ファンシー×ポップ×アポカリプス

【エピソード3:かつての娯楽施設での攻防】

 いつからだろう、私が朝起きて最初に思うことが「何も起きませんように…」になったのは。もともとこんなにネガティブなタイプじゃなかったはずなんだけど、廃墟だらけのファンシー×ポップ世界(?)で暮らしていると、徐々に慎重にならざるを得ない感じ。
 でもまぁ、起きちゃったものはしょうがない。いつも通り、布団というにはあまりに心許ないボロ布からはい出して、背伸びをして大きく息を吸う。鼻がツンと埃っぽいにおいを拾って、「そうだよね、ここはVRゲームの廃墟なんだよね…」って現実(?)に引き戻される。

 「あー、おはようございまーす…って言う相手もいないかもしれないけど、とりあえず習慣として…」

 小声でぼやいてみたけど、端っこを見るとアツシさんがまだ眠そうに丸まってるし、リナさんは肩の痛みに耐えて寝返りを打ってる。ハルさんは相変わらずバリケード側で「何かあってもすぐ起きられる」的な姿勢をキープしてる(でも目はうつろ…たぶん徹夜かも)。コウジさんは足のケガが疼くのか、そっと額に手を当ててる。腕の負傷者の青年は…あ、あれ? 拠点の奥のほうで、うさぎちゃん(勝手に命名してるけど)を覗き込んでるみたい。

 「あ、陽菜さん、おはよう。こっち来て」

 青年がこっちを振り返って手招きしてる。行ってみると、うさぎの子が布の上でくるまっていて、前よりかなり呼吸が安定してる感じ。私が少し水と砂糖を混ぜたものを毎日あげているおかげなのか、かすかに毛並みが元通り(?)に近づいてるような…見た目ボロボロだけど、確かに数日前より生気がある気がする。

 「わぁ、ちょっとは元気そうだね」

 勢い込んでしゃがみ込むと、うさぎはかすかに瞼を動かしてくれた。これ、ほぼ瀕死だった時とは大違いじゃない? 中学のころ、いや今も中学生だけど、現実世界でこんな動物のお世話なんて経験ないのに、意外と何とかなるもんだなぁと感心しちゃう。

 そりゃ、本当は医療知識なんてないし「これでOK!」なんて断言できないけど、少なくとも死にそうだった生き物がここまで回復してくれてるのは嬉しい。ファンシー度が1%くらい戻ってきたかも。

 「うさちゃん、今日も砂糖入りの水、ちょびっとだけど飲めるかな? 欲しいなら舐めてね…」

 小声で話しかけながら、手のひらに微量の水を載せて近づける。すると、ぺろりと舌で舐める動きが見えた…やった! 私の心は一瞬でぽわっと温かくなる。廃墟で生きてる希望って、こういうちっちゃな瞬間なんだよね。マジで涙出そう。

 「かわいいなー。ほんと、もう少ししたら拠点をぴょこぴょこ跳ね回るのかな」

 後ろから声がして振り返ると、リナさんが肩を押さえながらこっちに来てた。私が「でもまだまだ弱いみたい」と言うと、彼女は「いや、それでも最初に見たときよりすごい進歩じゃない? 生きようとしてるんだね、偉いなぁ…」と柔らかい笑み。ケガした大人が苦しい顔で“偉いなぁ”って言うと、なんだか説得力あるよね。

 そんな光景を横目に、ハルさんはバリケード側で「うさぎに水なんか使う余裕あんのか…」ってムスッとしてる風。まぁ、わかるけど、私たちだって無駄遣いしてるわけじゃないんだよ。死に物狂いで毎回砂糖を加減して、指先でちょんちょん与えてるんだから。心配性というか、現実主義というか、そこもハルさんのいいところだと思ってる。

 「でもね、ハルさん。見て、こいつ本当に元気になってきたってば。凶暴化もしてないし、モンスターになる兆候なんてゼロだよ?」

 私が自信満々にアピールしてみせると、ハルさんは「ふん…」と横を向く。もう、素直に褒めてくれればいいのにさ。そりゃ大の男が動物にメロメロなんて絵は期待してないけど、もうちょっとデレてくれてもいいと思うんだけどなぁ。

 そのうさぎを撫でつつ、小さく息を吐く。ああ、なんか今日は平和だなって思った矢先に拠点の奥で「うぐっ…」とうめき声。ビクッとして振り向くと、コウジさんが足の傷を押さえながら辛そうな顔をしてる。

 「動かそうとするとやっぱり痛い…最初よりはマシになったけど、まだ完治には程遠いか…」

 「無理しないで…! ここ、狭いし動かすだけでも足に負荷かかるから、しばらくゆっくりしてて」

 きゅっと結んだ唇で、私は急いで包帯の確認をする。夜に変な動きをしたか、あるいはちょっとした刺激で血がにじんじゃう可能性もあるし。どうやら深刻な出血じゃないようだけど、痛み止めもないから辛いだろうなぁ。こういうとき、ファンシー×ポップらしい「回復魔法」を唱えれば一発なのに。もう、現実すぎて切ないよ。

 「うぐぐ…もういいや、しばらくここでジッとしてる…ごめんね、陽菜ちゃん。いつも面倒みてもらって」

 「気にしないでってば。私だってハルさんやみんなに守られてるし、お互い様でしょ」

 そう言いながら、できるだけ優しく包帯を巻き直す。やっぱり少し血のシミがある。止まってるといっても、まだ完璧じゃないもんね。コウジさんは申し訳なさそうにしてるけど、私こそ彼をこれ以上苦しませたくないし、ここで出来る介護を頑張るしかない。「大丈夫、日にち薬だよ!」なんて元気づけるけど、本音は早く良くなって一緒に動けたらいいなぁと思ってる。探索要員も増えるし、ラブナティアの件にも近づけるかもしれないし…。

 そんなこんなで、拠点の中は微妙に雑事が絶えず、静かなようで慌ただしい。“怪我人がベッドで唸ってるだけの日々”って、リアルに不安だし、でも皆がいい意味で仲良くなってきた感じもある。「あー今日ちょっと足がマシになった気がする」とか「肩痛いけど昨日より上がる角度増えたかも」とか、地味だけど回復の兆しが話題になると、みんなで「よかったね!」「もう少しで動けそう!」と喜んで盛り上がる。こういうの大事だよね、心が救われるもん。

 「ああ、そういえば…”あの子”はどう?」

 腕の負傷者が指差すのは、うさぎちゃんのこと。私は「今日は特に変化なし、でも呼吸安定してる」と報告すると、彼は「そっか、まぁ生きてるならいいや」とひと安心。誰もがそこまで甘い顔じゃないけど、「うさぎだから可愛い!」って言う雰囲気でもないし、でも「死んでほしくはない」みたいな。何このちぐはぐな優しさ。でもいいの、こういう所に人間味があって、私は好きだ。

 そうやって午前っぽい時間が過ぎ(時計がないから正確にはわからないけど)、やがて昼過ぎ的な光の具合になってくる。今日は一応晴れてるのか、外の空気が眩しいような気もするし、寒さはちょっとマシかも。みんなで食料をどうするか問題がまた浮上して、缶詰一個と砂糖と水をほんの少しだけ配る。いつも同じメニューで飽き飽きだけど、これがないと死んじゃうしね。後で少し寝れば体力も回復するかな?

 「……ふわぁ…」

 思わずあくびが出て、口を押さえる。昨日、ハルさんが休んでくれたぶん、私も夜は何度も目を覚ましちゃったんだよね。モンスターが出るんじゃないかって不安が頭から離れなくて、結局トータル3時間くらいしか眠れてない気がする。みんなも似たような状況だろうし、ほんといつ爆発してもおかしくない状態だよね、精神的に。

 「ねぇ、やっぱりしばらくこのまま休息優先かな。無理して探索に出ても良い成果出るわけでもないし…怪我を増やすだけだよね」

 私がぼそっと本音を漏らすと、リナさんやコウジさんが「そうだね…もうちょっとは…」と弱々しく同意してくれる。腕の青年は「そろそろ動きたい気持ちもあるけど、うーん…」と悩んでる。でも、やっぱり怪我が多い今は、急に危険に飛び込むより安定しつつ少しずつ回復を待つしかない。うん、分かっちゃいるけどジレンマ…。

 そのジレンマを吹っ飛ばすような、唐突なズドン!という音がどこか遠くで響いてきたのは、昼下がりっぽい時間帯だった。思わずみんながビクッと肩を震わせ、拠点の壁側に身を寄せる。何ごと? モンスターの咆哮? いや、ちょっと違う。金属の崩落音にしては大きいし…何かが爆発したような響きにも聞こえる。

 「え…なに、今の?」

 「外で、何か起きたんじゃ…?」

 全員の不安が一気に高まる。ハルさんがバリケードのほうでザッと身を低くして、隙間から覗き込む。私も一緒に足音を殺して近づくけど、外は相変わらず静かで、煙とかも見当たらない。あの衝撃音はなんだったの…? 遠い場所で建物が崩れたか、誰かがモンスター相手にドンパチやってるのか。考えたくないけど、ここでぼんやりしてるといつ波及してくるか分からない。

 「待機だな。下手に外へ出て巻き込まれるのはアホらしい」

 ハルさんが低い声で言って、結局私たちは拠点に固まって、音が再び響かないか耳を澄ます。こんなとき、すぐ近くの壁の一角でアツシさんが「くぁ…動くと痛い…」なんて言ってると、どうにも集中できない。でもしょうがないよね。怪我した人には優先対応。

 待つこと数十分。結局何も起きなかった。外はまた静まり返り、風がゴソゴソ瓦礫を揺らす程度。あれは何だったんだろう…誰かが戦闘でもしたのか、それとも大きなブロックが崩落して破裂音みたいなのが鳴っただけか。わからないけど、地味に怖いし、外に出て確かめる勇気はない。
 
 「はぁ…中途半端に怖がらせておいて、また何も起きないってのもストレスだよね」

 私が内心の弱音を思わず口にすると、みんなが苦い笑みを浮かべる。ほんとその通りだ。モンスターが来るなら来るで対処せざるを得ないし、来ないなら来ないで不安が残るし。結局このVR世界は私たちに休息を与えるふりして、じわじわ精神力を削ってるんじゃないかと疑いたくなるよ…。

 そんな不毛な緊張状態が続き、いつの間にか日が傾き始めて、辺りが赤紫色に染まりだす。ああ、また夕方か。何もしないまま一日が過ぎる。何かしたといえば「拠点の掃除」と「怪我の手当」と「うさぎのお世話」くらい。これを何日繰り返すんだろう…と頭を抱えたくなるけど、みんなが少しずつ元気になるならそれでいいのかも。

 「ね、陽菜さん…今日は夜どうする? また交代で見張り?」

 腕の青年が不安げに聞く。私もうんうんと頷き、「そうだね…特に危険の兆候もないけど、気を抜くとヤバそうだし。ハルさんには少し休んでほしいから、私たちでローテ組んで…」と答える。

 足の怪我が重いコウジさんやアツシさんは動けないから戦闘力ゼロだけど、見張りくらいなら音を聞いて起こす程度はできるし、リナさんと青年と私が交互に巡回するかたちにすれば何とかなるだろう。もう慣れつつあるのが怖いけど、まぁ仕方ない。

 「皆、ごめんね…私ばっかり昼寝するわけにもいかないけど、肩が痛いと夜の巡回もなかなか…」

 リナさんが気遣いながら引け目を感じてるけど、こちらとしては「大丈夫! 無理しないで」としか言えない。でも本人も多少は動きたい気持ちがあるみたいで、「ほんとに辛かったら代わってって言うから」という条件でローテに加わることに。そうやって合意して、薄暗い拠点でまた夜を迎える準備完了。

 「あーあ、今日も平和だったけど、何も進展なく終わりそうだね」

 私がぼそっと本音を漏らすと、そばで寝転がってたアツシさんが「いや、生きてるだけマシだよ」と笑う。そうなんだよね。何も起きないってつまり全滅もしないし、けが人は増えないってこと。逆に回復への時間が稼げる。だけどラブナティア問題や本来のファンシー×ポップらしい世界を取り戻す夢は、また遠のいているような気もする。

 「でもさ、いつかきっと、動けるようになったらみんなで情報探しに行こうよ。廃墟の中心地とか、運営のサーバールームとか…どこかに手がかりがあるかもしれないじゃん?」

 勢いよく口にすると、コウジさんやリナさんも苦笑だけど「そうだね、いつか…」と同意。いや、いつかじゃなくて近い将来じゃないと、食料も水も有限だし…。まぁ、そのあたりは話し合い次第か。

 日が沈みかけ、拠点の中はほんのわずかな光を頼りに動くくらいしかできなくなる。モンスターが歩き回る時間になるかもしれないし、皆で声を潜めながら夕食(と呼べるほどのものじゃないけど、缶詰の欠片や砂糖水)をそそくさと口にする。お腹は満たされないけど、これが私たちの生命線。思わず「はぁ…パンが食べたい」とか呟くと、隣で青年も「俺はラーメン…」と遠い目をする。リナさんは「さすがに甘いものはしばらく見たくないかも…」と苦笑。そっか、砂糖舐めまくってるからか。そんな雑談も大切だ。

 「じゃあ夜は…リナさん、一応二時間くらいだけ見回りやってもらって、無理なら俺が交代します。陽菜さんは後半ってことで…」

 青年がささっとローテーション表を作ってくれてるのが頼もしい。私もうなずいて「了解! もしなんか来たらおおげさに叫んで起こしてね」なんて言っておく。こうして小さなチームが、部活みたいに連携して夜を乗り越える。

 しみじみと、「何か進展が欲しいなぁ…」と思うけど、焦って動いて怪我人を増やしても後悔するし。いまは仲間がじわじわ治ってる希望を信じよう。うさぎも生き延びてるし、運営のAIが何をしてるか知らないけど、私たちは少なくともここで頑張ってるんだって胸を張りたい。ラブナティアなんて名前、耳にするだけで怖いけど、いつかその本体を止める日のために心と体力を温存するしかないんだ。

 そして夜が深まる手前、拠点の隙間からオレンジ色の空が徐々に紫に変わっていくのを感じる。こんな廃墟でも空の色は変化してるんだ。もしかすると、それが唯一の“自然のファンシー要素”なのかもしれない。こうして生き延びる日々が続くうちに、私たちは物語の半ば、レベルでいったら20くらいには……あれ? ここって、まだレベルとかあるのかな。そんなセルフツッコミを脳内でして、思わず苦笑。

 ともあれ、今日もなんとか無事に日が暮れそう。心配した爆音も、モンスターの襲撃も起きないまま時間が過ぎていくのはある意味ありがたい。このままみんなが回復して、いつか行動を起こせばいいんだ。ちっぽけな希望を抱きながら、私たちは夜の見張り交代の準備をする。焼け石に水のような食事と治療、でも仲間とささやかな会話や笑い合いがあるから、まだ折れない。

 「じゃあ、私、後半の時間で見張りするから、前半はみんなでうまく回しててね。もしうさぎの子が目覚めたら、教えて?」

 最後にそう声かけて、私は拠点の中央に倒れこむように布を敷いて横になる。腰が痛いし心もざわつくけど、ここで寝ないと後半の見張りができないし、夜の恐怖と戦えない。ハルさんをちゃんと休ませるのも今回の目標だし、私がしっかりしなきゃ。

 (そうか、まだまだ続くんだな、この日々。 でも…このペースでいいのかな…? ああ、ラブナティアの中枢ってどこにあるんだろう。ほんとに、いつか誰かが教えてくれればいいのに…)

 そんな不安を抱えつつ、目を閉じる。あとは祈るしかない。夜が静かでいてくれること、みんなの怪我が少しでも良くなること、うさぎが元気を取り戻してくれること。それくらいしか願いようがないなんて、ちょっと悲しいけど、同時に“まだ願えるだけ希望がある”とも言えるかもしれないよね。何とか自分を勇気づけて、私はまどろみへと沈んでいく。夜が来る前に、少しでも眠らなきゃ。

 こうして、廃墟の夕暮れに包まれながら、私たちは平穏だけを祈るまったりとした時を過ごしている。ファンシー要素と言えば怪我から生き延びてるウサギと、ほんの少しの冗談くらいだけど、その一滴の優しさが私たちの心をつなぎ留めてくれる──そんな地味だけど大切な一日がまた過ぎようとしていた。