【エピソード1:廃都への到着】

 もう、朝か夜かすらもわかんなくなってきた。ここ数日ずっと、廃墟の中で暮らしているせいか、時間の感覚がグニャグニャになってる気がする。特に早朝なんだか深夜なんだか、外の空も色が曖昧だし、手元に時計なんてないし。こんなとこで暮らすなんて信じられないよなぁ……。普通、私が暮らすべき世界は可愛いぬいぐるみやカラフルな雑貨に囲まれて“ふわふわ生活”するはずなのに、現実は冷え切ったコンクリが枕代わり。まさかのサバイバル展開って、夢でももうちょい手加減してほしい…。

 そんなぼやきを胸に抱えつつ、私は床に敷いた布からのそのそと起き上がった。うう、腰が痛い。腕も痛い。正直どこもかしこも痛い。ああ、昨晩は拠点の見張りで何度も目を覚まして…とか思い返すと余計ツラい。でも、ほかのメンバーはもっと辛いよね。怪我してる人だらけで、少し血を動かすと「あ痛っ…!」とか言ってるし。

 「おはよ…うって言うほど“良い朝”じゃないけど、一応おはよう…」

 まだうっすら暗い拠点の中を見回す。リナさんとコウジさんは相変わらず、傷を庇うように毛布にくるまって寝息を立ててる。二人とも肩や足に深刻なダメージがあって、完治までにはまだまだ時間がかかりそう。そのせいか、顔にやっぱり疲れと痛みの跡がくっきり見える。腕を負傷した青年は壁際に背中を預けてうとうとしてるみたい。ゆっくり休んでほしいよ…。

 「あ、陽菜さん…?」

 か細い声が聞こえて振り向くと、足を怪我しているアツシさんが目をこすりながらこっちを見てる。くしゃっとした顔で、でも少し痛みがマシになったのか、昨日よりは落ち着いてる表情かな。

 「おはよ。眠れた?」

 私が声をかけると、アツシさんは苦笑いで「まあ、少しは……痛み止めとかあればいいけどね……」とつぶやく。そうだよね。ここ、ファンシー×ポップの世界だったはずなのに、実際は薬もなければ病院どころか注射器すら見当たらない。あったところで無事に使えるかわからないし。ううん、現実が厳しすぎる。

 「とりあえず痛むところを見せてもらっていい? 布巻き直そうか」

 そう言って近寄ると、アツシさんはコクリと頷いて足を伸ばす。右足の膝あたりに巻いた包帯が寝相のせいかズレていて、血の染みがまた増えてるんじゃないかと心配になる。そっと触れると、「あ痛っ…!」と声が漏れるけど、やっぱり滲んだ血は少しある。大した出血じゃないにしても、気になるなぁ…。

 「ごめんね、痛いよね。ちょっとだけ水使わせてもらうね」

 あんまり水を使うと消耗しちゃうから、ほんのちょっとだけボトルから垂らして布を湿らせる。アツシさんも慣れたもので、唇噛んで耐えてくれる。まさかこんな形でケガの手当ばかりすることになるなんて…ゲーム内で“回復魔法”とかあったら最高に便利なのに、このVR世界はバグなのか、本来のファンシー機能をまったく使わせてくれない。救済魔法とか…欲しいなぁ…。

 「よいしょ…これでとりあえずOK。あんまり動かさないでね。痛みが引くまでまだまだ時間かかりそう」

 「うん、ありがとう。でも、陽菜さんこそ大丈夫? 夜中、何度も起きてたようだけど…」

 心配そうに覗き込まれて、私は苦笑して「大丈夫大丈夫」と声を張り上げる。ほんとは全然大丈夫じゃないけど、ここで私が弱音はくとみんな不安になるし。ま、中学生としては頑張ってるほうなんじゃないかな。元々体育嫌いで、バテるの早いのに、こんな生活してたらちょっとはスタミナついたかも…って呆れた自己ツッコミしてみる。

 ひと通りアツシさんを介抱し終えたところで、拠点の中央を見渡すと、他の人たちももぞもぞと体を起こし始めている。リナさんは肩を押さえてちょっと唸りながら「おはよう…もう朝なの?」と口を開き、コウジさんは「昨日は夢で、アイテム自販機が動いて…ごちそうが出てきたんだ…」なんて寝ぼけたことを言ってる。なんだか微妙に笑えるけど、「いいなぁ、それ現実で起これば神なのにー」って返したい気持ちになる。

 「とりあえず、朝の挨拶ってことでいいんじゃない? ま、いい朝かどうかは別として…」

 私が苦笑気味に言うと、みんながわずかに笑ってくれた。こんな状態でも笑える瞬間があるって貴重だ。よーし、今日も生き延びるぞ…って気持ちになれる。お腹はぎゅるるとなってるけど、朝ごはんなんてそんなに期待できない。缶詰と水と砂糖、ほんのちょっとずつ分配するだけだし。ゲームで見た夢のようなファンシーメニューはここにはないんだもん…。

 「んで、ハルさんは?」

 リナさんが辺りを見回しながら言う。あっ、そうだ、ハルさんどうしてるかな。いつもは入り口近くで見張りしてるか、床に座り込んでぼんやりしてるかだけど、見当たらない。そっと拠点の入口に近づくと、やっぱりいない。バリケードは閉まってるし、中にはいない…ってことは、外に出たのかな?

 「また勝手に見回りとか言ってるんじゃない?」とコウジさんが半ば呆れ顔。腕の負傷者の青年も「昨日の夜も大して寝てなかったのに…大丈夫かな」と心配している。そうなんだよね。ハルさん、強がりだけど体は一個しかないってのに、あんまし休まないから…。案の定、無理がたたないといいけど、とヤキモキする。

 「仕方ない…ちょっと探してくる」

 思い切ってバリケードの隙間を開けて、外へ出てみる。朝だか夕方だか微妙な空の色だったけど、今は確実に朝日が当たってるっぽい。オレンジというより薄いグレーがかった光が差して、瓦礫や破壊されたビルが陰影くっきりになってる。それでも相変わらずどこか霞んでる感じ。やっぱり廃墟って見るだけで心が折れそう…。

 「ハルさーん…いる? 返事してー」

 声を殺すように呼びかける。モンスターがいたら怖いし。でも静寂だけが返る。うー、まさか変なとこで倒れてないよね? と急に焦り出す私。ほんの少し離れたところで、瓦礫がザシャっと崩れる音がした気がしてビクッと身を縮める。やっぱり探索苦手! でもこんなところで帰ったらハルさんどうなるか…。

 そのとき、視界の端で小さな人影が動いた。うわっ、モンスター!? と思って心臓が爆速。バールを片手に身を構えたけど、よく見たら黒いジャケットの背中だ。ハルさんだー! 良かった。緊張で肩から力が抜けて、思わず「ハァァ…」と変な声が出る。

 「ハルさん、やめてくださいよ…探しました…」

 安堵で軽く文句言いながら近寄ると、彼は廃墟のコンクリ片をいじっている。何してるの、こんな朝っぱらから。聞けば、「ここが崩れかけだから、少し補強してやっただけだ」と素っ気なく答えた。短い鉄パイプや針金で瓦礫を固定するなんて器用すぎ…ほんとタフというか何というか。

 「そんな、寝ないで大丈夫なの? 目の下クマすごいっすよ?」

 つい軽口が出てしまうと、ハルさんは小さく鼻で笑った。

 「ほっとけ。こうして動くほうが気が紛れる。寝たって悪夢を見るだけだしな」

 ……そっか。悪夢か。私だって似たようなもんだけど、彼はいつも他人のために体張ってくれるし、見張りもやってくれるから、内面の疲れを吐き出す相手がいないのかも。せめて私がちょっとでも聞いてあげたいけど、なかなかうまくいかない。そこで苦笑しながら「じゃあ、せめてさ、食料少し食べてよ」と促してみるが、彼は「俺の分を怪我人に回せ。運動してるとそんなに腹は減らん」とまたも強がり発言だよ。ほんと、心配になるっての。

 「あーあ、いつかほんとに倒れちゃうんじゃないですか。みんなが困るじゃん。私も…困るんだよ」

 思わず最後に本音が出た。私だってハルさんがいなくなったら困る。モンスターが来ても太刀打ちできないし、正直彼なしでは精神的にも揺れまくる。ハルさんはチラッと私を見て、照れを隠すように顔をそむけた。

 「うるさい。そんな簡単に倒れん。おまえらが回復するまで俺が保たないとどうにもならんだろ」

 ムスッとした感じだけど、嬉しいやら申し訳ないやら。こういうところが彼の不器用な優しさだと、最近少しわかってきた。中学生の私から見ても大人っぽいというか、頼もしいのに素直じゃないというか。ともあれ、私たちはそういうハルさんにずっと守られてるのも事実だし…。

 「じゃあ、私も回復っていうか、もっと強くなるよう頑張りますね。せめて次の探索くらいは一緒に行けるように。怪我人だけに任せるわけにもいかないし」

 腰に手を当てて宣言してみた。まるで主人公気取り。まあ、気取りでもしなきゃやってられないけど、ハルさんは呆れ顔で「はぁ? おまえが無茶しても足手まといになるだけだ」と返してくる。くそー、知ってるよ。でもやる気が大事なんだから。

 ひとしきり言い合いをして、落ち着いたところで拠点へ戻る。そろそろみんなも起きているだろうし、最低限の朝食(という名のちょびっと水+砂糖、あるいは缶詰の微量配分)を準備しないと。はぁ、ファンシーなパンケーキとか食べたいよ…ていうか何なら普通のご飯でもいい。おにぎりとかあったら幸せなのにね。ゲームなのに、そこまでリアルになるとは思わないじゃん…なんて愚痴りたくなるけど、やめとこう。

 拠点の中に入ると、予想どおりみんな起きて簡単にストレッチしている姿が見える。リナさんは肩の傷を庇いながら何とか手を上にあげてみたり、コウジさんは足の痛みと格闘しつつ立ち上がる練習をしてる。何というか、すごくアナログな回復方法だよね。でも、モンスターの薬草だとか回復魔法とか…ないんだよね。なんでこんなリアル志向なの、ファンシー×ポップってタイトル詐欺すぎ!

 「よし、とりあえず朝食…と呼べるほどじゃないけど、みんなで分けよっか。水も確認しないとだし」

 私が声をかけると、皆が頷き、各々少しずつ体を動かして集まってくる。缶詰を半分開けて、砂糖をちょっと水に溶かして…みたいな自作メニュー。まさかこんな形で“ファンシーな料理”じゃなく、サバイバル飯を味わう日が来ようとは。みんなで「うう、味気ない…」と嘆きながら、それでも口にするとあったかい気持ちになる。笑えるやら泣けるやら、複雑だけど、こうして少しずつ生き延びていくしかない。

 「さて……今日はどうする?」

 軽いスープ(って呼べないぐらい水っぽいけど)を飲み終えたコウジさんが苦しそうに言う。全員が今の状態で探索に出るのは無謀だし、待ち続けても物資は減る一方。ラブナティアの中枢をどうこうなんて夢のまた夢。ふと、腕を負傷してる青年が、意を決したように口を開いた。

 「僕、傷はまだ痛いけど……少し動きは良くなったんです。もし探索が必要なら、ハルさんと二人か三人で行くのはアリかも。みんなが長引くと、またモンスターが襲ってきたら危ないし」

 おお、やる気あるな。私も正直、「何もできない時間が長すぎるのは良くない」と思ってて、共感する部分がある。でも足のケガ人が多いし、あまり大人数で動けないのが辛いところ。案の定、ハルさんは「無理は禁物だ」といつものぶっきらぼうコメント。でも皆で黙り込むと、仕方ないという表情で「あまり遠くへ行かなければ…小回りくらいなら考えてやる」と少し妥協してくれる。

 こうやってまた“次の行動”がちらつくなか、私は内心落ち着かない。うさぎのあの子もまだ弱ってるし、怪我人も本格的に回復したわけじゃない。逆に探索に行って失敗すると、前回みたいにもっと被害が出るかもしれないんだから。

 「なにはともあれ、今日も安全第一で…ですね。下手にやられてまた怪我人増えたらマジで笑えないし」

 私が半分本音の冗談めかして言うと、全員が苦笑い。笑うしかない状況ってあるよね。ここもまさにそんな感じ。ファンシー×ポップの可愛い世界なんて今は夢みたいだけど、笑ってなきゃ心が死んじゃう。こういう空気が意外と支えになるんだな、と改めて思う。

 「よーし、せめてこのスープ……あ、もうなくなったや。じゃあ水だ水。水をもうちょい飲んで、みんなで午後の作戦決めましょ」

 私が声を張り上げると、みんなから「あいよ」とか「わかったー」と軽い返事が返ってくる。うん、悪くない。死にそうな雰囲気だけじゃないって大事。こうやって軽い会話を重ねながら、私たちは廃墟での新しい一日をスタートさせる。第4章に入っても相変わらず苦境だけど、なんとか踏ん張っていかないと、ラブナティアの暴走を止めるどころじゃないもんね。いつか必ず、“本物のファンシー”な景色を取り戻す日が来ると信じながら、私は今日の支度に取りかかるのだった。

 (がんばれ私、がんばれみんな! まだ終わりじゃないから…!)