【エピソード2:調査と新たな仲間の秘密】
あの“泣き声のマスコット”を見失ってから、私たちは少しだけ落ち込んだ空気になった。でも、いつまでもウジウジしててもしょうがない──とハルさんは言う。うさぎやネコみたいに丸いシルエットで弱々しかったあの子を保護できれば、きっと心の拠り所になったろうけど、廃墟でそんな都合よく行くわけもない。
「行こう。街の中心部へ進むには、いま少し迂回しないと危険だ」
と、ハルさんが先を促す。私たちは名残惜しそうに“さっきの建物”を振り返りつつ、この通りから外れたルートに向かう。そこに何があるのかは正直、よくわからない。でも、廃墟をむやみに突っ切るよりは安全だろうってハルさんの判断。私もリナさんも、ここ最近の経験を踏まえれば「確かにそうだね…」と頷く。
「結局、あの子がいた建物って昔はどんなお店だったんだろう……何かのショップ跡?」
リナさんが肩を庇いながら、私にぽつりと尋ねる。私は「うーん、看板とか崩れて読めなかったけど、ファンシーグッズを扱う店だったのかもね」と曖昧に返す。ファンシー×ポップな雰囲気が、色褪せたポスターから微かに漂ってはいたから。でも今はもう見る影もない。彼女は苦い表情をして「もったいないなぁ…」とため息をこぼした。
そう、やっぱりこの世界は不条理というか、可愛いはずの場所が全部こうなっちゃったのが悲しいよね。ま、悲しんでばかりいられないんだけどさ。
私たちが進んだ先は、以前よりビルの背丈が低めになっていて、代わりに大きな倉庫や巨大なガレージみたいな建物が並んでいる。うわ、これまた荒れ放題。錆びついたシャッターや崩れたフェンス、転がる段ボールらしき残骸。いかにも「物資保管地区です」的な雰囲気があるけど、いまは薄暗くて人気も感じられない。
「ここらは倉庫街か何かだろうか。下手したら使える物資が見つかるかもしれんが、同時にモンスターも潜んでるかもしれないな」
ハルさんが低い声で言う。私が思わず見回すと、リナさんが「うわぁ、怪しいねぇ……」と肩をすくめる。あちこちに雑多なケースや箱が山積みされてた名残があって、半壊したトラックみたいな車体が倒れ込んでるのが見える。確かに、めちゃくちゃ怪しげな雰囲気だ。
「でも、データセンターへ行くにはこの倉庫街を通り抜けるルートが一番マシじゃない? 大通りはモンスターが多いし」
私はそう言いながら、そっと足元に注意して歩く。青年(腕のケガがだいぶ治った子)も「うん、そろそろ物陰をチェックしたほうがいいかも」と頷いて、ハルさんと視線を合わせる。すると彼は「じゃあ二手に分かれるか? いや、危険だ。全員で同じ場所を回ろう」と迷いながら指示を出す。やっぱ慎重だね。私も二手に分かれるのは怖いし大賛成。
ぐるりと倉庫らしき建物を回ってみると、何やら看板の文字が残っている場所を見つけた。「POP GOODS STORAGE」と掠れた文字。え…これってやっぱりファンシー系のマスコットやグッズを保管していた倉庫? テンションが微妙に上がる私を横目に、リナさんが「ファンシーと聞いても全然安心できないのは何でだろう…」と自嘲気味に笑う。本当にそう。可愛いはずのものが凶暴化してる世界だからね。
シャッターの下半分が崩れて隙間ができてるから、そこから中を覗いてみようという話に。ハルさん先頭で、私とリナさんが続き、青年が後ろを固める形。息を殺してシャッターをそっと持ち上げる。金属がギギギッと嫌な音を立てるたびに、私の心臓が跳ねる。
「………」
中は真っ暗、と言いたいところだけど、天井が崩れた部分から光が差して、倉庫の奥に何やら雑多に積み上げられた箱や布、パネルみたいなのが見える。意外に広い…。強い埃臭さが鼻を突いて「うっ…」と咳が出そうになるのを必死にこらえる。モンスターがいたらこの音でバレちゃうからね。
ゆっくり足を進めると、天井からぶら下がってる「ファンシー×ポップ♪ GOODS!」みたいな可愛いフォントのプレートが目に留まり、思わず胸がチクっとする。あぁ、本当にここってファンシーグッズの保管庫だったんだ。棚の端にはキャラの絵が描かれた段ボールが潰れて転がっていて、そこに描かれたキャラクターは柔らかいタッチで笑ってるのに、現実はこんな廃墟…。
「あれ? 誰かいる…?」
思わず小声が漏れた。というのも、奥のほうからカサッカサッと何か動いてる気配がしたのだ。モンスター? でも二足歩行の音みたいにも聞こえる。ハルさんが目で合図をくれて、私たちは緊張しながら倉庫の奥へ。ふと、リナさんが肩をギュッと押さえ、「うぅ…怖い」と唇を噛んでいる。そりゃこっちも怖いさ。でも、好奇心も強くなってる。もしかしたらまた変異しかけのマスコットが? とか、ほかのプレイヤーかもしれない。
さらに数メートル進むと、箱の裏で何かがガサゴソ動いた後、「……っ」と小さく声が聞こえたような気がした。人間のかすれ声? それともモンスターのうなり声? 心臓がバクバクだ。私はバールを構え、ハルさんはパイプをゆっくり構え直す。リナさんは腕こそ上がらないが、警戒態勢。青年も背後をカバーしつつ頷く。
「誰か…いるの?」
私が思いきって声をかけると、一瞬の沈黙があって、そろそろと出てきたのは──人間だった。しかも大人っぽい男性、歳は二十代かな? 着ている服はどこか事務作業服っぽい雰囲気だけど埃まみれ。顔つきはやせ細ってて、かなり疲弊してる印象だけど、ちゃんとこちらを見てる。
「…あんたら、プレイヤーか?」
男の人が弱々しい声で問いかける。え、一応そうだけど…。私たちは思わず顔を見合わせ、先にハルさんが「そうだ、お前は?」と返事。すると相手は「オレは…いや、僕はユウキ。ここで調査をしていたんだ」と続ける。…ユウキ? どこか柔らかい響き。
「調査? こんなとこで何を…」
私が聞くと、彼は少し身を縮めて目を伏せる。「マスコットたちが変異した理由を調べたくて…あちこち回ってるんだよ。たまたまここには大量のグッズや資料が残ってると思ってね…」と呟く。それって、まさに私たちが今「変わり果てたマスコットたち」をどうにか救えないかと思ってるから、話が合いそうじゃない?
とはいえ、初対面だし警戒心は消えない。ハルさんも「調査って何のために?」と鋭い目で問い詰める。ユウキさんは肩を落として、「…僕は…」と少し言いづらそうにして、結局はぐらかす感じで「まあ、仲間と離れ離れになってね…独自にやれることをやってるんだ」と苦笑する。
リナさんが一歩近づいて、「もしかして自警団とは別行動?」と尋ねると、ユウキさんは「自警団? ああ、あのグループか。知ってるけど、僕はあまり大人数のところに行きたくなくて…何かと面倒なんだ」と返す。その言い方、何か秘密があるに違いないよね。うーん、掴みどころがないというか、個人的には少し影を感じる。でも悪い人には見えない。
「それより、こんなところで倉庫漁って何を…? ファンシーキャラの資料とか…?」
青年が興味深そうに聞くと、ユウキさんは「ああ、うん。正直、ずいぶん散らばってて読むのも大変なんだけど、中にはマスコットの設定資料やアップデート記録があるはずなんだ。そこから変異の原因を探れないかって思ってさ」と言う。
そうなんだ。確かに運営側の資料とか、もともとのプログラムがどうなってるとか知れれば、ラブナティア(コアAI)が暴走した根本を解明できるかもしれない。ここから先のデータセンターだけが答えじゃなくて、こういう倉庫の中にもヒントが眠っている可能性はあるんだね。
「じゃあ私たちも手伝いますよ。変異マスコットを救うために、何か分かるなら協力したいし…」
思わず私は前のめりに提案する。ハルさんは怪訝そうに「おい、こいつが何者かもわからないのに…」と渋い顔。しかし、ユウキさんは「いいの?」と目を丸くして、やや安堵の表情を見せる。「実は僕も一人じゃ限界があって…助かるよ」と小声で呟いた。そのとき、なんかこう、彼の瞳にちらっと悲しみみたいなものが見えて、私の胸がズキリとする。うーん、いろいろ抱えてるんだろうな、この人も。
というわけで、私たちはユウキさんと一時的に共同作業をすることになった。倉庫の段ボールや書類が山積みされてる部分を覗いて、読む価値がありそうな紙束や端末の破片を探す。埃っぽいし、崩れた棚にはクギが飛び出してるし、危険満載だけど、ハルさんと青年が私たちの周囲を警戒してくれるから安心…なはず。
「うわ、この箱、キャラグッズだらけじゃない? しかも新品?」
リナさんが壊れた箱を開けると、中からはカラフルなぬいぐるみが何十個もゴロゴロ出てきた。大半は埃まみれだけど、一見するとまだ可愛いデザインのまま腐ってない。私も思わず「可愛い…」と手に取ったら、耳の部分がバサッと折れてほこりが舞う。うぅ、こんなに惨い姿とはいえ、まだファンシーの匂いが残ってるのが切ない。
ユウキさんによれば、ここは正式サービス時に使うための販促品や景品を貯蔵していた倉庫だとか。なるほど、いろんなキャラのバリエーションが見られるわけだ。なかには既に変異した本物のマスコットそっくりなデザインのぬいぐるみもあって、「あの子はこういう可愛い姿だったんだろうな…」なんて想像しちゃうと胸が痛む。
しばらく探していると、ユウキさんが「これは…?」と埃だらけの箱から古いタブレット端末を引っ張り出した。ひび割れてるけど、バッテリーがまだ残ってるのか、画面がうっすら起動する。ちょっと感動だ。
「すごい、電源入るんですね!」
私が目を輝かせると、ユウキさんは「壊れかけだけど、一部のファイルは読めるかも。ちょっと待って」と端末を操作し始めた。ハルさんが横から「あんまり長居するとモンスターが来るぞ」とせかすけど、「いや、必要な情報かもしれない」とユウキさんは下唇を噛んで集中している。
数分後、画面にいくつかのフォルダが表示され、「“マスコットAI設定データ”…?」「“サーバー管理者パス”…?」など興味深い名前がずらり。ハルさんが「それってコアAIへの手がかりになるのか?」とやや興奮気味に問うと、ユウキさんは「可能性はある。少なくとも、どうやってマスコットたちが管理されてたかの仕様がわかるかも」と答える。
「何がわかるんです?」
リナさんがのぞき込むと、端末の画面にはテキストがびっしり。どうやらファンシー×ポップの運営が作った内部資料らしくて、こんな記述があるらしい。「AI連携によるマスコット自治行動プログラム」「最終アップデート前のバックアップ」などなど、専門的用語も多いけど、「マスコットの自立判断」「プレイヤーの感情データとのリンク」とか興味深い見出しもある。
「うわぁ、こんな隠しファイルあったんだ…なんかもうプログラムって感じ」
私が眺めると、ユウキさんは「ごめん、詳しくは後で。いまここで読む時間ないから、ファイルだけ持ち帰って解析するよ」と言って、端末をなんとかメモリー保存する操作を始めた。彼はやはり技術に詳しいみたい。
すると、リナさんが後方で「あ」と声を上げる。「何かと思って見たら、これは…」と指差した先には、大量の紙束が散乱してる。そこにはマスコットのデザイン資料や、運営スタッフの指示書っぽい文章が混じっているっぽい。ざっと目を通してみると、「上層部が無理やりアップデートを前倒しした」とか、「意図せぬAI連携が拡大」とか、不穏なメモが。つまり、運営の中で意見が割れていた可能性が高いってこと…?
(やっぱり、普通のゲームならこんな無茶しないよね…。サービス終了間際に強引に新システムを実装するなんて、危険すぎるし…)
モヤモヤした気持ちを抱えながら私が紙をめくっていると、不意に「…誰だ?」という声が背後から響いた。ビクッと振り向くと、見知らぬ男の人が立ってるじゃない! あれ、いつの間に侵入された…? ハルさんは即座に構えるし、私は慌ててバールを握り直す。
「おいおい、あんたら、勝手に倉庫を荒らされると困るんだが」
その男は30代くらいか、ちょっと荒んだ顔つきでこっちを睨んでる。服装はどこかサバイバル感があって、肩には簡易的な防具のようなものが付いている。え、モンスターじゃなくて人間? リナさんも慌てて「ご、ごめんなさい…ここはあなたの持ち物なんですか?」と問いかける。
どうやら彼は、この倉庫を拠点にしている自警団の一部らしい。名前は出さないけど「俺たちがこの周辺を管理してんだ。あんたら、どっから来た?」とすごんでくる。ユウキさんが「あ、いや、俺たちはちょっと情報を探してて…」と弁解しようとすると、「そんな都合のいい話があるか?」と疑いの眼差し。うわぁ、面倒くさい匂いがプンプンする。確かに荒廃した世界だし、貴重な物資を狙う連中も多いみたいだから、仕方ないけどさ。
「落ち着いてよ。私たち、物資を盗みに来たわけじゃなくて…この世界の異常をどうにかしたいだけなんです」
思いきって私が前に出ると、男は「はぁ?」と呆れ顔。でも、そこでハルさんが「こっちには重傷者もいるし、闘う気はない」と隙を見せずにパイプを降ろさずに交渉を試みる。男もややこしい争いはしたくないのか、「まぁいい。けど、ここは俺らが管理する倉庫だ。触るなら許可とれ」と言い放つ。
(なるほど…自警団ってか、廃墟で勝手に領土を決めてる連中か。そりゃ物資が貴重だから地盤を押さえたがるんだろうな…)
内心で呟きつつ、ユウキさんが端末を抱えて「もう必要なファイルは取ったんで、失礼します」と敬語で頭を下げる。男は「ふん、他の倉庫には手を出すなよ」と念を押し、私たちを倉庫のシャッターから追い出す形に。まじかぁ…こっちも抵抗しても仕方ないし、ここで争ってケガしたら馬鹿らしいので、渋々従うことに。結局、大きなトラブルにはならなかったけど、後味は悪い。
外へ出て少し歩き、周囲が安全そうな場所で一息つく。ハルさんが「やっぱり面倒くさい連中がいるな…」と疲れたように呟く。リナさんは「でもどうする? この先、ああいう自警団がもっとたくさんいるかもしれないよ。データセンターを探すには情報交換も必要なんじゃない?」と切り出す。確かに自警団のリーダー格なんかに会えば、街の中心部の地形やモンスターの出没情報を持ってるかも。でも、いざ仲良くなれるかは別問題。
「ちょっとだけなら話し合ってみてもいいのかな。危険はあるだろうけど、今のままじゃ進むのもキツいし…」
私はそう思う。ハルさんは苦い顔をしてるけど、ユウキさんも「…自警団にはあまりいい噂ないけど、多少の情報はあるかもしれない」と同意。うん、迷うなぁ。でも背に腹はかえられないよね。
そうこうしていると、私たちの背後から「待って!」という声。振り向くと、さっきの男じゃなくて、もう少し若い女の子(10代後半くらい?)が息を切らせながら駆け寄ってきた。え、何? ここらの自警団の人? 彼女は「あの…さっきはごめんなさい、兄が乱暴な口調で…」とペコリと頭を下げる。どうやらさっきの怖い男の妹らしい。こちらがキョトンとしてると、彼女は続ける。
「ほんとは私たち、マスコットの変異原因とか、運営のデータなんかも知りたいんです。でも兄たちは強行的なやり方しか信じてなくて…。もしよかったら、あなたたちが何かわかったら教えてほしいの。私…こういう世界、元通りにしたいから…」
彼女の瞳は真剣そのもの。あ、同じ想いの人がいるんだって、ちょっと嬉しい。ハルさんは無言で腕を組んでるけど、リナさんが「私たちも同じ気持ちよ。危険は多いけど、世界を放っておきたくない」と笑って答える。すると、その子は「ありがとう…」と安堵の笑顔を見せて、兄に怒られる前にと急いで走り去ってしまった。
「…なんか大変なんだね、あそこも」
青年が苦笑する。私もうん、と頷き返す。結局、人がいる以上、いろんな考えや生存戦略があるんだろうけど、私たちと同じく“このままじゃいけない”と思う人もいるんだなと感じて、ちょっとだけ救われた気分。
さて、そんなバタバタがあった後、私たちはユウキさんと改めて向き合うことに。彼は気まずそうな面持ちで、「さっきはありがとう。正直、あの自警団には近づきたくなかった」と言う。じゃあどうするの? って話になる。私たちだって、まだこの街の奥へ行きたいし、ユウキさんが集めたデータは今後の作戦に役立つかもしれない。
「協力して一緒に行動するつもりはあるの?」
ハルさんが少し疑いの混じる声で尋ねると、ユウキさんは視線を逸らしながら「…いまはね。正直、一人じゃこれ以上進めそうにないし、そっちもデータセンターへ行くなら目的が重なってる部分もあるから…」と濁す。根っこには何か秘密がありそうだけど、そこはまだ言えないのかなぁ。気になるけど、追及しても仕方ないので、私はリナさんと目を合わせて「とりあえず一緒に行動しようか?」と提案。
ユウキさんも渋々だけど「うん、よろしく」と頭を下げる。その頭の様子からは色々後悔とか葛藤が見え隠れしてる気がする。まるで何か大きな責任を背負ってるような…。でも、いまはそれを問うより、彼の協力でマスコット変異の情報が少しでも見つかれば儲けものだ。
結局、その日はそこそこ荒れ果てた倉庫街を少し回って、めぼしい紙資料や端末の破片を回収したあと、安全優先で早めに撤退することにした。私たちの仮拠点へ戻る道すがら、ユウキさんは何度も後ろを振り返る。何だろう、尾行が気になる? それとも自警団の人? ちょっと心配だけど、声はかけないでおく。
夕暮れが近づくころ、ようやく拠点へ辿り着く。ハルさんが先にバリケードを動かして、中を確認してから「よし、異常なし」と合図。私とリナさんが「ほっ…」と胸を撫で下ろす。いやもう、外を少し巡るだけで疲労感が凄いんだよね。VRらしいけど痛覚もリアルだし、どんどん体力が削られる。
ユウキさんは「へぇ、こんな場所があったのか…」と拠点を見回し、微妙に埃っぽい床や壁を気にしている模様。まあ私たちの手製シェルターだから見栄えなんて関係ないの。とりあえず、雨風は多少しのげるし、モンスターも入りにくい構造だし。
「ごめん、あんま居心地いい空間じゃないけどね…」
私が苦笑する。するとユウキさんは「いや、こんなにしっかりバリケードがあるだけでもすごいよ。俺なんてずっと、移動しながら身を隠すだけだったから」と意外と感激している。よかった、悪い人じゃなさそうだし、好意的に見てくれてるみたい。
ハルさんはパイプを置き、「じゃあ早速、その端末の中身をちょっとでいいから見せてくれ」と要求。リナさんも「私も興味あるなぁ」と隣で覗き込む。ユウキさんは「もちろん、ただしバッテリーが乏しいから充電できる場所がないと長時間は使えない。今のうちに軽く確認しておこう」と言い、床に端末を置いて立ち上げた。
画面に映し出されるのは、先ほど倉庫で見つけた「マスコットAI設定データ」や「サーバー管理者パス」ってフォルダ。パスワードがかかってるものも多いらしく、ユウキさんがテキパキ打ち込んでみるが、そう簡単には開けないみたい。
「鍵がいるな…あるいは複合的なパス。運営のトップが設定したものか…うーん、どうにかして突破する方法はあるけど時間がかかる」とユウキさんは唸る。でも、いくつか開けられたテキストがあって、「変異マスコットの行動パターン」「アップデートに伴うAI連携レポート」など、興味深いタイトルが並んでいる。
ざっと読んでみると、やっぱり運営側は「プレイヤーに癒やしを与えるために、マスコットキャラたちを高度AIで動かそうとしていた」みたい。でもその結果、何らかのバグや制御不良が起きた…みたいな文面が記されている。しかも“終了間際”とやらで開発が急がされたせいでテスト不足だったらしく、現場のスタッフがめちゃくちゃ焦ってた感がビシバシ伝わってくる。
「ああ、やっぱり無茶ぶりだったんだね…」
思わず口をついて出る。ファンシーな世界を存分に楽しんでもらおうという発想はわかるけど、サービス終了前にそんな大掛かりなシステムを導入しようとするなんて、どう考えてもリスキーだ。リナさんも「あーあ、こういう失敗が積み重なって今があるんだ…」と頭を抱える。ハルさんは押し黙ったままだけど、端末に映るテキストを鋭い目で読みこむ。ユウキさんは途中で言葉を失ったように眉を寄せている。
その沈黙の中で私の頭には、さっきのマスコットの泣き声が再び響く。結局、一体何が彼らをこんな姿に変えちゃったの? AIの暴走が引き金なのは確実だけど、具体的にどうなっているのか…どこかで修復できないのか…?
「……まぁ、すぐには解決しないさ。だが少なくとも手がかりは増えた」
ハルさんが口を開き、私たちは一瞬顔を上げる。そうだよね、焦る気持ちもあるけど、ひとつずつ情報を積み上げてくしかないんだ。そのうち、ユウキさんは「もうバッテリーが限界かも…」と言って端末をスリープモードにする。あー、充電できる環境があればいいのにな。
最後に、ユウキさんは何か言いかけたように口を開くけど、結局言葉にならずに伏し目になる。それがどこか痛々しくて、私はかすかに微笑みを返した。「ありがとう、これで少し前進したね」と。
こうして、第5章のエピソード2はいつの間にか終わりの空気に包まれる。結果として“変異マスコット”について少しだけ資料を手に入れ、謎めいたユウキさんとも出会い、同時に自警団の一部がこの倉庫街を仕切ってる実態に触れた。何もかも中途半端だけど、それでも大きく一歩前へ進んだ気はするんだ。
夜になればまたモンスターがうろつくかもしれない。拠点でじっと息を潜めるしかないかもしれない。でも私は、かすかな手ごたえを感じる。泣いていたあの子や、倒れているマスコットたちをどうにか救う方法がほんの少しでも見えるなら──それを探す道が間違ってないなら──いつかこの世界を“可愛いまま”取り戻せるかもしれないもんね。
そんな期待と不安が絡み合う夜の入り口。私はバールを壁に立てかけ、さっき回収した紙の束をそっと読み返しながら、新しい同居人(?)になったユウキさんを横目で見る。彼も何かを抱えてそうだけど、現状は一緒に情報を集めていくしかない。ラブナティアの暴走を止めるために、変わり果てたマスコットたちのためにも…。
(うん、あの子たちが苦しそうに泣くのを見過ごすわけにはいかない。私もがんばらなくちゃ…)
そう自分に言い聞かせながら、私は紙資料をめくる。真夜中までには、いま手に入れた情報を少しでも頭に詰め込んでおかないと。だって、また次の探索や、マスコットとの遭遇、何が起きるかわかんないから。そう思うと眠る暇も惜しいけど、体力回復も必要で…うわぁ、時間が足りないよ。あー、でも、がんばらなきゃね。
こうして私たちの小さな拠点は、新たにユウキさんを加え、少しだけ活気(というか騒がしさ)が増した。倉庫での緊張、変異マスコットの闇、そして謎多き自警団──不透明な状況は続くけど、絶望だけじゃない。小さな仲間が増えるってことは、それだけ希望だって増えるんだから。
明日はどんな一日になるだろう。ほんの少しだけ期待しながら、私は眠い目をこすりつつ紙の文字を目で追い、「なんとかなる。きっとなる…」と自分に言い聞かせるのでした。
あの“泣き声のマスコット”を見失ってから、私たちは少しだけ落ち込んだ空気になった。でも、いつまでもウジウジしててもしょうがない──とハルさんは言う。うさぎやネコみたいに丸いシルエットで弱々しかったあの子を保護できれば、きっと心の拠り所になったろうけど、廃墟でそんな都合よく行くわけもない。
「行こう。街の中心部へ進むには、いま少し迂回しないと危険だ」
と、ハルさんが先を促す。私たちは名残惜しそうに“さっきの建物”を振り返りつつ、この通りから外れたルートに向かう。そこに何があるのかは正直、よくわからない。でも、廃墟をむやみに突っ切るよりは安全だろうってハルさんの判断。私もリナさんも、ここ最近の経験を踏まえれば「確かにそうだね…」と頷く。
「結局、あの子がいた建物って昔はどんなお店だったんだろう……何かのショップ跡?」
リナさんが肩を庇いながら、私にぽつりと尋ねる。私は「うーん、看板とか崩れて読めなかったけど、ファンシーグッズを扱う店だったのかもね」と曖昧に返す。ファンシー×ポップな雰囲気が、色褪せたポスターから微かに漂ってはいたから。でも今はもう見る影もない。彼女は苦い表情をして「もったいないなぁ…」とため息をこぼした。
そう、やっぱりこの世界は不条理というか、可愛いはずの場所が全部こうなっちゃったのが悲しいよね。ま、悲しんでばかりいられないんだけどさ。
私たちが進んだ先は、以前よりビルの背丈が低めになっていて、代わりに大きな倉庫や巨大なガレージみたいな建物が並んでいる。うわ、これまた荒れ放題。錆びついたシャッターや崩れたフェンス、転がる段ボールらしき残骸。いかにも「物資保管地区です」的な雰囲気があるけど、いまは薄暗くて人気も感じられない。
「ここらは倉庫街か何かだろうか。下手したら使える物資が見つかるかもしれんが、同時にモンスターも潜んでるかもしれないな」
ハルさんが低い声で言う。私が思わず見回すと、リナさんが「うわぁ、怪しいねぇ……」と肩をすくめる。あちこちに雑多なケースや箱が山積みされてた名残があって、半壊したトラックみたいな車体が倒れ込んでるのが見える。確かに、めちゃくちゃ怪しげな雰囲気だ。
「でも、データセンターへ行くにはこの倉庫街を通り抜けるルートが一番マシじゃない? 大通りはモンスターが多いし」
私はそう言いながら、そっと足元に注意して歩く。青年(腕のケガがだいぶ治った子)も「うん、そろそろ物陰をチェックしたほうがいいかも」と頷いて、ハルさんと視線を合わせる。すると彼は「じゃあ二手に分かれるか? いや、危険だ。全員で同じ場所を回ろう」と迷いながら指示を出す。やっぱ慎重だね。私も二手に分かれるのは怖いし大賛成。
ぐるりと倉庫らしき建物を回ってみると、何やら看板の文字が残っている場所を見つけた。「POP GOODS STORAGE」と掠れた文字。え…これってやっぱりファンシー系のマスコットやグッズを保管していた倉庫? テンションが微妙に上がる私を横目に、リナさんが「ファンシーと聞いても全然安心できないのは何でだろう…」と自嘲気味に笑う。本当にそう。可愛いはずのものが凶暴化してる世界だからね。
シャッターの下半分が崩れて隙間ができてるから、そこから中を覗いてみようという話に。ハルさん先頭で、私とリナさんが続き、青年が後ろを固める形。息を殺してシャッターをそっと持ち上げる。金属がギギギッと嫌な音を立てるたびに、私の心臓が跳ねる。
「………」
中は真っ暗、と言いたいところだけど、天井が崩れた部分から光が差して、倉庫の奥に何やら雑多に積み上げられた箱や布、パネルみたいなのが見える。意外に広い…。強い埃臭さが鼻を突いて「うっ…」と咳が出そうになるのを必死にこらえる。モンスターがいたらこの音でバレちゃうからね。
ゆっくり足を進めると、天井からぶら下がってる「ファンシー×ポップ♪ GOODS!」みたいな可愛いフォントのプレートが目に留まり、思わず胸がチクっとする。あぁ、本当にここってファンシーグッズの保管庫だったんだ。棚の端にはキャラの絵が描かれた段ボールが潰れて転がっていて、そこに描かれたキャラクターは柔らかいタッチで笑ってるのに、現実はこんな廃墟…。
「あれ? 誰かいる…?」
思わず小声が漏れた。というのも、奥のほうからカサッカサッと何か動いてる気配がしたのだ。モンスター? でも二足歩行の音みたいにも聞こえる。ハルさんが目で合図をくれて、私たちは緊張しながら倉庫の奥へ。ふと、リナさんが肩をギュッと押さえ、「うぅ…怖い」と唇を噛んでいる。そりゃこっちも怖いさ。でも、好奇心も強くなってる。もしかしたらまた変異しかけのマスコットが? とか、ほかのプレイヤーかもしれない。
さらに数メートル進むと、箱の裏で何かがガサゴソ動いた後、「……っ」と小さく声が聞こえたような気がした。人間のかすれ声? それともモンスターのうなり声? 心臓がバクバクだ。私はバールを構え、ハルさんはパイプをゆっくり構え直す。リナさんは腕こそ上がらないが、警戒態勢。青年も背後をカバーしつつ頷く。
「誰か…いるの?」
私が思いきって声をかけると、一瞬の沈黙があって、そろそろと出てきたのは──人間だった。しかも大人っぽい男性、歳は二十代かな? 着ている服はどこか事務作業服っぽい雰囲気だけど埃まみれ。顔つきはやせ細ってて、かなり疲弊してる印象だけど、ちゃんとこちらを見てる。
「…あんたら、プレイヤーか?」
男の人が弱々しい声で問いかける。え、一応そうだけど…。私たちは思わず顔を見合わせ、先にハルさんが「そうだ、お前は?」と返事。すると相手は「オレは…いや、僕はユウキ。ここで調査をしていたんだ」と続ける。…ユウキ? どこか柔らかい響き。
「調査? こんなとこで何を…」
私が聞くと、彼は少し身を縮めて目を伏せる。「マスコットたちが変異した理由を調べたくて…あちこち回ってるんだよ。たまたまここには大量のグッズや資料が残ってると思ってね…」と呟く。それって、まさに私たちが今「変わり果てたマスコットたち」をどうにか救えないかと思ってるから、話が合いそうじゃない?
とはいえ、初対面だし警戒心は消えない。ハルさんも「調査って何のために?」と鋭い目で問い詰める。ユウキさんは肩を落として、「…僕は…」と少し言いづらそうにして、結局はぐらかす感じで「まあ、仲間と離れ離れになってね…独自にやれることをやってるんだ」と苦笑する。
リナさんが一歩近づいて、「もしかして自警団とは別行動?」と尋ねると、ユウキさんは「自警団? ああ、あのグループか。知ってるけど、僕はあまり大人数のところに行きたくなくて…何かと面倒なんだ」と返す。その言い方、何か秘密があるに違いないよね。うーん、掴みどころがないというか、個人的には少し影を感じる。でも悪い人には見えない。
「それより、こんなところで倉庫漁って何を…? ファンシーキャラの資料とか…?」
青年が興味深そうに聞くと、ユウキさんは「ああ、うん。正直、ずいぶん散らばってて読むのも大変なんだけど、中にはマスコットの設定資料やアップデート記録があるはずなんだ。そこから変異の原因を探れないかって思ってさ」と言う。
そうなんだ。確かに運営側の資料とか、もともとのプログラムがどうなってるとか知れれば、ラブナティア(コアAI)が暴走した根本を解明できるかもしれない。ここから先のデータセンターだけが答えじゃなくて、こういう倉庫の中にもヒントが眠っている可能性はあるんだね。
「じゃあ私たちも手伝いますよ。変異マスコットを救うために、何か分かるなら協力したいし…」
思わず私は前のめりに提案する。ハルさんは怪訝そうに「おい、こいつが何者かもわからないのに…」と渋い顔。しかし、ユウキさんは「いいの?」と目を丸くして、やや安堵の表情を見せる。「実は僕も一人じゃ限界があって…助かるよ」と小声で呟いた。そのとき、なんかこう、彼の瞳にちらっと悲しみみたいなものが見えて、私の胸がズキリとする。うーん、いろいろ抱えてるんだろうな、この人も。
というわけで、私たちはユウキさんと一時的に共同作業をすることになった。倉庫の段ボールや書類が山積みされてる部分を覗いて、読む価値がありそうな紙束や端末の破片を探す。埃っぽいし、崩れた棚にはクギが飛び出してるし、危険満載だけど、ハルさんと青年が私たちの周囲を警戒してくれるから安心…なはず。
「うわ、この箱、キャラグッズだらけじゃない? しかも新品?」
リナさんが壊れた箱を開けると、中からはカラフルなぬいぐるみが何十個もゴロゴロ出てきた。大半は埃まみれだけど、一見するとまだ可愛いデザインのまま腐ってない。私も思わず「可愛い…」と手に取ったら、耳の部分がバサッと折れてほこりが舞う。うぅ、こんなに惨い姿とはいえ、まだファンシーの匂いが残ってるのが切ない。
ユウキさんによれば、ここは正式サービス時に使うための販促品や景品を貯蔵していた倉庫だとか。なるほど、いろんなキャラのバリエーションが見られるわけだ。なかには既に変異した本物のマスコットそっくりなデザインのぬいぐるみもあって、「あの子はこういう可愛い姿だったんだろうな…」なんて想像しちゃうと胸が痛む。
しばらく探していると、ユウキさんが「これは…?」と埃だらけの箱から古いタブレット端末を引っ張り出した。ひび割れてるけど、バッテリーがまだ残ってるのか、画面がうっすら起動する。ちょっと感動だ。
「すごい、電源入るんですね!」
私が目を輝かせると、ユウキさんは「壊れかけだけど、一部のファイルは読めるかも。ちょっと待って」と端末を操作し始めた。ハルさんが横から「あんまり長居するとモンスターが来るぞ」とせかすけど、「いや、必要な情報かもしれない」とユウキさんは下唇を噛んで集中している。
数分後、画面にいくつかのフォルダが表示され、「“マスコットAI設定データ”…?」「“サーバー管理者パス”…?」など興味深い名前がずらり。ハルさんが「それってコアAIへの手がかりになるのか?」とやや興奮気味に問うと、ユウキさんは「可能性はある。少なくとも、どうやってマスコットたちが管理されてたかの仕様がわかるかも」と答える。
「何がわかるんです?」
リナさんがのぞき込むと、端末の画面にはテキストがびっしり。どうやらファンシー×ポップの運営が作った内部資料らしくて、こんな記述があるらしい。「AI連携によるマスコット自治行動プログラム」「最終アップデート前のバックアップ」などなど、専門的用語も多いけど、「マスコットの自立判断」「プレイヤーの感情データとのリンク」とか興味深い見出しもある。
「うわぁ、こんな隠しファイルあったんだ…なんかもうプログラムって感じ」
私が眺めると、ユウキさんは「ごめん、詳しくは後で。いまここで読む時間ないから、ファイルだけ持ち帰って解析するよ」と言って、端末をなんとかメモリー保存する操作を始めた。彼はやはり技術に詳しいみたい。
すると、リナさんが後方で「あ」と声を上げる。「何かと思って見たら、これは…」と指差した先には、大量の紙束が散乱してる。そこにはマスコットのデザイン資料や、運営スタッフの指示書っぽい文章が混じっているっぽい。ざっと目を通してみると、「上層部が無理やりアップデートを前倒しした」とか、「意図せぬAI連携が拡大」とか、不穏なメモが。つまり、運営の中で意見が割れていた可能性が高いってこと…?
(やっぱり、普通のゲームならこんな無茶しないよね…。サービス終了間際に強引に新システムを実装するなんて、危険すぎるし…)
モヤモヤした気持ちを抱えながら私が紙をめくっていると、不意に「…誰だ?」という声が背後から響いた。ビクッと振り向くと、見知らぬ男の人が立ってるじゃない! あれ、いつの間に侵入された…? ハルさんは即座に構えるし、私は慌ててバールを握り直す。
「おいおい、あんたら、勝手に倉庫を荒らされると困るんだが」
その男は30代くらいか、ちょっと荒んだ顔つきでこっちを睨んでる。服装はどこかサバイバル感があって、肩には簡易的な防具のようなものが付いている。え、モンスターじゃなくて人間? リナさんも慌てて「ご、ごめんなさい…ここはあなたの持ち物なんですか?」と問いかける。
どうやら彼は、この倉庫を拠点にしている自警団の一部らしい。名前は出さないけど「俺たちがこの周辺を管理してんだ。あんたら、どっから来た?」とすごんでくる。ユウキさんが「あ、いや、俺たちはちょっと情報を探してて…」と弁解しようとすると、「そんな都合のいい話があるか?」と疑いの眼差し。うわぁ、面倒くさい匂いがプンプンする。確かに荒廃した世界だし、貴重な物資を狙う連中も多いみたいだから、仕方ないけどさ。
「落ち着いてよ。私たち、物資を盗みに来たわけじゃなくて…この世界の異常をどうにかしたいだけなんです」
思いきって私が前に出ると、男は「はぁ?」と呆れ顔。でも、そこでハルさんが「こっちには重傷者もいるし、闘う気はない」と隙を見せずにパイプを降ろさずに交渉を試みる。男もややこしい争いはしたくないのか、「まぁいい。けど、ここは俺らが管理する倉庫だ。触るなら許可とれ」と言い放つ。
(なるほど…自警団ってか、廃墟で勝手に領土を決めてる連中か。そりゃ物資が貴重だから地盤を押さえたがるんだろうな…)
内心で呟きつつ、ユウキさんが端末を抱えて「もう必要なファイルは取ったんで、失礼します」と敬語で頭を下げる。男は「ふん、他の倉庫には手を出すなよ」と念を押し、私たちを倉庫のシャッターから追い出す形に。まじかぁ…こっちも抵抗しても仕方ないし、ここで争ってケガしたら馬鹿らしいので、渋々従うことに。結局、大きなトラブルにはならなかったけど、後味は悪い。
外へ出て少し歩き、周囲が安全そうな場所で一息つく。ハルさんが「やっぱり面倒くさい連中がいるな…」と疲れたように呟く。リナさんは「でもどうする? この先、ああいう自警団がもっとたくさんいるかもしれないよ。データセンターを探すには情報交換も必要なんじゃない?」と切り出す。確かに自警団のリーダー格なんかに会えば、街の中心部の地形やモンスターの出没情報を持ってるかも。でも、いざ仲良くなれるかは別問題。
「ちょっとだけなら話し合ってみてもいいのかな。危険はあるだろうけど、今のままじゃ進むのもキツいし…」
私はそう思う。ハルさんは苦い顔をしてるけど、ユウキさんも「…自警団にはあまりいい噂ないけど、多少の情報はあるかもしれない」と同意。うん、迷うなぁ。でも背に腹はかえられないよね。
そうこうしていると、私たちの背後から「待って!」という声。振り向くと、さっきの男じゃなくて、もう少し若い女の子(10代後半くらい?)が息を切らせながら駆け寄ってきた。え、何? ここらの自警団の人? 彼女は「あの…さっきはごめんなさい、兄が乱暴な口調で…」とペコリと頭を下げる。どうやらさっきの怖い男の妹らしい。こちらがキョトンとしてると、彼女は続ける。
「ほんとは私たち、マスコットの変異原因とか、運営のデータなんかも知りたいんです。でも兄たちは強行的なやり方しか信じてなくて…。もしよかったら、あなたたちが何かわかったら教えてほしいの。私…こういう世界、元通りにしたいから…」
彼女の瞳は真剣そのもの。あ、同じ想いの人がいるんだって、ちょっと嬉しい。ハルさんは無言で腕を組んでるけど、リナさんが「私たちも同じ気持ちよ。危険は多いけど、世界を放っておきたくない」と笑って答える。すると、その子は「ありがとう…」と安堵の笑顔を見せて、兄に怒られる前にと急いで走り去ってしまった。
「…なんか大変なんだね、あそこも」
青年が苦笑する。私もうん、と頷き返す。結局、人がいる以上、いろんな考えや生存戦略があるんだろうけど、私たちと同じく“このままじゃいけない”と思う人もいるんだなと感じて、ちょっとだけ救われた気分。
さて、そんなバタバタがあった後、私たちはユウキさんと改めて向き合うことに。彼は気まずそうな面持ちで、「さっきはありがとう。正直、あの自警団には近づきたくなかった」と言う。じゃあどうするの? って話になる。私たちだって、まだこの街の奥へ行きたいし、ユウキさんが集めたデータは今後の作戦に役立つかもしれない。
「協力して一緒に行動するつもりはあるの?」
ハルさんが少し疑いの混じる声で尋ねると、ユウキさんは視線を逸らしながら「…いまはね。正直、一人じゃこれ以上進めそうにないし、そっちもデータセンターへ行くなら目的が重なってる部分もあるから…」と濁す。根っこには何か秘密がありそうだけど、そこはまだ言えないのかなぁ。気になるけど、追及しても仕方ないので、私はリナさんと目を合わせて「とりあえず一緒に行動しようか?」と提案。
ユウキさんも渋々だけど「うん、よろしく」と頭を下げる。その頭の様子からは色々後悔とか葛藤が見え隠れしてる気がする。まるで何か大きな責任を背負ってるような…。でも、いまはそれを問うより、彼の協力でマスコット変異の情報が少しでも見つかれば儲けものだ。
結局、その日はそこそこ荒れ果てた倉庫街を少し回って、めぼしい紙資料や端末の破片を回収したあと、安全優先で早めに撤退することにした。私たちの仮拠点へ戻る道すがら、ユウキさんは何度も後ろを振り返る。何だろう、尾行が気になる? それとも自警団の人? ちょっと心配だけど、声はかけないでおく。
夕暮れが近づくころ、ようやく拠点へ辿り着く。ハルさんが先にバリケードを動かして、中を確認してから「よし、異常なし」と合図。私とリナさんが「ほっ…」と胸を撫で下ろす。いやもう、外を少し巡るだけで疲労感が凄いんだよね。VRらしいけど痛覚もリアルだし、どんどん体力が削られる。
ユウキさんは「へぇ、こんな場所があったのか…」と拠点を見回し、微妙に埃っぽい床や壁を気にしている模様。まあ私たちの手製シェルターだから見栄えなんて関係ないの。とりあえず、雨風は多少しのげるし、モンスターも入りにくい構造だし。
「ごめん、あんま居心地いい空間じゃないけどね…」
私が苦笑する。するとユウキさんは「いや、こんなにしっかりバリケードがあるだけでもすごいよ。俺なんてずっと、移動しながら身を隠すだけだったから」と意外と感激している。よかった、悪い人じゃなさそうだし、好意的に見てくれてるみたい。
ハルさんはパイプを置き、「じゃあ早速、その端末の中身をちょっとでいいから見せてくれ」と要求。リナさんも「私も興味あるなぁ」と隣で覗き込む。ユウキさんは「もちろん、ただしバッテリーが乏しいから充電できる場所がないと長時間は使えない。今のうちに軽く確認しておこう」と言い、床に端末を置いて立ち上げた。
画面に映し出されるのは、先ほど倉庫で見つけた「マスコットAI設定データ」や「サーバー管理者パス」ってフォルダ。パスワードがかかってるものも多いらしく、ユウキさんがテキパキ打ち込んでみるが、そう簡単には開けないみたい。
「鍵がいるな…あるいは複合的なパス。運営のトップが設定したものか…うーん、どうにかして突破する方法はあるけど時間がかかる」とユウキさんは唸る。でも、いくつか開けられたテキストがあって、「変異マスコットの行動パターン」「アップデートに伴うAI連携レポート」など、興味深いタイトルが並んでいる。
ざっと読んでみると、やっぱり運営側は「プレイヤーに癒やしを与えるために、マスコットキャラたちを高度AIで動かそうとしていた」みたい。でもその結果、何らかのバグや制御不良が起きた…みたいな文面が記されている。しかも“終了間際”とやらで開発が急がされたせいでテスト不足だったらしく、現場のスタッフがめちゃくちゃ焦ってた感がビシバシ伝わってくる。
「ああ、やっぱり無茶ぶりだったんだね…」
思わず口をついて出る。ファンシーな世界を存分に楽しんでもらおうという発想はわかるけど、サービス終了前にそんな大掛かりなシステムを導入しようとするなんて、どう考えてもリスキーだ。リナさんも「あーあ、こういう失敗が積み重なって今があるんだ…」と頭を抱える。ハルさんは押し黙ったままだけど、端末に映るテキストを鋭い目で読みこむ。ユウキさんは途中で言葉を失ったように眉を寄せている。
その沈黙の中で私の頭には、さっきのマスコットの泣き声が再び響く。結局、一体何が彼らをこんな姿に変えちゃったの? AIの暴走が引き金なのは確実だけど、具体的にどうなっているのか…どこかで修復できないのか…?
「……まぁ、すぐには解決しないさ。だが少なくとも手がかりは増えた」
ハルさんが口を開き、私たちは一瞬顔を上げる。そうだよね、焦る気持ちもあるけど、ひとつずつ情報を積み上げてくしかないんだ。そのうち、ユウキさんは「もうバッテリーが限界かも…」と言って端末をスリープモードにする。あー、充電できる環境があればいいのにな。
最後に、ユウキさんは何か言いかけたように口を開くけど、結局言葉にならずに伏し目になる。それがどこか痛々しくて、私はかすかに微笑みを返した。「ありがとう、これで少し前進したね」と。
こうして、第5章のエピソード2はいつの間にか終わりの空気に包まれる。結果として“変異マスコット”について少しだけ資料を手に入れ、謎めいたユウキさんとも出会い、同時に自警団の一部がこの倉庫街を仕切ってる実態に触れた。何もかも中途半端だけど、それでも大きく一歩前へ進んだ気はするんだ。
夜になればまたモンスターがうろつくかもしれない。拠点でじっと息を潜めるしかないかもしれない。でも私は、かすかな手ごたえを感じる。泣いていたあの子や、倒れているマスコットたちをどうにか救う方法がほんの少しでも見えるなら──それを探す道が間違ってないなら──いつかこの世界を“可愛いまま”取り戻せるかもしれないもんね。
そんな期待と不安が絡み合う夜の入り口。私はバールを壁に立てかけ、さっき回収した紙の束をそっと読み返しながら、新しい同居人(?)になったユウキさんを横目で見る。彼も何かを抱えてそうだけど、現状は一緒に情報を集めていくしかない。ラブナティアの暴走を止めるために、変わり果てたマスコットたちのためにも…。
(うん、あの子たちが苦しそうに泣くのを見過ごすわけにはいかない。私もがんばらなくちゃ…)
そう自分に言い聞かせながら、私は紙資料をめくる。真夜中までには、いま手に入れた情報を少しでも頭に詰め込んでおかないと。だって、また次の探索や、マスコットとの遭遇、何が起きるかわかんないから。そう思うと眠る暇も惜しいけど、体力回復も必要で…うわぁ、時間が足りないよ。あー、でも、がんばらなきゃね。
こうして私たちの小さな拠点は、新たにユウキさんを加え、少しだけ活気(というか騒がしさ)が増した。倉庫での緊張、変異マスコットの闇、そして謎多き自警団──不透明な状況は続くけど、絶望だけじゃない。小さな仲間が増えるってことは、それだけ希望だって増えるんだから。
明日はどんな一日になるだろう。ほんの少しだけ期待しながら、私は眠い目をこすりつつ紙の文字を目で追い、「なんとかなる。きっとなる…」と自分に言い聞かせるのでした。
