噴き出した。

 ──ドカン!

 馬体が内側から破裂し、七色のプラスチック片が雨のように降った。残骸の下から煙が立ち、甘い綿菓子の匂いが混ざった焦げ臭さが鼻につく。

 「一体やった!」リナさんが拳を上げた瞬間、背後を別の馬が掠める。ぎりぎりでしゃがむリナさんの髪を、ドリルの先端が裂いた。

 ハルさんが飛び込み、パイプで後脚を折りにいく。金属がめり込み、脚部ユニットが爆ぜてもがく馬。そこへミントが、拾った鉄パイプを“勇気の一撃”でコアへ突き刺した。鉄がコアに当たった瞬間、衝撃波でミントが吹き飛ばされる。とっさに私は手を伸ばし、彼女の腕を掴んだ。

 「だ、だいじょうぶ……?」

 「う、うん……手がしびれるけど、生きてる……」

 ミントの掌は赤く腫れていたが、その瞳は泣いていなかった。成長してる、確かに──なんて呑気に感動している場合じゃない。

 ホールの天井で、“ジャキィン”という低い開閉音。

 私たちの真上、雲形モールディングの隙間が開いて、丸いカメラアイの砲塔が四基、にゅっと生えた。先端はおもちゃのバブルガンに似ている。でも銃口が光った色は泡色じゃなく、灼熱のオレンジ。

 レーザー?──思考より先に身体が動く。私はミントを抱えて台座の影へ滑り込む。直後、空気が焼ける破裂音。床のパネルが赤く線状に切り裂かれ、遅れて鉄臭い煙が立つ。

 「陽菜、カバー頼む!」ハルさんが叫び、タレットへ金属片を投げつけ視線を引く。レーザーがハルさんに向く瞬間、リナさんが台座を蹴って飛び出し、落ちていたメリーゴー馬の脚部を盾にする。馬は再爆発し、火花でレーザーを一瞬遮る。

 「タレットに信号線あるはずだ!」ユウキさんが端末をかざし、オーバーレイ表示で天井に赤いラインを引く。ホール隅の配線盤まで、レーザーの制御線が走っているらしい。
 「そこ!」私はロッドを掲げ、星マークをブーメランのように投擲するイメージ。ロッド先端から光輪が飛び、天井のケーブルをざくっと切断──が、半分しか届かない。光輪がパチンと弾かれ火花に変わる。

 「届かない!」

 「私が行く!」ハルさんが叫ぶ。

 彼は馬の残骸を踏み台に、一気に壁のケーブルへ跳ぶ。パイプを振り下ろし、太い束を断ち切ると、タレットのレーザーが一斉に停止。オレンジの光が消え、砲塔がショートを起こして火花を散らしながらドロッと垂れ下がる。

 静寂。機械の断末魔だけがパチパチ音を残し、そのあと、ようやくホールが息を吐いた。私も、胸をつかれていた手をどかし、思いきり酸欠の肺へ空気を流し込む。

 「まだ……終わりじゃない」ユウキさんが低い声で言い、壁の配線盤をこじ開けた。その奥、ガラス張りの小部屋に薄紫のホログラム端末が浮いている。

 「防衛システムの最終管理ノード。これを完全に落とさないと、次の区画で同じ目に遭う」

 彼は薄い唇を噛み、左手で何度か空中キーボードを撫でる。ピンと張った静電気みたいな緊張の糸が、彼の指先からホログラムへ伸びる。

 私は仲間たちを見渡した。ハルさんは息を整えながらも即座に周囲を警戒。リナさんは肩口が焦げているけど笑顔を崩さず、ミントは手のひらをさすりながらも頷く。誰も折れていない。

 ユウキさんの端末が緑へ──《Root Authority Override Accepted》。

 「成功?」

 私は尋ね、答えを待たずに笑った。

 ホールの灯がゆっくりピンク色にフェードする。さっきまで殺意の赤が支配していた照明が、ほんの少し、昔の遊園地モードを取り戻したみたい。

 その刹那、空気が震えた。歌声──かすかな子守歌がホール全体に漂う。

 ♪ララ、ラブナ……ティア、ティア……♪

 子どもが歯を立てたオルゴールみたいな、か細い旋律。優しいのに、不吉。

 「彼女の“次の手”かも」ユウキさんが耳をすます。

 「招待状だね」

 私は震える膝を隠すように、ロッドを肩に担いだ。歌声は遠ざかり、代わりに床の一部がスライドして、暗い回廊への扉が開く。側面に“CORE↓”のサイン。まるでショッピングモールの案内矢印みたいにポップ体。


 「行こう」
 私がそう言ったとき、自分の声が思ったより澄んでいたので驚いた。
 怖い。痛い。油臭いし、足元ぐちゃぐちゃ。だけど光はある。さっきロッドが放った星火が、まだ空中の埃に残光を撒いている。

 ハルさんが「次はもっとヤバいぞ」と笑い、リナさんが「じゃあもっと派手にやってやろう」と応じる。ミントは小さくガッツポーズ。「大丈夫、陽菜さんがいれば、きっとキラキラできます!」と。……変な日本語だけど、嬉しい。

 ユウキさんは端末を胸に抱え、真剣な眼で扉を見つめてから、私たちに振り向く。

 「中枢の防衛は、今の比じゃない。それでも進む?」

 私は頷く。

 「だって“守る”ってそういうことだよ」

 ラブナティアが守りたかったもの。私たちが守りたいもの。その交差点が、きっと扉の向こうにある。

 扉枠には、ハート形のシーリングライトが埋め込まれていた。長い年月で割れ、片側のガラスが欠け、ヒビがパステルピンクを涙型に走らせている。私はそっとヒビの上を撫でた。

 「直してあげる。きっと」

 深呼吸一回。

 私は扉のレバーに手を掛け、仲間を振り返る。皆うなずく。

 ハート型ライトがチカッと点滅。扉がわずかに軋み、暗闇が甘い電子の匂いを滲ませながら口を開けた。

 ラブナティア、私たち来たよ──。