君の色彩に溺れたい。

「日夏。最初に、君に伝えたいことがある」
「せ、先輩……?」

「嫌なこと思い出させて悪かった」

口を開いて一番最初に聴こえてきたのは、謝罪の言葉だった。

「……え……?」

俺のクソみたいな過去の話を聞いて、そんな風に言われるなんて思いもしなかった。
心臓がどくどくと音を立てる。先輩の纏う静かな空気に耐えられなくなって、俺は意識的に明るい声を出した。

「いや、別に……っ!先輩が謝る事じゃないっすよ!それにっ、それだけなんで別に誰のことも恨んでねえんだ、本当に。離れられたらそれでもういいっつーか……」
「君が過去に荒れていたのは分かってた。でも僕にとって君は、素直で面倒見が良い可愛い後輩だから」
「か、かわっ……!?」

俺が!?

「俺にそんなん言うの、先輩だけっすよ……!」

俺が年上って存在に甘やかされんの慣れてないだけか?先輩に触れられている頬が熱い気がするし、何かいたたまれねえ。

「そうだね、僕だけでいいよ。……嫌?」
「い、嫌っつーか……落ち着かないッス」
「そう。ねえ日夏、僕は君をそんな過去くらいで嫌いになったりしないよ」
「……先輩」

ああ、そんな真っすぐな目はずるいだろ。
こんな俺のクソみたいな過去を肯定してくれるなんて、本当に思ってなかった。
顔の火照りを誤魔化す様に、俺はぱっと笑顔になって先輩を見た。

「そっ、それより!俺、青嵐島に来られて本当に良かったっす!景色綺麗だし、髪の色で差別されないし、クラスメイトもいい奴ばっかでさ!」

思い切って遠くに来て良かった。
人生が180度変わったってくらい、青嵐島の生活は本当に楽しい。
この島は環境が良くて、周りの人たちも偏見無く俺自身を見てくれた。でも、俺が本当に嬉しかったのは――。

「なによりも……こうして、先輩に会えた」

面倒臭がりだし、すぐ俺のことパシるけど。
繊細で努力家で――俺の過去を知っても受け入れてくれた、優しい先輩。

「……僕、に?」
「あー、最初はさ。なんだこの先輩って思ったりもしたけど、先輩の世話焼くの結構好きだし、さっきも俺が元ヤンだって言っても態度変えないでくれてさ。それがすげー……嬉しかった」
「そんな事くらい……なんでもないよ」
「"そんな事"じゃなくて"大事な事"なんすよ、俺の中で」

あー、待て。どうしよう。
自分で言って恥ずかしくなってきた。てか、なんか不意に自覚した。
俺、もしかしてずっと……先輩の事。

「……あのさ、先輩。一緒に俺の忘れ物取りに行ってくれた時にさ」

夜の校舎で、隣の机に並んだ時の事を思い出す。あの時の俺は、この気持ちがなんなのか自覚出来てなかったけど。
今なら分かる。

「先輩に好きって言ったの、嘘じゃない」

――俺は、先輩の事が好きだ。
これは友情とかじゃなくて、ちゃんと恋愛の好きだ。
先輩は藍色の目を軽く見開いた。

「……日夏」

先輩がそっと俺の名前を呼ぶと、すっと俺との距離を詰める。
鼻先が触れ合うんじゃないか。そのくらい近くに、先輩の顔が寄せられる。
先輩が俺の頬に手を添えて――むにぃっと頬を引っ張っられた。

はんうか(なんすか)!?」
「あのさ”日夏”」

なに!?なんでそんな俺の名前強調すんの!?

「――君、なんで夏休みもずっと僕の事"先輩"って呼ぶの?」

ジト目で言われた言葉に、俺は面食らった。

「へ!?え、だって先輩は先輩じゃ……っ」
「そうじゃない」

むっとした顔で見つめられても俺バカだから分かんないッス先輩!!

「今学校休みだし、僕先輩って名前じゃないし」
「し、知ってますよ……?」
「馬鹿」

俺の頬からぱっと手を離す。前屈みになっていた姿勢を変えて、畳に腰を落としながらぼそりと呟いた。

「こんな時くらい名前で呼べよ……日夏」
「……あ」

先輩の名前。
そういえば、会った時から名前で呼んで良いって言ってくれたのに。俺は今まで一度も呼んだ事が無かった。

「そ……、蒼壱(そういち)
「……うん」

先輩の藍色の瞳が、窓から映る月明りを反射して濡れたような輝きを宿した。
……ああ、綺麗だな先輩。
俺が熱に浮かされたのか、それとも夏に浮かされたのか分からない。
だだ、潤んだ深くて青い瞳に吸い寄せられるように顔を近づけた。
先輩の白い頬がじわじわと赤く染まる。その頬に触れて、サイドの黒髪をさらりと流した。
どちらからともなく顔を寄せ合った瞬間――。

ドーーーン!!と窓の外の夜空に花火が上がった。
ビクッと肩を跳ねさせて、俺は思わずばっと窓に視線を投げた。

「なんで花火!?」

夏祭りとかあったか今日!?

「ああ、日夏は知らないよね」
「……へ?」

軽く居住まいを正した先輩が、感慨深そうに窓の外の花火に視線を映した。

「青嵐町では8月31日に花火を上げる決まりなんだ」
「あ……」

そうだ。そういえば、今日は8月31日。夏休み最終日だ。

「せっかくだから縁側で見ようか」
「は……はいっ」

すっと立ち上がって下の階に降りようとする先輩の後を、俺は慌てて付いて行った。
木の廊下を進みながら、先輩は花火について説明してくれた。

「花火は元々、霊を沈めたり無病息災を祈るものなんだ。子供達が明日からの学校生活を無事に送れますようにっていう、青嵐町の風習なんだ」

この花火の音を聴きながら宿題する子供も多いんだよね。
ちょっと意地悪そうに、先輩はそう言って笑った。

「へ、へえ〜……」

縁側に続く扉を開けて、窓越しじゃなくて生で花火を見る。
おそらく海岸から上げてるっぽい花火は火薬の匂いが少し香ってくる。
縁側に二人並んで腰かけ、少しの間二人で窓の外に広がる色とりどりの花火を眺めた。

「……」

いや、人生で初めて見た生の花火は綺麗なんだけど……。
絶賛告白の返事保留中の俺は気が気じゃない。あの良い雰囲気どこ行った!?戻って来い今すぐに!

「……あの、先輩」

ちらっと隣の先輩を見ると、ジトっと見つめ返された。
”先輩”じゃないだろ?
そう、藍色の視線がありありと訴えかけてきた。

「そ、蒼壱はさ……俺の事……その……」
「今それを聞くのはズルいよ」
「お、俺はもう言っただろ!」

蒼壱は縁側の縁に片膝を立てて、膝小僧に手を重ねて顎を乗せた。
蒼壱が屈んだから、丁度俺を見上げるような体勢になった。

「だいたい告白ってさ。あの時から僕の事、恋愛対象として見ていたの?」
「い、いや!あん時に自覚したんだよ!」

初めて誰かとこんなに長く過ごして、蒼壱の隣が居心地が良いから俺は無意識に自分の気持ちを押し殺してたのかもしれない。でも……もう、それは嫌だ。

「だから……蒼壱の気持ち、聞かせてくれ」

俺は真っすぐ蒼壱を見つめた。
きっと蒼壱には俺がどんな表情をしているのかは伝わらない。でも視線や声は届くって、今だけは信じたい。

「……もう、仕方ないな」

蒼壱が俺との距離をゆっくりと詰めて、白くて綺麗な手がそっと俺の頬に伸びる。
俺は至近距離で蒼壱の顔を見た瞬間、目を見開いた。
蒼壱は笑ってる。
滲むような、はにかんだ優しい顔で。
でも、それよりも……俺と、ちゃんと目が合ってる。

「日夏、驚いてる?……ああ、頬が赤いから照れてる?」

蒼壱の手が俺の頬に滑る。藍色の視線が、俺の顔のパーツを追って細かく動く。
ちら、とひゅるひゅる上がる花火を横目で盗み見て、唇が触れ合いそうなくらい距離が詰まる。
視界の端で火花が散った。一番大きな青い花火が上がるのと同時に、蒼壱の唇がそっと開かれた。

「僕はね、日夏のこと……――」

真正面から囁かれた蒼壱の言葉の続きは聴こえなかった。
空に咲いた大輪の青い花火が、蒼壱の囁き声をかき消したから。
ああ、なんだよ。こんなのズルい。――だって、絶対わざと花火の音に合わせて囁いた。

「聴こえた?」
「きっ……こえるわけねえだろ!?」
「それは残念だね、僕は同じことは2回も言わない主義だから」
「ほんっと!蒼壱ずる賢いっすよね!!」
「あははっ。もう……嘘だよ」

すっと俺の耳元に唇を寄せられる。
耳に手を添えられて、花火の音が少し遠くなった。

「僕も君が好きだ」

花火の音に混ざっても、耳元で囁かれたその声は、今度はしっかりと耳に残った。

「僕と付き合おう?日夏」
「……よ、喜んで」

ああもう、マジでこういう時なんて言ったらいいか分かんねえ。
俺は蒼壱の後頭部に手を伸ばして、ぐっと引き寄せた。
黒くて長いまつ毛が伏せられた瞬間、俺は蒼壱の唇に自分の唇を押し当てた。
最後の花火が空を照らして、目を閉じても視界が眩しい。
重なった唇は柔らかくて、花火の音に紛れて俺の心臓がバクバクと高鳴った。
俺はぐっと力を入れて、蒼壱をフローリングの床にゆっくりと押し倒した。

「せんぱ……っ、そう、いち……!」
「日夏……っ」

先輩の黒髪がフローリングの床に散らばる。体をぴったりと合わせると、俺は蒼壱の唇にさっきよりも強く唇を重ね合わせた。
重なった手が熱い。
触れ合った唇が熱い。
この熱さは絶対、夏のせいじゃない――。

「……」

花火が終わると同時にゆっくりと唇を離すと、蒼壱はふっと顔を綻ばせた。

「ほら、明日から学校なんだからもう寝るよ。……一緒にさ」
「……っっ!?」

俺は顔がカッと赤くなる。
蒼壱はそんな俺を見ながら起き上がると、口元に人差し指を当てて照れ臭そうにはにかんだ。
ああもう、本当にずるい。

ずるくて可愛くてかっこいい……俺の初恋の人だ。

俺たちはしっかりと手を繋ぎ合って、夏夜の廊下を後にした――。