それから数日。
結局、あのスケッチブックの事は気づかなかった振りをして先輩には聞かなかった。
そりゃあ気になるけど、中学で人間関係上手くいかなかった俺にとっては、それを聞いて先輩との関係が崩れる方が怖かった。折角、俺の容姿に偏見持たないで接してくれる人だから。
初めての寮生活に、初めての高校生活。変わった環境にバタバタしつつも、俺は充実した日々を送っていた。
そんなある日の夜。
「あ」
本館の風呂から帰った俺は鞄を開け、思わず声を上げた。
「どうしたの?」
少しだけ湿り気の残った髪をタオルで拭ったジャージ姿の先輩が、後ろから俺の肩越しにカバンを覗き込む。俺は、小刻みに震えながらゆっくりと振り返った。
「し、宿題忘れた……!」
「明日提出の?」
「……ハイ」
青ざめながら頷く。
ヤバい。一年の数学の先生は古き良き【日付と出席番号を結び付けて指名する】タイプだ。
そして明日の日付は――俺の出席番号と同じ数字だ。
そんな俺にさらに追い打ちをかける様に、先輩はさらりと告げた。
「残念だね。もう門限は過ぎたから、校舎閉まってるよ」
「う、嘘だー!?ぜってえ俺、明日当てられるんスよ!」
「教科書は?」
「ぜ、全部置いてきました……」
「あははっ!流石の僕でも教科書も無しにヤマは張れないよ?」
「うぐ……っ!」
先輩が俺の前に回り込んでしゃがみ込むと、手を伸ばしてぱちっとデコピンを放った。
「ばか日夏」
「痛っ……くもねえけど!?」
「しょうがないな。ほら立って、行こう」
「どこに!?」
先輩は立ち上がって肩にかけていたタオルをその辺にポイっと放った。
「校舎に決まってるだろ」
「で、でも門限……っ」
「しー」
ぴと、と俺の唇に人差し指を押し当てて、ふっと藍色の瞳を細めてイタズラっぽく微笑んだ。
「そうだね閉まってる。だから――」
先輩が緩く首を傾げる。さらりと月明りに照らされた黒髪が揺れた。
「一緒に行ってあげる。内緒だよ?日夏」
◇
ガサガサと雑草が伸びっぱなしの校舎裏を先輩と二人で進む。
すっかり日が暮れた夜のグラウンドは先輩のスマホライトの明かりじゃほとんど前が見えない。
なのに先輩は堂々と校舎の窓に向かって進んで行く。すげえ、何か慣れてね?
さらりとした冷たい夜風が俺の金髪を揺らして吹き抜けていく。なんとなく、俺は金髪を隠す様にパーカーのフードを目深に被った。
春は暖かいのに、今日は少し冷えるな。
「ああ、今日は花冷えだね」
「花エビ?」
「馬鹿」
吹き抜ける夜風よりも冷たく一蹴された。
そんなロマンス溢れる言葉、俺が知ってる訳無いだろ!?
「ど、どういう意味っすか」
「春の終わりが近づいて、暖かかった気温が下がって寒くなる事。それが桜が終わる時期に起こるから、広義で桜の意味を持つ”花”って言葉を使って表された言葉だよ」
「……詳しいっすね」
「当たり前だろ。……ほら、着いたよ」
先輩が校舎の窓枠に手をかけると、すっと窓が開いた。
「ぅえ!?」
「日夏、うるさい」
「す、すみません。……あの、なんでここだけ空いてるんすか?」
「暗黙の忘れ物通行口……とでも言おうかな。ウチは寮と校舎がちょっと離れてるからね。君みたいな忘れ物常習者は実は結構いるんだ。そんな子たちの為に、誰かしらがここを閉めない様にしてくれるんだよ」
「俺、まだ常習者じゃねーけど!?」
「日夏」
「……スミマセン」
うるさい、と言外に言われた気がして俺は口元を押さえた。
「さっさと行くよ。九時になったら寮が施錠されるからね。……まさか、僕と学校で一夜を明かす気?」
「毎日一緒に寝てるからあんま変わんねえような……?」
「僕は嫌だね」
「そ、そうっすよね」
俺の発言を一蹴すると、先輩は窓のレールに足をかけて軽々と廊下に侵入した。俺も先輩に習って窓を潜って、夜の青嵐高校に侵入した。
◇
夜の人気のない校舎は静かで、音を立て無いように歩いてもスニーカーが床を擦る音が反響する。
昼間は明るくて人の声に溢れていた廊下は、当たり前だけど俺と先輩以外誰もいない。
先輩の持つスマホから放たれる頼りない光に目を凝らしながら、俺たちは足早に夜の廊下を進んだ。
青嵐高校は一年が一階だから近いはずなのに、こういう時は何でか遠い気がする。
いつもよりずっと時の流れを遅く感じながら、放課後ぶりに自分の教室に辿り着いた。
「日夏、何組?」
「三組ッス」
「へえ、僕と同じだったんだ」
「え、そうなんスか?」
「うん」
先輩も三組だったんだ。なんか親近感湧くな。
音を立てないように横開きの扉を開けて俺の教室に入ると、綺麗に整列された机と椅子が月と星の明かりに照らされて藍色に染まっていた。
「先輩、そこで待ってて下さい。すぐ取って来るんで」
「分かった」
先輩を廊下に立たせたまま、俺は早歩きで後方の自分の席まで進んだ。机の中を確認すると教科書もプリントもあった。よし!これでミッションコンプリートだな!
「ふっ」
「え、なんで笑うんすか」
「いや別に?偶然って怖いなあって」
「?何の話――」
「僕一年の時、君の隣の席だったよ」
「へっ……?」
流れるような動作で先輩が教室に足を踏み入れ、俺の隣の席に腰掛けた。
「同い年なら隣同士だったかもね?」
頬杖をついて俺を見上げる先輩はちょっとあどけない顔で笑った。前から思ってたけど、先輩の藍色の瞳と白い肌は夜空にすごく映える。
「なんか懐かしいな」
人差し指でゆっくりと机を撫でる先輩はリラックスして見えて、三年の教室で見たような重苦しい雰囲気は感じなかった。
「あのさ、先輩」
「ん?」
「先輩、夢とかある?」
滑り落とした言葉は完全に無意識で、言い切った後に少し気まずくなった。
「何急に。……ああもしかして、あの時聴こえてた?」
「……っす」
先輩には何でもお見通しみたいだ。
あの日の先生と先輩のやり取りの真意が、あの顔の塗りつぶされた絵が、俺の心の片隅にずっと引っかかっていた。
今なら答えてくれるんじゃないかって――なんでか、そう直感した。
「そ、じゃあ答えは変わらない」
フイッと先輩が俺から視線を外し、何も書かれていない黒板に視線を移す。
「無いよ、何も」
「でも、先輩美術部じゃないっすか。絵とか……その……」
「なにそれ、美術部員が全員芸術の道に進むわけ無いだろ」
それはそうだけど、今だけは、はぐらかせちゃいけない気がする。
もどかしい気持ちを振り切るように身を乗り出して叫んだ。
「先輩、すごく絵が上手いじゃないっすか!」
「……え?」
先輩が首をねじって俺を凝視する。黒くて長いまつ毛を持ち上げて、目を見開いた。
無機質な夜空のような藍色の瞳に見つめられ、俺はひゅっと息を呑んだ。あれ、俺今、何言って……。
「……僕、君に絵を見せた事あったっけ?」
凍り付いたように固まった先輩の顔を見てしまった、と思った。
でももう遅い。
「その、先輩のベッドサイドにあったスケッチブック、たまたま見つけちゃって勝手に。……すみません」
「……良いよ別に。見える所に置いた僕も悪いし」
素直に白状すると、先輩は一度目を伏せて黒板の方に視線を戻した。
苦しそうに顰められた眉毛と瞳はまるで、呼吸出来ない深海に沈んだように見える。
「あの、先輩。――俺、先輩の絵を見て感動しました」
ぴく、と微かに黒いまつ毛が動いた。
「先輩の絵って、写真みたいに正確なのになんか神秘的で、先輩には景色がこんな綺麗に見えてるんだって思うとなんか、こう……惹き込まれるって言うか……」
ああもう、駄目だ。
俺は先輩みたいに色んな言葉は使えない。着飾った言い回しなんか出来ない。
ストレートに、思った事を伝えるしかない。
「好きです、先輩」
先輩は頬杖をついていた手で両目を覆うと、指の隙間から俺を視界に入れた。
「随分熱烈な告白だね、日夏」
「え、あ……!?」
俺さっきなんて言った!?文脈すっとばしたどころじゃねぇぞ……!?
「い、いや!そういう意味じゃ……!!」
ガタッと立ち上がって机に両手を突く。やばいやばい。見なくても分かる。俺今、すっげー顔赤い。
「そんな照れなくて良いのに」
「て、照れてなんか……っ!」
「嘘」
すっと先輩が身を乗り出して俺の頬に触れる。じいっと俺の頬を、藍色の視界に捕らえた。
「月光でも分かるくらい、頬が火熱ってる」
顔を寄せてするりと頬を撫でられる。それだけで、俺の心臓はバクバクとけたたましく鳴る。
「す、すみませんキモか……っ」
「別に?僕は恋愛に性差は関係無いと思ってるから」
「れんあ……っ!?」
「ああ、そうだね。僕と君だけの秘密にしてくれるなら答えてあげる」
すっと先輩が俺との距離を詰める。吐息交じりの囁き声が、二人だけの夜の教室に溶け消える。
「夢が無いっていうのは嘘なんだ。ちゃんとある」
先輩が俺の耳元に顔を寄せる。月明りに艶めく黒髪が俺の頬を掠める。俺の心臓はうるさく鳴るのに、俺の身体は固まって動かない。
「僕の夢はね――」
先輩の声が鼓膜をくすぐった瞬間――耳をつんざくような金属音が響いた。
――ガシャン!!
「!?」
とっさに先輩の腕を掴んで、庇う様に立ち上がった。
――がら、ガラガラ……。
「な、なんだ……っ!?」
ジャリジャリとガラスを踏み荒らす音に、かすかに金属を引きずるような音が混じる。
「……」
先輩は眉をひそめて注意深く耳を澄ませる。
間違いねえ、これ人だ。俺たち以外の誰かが、窓ガラスを割って校舎に侵入した……?
「お、俺らと同じ生徒……とか?」
「鍵の位置を知ってる生徒なら、わざわざガラスなんか壊さない」
「……っ、それって……!」
「外部からの侵入者……泥棒かもね」
冷たく落とされた先輩の言葉にひゅっと息を呑む。
俺は先輩の腕を掴んだ手に力を込め、外に繋がる扉を凝視した。
結局、あのスケッチブックの事は気づかなかった振りをして先輩には聞かなかった。
そりゃあ気になるけど、中学で人間関係上手くいかなかった俺にとっては、それを聞いて先輩との関係が崩れる方が怖かった。折角、俺の容姿に偏見持たないで接してくれる人だから。
初めての寮生活に、初めての高校生活。変わった環境にバタバタしつつも、俺は充実した日々を送っていた。
そんなある日の夜。
「あ」
本館の風呂から帰った俺は鞄を開け、思わず声を上げた。
「どうしたの?」
少しだけ湿り気の残った髪をタオルで拭ったジャージ姿の先輩が、後ろから俺の肩越しにカバンを覗き込む。俺は、小刻みに震えながらゆっくりと振り返った。
「し、宿題忘れた……!」
「明日提出の?」
「……ハイ」
青ざめながら頷く。
ヤバい。一年の数学の先生は古き良き【日付と出席番号を結び付けて指名する】タイプだ。
そして明日の日付は――俺の出席番号と同じ数字だ。
そんな俺にさらに追い打ちをかける様に、先輩はさらりと告げた。
「残念だね。もう門限は過ぎたから、校舎閉まってるよ」
「う、嘘だー!?ぜってえ俺、明日当てられるんスよ!」
「教科書は?」
「ぜ、全部置いてきました……」
「あははっ!流石の僕でも教科書も無しにヤマは張れないよ?」
「うぐ……っ!」
先輩が俺の前に回り込んでしゃがみ込むと、手を伸ばしてぱちっとデコピンを放った。
「ばか日夏」
「痛っ……くもねえけど!?」
「しょうがないな。ほら立って、行こう」
「どこに!?」
先輩は立ち上がって肩にかけていたタオルをその辺にポイっと放った。
「校舎に決まってるだろ」
「で、でも門限……っ」
「しー」
ぴと、と俺の唇に人差し指を押し当てて、ふっと藍色の瞳を細めてイタズラっぽく微笑んだ。
「そうだね閉まってる。だから――」
先輩が緩く首を傾げる。さらりと月明りに照らされた黒髪が揺れた。
「一緒に行ってあげる。内緒だよ?日夏」
◇
ガサガサと雑草が伸びっぱなしの校舎裏を先輩と二人で進む。
すっかり日が暮れた夜のグラウンドは先輩のスマホライトの明かりじゃほとんど前が見えない。
なのに先輩は堂々と校舎の窓に向かって進んで行く。すげえ、何か慣れてね?
さらりとした冷たい夜風が俺の金髪を揺らして吹き抜けていく。なんとなく、俺は金髪を隠す様にパーカーのフードを目深に被った。
春は暖かいのに、今日は少し冷えるな。
「ああ、今日は花冷えだね」
「花エビ?」
「馬鹿」
吹き抜ける夜風よりも冷たく一蹴された。
そんなロマンス溢れる言葉、俺が知ってる訳無いだろ!?
「ど、どういう意味っすか」
「春の終わりが近づいて、暖かかった気温が下がって寒くなる事。それが桜が終わる時期に起こるから、広義で桜の意味を持つ”花”って言葉を使って表された言葉だよ」
「……詳しいっすね」
「当たり前だろ。……ほら、着いたよ」
先輩が校舎の窓枠に手をかけると、すっと窓が開いた。
「ぅえ!?」
「日夏、うるさい」
「す、すみません。……あの、なんでここだけ空いてるんすか?」
「暗黙の忘れ物通行口……とでも言おうかな。ウチは寮と校舎がちょっと離れてるからね。君みたいな忘れ物常習者は実は結構いるんだ。そんな子たちの為に、誰かしらがここを閉めない様にしてくれるんだよ」
「俺、まだ常習者じゃねーけど!?」
「日夏」
「……スミマセン」
うるさい、と言外に言われた気がして俺は口元を押さえた。
「さっさと行くよ。九時になったら寮が施錠されるからね。……まさか、僕と学校で一夜を明かす気?」
「毎日一緒に寝てるからあんま変わんねえような……?」
「僕は嫌だね」
「そ、そうっすよね」
俺の発言を一蹴すると、先輩は窓のレールに足をかけて軽々と廊下に侵入した。俺も先輩に習って窓を潜って、夜の青嵐高校に侵入した。
◇
夜の人気のない校舎は静かで、音を立て無いように歩いてもスニーカーが床を擦る音が反響する。
昼間は明るくて人の声に溢れていた廊下は、当たり前だけど俺と先輩以外誰もいない。
先輩の持つスマホから放たれる頼りない光に目を凝らしながら、俺たちは足早に夜の廊下を進んだ。
青嵐高校は一年が一階だから近いはずなのに、こういう時は何でか遠い気がする。
いつもよりずっと時の流れを遅く感じながら、放課後ぶりに自分の教室に辿り着いた。
「日夏、何組?」
「三組ッス」
「へえ、僕と同じだったんだ」
「え、そうなんスか?」
「うん」
先輩も三組だったんだ。なんか親近感湧くな。
音を立てないように横開きの扉を開けて俺の教室に入ると、綺麗に整列された机と椅子が月と星の明かりに照らされて藍色に染まっていた。
「先輩、そこで待ってて下さい。すぐ取って来るんで」
「分かった」
先輩を廊下に立たせたまま、俺は早歩きで後方の自分の席まで進んだ。机の中を確認すると教科書もプリントもあった。よし!これでミッションコンプリートだな!
「ふっ」
「え、なんで笑うんすか」
「いや別に?偶然って怖いなあって」
「?何の話――」
「僕一年の時、君の隣の席だったよ」
「へっ……?」
流れるような動作で先輩が教室に足を踏み入れ、俺の隣の席に腰掛けた。
「同い年なら隣同士だったかもね?」
頬杖をついて俺を見上げる先輩はちょっとあどけない顔で笑った。前から思ってたけど、先輩の藍色の瞳と白い肌は夜空にすごく映える。
「なんか懐かしいな」
人差し指でゆっくりと机を撫でる先輩はリラックスして見えて、三年の教室で見たような重苦しい雰囲気は感じなかった。
「あのさ、先輩」
「ん?」
「先輩、夢とかある?」
滑り落とした言葉は完全に無意識で、言い切った後に少し気まずくなった。
「何急に。……ああもしかして、あの時聴こえてた?」
「……っす」
先輩には何でもお見通しみたいだ。
あの日の先生と先輩のやり取りの真意が、あの顔の塗りつぶされた絵が、俺の心の片隅にずっと引っかかっていた。
今なら答えてくれるんじゃないかって――なんでか、そう直感した。
「そ、じゃあ答えは変わらない」
フイッと先輩が俺から視線を外し、何も書かれていない黒板に視線を移す。
「無いよ、何も」
「でも、先輩美術部じゃないっすか。絵とか……その……」
「なにそれ、美術部員が全員芸術の道に進むわけ無いだろ」
それはそうだけど、今だけは、はぐらかせちゃいけない気がする。
もどかしい気持ちを振り切るように身を乗り出して叫んだ。
「先輩、すごく絵が上手いじゃないっすか!」
「……え?」
先輩が首をねじって俺を凝視する。黒くて長いまつ毛を持ち上げて、目を見開いた。
無機質な夜空のような藍色の瞳に見つめられ、俺はひゅっと息を呑んだ。あれ、俺今、何言って……。
「……僕、君に絵を見せた事あったっけ?」
凍り付いたように固まった先輩の顔を見てしまった、と思った。
でももう遅い。
「その、先輩のベッドサイドにあったスケッチブック、たまたま見つけちゃって勝手に。……すみません」
「……良いよ別に。見える所に置いた僕も悪いし」
素直に白状すると、先輩は一度目を伏せて黒板の方に視線を戻した。
苦しそうに顰められた眉毛と瞳はまるで、呼吸出来ない深海に沈んだように見える。
「あの、先輩。――俺、先輩の絵を見て感動しました」
ぴく、と微かに黒いまつ毛が動いた。
「先輩の絵って、写真みたいに正確なのになんか神秘的で、先輩には景色がこんな綺麗に見えてるんだって思うとなんか、こう……惹き込まれるって言うか……」
ああもう、駄目だ。
俺は先輩みたいに色んな言葉は使えない。着飾った言い回しなんか出来ない。
ストレートに、思った事を伝えるしかない。
「好きです、先輩」
先輩は頬杖をついていた手で両目を覆うと、指の隙間から俺を視界に入れた。
「随分熱烈な告白だね、日夏」
「え、あ……!?」
俺さっきなんて言った!?文脈すっとばしたどころじゃねぇぞ……!?
「い、いや!そういう意味じゃ……!!」
ガタッと立ち上がって机に両手を突く。やばいやばい。見なくても分かる。俺今、すっげー顔赤い。
「そんな照れなくて良いのに」
「て、照れてなんか……っ!」
「嘘」
すっと先輩が身を乗り出して俺の頬に触れる。じいっと俺の頬を、藍色の視界に捕らえた。
「月光でも分かるくらい、頬が火熱ってる」
顔を寄せてするりと頬を撫でられる。それだけで、俺の心臓はバクバクとけたたましく鳴る。
「す、すみませんキモか……っ」
「別に?僕は恋愛に性差は関係無いと思ってるから」
「れんあ……っ!?」
「ああ、そうだね。僕と君だけの秘密にしてくれるなら答えてあげる」
すっと先輩が俺との距離を詰める。吐息交じりの囁き声が、二人だけの夜の教室に溶け消える。
「夢が無いっていうのは嘘なんだ。ちゃんとある」
先輩が俺の耳元に顔を寄せる。月明りに艶めく黒髪が俺の頬を掠める。俺の心臓はうるさく鳴るのに、俺の身体は固まって動かない。
「僕の夢はね――」
先輩の声が鼓膜をくすぐった瞬間――耳をつんざくような金属音が響いた。
――ガシャン!!
「!?」
とっさに先輩の腕を掴んで、庇う様に立ち上がった。
――がら、ガラガラ……。
「な、なんだ……っ!?」
ジャリジャリとガラスを踏み荒らす音に、かすかに金属を引きずるような音が混じる。
「……」
先輩は眉をひそめて注意深く耳を澄ませる。
間違いねえ、これ人だ。俺たち以外の誰かが、窓ガラスを割って校舎に侵入した……?
「お、俺らと同じ生徒……とか?」
「鍵の位置を知ってる生徒なら、わざわざガラスなんか壊さない」
「……っ、それって……!」
「外部からの侵入者……泥棒かもね」
冷たく落とされた先輩の言葉にひゅっと息を呑む。
俺は先輩の腕を掴んだ手に力を込め、外に繋がる扉を凝視した。



