『――受かったよ、美大』
その言葉が聴こえた瞬間、胸を押さえていた手を離して力いっぱいガッツポーズした。
「……っっ、よっしゃあ!!」
緊張が解けて安堵感と嬉しさが込み上げてきた。
「美大、合格おめでとうございます!!」
『ありがとう』
「俺、本当に嬉しいです!」
『ふふっ、なんだよそれ。僕なんだから当たり前だろう?』
「もーほんと、流石っすね先輩」
いつもの軽口だけど、スピーカー越しの声はいつもより少しだけ小さい。
『……明後日には帰るから』
「はいっ!」
先輩の声は静かだった。
静かだったけど、少しだけ泣くのを堪えているような震え交じりの声だった。
でもそれは言わない。俺も多分同じだから。
それから二言三言言葉を交わして、通話を切った。
「……やっぱ、先輩すげーや」
両手でスマホを握り締めて、額に押し当てた。
全力で夢を叶える姿は、本当にカッコいいや。
顔がニヤけてしょうがない。ああ早く、先輩帰ってこないかな。
◇
それから二日後。
マフラーとコートを身に纏って、白い息を吐きながら先輩は部屋に帰ってきた。
――関西の美術大学の合格証を手に持って。
「先輩おかえりなさい!おめでとうございます!!」
勢い余って先輩にがばっと抱き着く。
柔らかく笑う先輩を見て俺も一昨日の嬉しさがまた込み上げてきた。
「はいはい、ありがとう。……ただいま」
照れ臭そうに笑う先輩は肩の荷が下りたように、ほっと俺の肩口で息を吐き出した。
「……ん?」
「どうしたの?日夏」
なんか違和感があって、身体を離す。
先輩の両肩に手を置いて、先輩をじっと見つめる。
やっぱり気のせいじゃない。俺――先輩と、目線がほぼ同じになってる。
「……っ……!!」
やべえ、めっちゃ嬉しい!俺、高校で成長期が来るタイプだったんかな!?
「ん?……ねえ日夏、もしかして……」
先輩もそれに気づいたのか、ジトっとした目で俺を見つめた。
「あ!やっぱそうですよね!俺、先輩と身長同じ――むぐっ!」
「気のせいだよ」
言い切る前に先輩に合格証が入った封筒を顔面に押し付けられた。地味に息が苦しいッス!
「……先輩、合格証は俺に押し付けていいもんじゃないっすよ」
先輩の腕を掴んで抗議すると、ジト目の先輩が合格証を手渡してきた。
「腕が疲れたから部屋まで運んで貰おうと思って」
「コレめっちゃ軽いっすよ!?」
なんなら着てるコートの方がよっぽど重そうだけど!?
「背が伸びて筋力がついた日夏なら合格証を運ぶくらい余裕だろ」
「もー!……しょーがないっすね」
結局合格証だけじゃなくコートやマフラー、鞄まで先輩の身に付けているもの全部渡されてこき使われたけど、俺の胸はぽかぽかと温かい気持ちでいっぱいだった。
◇
雪がさざ波に降り積もっては掻き消えていく冬は、徐々に春の日差しに溶けて消えた。
雪が無くなった後に深緑が芽吹いて桜の花が再び色づいてく。
今日は俺が青嵐町で迎える二度目の春。桜の花びらに祝福された――先輩の卒業式だ。
体育館に全校生徒が集まり、先生の指名点呼で三年生が一人一人呼ばれて卒業証書を手渡されていく。俺たち後輩は、その背中をパイプ椅子に座って眺めていた。
バスケ部でお世話になった先輩が泣きながら卒業証書を受け取る。それを、俺はじっと見つめた。
ああ本当に、今日で終わりなんだな。
随分前から知っていたのに、いざこの日が来ても俺はすりガラス越しに見る景色みたいに、どこか実感が湧かないでいた。
なんでだろう。この一年先輩と色々な事を一緒に経験して、乗り越えて。
先輩に出会ってからあんなに色鮮やかに見えた校舎の景色が、今だけセピア色みたいに見える。
『鵜飼蒼壱』
スピーカー越しに響いた声にハッとして顔を上げる。
「はい」
少しハスキーな声が静かに、でもはっきりと体育館に響いた。
背筋を伸ばして卒業証書を受け取って一礼する先輩は凛としていて、俺はなんだか無性に胸が詰まってしまった。ああ、本当に今日で――終わりなんだな。
卒業証書授与、校歌斉唱、答辞。
流れる様に卒業式の工程が終わり、卒業生が二列になって体育館を後にしていく。
先輩を見送った時、先輩は俺の方をちらっと見てふっと微笑んだ。
でも止まることはしないで、背筋を伸ばして颯爽と歩き去って行った。
ああ、何だよ……やっぱ寂しい。
中学の時は卒業式なんか早く終われって思ってた。
中学の時は先輩も後輩も、誰の顔も覚えてなんかいなかったのに。
どうしてこの人が居なくなるが、こんなに寂しいんだ。
「え、日夏泣いてる?」
「……泣いてねーし」
隣のクラスメイトの顔がぼやける。俺は目を逸らして瞼を拭った。
泣いて視界がぼやけるのすらもったいない。いや、違うか。
先輩って、いつもこんな視界だったのか。
泣いた記憶がほぼなかった俺は、ほとんど初めて涙でぼやけた視界で人を見た。
顔の輪郭がぶれて見えて、表情がぼんやりしか分からない。
なんで今理解するんだよ、クソ。
一度きつく瞬きして涙が零れ落ちるのを堪えて、俺は卒業生に拍手を送り続けた。
そして、別館へ帰って来た。
二人きりで、先輩の最後の荷造りを手伝った。
俺と同じ学ラン姿の先輩を見るのも、これで最後なんだ。
「なーんか、一年あっという間だったッス」
「奇遇だね、僕もだよ」
もう、先輩はこの学校を卒業した。
卒業するにつれて物が少なくなっていったこの部屋は、今ではほとんど俺の私物しかない。
どんどん空になっていく部屋を見るのが、余計に俺の寂しさを煽っていった。
二人で使っていたこの部屋も、もうすぐ俺一人だけの部屋になる。
――明日からは、これが日常になるんだ。
「僕がいないと寂しい?」
からかってるつもりかもしれないけど、声音が優しいから全然いつもみたいにツッコめない。
「……寂しいです」
昼下がりの白い光が、殺風景な部屋を眩しく照らす。
先輩がいないこの部屋は、味気なくて落ち着かねえよ。
「二年後一緒に暮らすのに?」
「はい」
涙をこらえて仏頂面で即答する俺に、先輩は穏やかに笑った。
なんか先輩、更に大人っぽくなった気がする。そんな風に俺を置いてくなよ。
「僕も名残惜しいな。……でも、もう行かなきゃ」
先輩は立ち上がって、ばさりと学ランを脱いだ。
「僕のお下がり、あげようか?」
「い、いやいいっすよ!先輩の思い出じゃないっすか!」
「ああ、思い出か。そういう見方も出来るね」
じゃああげない、なんて言って学ランを畳んで紙袋にしまい込んだ。
黒い制服を脱いで青い私服に身を包んだ先輩は、なんだか遠い人みたいだ。先輩の私服は何回も見た事あるのに。
真っ白なシャツに落ち着いたくすんだ青色のセットアップは、藍色の瞳の先輩によく似合ってる。
「そろそろ行くね」
「送ります!その……海まで!」
「ありがとう。それじゃあ、一緒に海まで歩こうか」
先輩と並んで別館の扉を開けて、外に出る。
外は春の日差して満たされて、窓越しに見るよりずっと眩しかった。
◇
春の海岸を、学ランのままの俺と私服姿の先輩が並んで歩く。
海風に乗って、桜の花びらがひらひらと道路を桜色に染めている。
「日夏。僕がいないからって勉強サボっちゃダメだからね」
「じゅ、受験期間になったら俺だって超頑張りますから!」
「……受からなかったら許さないから」
「本気でやりますっ!」
先輩がジト目で俺の横顔を見る。
「先輩……ってか恋人の為なら勉強とか、全然よゆーだし!」
「僕も夏には帰省するし、夏の日夏が今よりバカになってたら怒るから」
「なんないっすよ!……多分」
「へ~え」
ああ、なんか変わんねえな。
服装が変わっても卒業しても、俺と先輩の心の距離は変わらない。
「……マジっすから」
「はいはい」
軽口を叩き合いながら歩いていると、船着場が見えてきた。
「ここまででいいよ、日夏」
するりと先輩が俺の隣からすり抜けて船着き場まで足を進める。
「なんか、先輩ってやっぱサッパリしてますよね。未練とか、そういうの……」
「それは無いよ。正直、学校にはあんまり思い入れないからね」
「……俺は?」
「なんで?――君と僕なら、いつでも会えるのに」
振り向きざまに風が吹いて、桜の花びらが先輩と俺の間を通り抜ける。
花びらの隙間から見える真っすぐな藍色の目に捕らえられる。
本当にそう思ってるんだな。未練があるんじゃなくて、未来に向いてるんだ。
ああなんか、それって先輩らしいや。
「関西のアパートに着いたら連絡する」
「はい。せんぱ――」
「ばか日夏」
戻ってきてぱちっとおでこを弾かれた。
「何がだよ!?」
「今度こそ、”先輩”禁止」
「……あ」
「僕もう卒業したから敬語もいらない。……ね?」
持っていた紙袋から卒業証書の入った賞状筒を持って、イタズラっぽく笑う。
「……おう、そうだな!」
俺は寂しい気持ちを振り払う様に笑った。
そうだな、俺に湿っぽいのは似合わないし。先輩――蒼壱との関係は、これからも続いていくんだ。
「じゃあまた会おうね、日夏!」
「ああ、また会おうぜ!蒼壱!」
未来に向かって駆け出す蒼壱に俺は大きく手を振った。
桜舞う快晴の空は透き通って綺麗で、まるで俺たちの行く末を祝福するみたいだ――なんて詩的な考えは、蒼壱に影響されたのかもな。
俺は日差しを背負って出港する船を、今日一番の晴れやかな笑顔で見送った。
END.
その言葉が聴こえた瞬間、胸を押さえていた手を離して力いっぱいガッツポーズした。
「……っっ、よっしゃあ!!」
緊張が解けて安堵感と嬉しさが込み上げてきた。
「美大、合格おめでとうございます!!」
『ありがとう』
「俺、本当に嬉しいです!」
『ふふっ、なんだよそれ。僕なんだから当たり前だろう?』
「もーほんと、流石っすね先輩」
いつもの軽口だけど、スピーカー越しの声はいつもより少しだけ小さい。
『……明後日には帰るから』
「はいっ!」
先輩の声は静かだった。
静かだったけど、少しだけ泣くのを堪えているような震え交じりの声だった。
でもそれは言わない。俺も多分同じだから。
それから二言三言言葉を交わして、通話を切った。
「……やっぱ、先輩すげーや」
両手でスマホを握り締めて、額に押し当てた。
全力で夢を叶える姿は、本当にカッコいいや。
顔がニヤけてしょうがない。ああ早く、先輩帰ってこないかな。
◇
それから二日後。
マフラーとコートを身に纏って、白い息を吐きながら先輩は部屋に帰ってきた。
――関西の美術大学の合格証を手に持って。
「先輩おかえりなさい!おめでとうございます!!」
勢い余って先輩にがばっと抱き着く。
柔らかく笑う先輩を見て俺も一昨日の嬉しさがまた込み上げてきた。
「はいはい、ありがとう。……ただいま」
照れ臭そうに笑う先輩は肩の荷が下りたように、ほっと俺の肩口で息を吐き出した。
「……ん?」
「どうしたの?日夏」
なんか違和感があって、身体を離す。
先輩の両肩に手を置いて、先輩をじっと見つめる。
やっぱり気のせいじゃない。俺――先輩と、目線がほぼ同じになってる。
「……っ……!!」
やべえ、めっちゃ嬉しい!俺、高校で成長期が来るタイプだったんかな!?
「ん?……ねえ日夏、もしかして……」
先輩もそれに気づいたのか、ジトっとした目で俺を見つめた。
「あ!やっぱそうですよね!俺、先輩と身長同じ――むぐっ!」
「気のせいだよ」
言い切る前に先輩に合格証が入った封筒を顔面に押し付けられた。地味に息が苦しいッス!
「……先輩、合格証は俺に押し付けていいもんじゃないっすよ」
先輩の腕を掴んで抗議すると、ジト目の先輩が合格証を手渡してきた。
「腕が疲れたから部屋まで運んで貰おうと思って」
「コレめっちゃ軽いっすよ!?」
なんなら着てるコートの方がよっぽど重そうだけど!?
「背が伸びて筋力がついた日夏なら合格証を運ぶくらい余裕だろ」
「もー!……しょーがないっすね」
結局合格証だけじゃなくコートやマフラー、鞄まで先輩の身に付けているもの全部渡されてこき使われたけど、俺の胸はぽかぽかと温かい気持ちでいっぱいだった。
◇
雪がさざ波に降り積もっては掻き消えていく冬は、徐々に春の日差しに溶けて消えた。
雪が無くなった後に深緑が芽吹いて桜の花が再び色づいてく。
今日は俺が青嵐町で迎える二度目の春。桜の花びらに祝福された――先輩の卒業式だ。
体育館に全校生徒が集まり、先生の指名点呼で三年生が一人一人呼ばれて卒業証書を手渡されていく。俺たち後輩は、その背中をパイプ椅子に座って眺めていた。
バスケ部でお世話になった先輩が泣きながら卒業証書を受け取る。それを、俺はじっと見つめた。
ああ本当に、今日で終わりなんだな。
随分前から知っていたのに、いざこの日が来ても俺はすりガラス越しに見る景色みたいに、どこか実感が湧かないでいた。
なんでだろう。この一年先輩と色々な事を一緒に経験して、乗り越えて。
先輩に出会ってからあんなに色鮮やかに見えた校舎の景色が、今だけセピア色みたいに見える。
『鵜飼蒼壱』
スピーカー越しに響いた声にハッとして顔を上げる。
「はい」
少しハスキーな声が静かに、でもはっきりと体育館に響いた。
背筋を伸ばして卒業証書を受け取って一礼する先輩は凛としていて、俺はなんだか無性に胸が詰まってしまった。ああ、本当に今日で――終わりなんだな。
卒業証書授与、校歌斉唱、答辞。
流れる様に卒業式の工程が終わり、卒業生が二列になって体育館を後にしていく。
先輩を見送った時、先輩は俺の方をちらっと見てふっと微笑んだ。
でも止まることはしないで、背筋を伸ばして颯爽と歩き去って行った。
ああ、何だよ……やっぱ寂しい。
中学の時は卒業式なんか早く終われって思ってた。
中学の時は先輩も後輩も、誰の顔も覚えてなんかいなかったのに。
どうしてこの人が居なくなるが、こんなに寂しいんだ。
「え、日夏泣いてる?」
「……泣いてねーし」
隣のクラスメイトの顔がぼやける。俺は目を逸らして瞼を拭った。
泣いて視界がぼやけるのすらもったいない。いや、違うか。
先輩って、いつもこんな視界だったのか。
泣いた記憶がほぼなかった俺は、ほとんど初めて涙でぼやけた視界で人を見た。
顔の輪郭がぶれて見えて、表情がぼんやりしか分からない。
なんで今理解するんだよ、クソ。
一度きつく瞬きして涙が零れ落ちるのを堪えて、俺は卒業生に拍手を送り続けた。
そして、別館へ帰って来た。
二人きりで、先輩の最後の荷造りを手伝った。
俺と同じ学ラン姿の先輩を見るのも、これで最後なんだ。
「なーんか、一年あっという間だったッス」
「奇遇だね、僕もだよ」
もう、先輩はこの学校を卒業した。
卒業するにつれて物が少なくなっていったこの部屋は、今ではほとんど俺の私物しかない。
どんどん空になっていく部屋を見るのが、余計に俺の寂しさを煽っていった。
二人で使っていたこの部屋も、もうすぐ俺一人だけの部屋になる。
――明日からは、これが日常になるんだ。
「僕がいないと寂しい?」
からかってるつもりかもしれないけど、声音が優しいから全然いつもみたいにツッコめない。
「……寂しいです」
昼下がりの白い光が、殺風景な部屋を眩しく照らす。
先輩がいないこの部屋は、味気なくて落ち着かねえよ。
「二年後一緒に暮らすのに?」
「はい」
涙をこらえて仏頂面で即答する俺に、先輩は穏やかに笑った。
なんか先輩、更に大人っぽくなった気がする。そんな風に俺を置いてくなよ。
「僕も名残惜しいな。……でも、もう行かなきゃ」
先輩は立ち上がって、ばさりと学ランを脱いだ。
「僕のお下がり、あげようか?」
「い、いやいいっすよ!先輩の思い出じゃないっすか!」
「ああ、思い出か。そういう見方も出来るね」
じゃああげない、なんて言って学ランを畳んで紙袋にしまい込んだ。
黒い制服を脱いで青い私服に身を包んだ先輩は、なんだか遠い人みたいだ。先輩の私服は何回も見た事あるのに。
真っ白なシャツに落ち着いたくすんだ青色のセットアップは、藍色の瞳の先輩によく似合ってる。
「そろそろ行くね」
「送ります!その……海まで!」
「ありがとう。それじゃあ、一緒に海まで歩こうか」
先輩と並んで別館の扉を開けて、外に出る。
外は春の日差して満たされて、窓越しに見るよりずっと眩しかった。
◇
春の海岸を、学ランのままの俺と私服姿の先輩が並んで歩く。
海風に乗って、桜の花びらがひらひらと道路を桜色に染めている。
「日夏。僕がいないからって勉強サボっちゃダメだからね」
「じゅ、受験期間になったら俺だって超頑張りますから!」
「……受からなかったら許さないから」
「本気でやりますっ!」
先輩がジト目で俺の横顔を見る。
「先輩……ってか恋人の為なら勉強とか、全然よゆーだし!」
「僕も夏には帰省するし、夏の日夏が今よりバカになってたら怒るから」
「なんないっすよ!……多分」
「へ~え」
ああ、なんか変わんねえな。
服装が変わっても卒業しても、俺と先輩の心の距離は変わらない。
「……マジっすから」
「はいはい」
軽口を叩き合いながら歩いていると、船着場が見えてきた。
「ここまででいいよ、日夏」
するりと先輩が俺の隣からすり抜けて船着き場まで足を進める。
「なんか、先輩ってやっぱサッパリしてますよね。未練とか、そういうの……」
「それは無いよ。正直、学校にはあんまり思い入れないからね」
「……俺は?」
「なんで?――君と僕なら、いつでも会えるのに」
振り向きざまに風が吹いて、桜の花びらが先輩と俺の間を通り抜ける。
花びらの隙間から見える真っすぐな藍色の目に捕らえられる。
本当にそう思ってるんだな。未練があるんじゃなくて、未来に向いてるんだ。
ああなんか、それって先輩らしいや。
「関西のアパートに着いたら連絡する」
「はい。せんぱ――」
「ばか日夏」
戻ってきてぱちっとおでこを弾かれた。
「何がだよ!?」
「今度こそ、”先輩”禁止」
「……あ」
「僕もう卒業したから敬語もいらない。……ね?」
持っていた紙袋から卒業証書の入った賞状筒を持って、イタズラっぽく笑う。
「……おう、そうだな!」
俺は寂しい気持ちを振り払う様に笑った。
そうだな、俺に湿っぽいのは似合わないし。先輩――蒼壱との関係は、これからも続いていくんだ。
「じゃあまた会おうね、日夏!」
「ああ、また会おうぜ!蒼壱!」
未来に向かって駆け出す蒼壱に俺は大きく手を振った。
桜舞う快晴の空は透き通って綺麗で、まるで俺たちの行く末を祝福するみたいだ――なんて詩的な考えは、蒼壱に影響されたのかもな。
俺は日差しを背負って出港する船を、今日一番の晴れやかな笑顔で見送った。
END.



