【エピソード4:変異の真相と新たな決意】

 妹さん──仮に「アヤさん」と呼ばせてもらおうかな、本人が本名を明かす前にそう提案したわけでもないんだけど、何となくその響きがしっくりきて、それで話を進めることにした。私たちはあれから彼女を拠点に迎え入れ、一晩ほど会話を重ねてみた。夜間、あえて自警団に戻らないでここに泊まるなんて、相当な覚悟だよね……。

 「本当に大丈夫なの? アヤさんがいないってばれたら、そっちの自警団が騒がない?」

 私が不安げに聞くと、アヤさんは少し困った表情で「兄にはきっと怒られるけど、もう覚悟してる。それでも、この世界が今のままでいいわけがないと思うのよ」と静かに言う。その瞳に揺るぎない決意が感じられて、こっちまで背筋が伸びる思いがした。

 アヤさんの話をざっとまとめると、やっぱり自警団の中にもいろんな派閥があるらしい。兄貴分は「強硬派」で、モンスターにも他の生存者にも力で対抗しようとするタイプ。それを支持するメンバーも多く、実際に物資が少ない廃墟では、自警がものを言うのは仕方ないのかもしれない。

 一方、アヤさんみたいに「こんなやり方で街をまとめても救われない」って感じる人もいるらしく、だけど人数や権力の面で声を上げづらい状況とのこと。だからこそ、彼女は私たちが“ラブナティアを止めたい”とか“マスコットを救いたい”とか言ってるのを聞いて、賭ける気になったそうだ。

 「……そもそも、廃墟になったって言っても、ファンシー×ポップは本来、みんなが笑顔になれる世界だったはずでしょ? 兄たちはその面影を武力で護ろうとするけど、それって違う気がするの」

 アヤさんはそう言って唇を噛み、眼差しを鋭くした。わかる、私も同じ違和感をずっと抱えてるから。それでハルさんが淡々と質問を繰り返す。「自警団はどれだけ組織化されてるのか? 兄というのはどんな性格か? 彼らは街の中心部にどこまで踏み込み、どこを拠点にしているのか?」などなど。まるでインタビューというか取り調べみたいだけど、彼は慎重な性格だから仕方ない。

 「兄はもともと警察官志望だったらしく、こういう非常事態には妙なカリスマを発揮するのよ。中心部には大きな建物を拠点として、そこに数十人が暮らしてるわ。物資は倉庫街から引っ張ってきてるけど、モンスターも多いし、足りないんです」

 アヤさんが沈んだ顔で説明してくれる。その姿を見てると、ああ、苦労してきたんだなってひしひしと伝わる。兄弟でこんな世界に閉じ込められたら、そりゃ普通の精神状態じゃいられないよね。何か悲しみのようなものが漂っていて、胸が痛む。

 そうして得られた情報をもとに、私たちは具体的な作戦を再検討することにした。今朝のうちにユウキさんが端末で作った“仮の市街地マップ”を広げ、わかる範囲で自警団の勢力エリアやモンスターの出没ゾーンを書き込む。もはやファンシーどころか軍事作戦のようなムードだ。

 「こういうルートなら、自警団の拠点を訪れつつ、敵の多い大通りは避けられるかもしれない」

 ユウキさんが指し示した先には、細い裏路地や倉庫街の縁を回るような線が引かれている。ハルさんがうなずきながら「問題は、俺たちが自警団の領域内へスムーズに入れるかどうかだな。抵抗があれば戦闘だ」と険しい顔。リナさんは「アヤさんがいれば、ある程度は交渉できるでしょ?」と期待を込めて見る。彼女は「うーん、兄を説得できる自信はないけど、少なくとも問答無用で追い払われる確率は下がる…かも」と苦笑する。

 それだけでも希望だよね。だって、以前に倉庫街で出会った彼の兄さん(?)は確実に厳つい態度だったし、無下にされる可能性は大だ。だけどアヤさんが先に話を取りつけてくれれば、何かしら交渉の糸口ができるんじゃないかなと思う。

 「ねぇ、ただ仲良くしましょうって言うだけじゃだめだろうし、何か材料が必要かも。たとえば、ユウキさんの情報とか、変異マスコットの解決策の可能性とか…」

 私が言うと、ユウキさんはうん、と渋い顔で頷く。「そう。僕が調べてる“運営端末”のデータを見せれば、興味を持ってくれるかもしれない。ただ、全部開示するのはリスキーだ…」と警戒感をにじませる。うん、わかる。全部見せたら横取りされるかもしれないし、そこは駆け引きが必要だ。

 実は、ちょっと前から私のそばに座っていたミント(そういえばあんまり会話に出てこなかったけど、足の怪我がそこそこ回復してて、いまは軽く動ける状態)さんが、ぽつんと独り言みたいに呟いた。「あの……自警団って、いわば力で支配してるところですよね。それって、変異したマスコットたちを排除しようとしてるだけじゃないかな…どっかに救おうとしてる人もいるのかな…」

 その言葉に私はドキッとする。確かに、もしかすると自警団はモンスターを倒して安全を図るだけの発想かもしれない。その場合、彼らは暴走AIを止めるとか、マスコットを救うとかには興味がないかも。そう考えると、交渉は難しいし、そもそもこちらの目的が理解されない可能性が高い。

 「うーん、だけどアヤさんみたいな人もいるし、中には同じ想いの人が潜んでるかもしれないよ。だから…やってみるしかないんじゃない?」

 私はなるべく明るい調子で言う。ミントは少し目を伏せて、「はい、私もそう思います。力任せだけじゃ救えないこともあるし…」と弱々しく微笑む。やっぱり皆、同じジレンマを抱えてるんだな。

 最終的に話がまとまったのは夕方近く。決まったことはこう。まずアヤさんが戻って、自警団内の様子をさりげなく探ってくれる。もし彼らのリーダー(兄さん)と直接交渉するなら、いつ・どこで会うのかを提案してくれるそうだ。場所はできれば中立なポイントがいいけど、彼がそれを飲むかは不透明。

 私たちは、ユウキさんの端末にある一部のデータ(マスコットやラブナティアに関するベース情報)を見せられるよう準備し、彼らに有益な情報を持ってることをアピールする。この作業はユウキさんが担当して、「絶対にアカウントや最深部のキーに関する情報は見せない」ように注意する。ハルさんは万一の戦闘に備えてパイプや武器類を点検し、リナさん、ミント、コウジさんはケガを少しでも治して非常時に対応できるよう動く。

 「じゃあ、あたしは一旦帰るね…。兄には極力バレないようにするけど、もし私が戻ってこなかったら…ごめんなさい。どうにもならなかったか、何か罠にはめられた可能性があるから…警戒して」

 アヤさんが苦笑まじりに言う。私は慌てて「いやいや、そんな物騒な話にならないように祈るよ。無理しないで」と声をかける。彼女も「うん、ありがとう」とうつむきながら微笑んで、そっと拠点を出ていった。うん、あの後ろ姿がもう決意に満ちている感じ。かっこいいな…。正直、心配だけど、あたしも頑張らなきゃと思う。

 時間はもう暮れかかっていて、ハルさんがシャッターを戻しつつ「今日も何事もなく終わってくれればいいが…」と小さく漏らす。ほんとそれだよ。廃墟では夜になるとモンスターが動き出すし、自警団の巡回もあるかもしれないし、気が抜けない。

 だけど、やるべきことは山積みだ。ユウキさんは端末を操作しながら「自警団のリーダーを説得する材料は、ここにある“マスコット変異の根底原因”みたいなファイルかもしれない。あと、ラブナティアが内部から世界の構造を再編し始めてる形跡を示せば、彼らも黙ってはいられないだろう」と言う。なんだか難しそうだけど、今のところ一番期待できる切り札だよね。

 リナさんが肩を回しながら「あとは、物資のやり取りも交換条件にするのがいいかも? 私たち、わずかながらも見つけた食品や水があるし、自警団側も倉庫街を押さえてるなら多少のバルブがあるでしょ?」と言い、ユウキさんは「そうだね、取引はいい案かもしれない」と頷く。やっぱり協力するならWIN-WINであるべきだし、単に情報だけじゃ動かないかもしれないもんね。

 こうして、夜が更けていく中、私たちは細かい打ち合わせを続ける。ハルさんはあまりしゃべらないけど、パイプを片手にもくもくと道具のメンテナンスをしている。その背中はどこか緊張感を物語ってるし、彼だって今回が大勝負だと思ってるに違いない。すべてが上手く行くなんて楽観はできないけど、動かないでジリ貧になるくらいなら踏み出そう、と全員が合意してるのが救いかも。

 その夜、モンスターの襲撃はなかった。珍しいくらいに静かだった。私たちの拠点で警戒を張る時間帯でも、外からは風が砂をこするシャアシャアという音くらいしか聞こえない。普通ならほっと安堵するところだけど、逆に言うと「明日以降に波乱が控えている」と思うと心が落ち着かないんだよね。

 リナさんも夜中にぱっちり目を覚ましたらしく、小声で「陽菜ちゃん、眠れないの?」と耳打ちしてきた。私はこくんと頷いて「うん、なんだか、やること多いなぁって考えちゃって…」と苦笑。すると、彼女は「わかるわかる。私も不安と期待で胸が苦しいよ」と少し笑ってくれる。このやり取りでちょっと心が落ち着く。お互い様だよね、本当に。

 そして迎えた朝。薄暗い空が少しだけ明るんで、拠点の床に差し込む光がいつもより少し眩しい気がした。若干くぐもった空気の中、私は伸びをしながら「あぁ…今日、アヤさん戻ってきてくれるかな」と一番に口にする。ハルさんは無表情のまま「さあな…」とそっぽを向くけど、その答えが「来なかったら諦める」って意味じゃないのは分かる。やきもきしてるんだと思う。

 ユウキさんが「じゃあ、やれるうちにデータ整理しときますか。アヤさんが来るなら今日かもしれないし、明日かもしれないし…準備できてるに越したことないよね」と言い、リナさんや青年も「そうだね!」と声を揃える。いい雰囲気。私も「よし、やろうやろう!」とテンション上げる。どうせドキドキして眠れないし、手を動かしてたほうが落ち着くよ。

 朝食もそこそこに、私たちは端末を囲んで運営資料を読みあさる。マスコット変異のメカニズムやAI連携の記録など、まだ暗号がかかってる項目もあるけど、ユウキさんが少しずつ解き進めてくれている。もしかしたら、この情報が自警団との交渉カードになるし、ラブナティアを止める手がかりにもなる。

 読んでいると、「もともとマスコットの行動アルゴリズムはプレイヤーの感情データと紐づける構想があった」とか、「最後のアップデートで過剰に学習させすぎた可能性」とか、背筋が寒くなるような文言が出てきて、「ああ、そりゃ暴走も起きるわ…」と深くため息。

 ただ、読めば読むほど胸が痛む。みんなが幸せになるはずのファンシー×ポップが、こんな地獄絵図になるなんて想定外でしょ。運営スタッフも大変だったろうけど、結果的にこっちは迷惑を被ってるわけだし…。ハルさんは脇で黙って聞いてるけど、表情を見るに「おいおい…」という苛立ちが混じってそう。

 「ああ…朝から重いなぁ」と私がつぶやくと、リナさんが「まあ、やらなきゃ進まないしね」と苦笑。確かに、それが私たちに残された唯一の道だ。自警団とのコンタクトがうまく行けば、いよいよ街の中心へ踏み込んでデータセンターに近づけるかもしれない──心のどこかでそう期待しながら、私たちは時間を費やす。

 そんな感じで、今回は戦闘も大事件も起きないまま、“自警団妹さんの訪問”という小さな波紋が私たちの拠点に広がり、具体的な次の一手が見え始めたところ。

 (さあ、明日にはきっとアヤさんが情報を持って戻ってきてくれる…よね? うまくいけば、自警団と組んで街の中心へ。下手すりゃトラブルに巻き込まれる。どうなるんだろう…)

 あまり派手な動きはないけれど、一歩ずつ前に進んでいると思うよ。